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対決 ②
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あたしはそのまま実家に泊まることになり、マンションへ帰る大智を見送りに出た。
あの後、四人で昼食に母の料理を囲み、大智と父はすっかり意気投合していた。……さすがに大智はクルマで来ていたし、真っ昼間から酒盛りというわけにはいかなかったけれど。
「――お前の親父さん、オレのこと信用してくれたみたいでよかった。オレ、マジで殴られると思ってビビってたのにさぁ」
「あたしも内心ビクビクしてたよ。でも、無事に再婚許してもらえてホッとした。『正樹君とは違って、大智君は信用できる』って言ってもらえたしね」
父が大智のことをそう高評価してくれて、あたしも嬉しかった。だって、大智が語った決意にウソは一つも混じってなかったもの。
「うん。お前のダンナ、親父さんからどんだけ信用されてねぇんだよってカンジだな。仮にも娘婿だぜ?」
「ホントにねー。まぁ、あんな形で娘を人質に取った相手だもん。信用されなくて当然でしょうよ」
あたしも大智に倣って、正樹さんのことを辛辣にコメントした。今となっては、二ヶ月前の夜に聞かされた「ずっと君を愛していた」という発言だって信じていいものか怪しい。
「……あ、そうだ。明日ダンナの実家に乗り込むんだったよな? いよいよ全面対決か」
「うん。ナルミさんにも連絡して、来てもらうことになったから」
この全面戦争のキーパーソンとなる人の名前を出すと、大智がキョトンとした顔になる。
「〝ナルミ〟……って誰だっけ? ああ、ダンナの愛人かぁ」
「……大智、言い方! それ言ったらあんただってあたしの愛人なんだからね」
「そうでした。悪りぃ悪りぃ。……んで? あの女に何させるんだ?」
「正樹さんがあたしと婚約してからずーっと不倫してるって、彼女に証言してもらうの。それで彼女に万が一不利益があったとしても、あたしには何の責任もないから。それはあっちで解決してもらいましょう」
「里桜、……お前って鬼?」
大智が「ああ、やっぱりね」な反応をして、数歩後ずさった。多分、「コイツは敵に回すと恐ろしい相手」と認識したのだろう。
「かもねー。でも、大智相手には鬼にならないから安心して? 大智があたしを裏切らなきゃね」
「裏切りませんって。お前の親父さんとも約束したからな」
「そうだね。それで裏切ったら、今度こそホントにお父さんに殴られるもんねー」
「……マジで予言すんのやめて」
大智をからかうと、彼は真っ青な顔で頼み込んできた。
「――それはともかく。明日のことは飯島さんに頼んどく。オレは行けねえけど大丈夫か?」
大智が真剣な顔になってあたしに訊ねる。彼は正樹さんと一度顔を合わせているので(しかも、正面切って堂々と宣戦布告しているのだ)、行かない方がいいとあたしも思った。絶対にトラブルになるから。
あたしとしては、できるだけ穏便にこの問題を解決したいと思っているのだ。多分、九割方ムリだろうけど。
「うん、大丈夫。むしろ、弁護士の飯島さんが一緒の方があたしも心強いよ」
法律の専門家で、そのうえあたしと大智の絶対的な味方でもある飯島先輩がその場にいてくれたら、あたしも安心だ。鬼に金棒である。――ちなみにこの場合の鬼はあたしで、先輩が金棒となる。
「そっか。じゃあ、オレも明日は飯島先輩を信用して任せるから。終わったら連絡よろしく」
「了解♪ いい連絡期待して待ってて」
「おう。……里桜、もうすぐだな」
大智がそう言いながら、あたしを抱きしめた。あたしも彼の背中に両手を回しながら「うん」と頷く。大好きな彼の胸はすごく温かい。
「大智と幸せになるために、明日はあたしも頑張って戦ってくるからね」
「ん、頑張れ。オレとお前と、生まれてくる子供のためにな」
「うん」
――幸せな未来のために、あたしは彼とお腹の子を守る。そのために、田澤家をめちゃくちゃにしたあの親子と明日対決するのだ。
あたしを敵に回したらどうなるか、身をもって痛感してもらう。絶対に容赦しない。――大切な人の腕の中で、あたしは固く心に誓った。
* * * *
――翌日の午前中に、あたしはナルミさんにメッセージアプリで連絡を取った。
両親にも昨日のうちに、今日正樹さんの実家へ行くことを伝えてある。父は「お前ひとりで大丈夫なのか」と心配そうだったけれど、飯島弁護士が同行して下さることを伝えると「それなら安心だ。頼もしい」と父も安心してくれた。
〈今日、午後から藤木家へ乗り込みます。ナルミさんも来て下さい。
藤木家の住所は分かりますか?〉
〈分かりますよ。これでも秘書ですから。
ご実家へ伺ったこともあります。
わたしは何時ごろに伺えばよろしいですか?〉
〈二時ごろで大丈夫だと思います。
まずはあたしに同行して下さる弁護士の先生の説明がありますから、ナルミさんの出番はその後です。
よろしくお願いします〉
〈了解しました〉
「――よし、ナルミさんへの連絡はこれでオッケー。そういえば飯島さんって、ウチの場所知ってたかな? クルマで迎えに来てくれるって言ってたけど」
多分知らなかったと思うので、念のため、飯島さんにもショートメッセージであたしの実家の住所を送っておいた。
母と二人で作った冷やし中華で昼食を済ませ、出かける支度をしていると、玄関のドアチャイムが鳴った。
「――はい」
ウチのインターフォンはカメラ付きではないので、応答ボタンを押して応対すると、『弁護士の飯島です』という声が。
「里桜です。すぐに出られますから、ちょっと待ってて下さい」
インターフォンでの通話を切ると、あたしは両親に改めて「行ってきます!」と言い、フラットパンプスを履いて家を出た。
玄関の前ではスーツでビシッと決め、ちゃんと弁護士バッジをつけた飯島先輩が待っていて、彼の愛車と思しきシルバーのSUV車が停まっている。
「――お待たせしました、飯島さん。この家の場所、すぐ分かりました?」
「うん、迷わずに来られたよ。――じゃあ行こうか。助手席に乗って」
「はい、失礼します」
あたしが助手席に乗り込むのを待って、飯島さんも運転席に収まった。二人ともシートベルトをキチンと締めて、クルマは赤坂へ向けて走り出す。
「……ところで証拠って、どんなのが集まったんですか?」
「銀行が貸し剥がしを行った時の書類、藤木氏から支持された時のメモ。これは筆跡もバッチリ〈田澤フーズ〉の融資担当者のもので間違いない。あと、その指示があった通話の音声データと、銀行関係者や藤木グループの関係者の証言の録音データも。これだけ揃ってれば、向こうも言い逃れできないだろう」
「ありがとうございます。さすがは敏腕弁護士の先生ですね。……実は、あたしにも隠し玉があるんです」
「へぇ、どんなの?」
そういえば、正樹さんの不倫相手のことはまだ先輩に話していなかったなと思い出す。
「実は夫も不倫していたことが分かって。それも、あたしと婚約してすぐにですよ。で、そのお相手の女性に今日来てもらって証言してもらうことになってるんです」
「ほぉ……、それはすごい隠し玉だね。その証言は君にとっての切り札になるよ」
「でしょう? あたしはやられっぱなしの弱い女じゃないですから。大切なものを守るためならどんな手だって使いますよ。法に触れないこと限定ですけど」
あたしの〝大切なもの〟とはもちろん、大智と生まれてくるこの子との幸せな未来のことだ。これだけは絶対に、誰にも奪わせはしない。
「はは、大智にも聞いたけど、里桜ちゃんは確かに敵に回しちゃいけない相手だな。本気で怒らせたら法律家の僕でも敵わないかもしれない」
「当たり前ですよ。あたし、夫とその両親には本気で怒ってるんですから。さぁ、先輩も一緒にあの家を地獄のドン底に叩き落してやりましょうね!」
あたしは拳を握りしめ、意気揚々と先輩に宣言した。
「うん。ただ、法に触れるようなことはしてくれるなよ。あくまで僕が庇いきれる範囲内でね」
「もちろんです。あたしはただ、あの親子に社会的制裁を加えられればそれで満足ですから」
あとはあたしの家族や大智たちに手を出さなければ……。その後に藤木家がどうなろうと、あたしには知ったことか。
* * * *
「――うわぁ、デカい家……」
飯島さんは初めて訪れた藤木邸を、口をあんぐりと開けて見上げた。
あたしも久しぶりに赴いた正樹さんのご実家は敷地も広く、趣味が悪いくらいにバカでかい豪邸だ。これでもっと品があったら、「こんな家に住みたいなぁ」と憧れていただろうに。
「でしょう? あたしも来たのは半年ぶりくらいですけど」
インターフォンを押すと、家政婦さんが出た。ここのはカメラ付きなので、訪問者があたし一人ではないことがすぐに分かっただろう。すぐに義母と代わった。
『里桜さん、突然押しかけてきて何です? 何のご用かしら? その男は誰なの?』
「あら、お義母さま。嫁が夫の実家を訪ねてくるのに理由なんて必要ですか? ――今日は大事なお話があって参りました。こちらの方は弁護士の先生です」
矢継ぎ早に飛んでくる質問攻撃をスルリとかわし、「弁護士の」をあえて強調して飯島さんを紹介する。
義母が「弁護士……?」と呟いてからインターフォンの向こうがザワザワと騒々しくなり、「上がってもらいなさい」という義父の声が聞こえてきた。どうやら、ゴネる義母を説得していたらしい。しばらく待たされて、やっとのことで義母がインターフォンに戻ってきた。
『……まぁいいわ。お上がりなさい』
「――だそうです。飯島さん、行きましょう」
あたしは先輩を促し、半年ぶりに藤木家の門扉をくぐったのだった。いよいよ戦いのゴングが鳴る。
「――どうも、お義父さま、お義母さま。ご無沙汰しております」
ムダに広いリビングへ通されると、あたしはまずしおらしくニッコリ笑いながらペコリと頭を下げた。義母が飯島さんのことを胡散臭げに見ていることには気づかないフリをする。
今日、実家には正樹さんも呼んである。用件については何も伝えていない。せいぜい、あたしの狙いを知って震えあがるがいい!
「俺を実家に呼びつけるなんて、里桜、お前は一体何を企んでる?」
正樹さんも苦々しくあたしを問い詰めてきたけれど、「それはこの後分かりますよ」とだけしれっと答えた。
「よく来たねぇ、里桜さん」
「…………ええ、本当に。久しぶりに顔を見せたと思ったら弁護士なんて連れてきて。一体どういうつもりかしら」
にこやかにあたしを迎えて下さった義父とは違い、義母は明らかに不信感を露わにしている。
「それは、僕が今からお話しします。――失礼、自己紹介が遅れました。僕は飯島公平といいます。里桜さんが現在お勤めの〈株式会社Oプランニング〉の顧問弁護士を務めております」
飯島先輩が義父母に名刺を手渡した。彼が在籍しているのは超有名な大手の法律事務所で、義父が息を呑んだのが分かった。
「基本的には企業法務を請け負っているんですが、里桜さんとは個人的な知り合いでしてね。共通の知人を通じて彼女を救ってやってほしいと依頼があり、こちら藤木家や藤木グループについて色々と調査しておりました」
「調査……? 一体何の?」
義父母が顔を見合わせる中、正樹さんが口を挟んだ。痛くもない腹を探られて迷惑だという顔をしているけれど、そんな顔をしていられるのも今のうちだ。
「では、単刀直入に申し上げましょう。あなた方は〈田澤フーズ〉に対して、銀行が貸し剥がしを行うように働きかけましたね? そしてその負債を口実に、無理やり里桜さんを結婚という形で人質に取った。違いますか?」
あの後、四人で昼食に母の料理を囲み、大智と父はすっかり意気投合していた。……さすがに大智はクルマで来ていたし、真っ昼間から酒盛りというわけにはいかなかったけれど。
「――お前の親父さん、オレのこと信用してくれたみたいでよかった。オレ、マジで殴られると思ってビビってたのにさぁ」
「あたしも内心ビクビクしてたよ。でも、無事に再婚許してもらえてホッとした。『正樹君とは違って、大智君は信用できる』って言ってもらえたしね」
父が大智のことをそう高評価してくれて、あたしも嬉しかった。だって、大智が語った決意にウソは一つも混じってなかったもの。
「うん。お前のダンナ、親父さんからどんだけ信用されてねぇんだよってカンジだな。仮にも娘婿だぜ?」
「ホントにねー。まぁ、あんな形で娘を人質に取った相手だもん。信用されなくて当然でしょうよ」
あたしも大智に倣って、正樹さんのことを辛辣にコメントした。今となっては、二ヶ月前の夜に聞かされた「ずっと君を愛していた」という発言だって信じていいものか怪しい。
「……あ、そうだ。明日ダンナの実家に乗り込むんだったよな? いよいよ全面対決か」
「うん。ナルミさんにも連絡して、来てもらうことになったから」
この全面戦争のキーパーソンとなる人の名前を出すと、大智がキョトンとした顔になる。
「〝ナルミ〟……って誰だっけ? ああ、ダンナの愛人かぁ」
「……大智、言い方! それ言ったらあんただってあたしの愛人なんだからね」
「そうでした。悪りぃ悪りぃ。……んで? あの女に何させるんだ?」
「正樹さんがあたしと婚約してからずーっと不倫してるって、彼女に証言してもらうの。それで彼女に万が一不利益があったとしても、あたしには何の責任もないから。それはあっちで解決してもらいましょう」
「里桜、……お前って鬼?」
大智が「ああ、やっぱりね」な反応をして、数歩後ずさった。多分、「コイツは敵に回すと恐ろしい相手」と認識したのだろう。
「かもねー。でも、大智相手には鬼にならないから安心して? 大智があたしを裏切らなきゃね」
「裏切りませんって。お前の親父さんとも約束したからな」
「そうだね。それで裏切ったら、今度こそホントにお父さんに殴られるもんねー」
「……マジで予言すんのやめて」
大智をからかうと、彼は真っ青な顔で頼み込んできた。
「――それはともかく。明日のことは飯島さんに頼んどく。オレは行けねえけど大丈夫か?」
大智が真剣な顔になってあたしに訊ねる。彼は正樹さんと一度顔を合わせているので(しかも、正面切って堂々と宣戦布告しているのだ)、行かない方がいいとあたしも思った。絶対にトラブルになるから。
あたしとしては、できるだけ穏便にこの問題を解決したいと思っているのだ。多分、九割方ムリだろうけど。
「うん、大丈夫。むしろ、弁護士の飯島さんが一緒の方があたしも心強いよ」
法律の専門家で、そのうえあたしと大智の絶対的な味方でもある飯島先輩がその場にいてくれたら、あたしも安心だ。鬼に金棒である。――ちなみにこの場合の鬼はあたしで、先輩が金棒となる。
「そっか。じゃあ、オレも明日は飯島先輩を信用して任せるから。終わったら連絡よろしく」
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「おう。……里桜、もうすぐだな」
大智がそう言いながら、あたしを抱きしめた。あたしも彼の背中に両手を回しながら「うん」と頷く。大好きな彼の胸はすごく温かい。
「大智と幸せになるために、明日はあたしも頑張って戦ってくるからね」
「ん、頑張れ。オレとお前と、生まれてくる子供のためにな」
「うん」
――幸せな未来のために、あたしは彼とお腹の子を守る。そのために、田澤家をめちゃくちゃにしたあの親子と明日対決するのだ。
あたしを敵に回したらどうなるか、身をもって痛感してもらう。絶対に容赦しない。――大切な人の腕の中で、あたしは固く心に誓った。
* * * *
――翌日の午前中に、あたしはナルミさんにメッセージアプリで連絡を取った。
両親にも昨日のうちに、今日正樹さんの実家へ行くことを伝えてある。父は「お前ひとりで大丈夫なのか」と心配そうだったけれど、飯島弁護士が同行して下さることを伝えると「それなら安心だ。頼もしい」と父も安心してくれた。
〈今日、午後から藤木家へ乗り込みます。ナルミさんも来て下さい。
藤木家の住所は分かりますか?〉
〈分かりますよ。これでも秘書ですから。
ご実家へ伺ったこともあります。
わたしは何時ごろに伺えばよろしいですか?〉
〈二時ごろで大丈夫だと思います。
まずはあたしに同行して下さる弁護士の先生の説明がありますから、ナルミさんの出番はその後です。
よろしくお願いします〉
〈了解しました〉
「――よし、ナルミさんへの連絡はこれでオッケー。そういえば飯島さんって、ウチの場所知ってたかな? クルマで迎えに来てくれるって言ってたけど」
多分知らなかったと思うので、念のため、飯島さんにもショートメッセージであたしの実家の住所を送っておいた。
母と二人で作った冷やし中華で昼食を済ませ、出かける支度をしていると、玄関のドアチャイムが鳴った。
「――はい」
ウチのインターフォンはカメラ付きではないので、応答ボタンを押して応対すると、『弁護士の飯島です』という声が。
「里桜です。すぐに出られますから、ちょっと待ってて下さい」
インターフォンでの通話を切ると、あたしは両親に改めて「行ってきます!」と言い、フラットパンプスを履いて家を出た。
玄関の前ではスーツでビシッと決め、ちゃんと弁護士バッジをつけた飯島先輩が待っていて、彼の愛車と思しきシルバーのSUV車が停まっている。
「――お待たせしました、飯島さん。この家の場所、すぐ分かりました?」
「うん、迷わずに来られたよ。――じゃあ行こうか。助手席に乗って」
「はい、失礼します」
あたしが助手席に乗り込むのを待って、飯島さんも運転席に収まった。二人ともシートベルトをキチンと締めて、クルマは赤坂へ向けて走り出す。
「……ところで証拠って、どんなのが集まったんですか?」
「銀行が貸し剥がしを行った時の書類、藤木氏から支持された時のメモ。これは筆跡もバッチリ〈田澤フーズ〉の融資担当者のもので間違いない。あと、その指示があった通話の音声データと、銀行関係者や藤木グループの関係者の証言の録音データも。これだけ揃ってれば、向こうも言い逃れできないだろう」
「ありがとうございます。さすがは敏腕弁護士の先生ですね。……実は、あたしにも隠し玉があるんです」
「へぇ、どんなの?」
そういえば、正樹さんの不倫相手のことはまだ先輩に話していなかったなと思い出す。
「実は夫も不倫していたことが分かって。それも、あたしと婚約してすぐにですよ。で、そのお相手の女性に今日来てもらって証言してもらうことになってるんです」
「ほぉ……、それはすごい隠し玉だね。その証言は君にとっての切り札になるよ」
「でしょう? あたしはやられっぱなしの弱い女じゃないですから。大切なものを守るためならどんな手だって使いますよ。法に触れないこと限定ですけど」
あたしの〝大切なもの〟とはもちろん、大智と生まれてくるこの子との幸せな未来のことだ。これだけは絶対に、誰にも奪わせはしない。
「はは、大智にも聞いたけど、里桜ちゃんは確かに敵に回しちゃいけない相手だな。本気で怒らせたら法律家の僕でも敵わないかもしれない」
「当たり前ですよ。あたし、夫とその両親には本気で怒ってるんですから。さぁ、先輩も一緒にあの家を地獄のドン底に叩き落してやりましょうね!」
あたしは拳を握りしめ、意気揚々と先輩に宣言した。
「うん。ただ、法に触れるようなことはしてくれるなよ。あくまで僕が庇いきれる範囲内でね」
「もちろんです。あたしはただ、あの親子に社会的制裁を加えられればそれで満足ですから」
あとはあたしの家族や大智たちに手を出さなければ……。その後に藤木家がどうなろうと、あたしには知ったことか。
* * * *
「――うわぁ、デカい家……」
飯島さんは初めて訪れた藤木邸を、口をあんぐりと開けて見上げた。
あたしも久しぶりに赴いた正樹さんのご実家は敷地も広く、趣味が悪いくらいにバカでかい豪邸だ。これでもっと品があったら、「こんな家に住みたいなぁ」と憧れていただろうに。
「でしょう? あたしも来たのは半年ぶりくらいですけど」
インターフォンを押すと、家政婦さんが出た。ここのはカメラ付きなので、訪問者があたし一人ではないことがすぐに分かっただろう。すぐに義母と代わった。
『里桜さん、突然押しかけてきて何です? 何のご用かしら? その男は誰なの?』
「あら、お義母さま。嫁が夫の実家を訪ねてくるのに理由なんて必要ですか? ――今日は大事なお話があって参りました。こちらの方は弁護士の先生です」
矢継ぎ早に飛んでくる質問攻撃をスルリとかわし、「弁護士の」をあえて強調して飯島さんを紹介する。
義母が「弁護士……?」と呟いてからインターフォンの向こうがザワザワと騒々しくなり、「上がってもらいなさい」という義父の声が聞こえてきた。どうやら、ゴネる義母を説得していたらしい。しばらく待たされて、やっとのことで義母がインターフォンに戻ってきた。
『……まぁいいわ。お上がりなさい』
「――だそうです。飯島さん、行きましょう」
あたしは先輩を促し、半年ぶりに藤木家の門扉をくぐったのだった。いよいよ戦いのゴングが鳴る。
「――どうも、お義父さま、お義母さま。ご無沙汰しております」
ムダに広いリビングへ通されると、あたしはまずしおらしくニッコリ笑いながらペコリと頭を下げた。義母が飯島さんのことを胡散臭げに見ていることには気づかないフリをする。
今日、実家には正樹さんも呼んである。用件については何も伝えていない。せいぜい、あたしの狙いを知って震えあがるがいい!
「俺を実家に呼びつけるなんて、里桜、お前は一体何を企んでる?」
正樹さんも苦々しくあたしを問い詰めてきたけれど、「それはこの後分かりますよ」とだけしれっと答えた。
「よく来たねぇ、里桜さん」
「…………ええ、本当に。久しぶりに顔を見せたと思ったら弁護士なんて連れてきて。一体どういうつもりかしら」
にこやかにあたしを迎えて下さった義父とは違い、義母は明らかに不信感を露わにしている。
「それは、僕が今からお話しします。――失礼、自己紹介が遅れました。僕は飯島公平といいます。里桜さんが現在お勤めの〈株式会社Oプランニング〉の顧問弁護士を務めております」
飯島先輩が義父母に名刺を手渡した。彼が在籍しているのは超有名な大手の法律事務所で、義父が息を呑んだのが分かった。
「基本的には企業法務を請け負っているんですが、里桜さんとは個人的な知り合いでしてね。共通の知人を通じて彼女を救ってやってほしいと依頼があり、こちら藤木家や藤木グループについて色々と調査しておりました」
「調査……? 一体何の?」
義父母が顔を見合わせる中、正樹さんが口を挟んだ。痛くもない腹を探られて迷惑だという顔をしているけれど、そんな顔をしていられるのも今のうちだ。
「では、単刀直入に申し上げましょう。あなた方は〈田澤フーズ〉に対して、銀行が貸し剥がしを行うように働きかけましたね? そしてその負債を口実に、無理やり里桜さんを結婚という形で人質に取った。違いますか?」
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