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お城というくらいだから、どれほど豪華な場所なのかと思えば、謁見の間は随分と殺風景な部屋だった。
しかも、さほど広くもない。
映画なんかで見たお城とは随分違う。皆、傅いているわけでもないし、普通に談笑していたりする。
予想に反して意外と気軽な雰囲気に、あたしは肩透かしを食らった気分になった。
でも、マナーだのなんだのをうるさく言われるよりはずっとありがたい。
手持ち無沙汰なのでどうしようかと思ったが、一応ヴィーゴが横に付いてくれているようだ。
どうやらエスコート役というのは冗談ではなかったらしい。
ヴィーゴに頼るのは業腹ではあるが、隣にいるのが気に食わない嫌味な毒舌爬虫類男でも、一人でぽつんと放置されるよりはまだましだった。
「……なんか、領主様に謁見するっていうのに、随分フランクなんですね」
「それについては俺も同感だ。普通の貴族ならこうはいかないぞ。堅苦しいルールを覚えさせられるために、前日から泊まり込むのが普通だ」
「うぇぇ……それはキツイですね……」
「ライヒ卿は、ヴォリネッリで最も先進的な領主だ。徹底的に無駄を嫌う。––––多分、お前なら見ればなるほどと感じるはずだ」
「みんな剣とか下げたままなのも意外です」
「……お前、馬鹿だろう。ここにいる面々を見てみろ。ライヒのために武勲を上げた将が勢揃いだ。馬鹿をしでかそうというやつはここに呼ばれていないし、第一成功するわけがないだろう」
「……言い方は腹が立ちますけど、理解はできました」
いちいち癇に障る言い方をするヴィーゴだが、そろそろ慣れてきた。
(ヘルマンニやペトラと話がしたいなぁ)
慣れてきたとはいえ、ヴィーゴと比べてあの二人がいかに話しやすかったかを思い知った。
ここにハイジが含まれていないのは、あの朴念仁が極端なコミュ障だからである。
「お、ライヒ卿のお出ましのようだ。リン、一応傅いておけ」
「一応じゃなくても傅きますよ。どうすればいいんです?」
「左の手と膝を床につき、右膝を立てろ。バランスが取りづらければ右手を膝において構わん。顔は下に向けておけ。剣には絶対に触れるな」
「なるほど」
言われるがままにやってみれば、いかにも貴族に傅いているといったポーズである。
しん、と場が静まり返った。
どういう状況なのか見てみたいが、下を向いておかなければならないのだから仕方ない。
「頭を上げていいぞ、楽にしろ」
静かでよく通る声がした。
ちらりと横を向けば、ヴィーゴがゆっくりと顔を上げていた。
あたしも真似をして顔を上げ、声をした方を見ると––––
(あれっ? 『はぐれ』?)
壇上の中央に、黒髪の男性が立っていた。
線の細い男性だった。
背はあまり高くない。白髪の混じった黒髪で、よく見れば目の色は薄っすらと青い。それに日本人にしては顔が西洋顔なので、髪の色が黒いだけでこの世界の人間で間違いはないだろう。
––––この人が、ライヒ伯爵。
あとは、さすがは貴族というべきか、ものすごいハンサムである。いかにも知的な雰囲気で、日本にいる頃なら好みのタイプだと思ったに違いない。
ただ、その表情は仕事帰りのサラリーマンみたいに疲れていた。しかも服装がまるで貴族らしくない。街人と大して変わらない質素な衣服に、取ってつけたかのように豪華なローブを羽織っている。
しかし、目だけは強い意志を放っていた。
ライヒ伯爵の横には、複数人の貴族らしい人らが並んでいる。
一番立派な身なりをしているのはおそらくオルヴィネリ伯爵か。この人も随分フランクな雰囲気だ。この世界の貴族はこんな感じなのだろうか、一瞬と考えて、ヴィーゴが言っていた「この領だけだ」という言葉を思い出す。
そして、貴族らに混じって見覚えのある顔––––。次期オルヴィネリ伯爵夫人が、あたしの方を見て小さく手を降っていた。
あたしも目立たないように手を振り返す。
(よくもこんなところに引っ張り出してくれたわね、サーヤ)
ニヤ~、とわざと暗い笑みを浮かべてやると、サーヤは怯えたように笑顔を引きつらせた。
* * *
受勲式でコメントを求められたので正直に答えたら、ちょっとだけざわつかれてしまった。
「あっ、しまった」と思ったときにはもう遅かった。
見れば、ヴィーゴが「オーマイガー」とでも言いたげな顔で額に手を置いていた。
––––戦うべきだと考えたから戦っただけです。戦わずに済むなら戦いませんでした。
こんな返答になったのは、何やら偉そうな貴族がのほほんと「悪を打倒した」「正義の戦乙女」みたいな美辞麗句を並べ立てらたからである。貴族たちは、あたしがライヒ領に忠誠を誓っているから戦ったのだと思いこんでいたようで、「これからもライヒの発展のためにその腕を活かして欲しい」などと言われれば、「アホか」と言外に言い返したくもなるというものだ。
(んー、どうしようかな、ここからリペアは無理かも)
もしこれでライヒ領に居づらくなったらどうしよう––––と言っても、まぁなるようにしかならない。
すると、それまで黙っていたライヒ伯爵が声を上げた。
「はっきりものを言う奴だな。では訊こう。なぜ戦うべきだと考えた?」
ライヒ伯爵の表情を見れば、これは間違いなく面白がっている顔である。
だが、貴族に良くない印象を与えたままというのもまずい。
どうしようかと迷っていると、ライヒ卿が助け舟を出してくれた。
「心配するな。今日はお前たちをもてなすために呼んだんだ。細かい礼儀作法も無用だ。気楽に話せ」
「ありがとうございます。……あたしが戦ったのは、ハーゲンベックはあたしの個人的な敵でもあり、あたしに良くしてくれたエイヒムの人たちの敵だったからです」
「ふん? ならば、正義と言っても差し支えないのでは?」
「敵から見れば、あたしが悪です」
その返答は、ライヒ伯爵にはお気に召したらしい。クツクツと笑っている。
「『はぐれ』らしい言葉だな。さすがサーヤの推薦なだけのことはある」
「……恐縮です」
「聞けば、お前はハルバルツ卿のところに身を寄せているとか」
「ハルバルツ卿? いえ、私の保護者は、あれ?」
(確か、ハルバルツってハイジの名前よね)
「その顔は、知らなかったようだな。……ハイジは元気か?」
「え、あ、はい、その、元気です」
「そうか。たまには顔を出せと伝えておけ」
「は、はい」
頭の中に「?」が飛び交っているが、とりあえずハイジの話で間違いなさそうだ。
「できれば、お前にはこれからも我が領のために戦ってもらいたいのだがな」
「今のあたしにとって、エイヒムは文字通り故郷です。エイヒムの安全を脅かすようなことがあれば、あたしは戦います。ひいてはライヒ伯爵領のために戦うことになるかと」
「なるほど? 十分だ」
「それに……」
あたしはちらりとサーヤを見る。
サーヤはあたしが何をしようとしているのか解ったらしく、酷く慌てた様子で口に指をやって「シーッ! シーッ!」とやっている。
よし行ったれ。
「そちらにおわす、サーヤ様とは知らない仲ではありませんし」
貴族たちが一斉にサーヤを見た。
どうやら、前回の無断お忍び紀行は、ライヒの貴族たちには知られていなかったようだ。
サーヤは「あ~~」と顔を覆った。
(ククク……こんな場に引っ張り出してくれたお礼をしなくてはね)
「ん? 初対面ではなかったのか?」
「いえ、夜通しガールズトークに話を咲かせた仲です」
サーヤが涙目で「シーッ! シーッ」とやってるが、こってりと絞られるがいい。
「クククッ……。お前、悪い顔をしているなぁ……。気に入ったぞ」
「……恐縮です」
「今後、何かあれば俺を頼れ。俺とも『知らない仲』じゃなくなったろう?」
「そんな、恐れ多い」
「こうして話に花を咲かせた仲ではないか。いつでも遊びに来い。暇な時なら相手をしよう」
……なんだか知らないが、ライヒ卿に気に入られてしまった。
* * *
勲章を受け取って下がると、ヴィーゴに叱られた。
「お前、何を考えてるんだ。寿命が縮まったぞ」
「あー、それについては素直にすみません」
「他の領だったら、下手をすると首をはねられてるぞ。貴族相手にはいつでも傅いておけ。馬鹿め」
「はぁ、わかりました」
「……気付いてるだろうが、サヤがお忍びでお前に会いに行ったことはギルドでも把握してる」
うん、馬車でもあたしとサヤが面識あることを前提に話ししてたもんね。
「当然ライヒ卿にも報告済みだが、仮にもサヤは貴族だぞ。バカなことをするな」
「あれ? じゃあサーヤが叱られることはないんですか?」
「多分な」
「残念」
「お前結構いい性格してるな?!」
ヴィーゴに引かれてしまったが、この人にあたしのことは言えないだろう。
「……あの」
「何だ」
「伯爵が、ハイジのことを『ハルバルツ卿』って呼んでたんですけど」
「……あまりおおっぴらにはするな。ハイジと、あとは俺、ヘルマンニ、ペトラもだが……一応貴族だ」
「……マジですか」
「一代限りの、それも一番下級の位だがな」
いつだったか、ハイジは「おれは貴族じゃないから」と言ってなかったっけ?
……なんだか嫌なことを思い出しそうで、あたしは記憶をたどるのをやめた。
「ただ、色々あって、俺たちは貴族扱いされることを嫌う。特にペトラの貴族嫌いは激しい。あまり話題に出すな」
「色々って––––ああ……サーヤの一件か」
そういえば、採用面接のときに「貴族はいらん」みたいなことを言われたっけ。
「そうだ。だから絶対にその辺りでからかったりはするな。殴られるぞ」
「……肝に銘じます」
ペトラのゲンコツはバカみたいに痛いのだ。
わざわざ喰らうようなことはすべきじゃない。
* * *
受勲式は、とりあえず無事に終わった。
かねてから見てみたかったライヒ卿のご尊顔も拝謁できたし、目立つ場所に引っ張り出してくれたサーヤにも仕返しができたし、それにヴィーゴから聞かされた昔話は、あたしのハイジたちへの印象を一変させた。
なんだかんだ出席してよかったと思う反面、しっぺ返しもあった。
––––ライヒ領の懐刀で英雄である「番犬」ハイジの弟子。
––––『重戦車」ペトラの部下。
––––名付け親は『コクーン』ヘルマンニ。
––––ライヒ伯爵の養女でありオルヴィネリ伯爵家の時期当主婦人であるサヤ・イワシタ・オルヴィネリ姫の友人。
『黒山羊』の二つ名を持つ『麗しき黒髪の戦乙女』––––リン・スズモリ。
その名は独り歩きし、国中に轟くこととなる。
––––いっそ殺してほしい。
しかも、さほど広くもない。
映画なんかで見たお城とは随分違う。皆、傅いているわけでもないし、普通に談笑していたりする。
予想に反して意外と気軽な雰囲気に、あたしは肩透かしを食らった気分になった。
でも、マナーだのなんだのをうるさく言われるよりはずっとありがたい。
手持ち無沙汰なのでどうしようかと思ったが、一応ヴィーゴが横に付いてくれているようだ。
どうやらエスコート役というのは冗談ではなかったらしい。
ヴィーゴに頼るのは業腹ではあるが、隣にいるのが気に食わない嫌味な毒舌爬虫類男でも、一人でぽつんと放置されるよりはまだましだった。
「……なんか、領主様に謁見するっていうのに、随分フランクなんですね」
「それについては俺も同感だ。普通の貴族ならこうはいかないぞ。堅苦しいルールを覚えさせられるために、前日から泊まり込むのが普通だ」
「うぇぇ……それはキツイですね……」
「ライヒ卿は、ヴォリネッリで最も先進的な領主だ。徹底的に無駄を嫌う。––––多分、お前なら見ればなるほどと感じるはずだ」
「みんな剣とか下げたままなのも意外です」
「……お前、馬鹿だろう。ここにいる面々を見てみろ。ライヒのために武勲を上げた将が勢揃いだ。馬鹿をしでかそうというやつはここに呼ばれていないし、第一成功するわけがないだろう」
「……言い方は腹が立ちますけど、理解はできました」
いちいち癇に障る言い方をするヴィーゴだが、そろそろ慣れてきた。
(ヘルマンニやペトラと話がしたいなぁ)
慣れてきたとはいえ、ヴィーゴと比べてあの二人がいかに話しやすかったかを思い知った。
ここにハイジが含まれていないのは、あの朴念仁が極端なコミュ障だからである。
「お、ライヒ卿のお出ましのようだ。リン、一応傅いておけ」
「一応じゃなくても傅きますよ。どうすればいいんです?」
「左の手と膝を床につき、右膝を立てろ。バランスが取りづらければ右手を膝において構わん。顔は下に向けておけ。剣には絶対に触れるな」
「なるほど」
言われるがままにやってみれば、いかにも貴族に傅いているといったポーズである。
しん、と場が静まり返った。
どういう状況なのか見てみたいが、下を向いておかなければならないのだから仕方ない。
「頭を上げていいぞ、楽にしろ」
静かでよく通る声がした。
ちらりと横を向けば、ヴィーゴがゆっくりと顔を上げていた。
あたしも真似をして顔を上げ、声をした方を見ると––––
(あれっ? 『はぐれ』?)
壇上の中央に、黒髪の男性が立っていた。
線の細い男性だった。
背はあまり高くない。白髪の混じった黒髪で、よく見れば目の色は薄っすらと青い。それに日本人にしては顔が西洋顔なので、髪の色が黒いだけでこの世界の人間で間違いはないだろう。
––––この人が、ライヒ伯爵。
あとは、さすがは貴族というべきか、ものすごいハンサムである。いかにも知的な雰囲気で、日本にいる頃なら好みのタイプだと思ったに違いない。
ただ、その表情は仕事帰りのサラリーマンみたいに疲れていた。しかも服装がまるで貴族らしくない。街人と大して変わらない質素な衣服に、取ってつけたかのように豪華なローブを羽織っている。
しかし、目だけは強い意志を放っていた。
ライヒ伯爵の横には、複数人の貴族らしい人らが並んでいる。
一番立派な身なりをしているのはおそらくオルヴィネリ伯爵か。この人も随分フランクな雰囲気だ。この世界の貴族はこんな感じなのだろうか、一瞬と考えて、ヴィーゴが言っていた「この領だけだ」という言葉を思い出す。
そして、貴族らに混じって見覚えのある顔––––。次期オルヴィネリ伯爵夫人が、あたしの方を見て小さく手を降っていた。
あたしも目立たないように手を振り返す。
(よくもこんなところに引っ張り出してくれたわね、サーヤ)
ニヤ~、とわざと暗い笑みを浮かべてやると、サーヤは怯えたように笑顔を引きつらせた。
* * *
受勲式でコメントを求められたので正直に答えたら、ちょっとだけざわつかれてしまった。
「あっ、しまった」と思ったときにはもう遅かった。
見れば、ヴィーゴが「オーマイガー」とでも言いたげな顔で額に手を置いていた。
––––戦うべきだと考えたから戦っただけです。戦わずに済むなら戦いませんでした。
こんな返答になったのは、何やら偉そうな貴族がのほほんと「悪を打倒した」「正義の戦乙女」みたいな美辞麗句を並べ立てらたからである。貴族たちは、あたしがライヒ領に忠誠を誓っているから戦ったのだと思いこんでいたようで、「これからもライヒの発展のためにその腕を活かして欲しい」などと言われれば、「アホか」と言外に言い返したくもなるというものだ。
(んー、どうしようかな、ここからリペアは無理かも)
もしこれでライヒ領に居づらくなったらどうしよう––––と言っても、まぁなるようにしかならない。
すると、それまで黙っていたライヒ伯爵が声を上げた。
「はっきりものを言う奴だな。では訊こう。なぜ戦うべきだと考えた?」
ライヒ伯爵の表情を見れば、これは間違いなく面白がっている顔である。
だが、貴族に良くない印象を与えたままというのもまずい。
どうしようかと迷っていると、ライヒ卿が助け舟を出してくれた。
「心配するな。今日はお前たちをもてなすために呼んだんだ。細かい礼儀作法も無用だ。気楽に話せ」
「ありがとうございます。……あたしが戦ったのは、ハーゲンベックはあたしの個人的な敵でもあり、あたしに良くしてくれたエイヒムの人たちの敵だったからです」
「ふん? ならば、正義と言っても差し支えないのでは?」
「敵から見れば、あたしが悪です」
その返答は、ライヒ伯爵にはお気に召したらしい。クツクツと笑っている。
「『はぐれ』らしい言葉だな。さすがサーヤの推薦なだけのことはある」
「……恐縮です」
「聞けば、お前はハルバルツ卿のところに身を寄せているとか」
「ハルバルツ卿? いえ、私の保護者は、あれ?」
(確か、ハルバルツってハイジの名前よね)
「その顔は、知らなかったようだな。……ハイジは元気か?」
「え、あ、はい、その、元気です」
「そうか。たまには顔を出せと伝えておけ」
「は、はい」
頭の中に「?」が飛び交っているが、とりあえずハイジの話で間違いなさそうだ。
「できれば、お前にはこれからも我が領のために戦ってもらいたいのだがな」
「今のあたしにとって、エイヒムは文字通り故郷です。エイヒムの安全を脅かすようなことがあれば、あたしは戦います。ひいてはライヒ伯爵領のために戦うことになるかと」
「なるほど? 十分だ」
「それに……」
あたしはちらりとサーヤを見る。
サーヤはあたしが何をしようとしているのか解ったらしく、酷く慌てた様子で口に指をやって「シーッ! シーッ!」とやっている。
よし行ったれ。
「そちらにおわす、サーヤ様とは知らない仲ではありませんし」
貴族たちが一斉にサーヤを見た。
どうやら、前回の無断お忍び紀行は、ライヒの貴族たちには知られていなかったようだ。
サーヤは「あ~~」と顔を覆った。
(ククク……こんな場に引っ張り出してくれたお礼をしなくてはね)
「ん? 初対面ではなかったのか?」
「いえ、夜通しガールズトークに話を咲かせた仲です」
サーヤが涙目で「シーッ! シーッ」とやってるが、こってりと絞られるがいい。
「クククッ……。お前、悪い顔をしているなぁ……。気に入ったぞ」
「……恐縮です」
「今後、何かあれば俺を頼れ。俺とも『知らない仲』じゃなくなったろう?」
「そんな、恐れ多い」
「こうして話に花を咲かせた仲ではないか。いつでも遊びに来い。暇な時なら相手をしよう」
……なんだか知らないが、ライヒ卿に気に入られてしまった。
* * *
勲章を受け取って下がると、ヴィーゴに叱られた。
「お前、何を考えてるんだ。寿命が縮まったぞ」
「あー、それについては素直にすみません」
「他の領だったら、下手をすると首をはねられてるぞ。貴族相手にはいつでも傅いておけ。馬鹿め」
「はぁ、わかりました」
「……気付いてるだろうが、サヤがお忍びでお前に会いに行ったことはギルドでも把握してる」
うん、馬車でもあたしとサヤが面識あることを前提に話ししてたもんね。
「当然ライヒ卿にも報告済みだが、仮にもサヤは貴族だぞ。バカなことをするな」
「あれ? じゃあサーヤが叱られることはないんですか?」
「多分な」
「残念」
「お前結構いい性格してるな?!」
ヴィーゴに引かれてしまったが、この人にあたしのことは言えないだろう。
「……あの」
「何だ」
「伯爵が、ハイジのことを『ハルバルツ卿』って呼んでたんですけど」
「……あまりおおっぴらにはするな。ハイジと、あとは俺、ヘルマンニ、ペトラもだが……一応貴族だ」
「……マジですか」
「一代限りの、それも一番下級の位だがな」
いつだったか、ハイジは「おれは貴族じゃないから」と言ってなかったっけ?
……なんだか嫌なことを思い出しそうで、あたしは記憶をたどるのをやめた。
「ただ、色々あって、俺たちは貴族扱いされることを嫌う。特にペトラの貴族嫌いは激しい。あまり話題に出すな」
「色々って––––ああ……サーヤの一件か」
そういえば、採用面接のときに「貴族はいらん」みたいなことを言われたっけ。
「そうだ。だから絶対にその辺りでからかったりはするな。殴られるぞ」
「……肝に銘じます」
ペトラのゲンコツはバカみたいに痛いのだ。
わざわざ喰らうようなことはすべきじゃない。
* * *
受勲式は、とりあえず無事に終わった。
かねてから見てみたかったライヒ卿のご尊顔も拝謁できたし、目立つ場所に引っ張り出してくれたサーヤにも仕返しができたし、それにヴィーゴから聞かされた昔話は、あたしのハイジたちへの印象を一変させた。
なんだかんだ出席してよかったと思う反面、しっぺ返しもあった。
––––ライヒ領の懐刀で英雄である「番犬」ハイジの弟子。
––––『重戦車」ペトラの部下。
––––名付け親は『コクーン』ヘルマンニ。
––––ライヒ伯爵の養女でありオルヴィネリ伯爵家の時期当主婦人であるサヤ・イワシタ・オルヴィネリ姫の友人。
『黒山羊』の二つ名を持つ『麗しき黒髪の戦乙女』––––リン・スズモリ。
その名は独り歩きし、国中に轟くこととなる。
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