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episode...03

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海桜「わーーーーー!!」
渚咲「海桜、こっち向いて」

私が桜並木ではしゃいでいると、すぐにその様子を写真に収めようとカメラマンにでもなったかのような動きで、最近購入したお気に入りのデジタルカメラでパシャパシャとシャッターを切る渚ちゃん。

海桜「渚ちゃんみてー!」

川辺に浮かんで桜の花弁が向こうから流れてくるのが凄く綺麗で、はしゃぐ女子とは真逆に、カッコつける為に自ら進んで立候補したものの、思ったよりもハードな道程にハァハァと一人だけ息切れをして燐ちゃんは景色どころじゃなかったみたい。

海桜「蒼空くん、連れてきてくれてありがと」
蒼空「まぁ、暇だったしな」

一方で、蒼空くんも同様に荷物を持っていたのだけれど、日頃スポーツをしている賜物か、燐ちゃんとは違い涼しい顔をして景色を堪能しながら、まったりと私達の少し後ろを歩いて荷物を広げられそうな場所を探索していた。

海桜「この辺はどー?」
渚咲「そうね」
蒼空「そーだなー、じゃああそこな。燐」

蒼空くんが燐ちゃんへと目線だけで指示を出す。

燐斗「……ちょ、おま、も、もてよ…」
蒼空「お前、俺に勝つんだろ?それくらい若いんだから、軽ーく持てるだろ」
燐斗「…それとこれとは…別だろ!……も、ちょ、無理…!」

息も上がって絶え絶えに文句を言いながら抱えている荷物を一旦全部下ろす燐ちゃんの姿を見て、蒼空くんが仕方ないと荷物を取りに戻る。

蒼空「お前非力なのな。使えねぇー」

小馬鹿にしたようにボソッと蒼空くんが呟くと、燐ちゃんは眉間にシワを寄せて負けじと言い返す。

燐斗「だ、だったらお前、持て…よ……ハァハァ」
蒼空「しゃーねーな」

文句タラタラな燐ちゃんを横目に、さっさと拾い集めた荷物を軽々持ち上げて『ふん』と鼻を鳴らすとスタスタと歩き出す蒼空くん。

燐斗「アイツ…なんなんだよ」

燐ちゃんは、蒼空くんの後ろ姿にブツブツと悪態をつきながらようやく場所にたどり着いて、私や渚ちゃんがシートを広げて宴会の準備をするのを手伝った。

海桜「燐ちゃん早く!!」
燐斗「…おお~…」



それから数時間後、すっかり上機嫌で普段なら酔うまで呑んで泥酔なんて事はあり得ない私だけど、この日はかなり舞い上がっていたのもあって完全に出来上がっていた。

海桜「渚ちゃ~ん」

酔が回って気持ちがすっかり大胆になっていた私は、隣に座っている渚ちゃんにもたれかかる。
すると、燐ちゃんがすかさず下心丸出しで近寄ってきた。

燐斗「海桜。こっちに寄りかかってもいいぞ?」

ここぞとばかりに、燐ちゃんがいつもは鉄壁の壁である私の壁を崩そうと、果敢になんども挑戦してくるけど、酔っていてもガンとして受入れず、挑戦は敢え無く失敗に終わる。

海桜「やーらの」

そして、すぐにプイッとソッポを向いて、私は次に目についた蒼空くんの方へフラフラと千鳥足で向かった。

海桜「そぉーらぁーくん」
蒼空「ん?」

蒼空くんの方は、昨日とは違ってまだほろ酔いな感じで、寄ってきた私を見て優しく笑っていた。

海桜「のんれー?」

と、自分の飲んでいた缶ビールを差し出した。

蒼空「うん、ありがと」
海桜「あ、私、ちょっと化粧室行ってくるね」

缶ビールを手渡すと同時に、私が急に思いたったように立ち上がると、蒼空くんもすぐに腰を上げる。

蒼空「行くぞ?お前1人じゃあぶねぇし」
燐斗「あ!じゃ、じゃあ…俺も!」
渚咲「あんたはいーの」
燐斗「えーーー」

渚ちゃんにすぐに制止されて、燐ちゃんは泣く泣く居残る。
そして私がフラフラと歩き出すと、蒼空がピッタリと横について歩いてくれた。

海桜「待っててね」
蒼空「んー、早くなー」

近くの木に寄りかかる蒼空くんを横目に、私は列に並んだ。



さっきの場所で私を待ちながら、ぼーっと木によりかかっている蒼空くんを見つけて声をかけようとした時、聞き覚えのない声が名前を呼んでいて蒼空くんは辺りを見渡して、声の主を見つけるとニコッと笑った。

鈴花れいか「蒼空?」

見つけた顔に見覚えがあるらしく、蒼空くんは懐かしいそうに笑ってて、凄く綺麗で大人っぽいのに少し幼さの残る童顔で、ちょっと小柄で可愛らしいそんな人で、そっと蒼空くんの手がその人の頭をポンポンと優しく撫でていて、何だか私はその仕草に胸がズキッと痛くなった。

蒼空「おお。鈴花じゃん」
鈴花「久しぶりね会社か何か?」
蒼空「言ったことあるだろ?幼馴染みとその友達に休みなら連れてけってせがまれてさ」
鈴花「散々聞かされたわ。海桜さんいるの?」
蒼空「そろそろ戻ってくると思うよ」

会話の内容は分からなかったけど、何となく二人の間に漂う空気感が全てを物語っているようなそんな気がして、そんな空気感を目の当たりにしたせいか、カラダに重い鎖でも繋がれてるみたいだった。

蒼空「海桜!帰ってきてたなら声かけろよ」
海桜「お待たせ、ごめん…」

あからさまにさっきとはテンションが真逆で、ショックを隠しきれない私に気がついたのか、蒼空くんが少しおちゃらける。

蒼空「ちゃんと手洗ったのかー?」
海桜「当たり前れしょー」

なんだか、触れられたくないって感じにも見えたけど、逆に凄く気になってしまって自分から話をきりだしてみた。

海桜「ってか、蒼空くん、この綺麗なお姉さんはだーれ?」
鈴花「あ、鈴花です。蒼空とは大学時代の友人だったの。会うのは久しぶりなんだけど」
海桜「あ、海桜です。えーっとぉ、蒼空くんとは幼馴染みで…」

何を言おうかと、考えながら話す私の言葉を察して、言葉を鈴花さんが繋いでくれる。

鈴花「蒼空が可愛がってる妹みたいな女の子がいるって毎日聞かされてたから私は知ってたの。本当に想像してたとおりに可愛らしくてちょっと妬けるわ」
蒼空「鈴花!余計な事は言わなくていいんだよ」
鈴花「あら、余計な事だった?」

悪戯に笑う鈴花さんの笑顔が、なんだか憎らしく思えてくるほどに、可愛らしい笑顔だった。

蒼空「相変わらずだな。お前は」

呆れ顔の蒼空くんと、悪戯に笑う鈴花さんとのやり取りを端から見ていて何となく察しはつくような気がした。
きっと鈴花さんは、蒼空くんの事が好きなんだろうな…なんて、考えていると泣きそうになってしまう。
必死に気持ちを悟られまいと隠しているつもりだったけど、きっと隠しきれていなくて、察しの良さそうな鈴花さんはそれに気づいたのか、たまたまだったのかは分からないけど、鈴花さんはすぐにその場を去ろうとしたように見えた。

鈴花「あ、そうだ!蒼空、連絡先変えた?」
蒼空「変わってないよ」
鈴花「後で、連絡してもいい?」

鈴花さんが蒼空の顔色を伺うようにして問うと、少し間を開けて蒼空くんが頷く。

蒼空「うん」
鈴花「それじゃーね」
蒼空「…おう」

別れてからも蒼空くんは笑いながら、やっぱりどこか笑顔が曇っているように見えて、私はそれを吹き飛ばしたくて、ずっとテンションを保つ為にもガンガン飲んで騒いだ。

海桜「燐ちゃん!飲むよ!」
燐斗「お。飲むか!」
渚咲「もー2人とも程々に!」

渚ちゃんの忠告もこの時ばかりは聞いてあげられなかった。



海桜「う"ー」
蒼空「飲みすぎ」
渚咲「もー、普段全然飲まないくせに、飛ばしてあんなに飲むからだよ?」
蒼空「ほら、立てるか?」
海桜「ん"ーームリ…」

渚ちゃんに背中を擦ってもらいながら、気持ち悪すぎて青い顔をしていると、不意に蒼空くんのスマホの着信音が鳴った。

蒼空「ごめん、ちょっと海桜の事頼むわ」
渚咲「大丈夫です」
海桜「ん…気持ち悪い~」

蒼空くんが電話をしに行く背中を横目に、私は悟られないように精一杯明るく振舞っていたけど、渚ちゃんは私の様子が変わったことにいち早く気づいてて、なかなか口を開かない私に仕方ないと渚ちゃんの方からタイミングを見計らって話を切り出してくれた。

渚咲「何かあった?」
海桜「え?なんれ?」
渚咲「だって海桜あんまり酔ってないでしょ」

私の背中を擦りながら、優しく笑う渚ちゃんの笑顔が、とてもまぶしく感じてポロポロと落ちてくる涙。

海桜「う"~…」
渚咲「もう、無理しないの。後で聞いてあげる」

その涙を見て渚ちゃんは、私の気持ちを知っていて、蒼空くんが戻ってくるのも時間の問題だしと、この場ではそれ以上口にしなかった。
そして蒼空くんが戻ってくるまでの間に渚ちゃんは、何も知らずに寝息をたてている燐ちゃんを叩き起こしていた。

渚咲「この、愚民‼」

パシンッ!と燐ちゃんはおでこを渚ちゃんに叩かれて、ふにゃふにゃと目を覚ます。

燐斗「……い"っ!!……ん?なに?」
渚咲「起きなさい!帰るわよ」
燐斗「え?もう?」
渚咲「これ以上外に居たら海桜が風邪を引くでしょ。それに、海桜も、もうオジ様が来てる頃じゃない?」
海桜「あ!お父さん!」

お父さんに帰る頃連絡を入れなさいと言われていた事に気づいて、慌てて連絡して迎えに来てもらい、私達はそれぞれの家路につく。

蒼空「海桜、着いたぞ」

いつの間にか眠っていた車内で私は、蒼空くんにもたれかかっている事に気づいてハッとして目が覚める。

海桜「あ、ごめん…」
蒼空「いーよ?なんか元気ないな」
海桜「そうかな?たぶん結構飲んだからじゃない?」
蒼空「そっか」

明るく振舞ってみるけど、蒼空くんは何か気がついているみたいだった。
だけどそれ以上は何も言わず、聞かずで何時も通りに接してくれて、何でもない日常をそのまま送った。
PM 23:38を過ぎた頃に蒼空くんが帰って、なんとなく張り詰めていた気持ちが一気に解ける。
そして一息ついて、私はベットへと倒れ込んだ。
すると、スマホがタイミングを見計らったように新着メッセージが届いた事を知らせる。
[渚咲 : 落ち着いた?蒼空さんはまだ一緒?]と一文が届いたので、内容的に長くなるし直接話した方が伝わるしと思い切って電話をしてみる。

渚咲「それで?」
海桜「別にね、たまたま偶然あの場所で大学の時の友達って人に会っただけなの。でもしばらく連絡取ってなかったみたいで、その何となく雰囲気がそうなのかなぁって…」
渚咲「まぁ、蒼空さんだって恋愛くらいはしてきただろうしね。それが普通よ?」
海桜「それは…そうなんだけど…」
渚咲「海桜はさ、言わないの?蒼空さんに好きだって」
海桜「言えないよ…」
渚咲「なんで?」
海桜「だって、蒼空くんにとっては妹なんだもん…」
渚咲「でも、言わなきゃそのままよ?」
海桜「そう…だけど…」

きっと蒼空くんは、あたしが好きだと伝えても変わらずに接してくれるとは思う。
でも、それは妹としてのポジションで、もしも彼女が出来たら私はその立場から一歩も動く事ができなくなるって事で、それを受け入れて蒼空くんにおめでとうと素直に言える自信がない。

海桜「ごめんね、我儘だよね」
渚咲「我儘でも良いんじゃない?あたしは、海桜が幸せになるように応援するだけよ」
海桜「大好き」
渚咲「知ってる、あたしも好き」



一方で蒼空くんの部屋でも着信が鳴っていた。

[着信:0906833XXXX]

知らない番号からだった。
でもその相手にはなんとなく察しがついていて、躊躇なく電話に出た。

蒼空「はい」
鈴花「蒼空?」

名前を聞かなくても、声だけですぐに誰だか分かった。

蒼空「うん」
鈴花「番号、本当に変えてなかったのね」
蒼空「まあね」
鈴花「今、家?」
蒼空「どこにいんの?」
鈴花「噴水公園」
蒼空「わかった」
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