2 / 12
閑散とした学食で
しおりを挟む
まだ開いたばかりのこの時間帯の学食は閑散としていて、人影もまばらだ。テーブルに座っているのは飲み物やスマホを片手に話をする暇そうな学生の姿ばかりだった。
「レモンティー?」
「そ、美緒が一番キライなやつね。おいしいのに。」
「一番とは言ってないよ。そういう甘い系飲み物って角砂糖何個分入ってるとか教えられなかった?あれで飲む気失せただけだって。」
「あれってコーラとか炭酸の話でしょ?」
香菜はペットボトルのレモンティーをちびちびと飲みながらバッグの中を探り一冊のノートを取り出した。
「コピーしたらすぐなのに、書き写すんだね、偉い。」
「いや、そもそもずっと寝てた相手に対してかける言葉じゃないよね?」
香菜のノートを借りてパラパラとめくりながらコーヒーを一口飲んだ。自販機のカップコーヒーは安っぽいインスタントの味がした。香菜の丁寧な字の並んだページをめくりながらペンを取り出そうとしていると、向かい側に座っていた香菜が少し小声になった。
「ね、今入ってきたあの人。さっき美緒にプリントくれた人だよね?知り合い?」
「え?」
ペンケースを片手に後ろを振り向くと、ちょうど食堂に入ってきたばかりの背の高い男の人の姿が見えた。
さっきの人のようにも見えるけれどはっきりと顔を見た訳でもなかったのでその人だったかどうかはよく分からない。
その人はスマホをポケットから取り出して何かを確認すると、出入り口に一番近いテーブルに一人で座った。誰かと待ち合わせでもしているようだ。
「どうだろ?それっぽいけど、わかんない。」
「えー?ホントに?結構カッコよかったから私覚えてるわ。」
「あー、聞いちゃった。大輔にチクッとこ。」
「そんな事言いながら、美緒は絶対大輔に言わないもんね。」
気を取り直してノートを写し始めると香菜は再び静かになった。スマホでも見ているのかとチラッと目を上げると、まだ私の背後をじっと見つめているようだ。
「見すぎだし。」
「美緒、今絶対に振り向かないでね?」
「え?何それ?フリ?」
「駄目だってば!」
振り向くなと言われれば気になってしまうのは本能だと思う。
ノートを写す手を止めてさっと振り返ると、入り口から女友達と二人で入ってきたシンの姿が目に飛び込んでくる。
シンが笑顔で笑いかけたその先にいるのは、背の高いあの男の人だ。その人がテーブルから重たそうな荷物を持ち上げた時、私はそのバッグに見覚えがあることにようやく気が付いた。
「あのバッグ……。」
「え?バッグ?いや、気になるのそっち?」
「あの男の人が持ってる重たそうな黒いバッグ、私見覚えある。」
「じゃ、やっぱさっきの人だったって事?」
「そうだけど、そうじゃなくて……。」
同じような黒いバッグパックなんて山ほどあるはずだった。だから今まで気が付かなかったのかもしれない。でも今こうしてあの人とシンが並んでいる姿を見て確信した、間違いない。
「美緒?」
「あのバッグ、シンの家にあるのと同じだ。高校の時使ってたのだって言ってた気がする。」
シンは待ち合わせていたその人と合流するとすぐに食堂から出て行った。背の高い二人が肩を並べて歩く姿は一際目立っている。しかも一方は手を包帯でグルグル巻きにしているのだから余計にだ。
「あれ?あの女の子どっかに消えたね。それにしてもまぁ揃いも揃ってあの二人――。」
香菜は何かを言いかけてはたと我に返ったように慌てて口を閉じた。
「今何言いかけた?」
「何でもない。……大ちゃんには内緒ね。」
「まぁ……。香菜の言いたい事はだいたい想像つくけど。」
哲学のノートは永遠に写し終わらないような気がしてきた。頭の中は今他の事でいっぱいで、ノートの文字がただの記号の羅列にしか見えてこない。
思わずペンを投げ出すと、コーヒーに手を伸ばした。
「駄目だ、全然頭に入ってこない。」
「……だから振り向くなって言ったのに。美緒のバカ。」
香菜は食堂の出入り口からやっと目をそらすと、テーブルに肘をついてつまらなさそうに私の方を睨んだ。
「で?いつになったら話してくれるつもり?」
「え?」
「とぼけないでよ。昨日の夜の事。」
「あぁ、それ。」
カップに残った温くなったコーヒーを見つめながらため息をついた。
「さっきシンと一緒にいたあの女の子、何か関係あるの?」
「さぁ、どうかな。それはシンに聞いてみないと。」
「じゃあ何なの?言ったんでしょ?考える時間が欲しいって。その結果が何であれなの?」
香菜は自分の右手を曲げて首から吊り下げているような恰好をしてみせた。シンの腕の怪我の事を言いたいのだろう。
「……多分、私が悪い。」
友達の多いシンとは違って、私が大学に入ってから心を開いて話ができるようになった友達は香菜一人しかいない。香菜だけにはシンとの間で起きていた事を隠さず全て打ち明けていた。
「昨日遅くまで話し合ったんだけど結局お互いに譲らないから平行線のままで終わった。その帰り道に原付で事故ったらしい。」
「え?美緒のウチから帰るときに怪我したんだ?」
「そう。でも私は今朝会うまで何も知らなかった。」
「……」
「おまけに私にもう迷惑はかけないからって言われた。まぁ当然だよね、直前まで距離置きたいとか言ってたのはこっちの方だし。」
「でも迷惑って……あんたたち、もう、別れたの?」
何も返す言葉が思いつかなかった。昨日の時点ではただ少し距離を置いて、一旦友達の状態に戻りたいとだけ思っていた。
だけどそれはできないとシンにははっきりと拒否された。
「多分まだ……。」
香菜はレモンティーを手に取ると勢いよく飲み込んだ。
「ハッキリしないなぁ。だいたい、怪我するような事になってんのに迷惑かけるからって黙ってた時点でもうあっちの結論出てない?」
「やっぱ香菜もそう思う?」
「美緒だってそう思ったから今朝あんなに怒ってたんでしょ?」
「まぁ、そうかも。ていうか、そんなに怒りオーラ出てた?」
「ガンガンよ、私ですら近寄れないくらい。」
「だからか。それで疲れて寝ちゃったんだわ、きっと。」
「美緒……。」
香菜は何故か寂しそうに笑うと、それきり黙り込んだ。
「レモンティー?」
「そ、美緒が一番キライなやつね。おいしいのに。」
「一番とは言ってないよ。そういう甘い系飲み物って角砂糖何個分入ってるとか教えられなかった?あれで飲む気失せただけだって。」
「あれってコーラとか炭酸の話でしょ?」
香菜はペットボトルのレモンティーをちびちびと飲みながらバッグの中を探り一冊のノートを取り出した。
「コピーしたらすぐなのに、書き写すんだね、偉い。」
「いや、そもそもずっと寝てた相手に対してかける言葉じゃないよね?」
香菜のノートを借りてパラパラとめくりながらコーヒーを一口飲んだ。自販機のカップコーヒーは安っぽいインスタントの味がした。香菜の丁寧な字の並んだページをめくりながらペンを取り出そうとしていると、向かい側に座っていた香菜が少し小声になった。
「ね、今入ってきたあの人。さっき美緒にプリントくれた人だよね?知り合い?」
「え?」
ペンケースを片手に後ろを振り向くと、ちょうど食堂に入ってきたばかりの背の高い男の人の姿が見えた。
さっきの人のようにも見えるけれどはっきりと顔を見た訳でもなかったのでその人だったかどうかはよく分からない。
その人はスマホをポケットから取り出して何かを確認すると、出入り口に一番近いテーブルに一人で座った。誰かと待ち合わせでもしているようだ。
「どうだろ?それっぽいけど、わかんない。」
「えー?ホントに?結構カッコよかったから私覚えてるわ。」
「あー、聞いちゃった。大輔にチクッとこ。」
「そんな事言いながら、美緒は絶対大輔に言わないもんね。」
気を取り直してノートを写し始めると香菜は再び静かになった。スマホでも見ているのかとチラッと目を上げると、まだ私の背後をじっと見つめているようだ。
「見すぎだし。」
「美緒、今絶対に振り向かないでね?」
「え?何それ?フリ?」
「駄目だってば!」
振り向くなと言われれば気になってしまうのは本能だと思う。
ノートを写す手を止めてさっと振り返ると、入り口から女友達と二人で入ってきたシンの姿が目に飛び込んでくる。
シンが笑顔で笑いかけたその先にいるのは、背の高いあの男の人だ。その人がテーブルから重たそうな荷物を持ち上げた時、私はそのバッグに見覚えがあることにようやく気が付いた。
「あのバッグ……。」
「え?バッグ?いや、気になるのそっち?」
「あの男の人が持ってる重たそうな黒いバッグ、私見覚えある。」
「じゃ、やっぱさっきの人だったって事?」
「そうだけど、そうじゃなくて……。」
同じような黒いバッグパックなんて山ほどあるはずだった。だから今まで気が付かなかったのかもしれない。でも今こうしてあの人とシンが並んでいる姿を見て確信した、間違いない。
「美緒?」
「あのバッグ、シンの家にあるのと同じだ。高校の時使ってたのだって言ってた気がする。」
シンは待ち合わせていたその人と合流するとすぐに食堂から出て行った。背の高い二人が肩を並べて歩く姿は一際目立っている。しかも一方は手を包帯でグルグル巻きにしているのだから余計にだ。
「あれ?あの女の子どっかに消えたね。それにしてもまぁ揃いも揃ってあの二人――。」
香菜は何かを言いかけてはたと我に返ったように慌てて口を閉じた。
「今何言いかけた?」
「何でもない。……大ちゃんには内緒ね。」
「まぁ……。香菜の言いたい事はだいたい想像つくけど。」
哲学のノートは永遠に写し終わらないような気がしてきた。頭の中は今他の事でいっぱいで、ノートの文字がただの記号の羅列にしか見えてこない。
思わずペンを投げ出すと、コーヒーに手を伸ばした。
「駄目だ、全然頭に入ってこない。」
「……だから振り向くなって言ったのに。美緒のバカ。」
香菜は食堂の出入り口からやっと目をそらすと、テーブルに肘をついてつまらなさそうに私の方を睨んだ。
「で?いつになったら話してくれるつもり?」
「え?」
「とぼけないでよ。昨日の夜の事。」
「あぁ、それ。」
カップに残った温くなったコーヒーを見つめながらため息をついた。
「さっきシンと一緒にいたあの女の子、何か関係あるの?」
「さぁ、どうかな。それはシンに聞いてみないと。」
「じゃあ何なの?言ったんでしょ?考える時間が欲しいって。その結果が何であれなの?」
香菜は自分の右手を曲げて首から吊り下げているような恰好をしてみせた。シンの腕の怪我の事を言いたいのだろう。
「……多分、私が悪い。」
友達の多いシンとは違って、私が大学に入ってから心を開いて話ができるようになった友達は香菜一人しかいない。香菜だけにはシンとの間で起きていた事を隠さず全て打ち明けていた。
「昨日遅くまで話し合ったんだけど結局お互いに譲らないから平行線のままで終わった。その帰り道に原付で事故ったらしい。」
「え?美緒のウチから帰るときに怪我したんだ?」
「そう。でも私は今朝会うまで何も知らなかった。」
「……」
「おまけに私にもう迷惑はかけないからって言われた。まぁ当然だよね、直前まで距離置きたいとか言ってたのはこっちの方だし。」
「でも迷惑って……あんたたち、もう、別れたの?」
何も返す言葉が思いつかなかった。昨日の時点ではただ少し距離を置いて、一旦友達の状態に戻りたいとだけ思っていた。
だけどそれはできないとシンにははっきりと拒否された。
「多分まだ……。」
香菜はレモンティーを手に取ると勢いよく飲み込んだ。
「ハッキリしないなぁ。だいたい、怪我するような事になってんのに迷惑かけるからって黙ってた時点でもうあっちの結論出てない?」
「やっぱ香菜もそう思う?」
「美緒だってそう思ったから今朝あんなに怒ってたんでしょ?」
「まぁ、そうかも。ていうか、そんなに怒りオーラ出てた?」
「ガンガンよ、私ですら近寄れないくらい。」
「だからか。それで疲れて寝ちゃったんだわ、きっと。」
「美緒……。」
香菜は何故か寂しそうに笑うと、それきり黙り込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして
Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。
伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。
幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。
素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、
ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。
だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。
記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、
また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──……
そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。
※婚約者をざまぁする話ではありません
※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる