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第3部 秘密の格差恋愛
次のステップって……? ③
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――そして、大型連休も終わりに近づいた五月初旬のある日。わたしは午後から貢と二人連れだって、豊洲の大型ショッピングモールを訪れていた。貢の誕生日を早めに祝うべく、この施設に入っている高級志向のスーパーでカレーの材料と彼ご所望のチョコレートケーキ、飲み物を買うことにしていたのだ。
この日、わたしは誕生日の翌日に里歩に買ってもらったあのルージュをつけて行った。
色はチェリーピンク。あまり派手な色ではなかったけれど、貢は「その色、いいですね」と褒めてくれた。何より、わたしがメイクをしているとか、いつもとほんの少しでも違っていればそれにすぐ気づいてくれる、彼の優しさがわたしは嬉しかった。
「――貢、今日の主役なのに荷物持ってくれてありがとね。けっこう重いでしょ?」
歩き疲れとショッピング疲れもあり、適当なベンチで休憩している時に、わたしは荷物持ちを買って出てくれた彼を労わった。
ショッピングバッグは食材である野菜や牛肉、飲み物などでパンパンになっていて、かなりの重量になっていたはずだ。こういう時、さり気なく重い荷物を持ってくれる男性がいるのは本当にありがたいと思った。
「いえいえ。これでも男ですから、これくらいの重さは平気です。総務課の仕事で鍛えられましたからね。それより、支払いありがとうございました」
「ううん、いいの。けっこうな金額になっちゃったし、わたしも思い切ってクレジットカード使いたかったんだ」
わたしは春休み中にクレジットカードの申請をして、その審査があっさり通ってしまった。最初は普通のカードだったけれど、一年経った今はすでにゴールドになっている。ブラックになるのも時間の問題かもしれない。何せ、わたしの銀行口座には数十億円という金額が常に入っているし、月に五千万円の収入もあるのだ。……それはさておき。
さすがは高級スーパーだけあって、このお店の商品はどれもいいものばかりだけれどその分値も張るので、合計金額がとんでもない数字になっていた。そこで、支払いをクレジット決済にしてもらったのだった。
「でも心配しないでね。そんなに無駄使いはしてないから。特に自分のためには」
「じゃあ他の人のためには使ってるってことですよね? あまり気前がよすぎるのもどうかと思いますけど」
「うん……そうだよねぇ。分かった。忠告どうもありがと」
彼の言ったことの意味は理解できた。なまじ気前がよすぎると、詐欺に遭う可能性もある。それに、お金目当てで近づいてくる人たちもわんさか集まってくるということだ。つまりはカモにされる危険度が高くなる、と。彼はその心配をしてくれているんだと思った。
「僕は絢乃さんのチャリティー精神、キライじゃないですけど。その懐の深さがいつかアダになるんじゃないかって心配で」
「……そっか」
実はわたし、これでも高額納税者だし、児童養護施設やDV被害者のシェルターなどにも毎月寄付をしている。それが恵まれた境遇に生まれついた人間の務めだと思っているから……と言ったらちょっと高飛車に聞こえるかな?
「――さて、今度は貢のプレゼント買いに行こう。腕時計、どこで買おうか?」
わたしたちはベンチから立ち上がり、次の目的地へ向かおうとした。
腕時計は彼が誕生日プレゼントに「これが欲しい」とリクエストしてくれたもので、ファッションウォッチよりもスポーツウォッチのようなものがいいと聞いていた。その方が丈夫で壊れにくいし、防水加工もされているから、と。
ボスのタイムスケジュールも管理している秘書にとって、腕時計は必需品なので、わたしもそのリクエストを即採用したのだ。
「そうですね……。検索した限りだとこの施設にはなさそうなので、一度出た方が――」
「あっ、絢乃タンだぁ♪」
彼との会話に気を取られていると、すぐ近くからわたしの名前を呼ぶ女の子の声がした。
「あ、唯ちゃん! こんなところで会うなんて珍しいね」
赤い伊達メガネをかけて短めのポニーテールを揺らしながら手を振ってくれた彼女は、三年生で初めて同じクラスになった阿佐間唯ちゃんだった。メガネのフレームと同じ赤いチェック柄のシャツワンピースとニーハイソックスでおめかししていて、いかにも「今日はデートです」と言わんばかりだった。
「……あの、絢乃さん。この方、お友だちですか?」
「うん。四月にできたばっかりの親友で、阿佐間唯ちゃんっていうの。阿佐間先生のお嬢さんだよ」
「阿佐間先生って、今年度からウチの顧問になられた弁護士の?」
「そうそう。わたしもね、始業式の日に唯ちゃんから『ウチのお父さんがお世話になります』って言われた時はびっくりしたんだよー」
わたしが貢に説明していると、彼女も向かいで「うんうん」としきりに頷いていた。
「で、この人は絢乃タンのカレシさんだよね? 唯も里歩タンから聞いてるよー♪」
「そうだよ。わたしの彼、桐島貢さん。会長秘書をしてくれてて、すごく頼りになるの」
「初めまして、唯さん。桐島です。絢乃さんとお付き合いさせて頂いてます」
「どうも、初めまして☆ 阿佐間唯で~す♪ ウチの父がお世話になってますっ」
バカみたいにかしこまって自己紹介をした貢に、唯ちゃんは楽しげにビシッと敬礼なんかしてみせた。
「…………なんだか、唯さんって個性的なお友だちですね」
「唯ちゃんはアニメのオタクなの。貢、お願いだから引かないでね……?」
「引きませんよ。僕は偏見なんてありませんし、大好きな絢乃さんの大事なお友だちですから」
なかなかに強烈な個性を放つ親友に、彼が引いてしまわないか心配だったけれど。「引かない」と断言してくれた彼は本当に器の大きな人だと思った。
「――ところで、唯ちゃんは今日デート?」
「うん♪ 浩介クンと初めてのデートなんだぁ♡ 三階のシネコンで映画観るの」
「そっか」
浩介さんというのが唯ちゃんの彼氏さんの名前で、一つ年上の大学生だと聞いた。ちなみに二人の共通点は、同じアニメ作品が好きだということらしい。
「そういう絢乃タンたちは? やっぱりデート?」
唯ちゃんが小首を傾げながら訊ねた。
この日のわたしの服装は、七分袖のTシャツの上から薄手のカーディガンを羽織り、スキニーデニムに淡いピンク色のフラットパンプスというちょっとカジュアルダウンした感じだった。貢と一緒だったからデートだと分かったんだろうか。
「うん、まぁね。彼のお誕生日がもうすぐだから、今日彼のお家で早めにお祝いしようってことになって。お料理の材料とかプレゼントとか一緒に買いに来たの」
「そっか、お家デートかぁ。いいなぁ……。あ、シネコンっていえば、今日小坂リョウジさんがそこで映画の舞台挨拶するんだって。里歩タンなら喜んで観にきてたかなぁ」
「小坂さんが? 里歩も来なかったと思うよ。ファンやめたらしいから」
「そうなんだ?」
「うん。――あ、ゴメンね唯ちゃん。わたしたち、そろそろ行くから。また連休明けに学校でね」
「唯さん、失礼します」
「は~い☆ じゃあね、絢乃タン」
――彼女はその後、待ち合わせをしていた彼氏さんから連絡があったらしく、スマホの画面を見ながらフラフラと歩いて行った。
「――絢乃さん。小坂リョウジさんって」
「そう。あの人、女性にだらしないっていうか、節操ないらしくて。わたしは別にファンでも何でもなかったし、貢以外の男性は眼中になかったからね」
「絢乃さん……」
わたしが彼の腕を取ってニコリと微笑むと、彼はまるで思春期の男の子みたいに頬を真っ赤に染めていた。
「……ん!?」
「どうしたの、貢?」
――急に険しい表情を浮かべた彼に、わたしは首を傾げた。
「……ああ、いえ。何だか、誰かに見られていたような気がして。多分僕の気のせいですね」
「〝誰か〟って誰? もしかして、貢の元カノさんだったりして」
「いえ、違うと思いますけど」
この時の彼の違和感は気のせいじゃなかったことを、わたしは後から知ることになる。
わたしたちの姿を、まさかあの人が隠し撮りしていたなんて……。わたしたちはこの時、夢にも思っていなかった。
この日、わたしは誕生日の翌日に里歩に買ってもらったあのルージュをつけて行った。
色はチェリーピンク。あまり派手な色ではなかったけれど、貢は「その色、いいですね」と褒めてくれた。何より、わたしがメイクをしているとか、いつもとほんの少しでも違っていればそれにすぐ気づいてくれる、彼の優しさがわたしは嬉しかった。
「――貢、今日の主役なのに荷物持ってくれてありがとね。けっこう重いでしょ?」
歩き疲れとショッピング疲れもあり、適当なベンチで休憩している時に、わたしは荷物持ちを買って出てくれた彼を労わった。
ショッピングバッグは食材である野菜や牛肉、飲み物などでパンパンになっていて、かなりの重量になっていたはずだ。こういう時、さり気なく重い荷物を持ってくれる男性がいるのは本当にありがたいと思った。
「いえいえ。これでも男ですから、これくらいの重さは平気です。総務課の仕事で鍛えられましたからね。それより、支払いありがとうございました」
「ううん、いいの。けっこうな金額になっちゃったし、わたしも思い切ってクレジットカード使いたかったんだ」
わたしは春休み中にクレジットカードの申請をして、その審査があっさり通ってしまった。最初は普通のカードだったけれど、一年経った今はすでにゴールドになっている。ブラックになるのも時間の問題かもしれない。何せ、わたしの銀行口座には数十億円という金額が常に入っているし、月に五千万円の収入もあるのだ。……それはさておき。
さすがは高級スーパーだけあって、このお店の商品はどれもいいものばかりだけれどその分値も張るので、合計金額がとんでもない数字になっていた。そこで、支払いをクレジット決済にしてもらったのだった。
「でも心配しないでね。そんなに無駄使いはしてないから。特に自分のためには」
「じゃあ他の人のためには使ってるってことですよね? あまり気前がよすぎるのもどうかと思いますけど」
「うん……そうだよねぇ。分かった。忠告どうもありがと」
彼の言ったことの意味は理解できた。なまじ気前がよすぎると、詐欺に遭う可能性もある。それに、お金目当てで近づいてくる人たちもわんさか集まってくるということだ。つまりはカモにされる危険度が高くなる、と。彼はその心配をしてくれているんだと思った。
「僕は絢乃さんのチャリティー精神、キライじゃないですけど。その懐の深さがいつかアダになるんじゃないかって心配で」
「……そっか」
実はわたし、これでも高額納税者だし、児童養護施設やDV被害者のシェルターなどにも毎月寄付をしている。それが恵まれた境遇に生まれついた人間の務めだと思っているから……と言ったらちょっと高飛車に聞こえるかな?
「――さて、今度は貢のプレゼント買いに行こう。腕時計、どこで買おうか?」
わたしたちはベンチから立ち上がり、次の目的地へ向かおうとした。
腕時計は彼が誕生日プレゼントに「これが欲しい」とリクエストしてくれたもので、ファッションウォッチよりもスポーツウォッチのようなものがいいと聞いていた。その方が丈夫で壊れにくいし、防水加工もされているから、と。
ボスのタイムスケジュールも管理している秘書にとって、腕時計は必需品なので、わたしもそのリクエストを即採用したのだ。
「そうですね……。検索した限りだとこの施設にはなさそうなので、一度出た方が――」
「あっ、絢乃タンだぁ♪」
彼との会話に気を取られていると、すぐ近くからわたしの名前を呼ぶ女の子の声がした。
「あ、唯ちゃん! こんなところで会うなんて珍しいね」
赤い伊達メガネをかけて短めのポニーテールを揺らしながら手を振ってくれた彼女は、三年生で初めて同じクラスになった阿佐間唯ちゃんだった。メガネのフレームと同じ赤いチェック柄のシャツワンピースとニーハイソックスでおめかししていて、いかにも「今日はデートです」と言わんばかりだった。
「……あの、絢乃さん。この方、お友だちですか?」
「うん。四月にできたばっかりの親友で、阿佐間唯ちゃんっていうの。阿佐間先生のお嬢さんだよ」
「阿佐間先生って、今年度からウチの顧問になられた弁護士の?」
「そうそう。わたしもね、始業式の日に唯ちゃんから『ウチのお父さんがお世話になります』って言われた時はびっくりしたんだよー」
わたしが貢に説明していると、彼女も向かいで「うんうん」としきりに頷いていた。
「で、この人は絢乃タンのカレシさんだよね? 唯も里歩タンから聞いてるよー♪」
「そうだよ。わたしの彼、桐島貢さん。会長秘書をしてくれてて、すごく頼りになるの」
「初めまして、唯さん。桐島です。絢乃さんとお付き合いさせて頂いてます」
「どうも、初めまして☆ 阿佐間唯で~す♪ ウチの父がお世話になってますっ」
バカみたいにかしこまって自己紹介をした貢に、唯ちゃんは楽しげにビシッと敬礼なんかしてみせた。
「…………なんだか、唯さんって個性的なお友だちですね」
「唯ちゃんはアニメのオタクなの。貢、お願いだから引かないでね……?」
「引きませんよ。僕は偏見なんてありませんし、大好きな絢乃さんの大事なお友だちですから」
なかなかに強烈な個性を放つ親友に、彼が引いてしまわないか心配だったけれど。「引かない」と断言してくれた彼は本当に器の大きな人だと思った。
「――ところで、唯ちゃんは今日デート?」
「うん♪ 浩介クンと初めてのデートなんだぁ♡ 三階のシネコンで映画観るの」
「そっか」
浩介さんというのが唯ちゃんの彼氏さんの名前で、一つ年上の大学生だと聞いた。ちなみに二人の共通点は、同じアニメ作品が好きだということらしい。
「そういう絢乃タンたちは? やっぱりデート?」
唯ちゃんが小首を傾げながら訊ねた。
この日のわたしの服装は、七分袖のTシャツの上から薄手のカーディガンを羽織り、スキニーデニムに淡いピンク色のフラットパンプスというちょっとカジュアルダウンした感じだった。貢と一緒だったからデートだと分かったんだろうか。
「うん、まぁね。彼のお誕生日がもうすぐだから、今日彼のお家で早めにお祝いしようってことになって。お料理の材料とかプレゼントとか一緒に買いに来たの」
「そっか、お家デートかぁ。いいなぁ……。あ、シネコンっていえば、今日小坂リョウジさんがそこで映画の舞台挨拶するんだって。里歩タンなら喜んで観にきてたかなぁ」
「小坂さんが? 里歩も来なかったと思うよ。ファンやめたらしいから」
「そうなんだ?」
「うん。――あ、ゴメンね唯ちゃん。わたしたち、そろそろ行くから。また連休明けに学校でね」
「唯さん、失礼します」
「は~い☆ じゃあね、絢乃タン」
――彼女はその後、待ち合わせをしていた彼氏さんから連絡があったらしく、スマホの画面を見ながらフラフラと歩いて行った。
「――絢乃さん。小坂リョウジさんって」
「そう。あの人、女性にだらしないっていうか、節操ないらしくて。わたしは別にファンでも何でもなかったし、貢以外の男性は眼中になかったからね」
「絢乃さん……」
わたしが彼の腕を取ってニコリと微笑むと、彼はまるで思春期の男の子みたいに頬を真っ赤に染めていた。
「……ん!?」
「どうしたの、貢?」
――急に険しい表情を浮かべた彼に、わたしは首を傾げた。
「……ああ、いえ。何だか、誰かに見られていたような気がして。多分僕の気のせいですね」
「〝誰か〟って誰? もしかして、貢の元カノさんだったりして」
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