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永禄6年(1563年) 松倉城調略
1、初の調略手柄
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美濃の稲葉山城内は今や騒乱の中にあった。
譜代の重臣達が織田と内通している書状が次々に発見されたのだから。
それも、である。
織田は美濃の情報をちゃんと掴んでいたので、重臣を狙い撃ちした。
一番に狙われた美濃の重臣は稲葉良通。後の稲葉一鉄である。
何者かと言えば、西美濃三人衆の1人だった。
織田からすればこいつが一番、美濃斎藤家の中で邪魔だったので。
そして重臣達の婚姻が当たり前の戦国時代だ。
稲葉氏と縁続きの安藤守就も巻き添えで窮地に立たされたのだった。
まあ、それはおいておくとして。
小牧山城の城下がようやく完成した。
信じられない事に城下が完成したのは小牧山城が完成した翌年の永禄6年だ。
何せ、重臣の屋敷割りだけでも揉めに揉めて、なかなか決まらなくて普請が始められなくて。
重臣の家の区割りが終わった後に庶民の屋敷なのだから。
というか、丹羽長秀は普請奉行と並行して人使いの荒いに信長に別の任務を言い渡されており、余り普請をしておらず、それが調停が遅れた原因でもあったが。
それでも、これでようやく小牧山城の城下も完成した。
信長が小牧山城に入った事で賭場が開けなくなり、旨味が全くなくなった普請からやっと解放された秀吉は織田家の武士の仕事に取り掛かれる事となった訳だ。
上官の丹羽長秀が犬山城と美濃の調略を任されており、その手伝いが秀吉にも回ってきたのだが。
◇
秀吉の受け持ちは「木曽川の国人の取りまとめ」をやってる松倉湊を支配する松倉城の城主の坪内利定の調略だった。
正直言って楽勝である。
坪内利定の松倉城は敵方の美濃国にあるのではなく、尾張国内にある城だったのだから。
松倉城の立地の関係で犬山城に与してるが、出奔中に世話になった事のある前田利家から聞いた話では信長の下に付きたがってるらしい。
そして備考の知識として妻が信長の側室の吉乃の実家の生駒氏の娘だった。
とは言っても、時は戦国時代。
まだまだ男尊女卑の時代である。
その上、信長の家系は子だくさん。
信長自身、実弟の信行を殺害し、姉が嫁いだ従兄弟の織田信清が籠もる犬山城を攻めている。
一門意識が信長自身、希薄だったので別に考慮する必要はなかった。
あの信長だぞ。
闇で女に甘えられたくらいで手心を加える訳もない。
女に甘い秀吉とは違うのだ。
よって、本当に気にしなくて良かった。
意気揚々と秀吉は信長が発行した「降伏するなら知行安堵してやる」と書かれた書状を持って松倉城に出向いて坪内利定に会ったのだが、
「清洲なんぞに降る訳が無かろうが」
と言ってきた。
(ん? 話が違うぞ。はは~ん、なるほど。そういう事か)
秀吉はすぐにピンときた。
「清洲に降伏するつもりの癖に粘って条件を吊り上げるつもりだな、こやつ」と相手の狙いが。
なので秀吉はサル知恵を働かせるまでもなく、
「粘らぬ方がよろしいですぞ、坪内殿。殿が兵を動かせば降伏しても城主の座を追われてしまいますから」
「やれるものならやってみろ」
「えっ、乱妨取りをしてもよろしいので」
「やれるものならやって・・・」
利定が突っぱねようとしたら、慌てて同席していた松倉城の幹部武士が、
「お待ちを。こいつは美濃の森部の村を潰した木下ですぞ」
その忠言で初めて坪内利定は眼の前の貧相な小男を値踏みした。
あの森部の乱妨取りで美濃の村が1つ潰れている。
当然だ。
男手を全員皆殺しにしたのだから。
女子供と年寄りだけでは流れ者の狼藉からも、もう村を守れない。
安全ではなくなった村は完全に捨てられて、生き残った住民達はよそに移って本当に村は潰れていた。
「村が潰れた」という事はその村が担当する田畑が全部放棄されたという事だ。
美濃の石高が一時的にだが減った事になる。
秀吉がやった事は美濃から言わせれば滅茶苦茶な行為だった。
「・・・おまえがやったのか?」
「『織田の怖さを教えてやれ』との命令だったので仕方なく」
村を1つ潰しておいて素知らぬ顔で秀吉は返事をした。
「この使者の役目を受けた際に何か言われておるのか?」
「殿からは何も。前田利家殿からは『出奔して困窮した時にオレも世話になってな。頼むから城下を燃やさんでくれ』と言われておりますが」
ピクリ。
「城下を燃やすつもりか?」
「下っ端ですので命令されたら嫌でもせぬ訳には・・・」
「本音は?」
「『木曽川の渡舟賃で大層潤っておると聞いておるから今から乱妨取りするのが楽しみじゃわい』に決まっておるでしょうが」
秀吉はお宝を夢想して貪欲に、そして妙に凄味がある顔で笑ったのだった。
ゾワリ。
この笑い方。
乱妨取りを楽しんでる。
というか、こいつは絶対に城下を燃やす。
(こんな奴を降伏の使者に寄越してくるなんて。清洲め)
「それで? 犬山城と一緒に清洲、おっと、小牧山の殿に逆らい、死ぬまで戦うのですよね?」
「誰もそんな事は言っておらぬであろうが」
「では?」
「降るわ。清洲殿(尾張には織田姓が一杯いるので地名で呼ぶ風習がある)にそう伝えい」
坪内利定は態度を軟化させて降伏を秀吉に伝えたのだった。
それなのにである。
秀吉が使者としてやってきて、小牧山城に帰っていたその日の夜。
松倉城の城下は燃えたのだった。
覆面を付けた野盗の仕業である。
それも木曽川を縄張りにする松倉城の城下の廻船問屋が狙われた。
松倉城の城下町で一番の銭を持っているところだ。
銭があるのだから、当然のように用心棒や腕っ節の強い人夫達が守っていたが、相手は野盗の癖に強く、用心棒達をことごとく殺して、店主が首から下げてる鍵を奪って蔵を開け、蔵の銭箱14箱を総て舟に載せて、松倉湊から木曽川を下ってとんずらしていったのだった。
その手際の良さから「名うての盗賊」または「清洲への恭順を聞き付けた美濃の工作部隊」と思われたが、中に「小男が混じっていた」との報告を聞いた坪内利定は、
「やりやがったな、あのサル顔の雑兵っ!」
そう吠えたのだった。
今夜出没した野盗は凶暴な連中で、街では50人以上が斬られてる。腕っ節の強い用心棒達が、である。
(美濃の戦場の話が尾張にまで伝わる訳だ。村の百姓では勝負にもならなかったであろうな)
「小牧山城に苦情を入れましょう」
「当然だ。書状を書く。使者を送れ。あの気狂いサルを罰せなければ降伏はしないと」
この坪内利定の決めつけはズバリその通りで、野盗の正体は秀吉とその配下達だった。
木曽川を下る舟の上で覆面を脱いだ秀吉が、
「うまくいったじゃろ、おみゃあら」
「本当にな~。でもよ。どこまで舟で川を下るんだ、サル? 木曽川は全部、犬山城の縄張りだぞ?」
尋ねたのは奇しくも坪内姓の変名を名乗ってる前野長康である。適当に名乗ってるだけで坪内氏とは無関係である。
「あの松明のところまでだぎゃあ。あそこに小一郎が荷台と一緒に待っておるでの」
「おお、何から何まで準備がいいな」
そう感心する坪内光景だった。
というか、秀吉は坪内利定が調略に応じて信長に降伏したのに街を焼いていた。
つまりは、降伏しても降伏しなくても最初から城下を襲って稼ぐ予定だったのである。
その為に手勢を引き連れて松倉城の近くに伏せさせていたのだから。
因みに「こんな事をしていいのか?」と問われれば「もちろん駄目に決まっている」だ。
それくらいは秀吉も、その配下の足軽達も分かってる。
なので、清洲の看板は一切使っていない。
あくまでも「流れ者の野盗の仕業」なのだから。
そう見せ掛ける為に覆面もしている。
そもそも「秀吉がやった」という明確な証拠はない。
秀吉の側は不意討ちな事もあり、死者はゼロなのだから。
証拠は何一つ残っておらず「堂々と白を切れる」という寸法だった。
尚、奪った銭箱14箱には、1箱に付き、100文を1本の麻紐で縛った「銭差し」が 30本入っており、1箱3貫文計算で52貫文も稼いだのだった。
◇
小牧山城で松倉城の使者が持ってきた苦情を読んだ信長がニヤリとしながら眼の前の秀吉を見て、
「サル、また悪さを働いたな、『降伏する』と言った松倉城の城下を焼いたのか?」
やはり信長は一門意識が希薄らしい。
城下を焼かれた坪内利定の嫁が信長の側室の関係者なのに平然と笑って質問してきた。
「降伏を渋っていましたので。殿に逆らったらどうなるのかを教えたまででござりまする。もちろん、織田の名は一度も出してはおりません。総ては『ならず者の野盗の仕業』でござりますれば」
「ほどほどにしておけよ」
咎める事もなく信長はそう笑った。
このテの悪戯を信長は「サルは使える」と思える人種だったので。
とはいえ、少し面倒な事になっているのも事実で、
「サルを罰せねばワシに投降しないと言ってきておるがどうするつもりだ、サル?」
「兵を送って威圧すれば簡単に殿に服従するかと」
その秀吉の言葉に「ん?」と信長は聞き咎めて、
「松倉城の坪内は使える男と聞いておったが、その程度の男だったのか?」
一門意識が希薄とはいえ、気にはなってたようだ。質問された。
「能力以前に胆力がございませんでしたので」
「何だ、噂倒れか」
そう信長は興味を失ったのだった。
そして本当に丹羽長秀に兵を出させ、松倉城は勇ましい書状とは違い、戦う事なく簡単に開城し、信長に服従したのだった。
譜代の重臣達が織田と内通している書状が次々に発見されたのだから。
それも、である。
織田は美濃の情報をちゃんと掴んでいたので、重臣を狙い撃ちした。
一番に狙われた美濃の重臣は稲葉良通。後の稲葉一鉄である。
何者かと言えば、西美濃三人衆の1人だった。
織田からすればこいつが一番、美濃斎藤家の中で邪魔だったので。
そして重臣達の婚姻が当たり前の戦国時代だ。
稲葉氏と縁続きの安藤守就も巻き添えで窮地に立たされたのだった。
まあ、それはおいておくとして。
小牧山城の城下がようやく完成した。
信じられない事に城下が完成したのは小牧山城が完成した翌年の永禄6年だ。
何せ、重臣の屋敷割りだけでも揉めに揉めて、なかなか決まらなくて普請が始められなくて。
重臣の家の区割りが終わった後に庶民の屋敷なのだから。
というか、丹羽長秀は普請奉行と並行して人使いの荒いに信長に別の任務を言い渡されており、余り普請をしておらず、それが調停が遅れた原因でもあったが。
それでも、これでようやく小牧山城の城下も完成した。
信長が小牧山城に入った事で賭場が開けなくなり、旨味が全くなくなった普請からやっと解放された秀吉は織田家の武士の仕事に取り掛かれる事となった訳だ。
上官の丹羽長秀が犬山城と美濃の調略を任されており、その手伝いが秀吉にも回ってきたのだが。
◇
秀吉の受け持ちは「木曽川の国人の取りまとめ」をやってる松倉湊を支配する松倉城の城主の坪内利定の調略だった。
正直言って楽勝である。
坪内利定の松倉城は敵方の美濃国にあるのではなく、尾張国内にある城だったのだから。
松倉城の立地の関係で犬山城に与してるが、出奔中に世話になった事のある前田利家から聞いた話では信長の下に付きたがってるらしい。
そして備考の知識として妻が信長の側室の吉乃の実家の生駒氏の娘だった。
とは言っても、時は戦国時代。
まだまだ男尊女卑の時代である。
その上、信長の家系は子だくさん。
信長自身、実弟の信行を殺害し、姉が嫁いだ従兄弟の織田信清が籠もる犬山城を攻めている。
一門意識が信長自身、希薄だったので別に考慮する必要はなかった。
あの信長だぞ。
闇で女に甘えられたくらいで手心を加える訳もない。
女に甘い秀吉とは違うのだ。
よって、本当に気にしなくて良かった。
意気揚々と秀吉は信長が発行した「降伏するなら知行安堵してやる」と書かれた書状を持って松倉城に出向いて坪内利定に会ったのだが、
「清洲なんぞに降る訳が無かろうが」
と言ってきた。
(ん? 話が違うぞ。はは~ん、なるほど。そういう事か)
秀吉はすぐにピンときた。
「清洲に降伏するつもりの癖に粘って条件を吊り上げるつもりだな、こやつ」と相手の狙いが。
なので秀吉はサル知恵を働かせるまでもなく、
「粘らぬ方がよろしいですぞ、坪内殿。殿が兵を動かせば降伏しても城主の座を追われてしまいますから」
「やれるものならやってみろ」
「えっ、乱妨取りをしてもよろしいので」
「やれるものならやって・・・」
利定が突っぱねようとしたら、慌てて同席していた松倉城の幹部武士が、
「お待ちを。こいつは美濃の森部の村を潰した木下ですぞ」
その忠言で初めて坪内利定は眼の前の貧相な小男を値踏みした。
あの森部の乱妨取りで美濃の村が1つ潰れている。
当然だ。
男手を全員皆殺しにしたのだから。
女子供と年寄りだけでは流れ者の狼藉からも、もう村を守れない。
安全ではなくなった村は完全に捨てられて、生き残った住民達はよそに移って本当に村は潰れていた。
「村が潰れた」という事はその村が担当する田畑が全部放棄されたという事だ。
美濃の石高が一時的にだが減った事になる。
秀吉がやった事は美濃から言わせれば滅茶苦茶な行為だった。
「・・・おまえがやったのか?」
「『織田の怖さを教えてやれ』との命令だったので仕方なく」
村を1つ潰しておいて素知らぬ顔で秀吉は返事をした。
「この使者の役目を受けた際に何か言われておるのか?」
「殿からは何も。前田利家殿からは『出奔して困窮した時にオレも世話になってな。頼むから城下を燃やさんでくれ』と言われておりますが」
ピクリ。
「城下を燃やすつもりか?」
「下っ端ですので命令されたら嫌でもせぬ訳には・・・」
「本音は?」
「『木曽川の渡舟賃で大層潤っておると聞いておるから今から乱妨取りするのが楽しみじゃわい』に決まっておるでしょうが」
秀吉はお宝を夢想して貪欲に、そして妙に凄味がある顔で笑ったのだった。
ゾワリ。
この笑い方。
乱妨取りを楽しんでる。
というか、こいつは絶対に城下を燃やす。
(こんな奴を降伏の使者に寄越してくるなんて。清洲め)
「それで? 犬山城と一緒に清洲、おっと、小牧山の殿に逆らい、死ぬまで戦うのですよね?」
「誰もそんな事は言っておらぬであろうが」
「では?」
「降るわ。清洲殿(尾張には織田姓が一杯いるので地名で呼ぶ風習がある)にそう伝えい」
坪内利定は態度を軟化させて降伏を秀吉に伝えたのだった。
それなのにである。
秀吉が使者としてやってきて、小牧山城に帰っていたその日の夜。
松倉城の城下は燃えたのだった。
覆面を付けた野盗の仕業である。
それも木曽川を縄張りにする松倉城の城下の廻船問屋が狙われた。
松倉城の城下町で一番の銭を持っているところだ。
銭があるのだから、当然のように用心棒や腕っ節の強い人夫達が守っていたが、相手は野盗の癖に強く、用心棒達をことごとく殺して、店主が首から下げてる鍵を奪って蔵を開け、蔵の銭箱14箱を総て舟に載せて、松倉湊から木曽川を下ってとんずらしていったのだった。
その手際の良さから「名うての盗賊」または「清洲への恭順を聞き付けた美濃の工作部隊」と思われたが、中に「小男が混じっていた」との報告を聞いた坪内利定は、
「やりやがったな、あのサル顔の雑兵っ!」
そう吠えたのだった。
今夜出没した野盗は凶暴な連中で、街では50人以上が斬られてる。腕っ節の強い用心棒達が、である。
(美濃の戦場の話が尾張にまで伝わる訳だ。村の百姓では勝負にもならなかったであろうな)
「小牧山城に苦情を入れましょう」
「当然だ。書状を書く。使者を送れ。あの気狂いサルを罰せなければ降伏はしないと」
この坪内利定の決めつけはズバリその通りで、野盗の正体は秀吉とその配下達だった。
木曽川を下る舟の上で覆面を脱いだ秀吉が、
「うまくいったじゃろ、おみゃあら」
「本当にな~。でもよ。どこまで舟で川を下るんだ、サル? 木曽川は全部、犬山城の縄張りだぞ?」
尋ねたのは奇しくも坪内姓の変名を名乗ってる前野長康である。適当に名乗ってるだけで坪内氏とは無関係である。
「あの松明のところまでだぎゃあ。あそこに小一郎が荷台と一緒に待っておるでの」
「おお、何から何まで準備がいいな」
そう感心する坪内光景だった。
というか、秀吉は坪内利定が調略に応じて信長に降伏したのに街を焼いていた。
つまりは、降伏しても降伏しなくても最初から城下を襲って稼ぐ予定だったのである。
その為に手勢を引き連れて松倉城の近くに伏せさせていたのだから。
因みに「こんな事をしていいのか?」と問われれば「もちろん駄目に決まっている」だ。
それくらいは秀吉も、その配下の足軽達も分かってる。
なので、清洲の看板は一切使っていない。
あくまでも「流れ者の野盗の仕業」なのだから。
そう見せ掛ける為に覆面もしている。
そもそも「秀吉がやった」という明確な証拠はない。
秀吉の側は不意討ちな事もあり、死者はゼロなのだから。
証拠は何一つ残っておらず「堂々と白を切れる」という寸法だった。
尚、奪った銭箱14箱には、1箱に付き、100文を1本の麻紐で縛った「銭差し」が 30本入っており、1箱3貫文計算で52貫文も稼いだのだった。
◇
小牧山城で松倉城の使者が持ってきた苦情を読んだ信長がニヤリとしながら眼の前の秀吉を見て、
「サル、また悪さを働いたな、『降伏する』と言った松倉城の城下を焼いたのか?」
やはり信長は一門意識が希薄らしい。
城下を焼かれた坪内利定の嫁が信長の側室の関係者なのに平然と笑って質問してきた。
「降伏を渋っていましたので。殿に逆らったらどうなるのかを教えたまででござりまする。もちろん、織田の名は一度も出してはおりません。総ては『ならず者の野盗の仕業』でござりますれば」
「ほどほどにしておけよ」
咎める事もなく信長はそう笑った。
このテの悪戯を信長は「サルは使える」と思える人種だったので。
とはいえ、少し面倒な事になっているのも事実で、
「サルを罰せねばワシに投降しないと言ってきておるがどうするつもりだ、サル?」
「兵を送って威圧すれば簡単に殿に服従するかと」
その秀吉の言葉に「ん?」と信長は聞き咎めて、
「松倉城の坪内は使える男と聞いておったが、その程度の男だったのか?」
一門意識が希薄とはいえ、気にはなってたようだ。質問された。
「能力以前に胆力がございませんでしたので」
「何だ、噂倒れか」
そう信長は興味を失ったのだった。
そして本当に丹羽長秀に兵を出させ、松倉城は勇ましい書状とは違い、戦う事なく簡単に開城し、信長に服従したのだった。
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