完璧な彼氏

ゆみ

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月曜日は眠たい

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 月曜の朝はいつも憂鬱で眠たい。
 それなのに1コマ目に全く興味のない哲学の講義を詰め込んだのは失敗だった気がしていた。欲張って単位を一気に取ろうと張り切り過ぎたのがそもそもの間違いだったか……。

 おまけに昨日の夜、私はほとんど眠ることができなかった。寝不足の原因はハッキリしている。
 彼と喧嘩をしたせいだ。


 講義室に入るなり目に飛び込んできたのは手に真新しい包帯を巻いた彼の姿だった。彼の目の前には女友達が二人、こちらに背を向けるようにして立っている。
 彼は一瞬顔を上げてこちらを見たが、何も見えなかったとでもいうようにそのまま友人達との会話に戻っていった。そのあからさまな態度は明らかに私へのあてつけだ。

 気がついた時には私は彼めがけて一直線に歩き始めていた。周りの人達も私の不穏な気配を感じとったのかさっと避けて道を開けてくれる。

「シン……その手。」
「美緒?あぁこれ、原付で転んだ。」
「いつ?」
「昨日。帰りに。」

 昨日、私と彼は遅くまで二人で一緒にいた。
 私がしばらくの間彼との距離を置きたいと一方的に言い出し、さんざん話し合った末彼が私の部屋を後にしたのは確か夜11時を回っていたはずだ。そして、今朝目にした彼の姿がコレだ――。 

「何ですぐ教えてくれなかったの?」
「……距離置きたいって言ったの、そっちでしょ?だから。」
「何それ……。」

 絶句、とはまさにこのことだった。何と言えばいいのか全く分からなかった。

 彼が一人暮らしをしているアパートは町中から少しだけ離れた場所にあり、学校まで通うには少し不便な所だった。その近辺に住む学生は早々に免許を取るとバイクや車を買う事が多く、彼も少し前に原付を買ったばかりだった。
 その彼が怪我をしたのは利き手の右手。病院に通うにせよ、大学まで来るにせよ、私ではない誰かの世話になっているのは明らかだ。

「利き手怪我したんじゃ何もできないでしょ?」
「まぁね。でももうこれ以上美緒には迷惑かけないから。」

 ぎこちなく目線を逸した彼が何を言いたいのかは私にも分かっていた。ちらっと隣に立っている女友だちの顔を見るとこちらも慌てて私から目をそらす。きっと昨日の夜彼が助けを求めて連絡を取ったのはこの子なんだろう。
 つまり、私達の間に昨日何が起きたのか、すべての事情はもう友人たちに広まっていると言う訳だ。

 彼のあてつけのような態度についカッとなっていた頭が急激に醒めていく。
 なんとなく分かっていた。
 私が昨日彼に距離を置きたいと言った時点で、私達の距離は取り返しのつかないほどのスピードで急激に離れはじめていた。一旦走り出した感情を引き止めるために私達に出来ることはきっと今は何もない。

 無言で講義室の一番うしろの席まで行くと机にバッグを乱暴に置いた。前の席の背の高い男の子の陰に隠れるようにして机に顔を伏せる。自分の方から彼に距離を置きたいと言い出したのに、我ながら矛盾しているということは分かっていた。
 もう彼と同じこの場所にいる事すら苦痛だった。
 


「美緒、起きて?」

 友人の声で目が覚めると丁度授業が終わり、皆が荷物を片付け始めた所だった。

「寝て……た?」
「がっつり。」
「最悪……信じらんない。」
「大丈夫、名簿には私がサインしといたし、講義内容もテキスト通りだったよ。ノートだけ後でコピーしとく?」
「……ありがと。」
「寝てないの?昨日。」

 前の席の人が立ち上がったので邪魔にならないよう身体を起こすと隣にいる友人に顔を向けた。

「寝不足ではあるけど。ていうか香菜ずっと隣座ってたっけ?」
「いや、私あっちの方いた。授業終わったからこっち来ただけ。」
「だよね……。」

 会話が途切れるのを待っていたかのように、前列の人が重たそうなバッグを手にするとプリントを一枚私に向けて差し出した。

「これ。回って来た時寝てたみたいだから。」
「あ、今日の?ありがとうございます。」

 科が違うのか学部が違うのか、見たことのない顔だった。その人はそれだけを言うと、迷惑そうに顔を顰めながら講義室の後ろから足早に出て行った。

「ねぇ美緒、シンと喧嘩してるんでしょ?既に噂広まってるよ。」
「あぁ、だよね。私と違って友達多いから、あの人。」
「私昼まであいてるけど。よかったらこの後付き合おうか?」
「うん……とりあえずコーヒー飲みたい。」
「まだ眠いの?」

 香菜は可愛らしくクスッと笑うとバッグを肩にかけ立ち上がった。長い髪が揺れるといい香りがした。髪の色が先週より気持ち明るくなっている気がする。

「流石にもう眠くはないけど。学食行くんでしょ?だったらついでにノートうつさせてよ。」
「そういうことね。」


 講義棟から外に出ると出入り口付近に知り合いが数人立ち話をしていた。
 さっきまで同じ講義を受けていたメンバーではなさそうでホッと胸を撫で下ろしていると、香菜が小声で囁いた。

「今シンがいなくてホッとしたでしょ?」
「……」
「先が思いやられるわ。ずっと顔合わせない訳にはいかないんだからね?」
「それは分かってる。」

 シンと私は大学に入学してすぐに知り合った。同じ学部の同じ学科、その中でも特に目立つグループの中心にいたのが桜田眞だった。
 シンはどういう訳か入学した当初から友達が多く人気者だった。背が高くスタイルのいい彼は高校まではバスケ部に所属していたらしく運動神経が抜群と言う噂だった。おまけに誰にでも平等に優しいシンを頼ってくるのは男だけではなく、学部外や先輩にも女友達は多くいた。

 その多くの女友達の中からシンが選んだ相手が何故か私だった。理由はきっと本人にしか分からない。
 知り合って一週間も経たないうちにシンの方から告白された時には、私は既に外堀を埋められた状態だった。シンが私の事を好きだと言う噂は仲間内では既に知れ渡っていて、気がつけばいつになったら付き合い始めるのかという目で見られるようになっていた。
 何故私が、という疑問は頭に浮かんだものの断る理由にはならなかった。
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