天国は空の向こう

ニーナローズ

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第一章

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 委員長と共に図書館を出たイツトリは傍らに純白の獣を連れながら長い廊下を歩いていた。
 誰も彼もが息を潜める図書館の静謐さとは違い、一歩外に出れば騒めきが耳を打つ。
 騒めきといってもそこまで騒がしいというほどではない。事実廊下には二人以外の姿は見えないし、そもそも今日は休日だ。休日なのでいつもよりは断然静かな方であるのだが、イツトリはいつまで経っても慣れなかった。
 だけど、今日はいつもより騒がしい気がする。んー?と小首を傾げながら彼は呟いた。
「なんか今日、うるさい」
「そりゃあそうです。今日はなんと言ってもトーナメント発表日。誰が強者とかち合うのか、皆が注目しているのですよ」
「あー……なるほど、そういう」
 歩きながら長い廊下に掲げられた金属のプレートを横目に見る。
 特殊な金属で作られたソレは青く発光する文字でこう書かれていた。
 『異質さこそ正義なり』と。
 それは此処――帝都特異魔術学園が掲げる学園の方針だ。異質さこそ正義。異様さこそ力であると。
 特異魔術とは個人個人が持つ召喚魔術の総称だ。
 どの魔術書にも、誰にも語られることのない、歪に尖ったオンリーワンの魔術。だけれどそれは尖り切ったナイフと同じ。自らも傷つきかねない抜き身のそれらの扱い方を学ぶ為に帝都特異魔術学園は存在する。
 学園の生徒は誰も同じ魔術を使わない。スタンダードな魔術こそあるものの、隠し球として特異魔術を持っている。此処ではあり得ないは存在しない。どのような魔術でも存在する。
 イツトリも、委員長も、同じ魔術を使うことはないのだ。それこそが特異魔術。異質さを極める為の魔術であり、それを扱う彼らは上位魔術師とも呼ばれている。
 魔術師の中でも更に優秀な者達だけが、特異魔術を使う事ができ、この学園に在籍することが許されている。
 果てしない廊下を歩きながらふと、嵌め込まれた大きな窓から外を見ると眩しいまでの青空が目に入った。
 その美しい快晴を眺めて、少年は隣を歩く少女に声をかける。
「委員長」
「なんです?イツトリくん」
「今日ってトーナメント発表日なんだよな」
「そうですよ」
「なんで外でもうやりあってんの?」
 窓から見える景色から八本脚の巨大な漆黒の馬が縦横無尽に空を駆け巡っているのが見えた。
 あの方向なら試合会場にもなっている中庭だろう。庭といってもその広さは異常だ。見渡す限りの広大な草原になっていて用途に合わせて地形を変形することができる。
 荒野にも、岩場にも、街中にもなる変幻自在の闘技場だ。
 アレが使われているということは既に試合は始まっている。だがトーナメントが発表されたという委員長の言葉は今から試合が始まると言った感じだった。矛盾が生じている。
 イツトリの素朴な質問に対して、委員長は呆れた顔になった。メガネをかけた知的な美貌がこれ以上ないほど少年への呆れを全面に出してくる。
 そのあまりにも呆れた顔にさしものイツトリも首を傾げた。
 何か変なことを言っただろうか?
「変なこと聞いた?」
 真面目な委員長に素直に質問すると肺の中の空気をすべて吐き出す勢いでふっかいため息を吐かれた。
 呆れられている。パチパチと目を瞬かせたイツトリは委員長に文句を言った。流石に遺憾である。
「なんだよ、俺はエスパーじゃないんだ。心を読むような特異魔術も持ってないんだから言ってくれないとわからないよ」
「えぇ、えぇ。そうでしょうね。私が呆れているのはそっちじゃありません。あれほど話をしていたのに何も聞いていないイツトリくんに呆れているんです」
 居眠りしていた生徒を叱る先生みたいに上から目線でもう一度溜め息を吐かれた。白いブラウスに包まれた両腕が組まれる。
 そうするとぐ、とその豊満な胸元が押し上げられて強調されているのだがイツトリは黙っていた。
 此処で指摘したら恥ずかしがり屋な委員長のお怒りゲージを上げるだけだ。説教されているのに説教が伸びるような真似はしたくない。
 イツトリは小さな子供が言い訳するようにモゴモゴ言った。
「大事なことは聞いてるさ」
「私が話したことすべてが、大事なことです。そもそも人の話はきちんと聞きなさい。困るのはイツトリくんです。私とイツトリくんでは行動が違う事もあります。そうなった時に話を聞いていなかったらどうしますか?命の危険に晒されることだってあります」
 真剣な、優しい言葉だった。
 母のように、姉のように、彼女は叱る。それが優しさだと知っているからイツトリも反論せず、文句も言わず、真面目に耳を傾けた。
「悪意ある言葉や必要ない情報まで受け取れというつもりはありません。ですが、必要か必要でないかを精査することが重要なのです」
「うん、わかったよ」
「はい。素直でよろしい。では聞いていなかったイツトリくん。何処まで説明が必要ですか?」
 教師の如く教える体制に入った委員長にイツトリは記憶から情報を引っ張り出す。確か……。
「試合はトーナメント方式で、バディ専用」
 聞かれたことに答えたら、真面目メガネは半眼になった。バラのように華やかな紅い瞳がじとー、と少年を睨む。
「イツトリくん……」
「ん?」
「それはほとんど説明になっていません。それは試合の概要!しかもちょー簡単なやつ!!さては話を聞いていなかったから推測しましたね!」
 もー!とお怒りの声を上げた委員長は腕を振り上げた。
「これは一大事ですよ、イツトリくん!」
「何がですか、委員長」
 委員長のノリに合わせて聞き返すと彼女は得意げに話し出す。
「イツトリくんの状況把握がとんでもないことが判明しました。あなたとバディを組む私の試合にも関わってきます。由々しき事態です。とっても。ですからトーナメント表を確認した後、もう一回説明会をします!」
「はぁ」
「そうと決まれば即行動です。元々、トーナメント表は見る予定でしたし、作戦会議がてら、一から確認するのも良いでしょう。さぁ、行きますよ!」
「うぇー、」
 見た目にそぐわぬ腕力なのか、そもそも少年が非力なのか。
 ずりずり引き摺られていきながら二人は廊下を進んでいく。その横を尻尾を揺らしながら獣が歩いていた。
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