完璧な彼氏

ゆみ

文字の大きさ
4 / 12

鳴らないスマホ

しおりを挟む
 午後九時過ぎ。昼間学食で香菜と書いたメモ書きを目の前に広げ、私はアパートの部屋で一人、スマホとにらめっこをしていた。
 昨日の夜はこの部屋でシンと二人で泣きながら話をしていたというのが信じられなかった。もっとずっと前の出来事のような気がする。

 シンは今どこにいるのだろうか?もしかしたら一人ではなく誰かと一緒にいるのかもしれない。
 そう思うと、やはりこちらから連絡をするのは気が引けた。

「距離とるって……シンの言てった通り難しい。」

 シンからの連絡を知らず知らずのうちに待ってしまっている自分がいた。シンの声を聞かないままで終わる一日はどんなだったか……もう思い出すこともできない。
 一人でいる部屋は思っていた以上に静かで、鳴らないスマホを片手にソワソワしている自分は惨めだった。
 こんな風に姿の見えない誰かに時間を縛られるような煩わしさが欲しかった訳ではなかった。もっと自分だけの為に自由に時間を使いたいと思っていたはずなのに――。

 スマホの通知音が短く鳴った。香菜からのメッセージだと思って画面をタッチすると、桜田の名前が表示された。シンからだ。

『今 家にいる?』

 すぐに返事を返すのもどうなんだろうと思いながら、自然と指が動いていた。
 返事をして1分も経たないうちにアパートのインターホンが鳴った。こんな時間に家を訪ねて来る知り合いは一人しかいない。
 それでも一応モニターを確認しようと恐る恐る振り返ると、薄暗い画面に白い何かがボウっと浮かんで見えた。
 慌ててドアまでかけ寄るとロックをかけたままドアの隙間から外を伺う。

「ごめん、電気ついてたから居ると思って。」

 ドアの外に立っていたのはやっぱりシンだった。ロックを開けるために一旦ドアを閉めると、深呼吸をした。
 心臓がドキドキと早鐘を打つ。
 シンは一体何のために来たのだろうか、どんな話をする為にわざわざ私の部屋まで……。

 再びドアを開けると、戸惑ったような顔をしたシンがそこに居た。

「入っていい?」
「うん。」

 ぎこちない会話を交わすとそのままシンを部屋に招き入れる。ドアを再び閉めた時、狭い玄関で靴を脱いでいるシンの服が今朝と同じだという事に気が付いた。
 大学が終わってからこんな時間まで、一体どこに居たのだろうと不審に思う。

「一回家に帰らなかったの?」
「……うん。」

 どうやってここまで来たのか、今まで誰と一緒にいたのか。そんな事を聞く権利が自分にはまだあるのだろうか?
 聞いたところで、その相手が女友達だったら……ぐるぐると余計な事ばかりが頭をよぎる。

「高校同じだった奴が車持っててさ、今ソイツと一緒に動いてるんだ。だからこんな時間になった。」
「あ……もしかしてそれって、背の高いあの人?」
「え?」

 哲学の授業とその後の食堂、2回ほど見かけたあの男の人だと真っ先に気が付いた。名前を知らないので他に何と言えば分かってもらえるだろうか。

「シンと同じバッグ持ってた人でしょ?今日食堂で見かけたよ。」
「あ……そう。」

 シンは狼狽えたように目をそらすとベッドの脇に腰を下ろした。
 再び部屋が静まり返る。まるで昨日とは立場が逆転してしまったかのように、私はシンの口から語られる何かを恐れながらじっとしているしかなかった。

「直哉っていうんだ、アイツ。」
「バスケ部の友達?」
「違う。アイツはバスケ部じゃなかったし、むしろ友達って言うより──。」

 シンははじめてそこで苦しそうに笑顔を作った。

「ライバルかな。高校3年間ずっとに負け続けてたの、俺。」
「ライバル……。」
「何やっても勝てなかった。直哉ともう一人バスケ部の幸人っていうのがいたんだけど。勉強も、運動も、何もかも全部。その二人の陰に隠れて……俺全敗。」

 私は大学に入ってからのシンの事しか知らなかった。高校の同級生には数人会わせてもらったことはあったけれど、挨拶を交わす程度の関係だったから昔の話など聞いたこともない。
 高校の頃からシンは今と同じように人気者で、回りとうまくやってきたものだとばかり思っていたから少しだけ意外に思えた。

「だからさ、大学デビューっていうか……。周りの友達が変わるのを機にちょっと自分も変わりたいとか思って。」
「うん。」
「……嘘、ついてた。周りにも、美緒にも。」

 シンは下を向いたまま、次の言葉を口にするのを少しためらった。
 私はその嘘の正体を聞かされるのが怖くて、何もないのに部屋をぐるっと見回した。

「ごめん。俺……バスケやってたとか嘘なんだ。」
「え?」

 耳が痛くなるような静寂を破って絞り出されたシンの言葉に、私は一瞬自分の耳を疑った。

「練習きつくて1ヶ月でバスケ部辞めた。だから試合とか出たこともない。」
「……それだけ?シンのついてた嘘って、それだけなの?」
「いや……。まだ、他にも。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...