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永禄7年(1564年) 鵜沼城城代
3、鵜沼城、城兵皆殺し
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永禄7年の8月。
この月は色々な出来事が同時に起こった。
まずは稲葉山城。
半年間、城を乗っ取っていた竹中半兵衛が撤退した。
誰にも城を譲る事なく、斎藤龍興に返したのだ。
まあ、返すのは順当だ。
他国に譲ったらそこでただの裏切り者に成り下がり、竹中半兵衛の名が地に落ちる事になるのだから。
知恵者の竹中半兵衛もその事は十分承知しており、ちゃんと城を返していた。
そして美濃国内に居たらさすがに殺されるので、北近江へと落ち延びていったのだった。
そして鵜沼城。
下準備をばっちり終えた秀吉がこの月になって遂に織田軍の兵を率いて鵜沼城に攻め寄せていた。
その数、200人。
足軽組頭が率いれる兵数じゃない。
秀吉はまだ足軽大将ではなかったが、足軽大将格として出陣していた。
対する鵜沼城の城主は大沢次郎左衛門である。
妻は斎藤道三の娘。まあ養女だろう。それでも尾張との県境の城、それも犬山城を望む城を任せているのだ。それだけで大沢次郎左衛門が能力の高い武将である事が窺えた。
鵜沼城の城兵の数は150人。
籠城戦は守る方が断然有利だ。
矢を放つにしても守備側は壁の隙間から射れるのたから。
ましてや鵜沼城は山城。
城壁から漬物石サイズの石を落としただけでも喰らったら兵は負傷する。
なので鵜沼城が有利と思いきや。
兵の士気だけでは尾張の方が高かった。
何せ、美濃は「竹中半兵衛が稲葉山城を返した」とは言っても半年間も居座っていたのだ。もう「若い斎藤龍興では駄目だ」という雰囲気が嫌が上にも漂っている。
対する尾張は犬山城が遂に陥落。信長が尾張一統を果し「本腰を入れて美濃を切り取るぞ」と士気が上がっている。ましてや、前に広めた「マムシの美濃譲り状」という正当性も微妙に効いていた。
城兵の士気が低い事は鵜沼城を守る大沢次郎左衛門もヒシヒシと感じており、「大丈夫か、この戦」と不安がる城兵の前で、
「数日守れば稲葉山城から援軍が来る。さすれば織田の兵は逃げるしかない。数日持ち堪えよっ! いいなっ!」
叱咤激励していたのだが、その横に居た客将の蜂須賀小六が城兵達の見ている前で刀を抜いてその刃を城主の次郎左衛門の首に当てて叫んだ。
「全員動くなっ! これよりこの鵜沼城を織田に献上するっ!」
「なっ、小六、裏切るつもりか?」
小六が客将になれたのは同じ木曽川の川並衆以前に、小六が斎藤道三に仕えていた経歴のお陰だ。二人は道三時代からの知り合いだったので。
だから蜂須賀城を取られて泣き付いてきた小六を「織田に復讐したい」というから鵜沼城の客将として招き入れたのに裏切ってこのありさまだった。
「仕方あるまい。稲葉山から援軍が来ぬのでは勝負にならぬからな。勝てぬ戦はせんに限るよ、大沢殿」
これは城内を支配する為の蜂須賀小六の嘘である。
だが、城兵は「やっぱり」と納得してしまった。その下地の原因は明らかに竹中半兵衛の稲葉山城の乗っ取りである。
「なっ、今のは嘘だっ! 援軍はくるのだからなっ!」
大沢次郎左衛門が否定するも後の祭りで、
「全員、武器を捨てて降伏しろ。無駄死にはするな。城門を開けっ!」
大沢次郎左衛門を人質に取った蜂須賀小六の命令で、鵜沼城の城門は中から呆気なく開き、鵜沼城は陥落したのだった。
こうして鵜沼城に秀吉が率いる織田軍200人は戦わずして入れた。
織田兵は無傷である。
対する鵜沼城の城兵150人は武器を捨てて投降した訳だが。
その後に問題が起こった。
この秀吉はヤバイのだ。
よって、
「美濃の城兵は全員殺しといてちょ」
あっさりと軽く言ったのだった。
それには秀吉の周囲に居た誰もがギョッとなる。
「降伏した150人全員をか、サル?」
最近では松倉城の縁者と吹聴している坪内光景が尋ねた。
「おみゃあは、松倉城の縁者じゃったよな~」と秀吉に言い含められたからだ。
光景の本名は前野長康で、その素性ははっきりしている。織田伊勢守の重臣の家柄なのだから。
つまりは光景は上級武士だ。
下級武士ではないのだから素性を誇っている。素性を偽るなどしたくはなかったが理由を聞いたら「松倉城を貰える」というではないか。そんなの言いだすに決まってる。嘘をついただけで城が貰えるのだから。
よって光景は素性を偽り始めていた。
まあ、それは一先ずおいておき。
「そうだぎゃあ」
「だが拙いだろ」
敵兵とはいえ、さすがに投降した者達を殺すのは気が引ける訳だが、秀吉が凄味のある顔で、
「いいからやってちょ」
「本当にいいんだな、兄者?」
物騒な弟の木下小一郎もド肝を抜かれながら尋ねた。
「今は目立つ時だでな」
そんな訳で秀吉の周囲は驚きつつも、その命令は実行されたのだった。
「投降したら助かる」と思ってた城兵達は「殺される」と分かり、騒ぎ出したが武器を捨てたので抵抗する事も出来ず、粛々と城兵は処刑されたのだった。
城内で織田への帰参について秀吉と喋っていた「投降したら助かる」と請け負った蜂須賀小六の知らないところで。
◇
小牧山城の評定では、鵜沼城の陥落よりも城兵の皆殺しの方が問題になった。
「あのサル、何を勝手な事を」
「降伏した兵を殺すなど聞いた事もないわ」
「殿、あのサルは即刻処分致しましょう」
重臣達が騒ぐ中、取り次ぎが、
「木下殿が捕縛した鵜沼城の城主、大沢を連れて参りました」
「通せ」
すぐに秀吉が信長のいる広間にやってきた。
縄で縛られた大沢次郎左衛門も一緒である。
「殿、鵜沼城の大沢次郎左衛門を捕らえて参りました~。いや~、大変でございましたわ、今回の戦は。鵜沼城の城兵が強いの何の~。全員が降伏を拒んで戦う事、三日三晩。ようやく抵抗する全員を斬り伏せて鵜沼城を落城させましてございまする」
もちろん嘘である。
全員がぬけぬけと嘘の手柄話をする秀吉に呆れる中、いち早く我に返った柴田勝家が、
「嘘をつけ、サルが。戦目付からの報告が届いておるぞ。投降した鵜沼城の兵を皆殺しにしただろっ!」
「織田の兵の強さを見せつけたまでですじゃ」
「これでもう美濃の兵は降伏せぬぞ。死兵となって抵抗してくるわ。どうするつもりだ?」
「ならば、この足軽組頭のサルめが美濃の兵を強くて怖がる皆様に変わって城を切り取って御覧に入れましょう」
「サルが、調子に乗るなよっ!」
「やめい」
秀吉と勝家の言い争いを止めたのは信長である。
「サル、そこの大沢も殺しておけ。配下が殺されて自分だけ助かりたくはなかろう」
「はあ?」
マヌケな声を出したのは秀吉である。
「何だ、サル? その顔は?」
「サルは美濃の兵を皆殺しにしても良うございますが、殿は駄目でございましょう。優しい尾張の殿は降伏する美濃の武将を温かく迎え入れて知行を安堵し、仁徳で美濃を切り取るのですから」
「プッ」
聞かされた信長が思わず吹き出し、
「ワシにそれをやれと?」
「はい、尾張の殿は仁君でありますれば」
「ワシが仁君のう」
信長が少し考えてから、
「良かろう。大沢は許してやる。知行も安堵だ。鵜沼城の城主もやらせてやろう。但し、城を返すのは美濃との戦が終わってからだ。それまではサル、おまえが城代として鵜沼城に入れ」
「ははっ」
こうして秀吉は鵜沼城の城代となったのだった。
この月は色々な出来事が同時に起こった。
まずは稲葉山城。
半年間、城を乗っ取っていた竹中半兵衛が撤退した。
誰にも城を譲る事なく、斎藤龍興に返したのだ。
まあ、返すのは順当だ。
他国に譲ったらそこでただの裏切り者に成り下がり、竹中半兵衛の名が地に落ちる事になるのだから。
知恵者の竹中半兵衛もその事は十分承知しており、ちゃんと城を返していた。
そして美濃国内に居たらさすがに殺されるので、北近江へと落ち延びていったのだった。
そして鵜沼城。
下準備をばっちり終えた秀吉がこの月になって遂に織田軍の兵を率いて鵜沼城に攻め寄せていた。
その数、200人。
足軽組頭が率いれる兵数じゃない。
秀吉はまだ足軽大将ではなかったが、足軽大将格として出陣していた。
対する鵜沼城の城主は大沢次郎左衛門である。
妻は斎藤道三の娘。まあ養女だろう。それでも尾張との県境の城、それも犬山城を望む城を任せているのだ。それだけで大沢次郎左衛門が能力の高い武将である事が窺えた。
鵜沼城の城兵の数は150人。
籠城戦は守る方が断然有利だ。
矢を放つにしても守備側は壁の隙間から射れるのたから。
ましてや鵜沼城は山城。
城壁から漬物石サイズの石を落としただけでも喰らったら兵は負傷する。
なので鵜沼城が有利と思いきや。
兵の士気だけでは尾張の方が高かった。
何せ、美濃は「竹中半兵衛が稲葉山城を返した」とは言っても半年間も居座っていたのだ。もう「若い斎藤龍興では駄目だ」という雰囲気が嫌が上にも漂っている。
対する尾張は犬山城が遂に陥落。信長が尾張一統を果し「本腰を入れて美濃を切り取るぞ」と士気が上がっている。ましてや、前に広めた「マムシの美濃譲り状」という正当性も微妙に効いていた。
城兵の士気が低い事は鵜沼城を守る大沢次郎左衛門もヒシヒシと感じており、「大丈夫か、この戦」と不安がる城兵の前で、
「数日守れば稲葉山城から援軍が来る。さすれば織田の兵は逃げるしかない。数日持ち堪えよっ! いいなっ!」
叱咤激励していたのだが、その横に居た客将の蜂須賀小六が城兵達の見ている前で刀を抜いてその刃を城主の次郎左衛門の首に当てて叫んだ。
「全員動くなっ! これよりこの鵜沼城を織田に献上するっ!」
「なっ、小六、裏切るつもりか?」
小六が客将になれたのは同じ木曽川の川並衆以前に、小六が斎藤道三に仕えていた経歴のお陰だ。二人は道三時代からの知り合いだったので。
だから蜂須賀城を取られて泣き付いてきた小六を「織田に復讐したい」というから鵜沼城の客将として招き入れたのに裏切ってこのありさまだった。
「仕方あるまい。稲葉山から援軍が来ぬのでは勝負にならぬからな。勝てぬ戦はせんに限るよ、大沢殿」
これは城内を支配する為の蜂須賀小六の嘘である。
だが、城兵は「やっぱり」と納得してしまった。その下地の原因は明らかに竹中半兵衛の稲葉山城の乗っ取りである。
「なっ、今のは嘘だっ! 援軍はくるのだからなっ!」
大沢次郎左衛門が否定するも後の祭りで、
「全員、武器を捨てて降伏しろ。無駄死にはするな。城門を開けっ!」
大沢次郎左衛門を人質に取った蜂須賀小六の命令で、鵜沼城の城門は中から呆気なく開き、鵜沼城は陥落したのだった。
こうして鵜沼城に秀吉が率いる織田軍200人は戦わずして入れた。
織田兵は無傷である。
対する鵜沼城の城兵150人は武器を捨てて投降した訳だが。
その後に問題が起こった。
この秀吉はヤバイのだ。
よって、
「美濃の城兵は全員殺しといてちょ」
あっさりと軽く言ったのだった。
それには秀吉の周囲に居た誰もがギョッとなる。
「降伏した150人全員をか、サル?」
最近では松倉城の縁者と吹聴している坪内光景が尋ねた。
「おみゃあは、松倉城の縁者じゃったよな~」と秀吉に言い含められたからだ。
光景の本名は前野長康で、その素性ははっきりしている。織田伊勢守の重臣の家柄なのだから。
つまりは光景は上級武士だ。
下級武士ではないのだから素性を誇っている。素性を偽るなどしたくはなかったが理由を聞いたら「松倉城を貰える」というではないか。そんなの言いだすに決まってる。嘘をついただけで城が貰えるのだから。
よって光景は素性を偽り始めていた。
まあ、それは一先ずおいておき。
「そうだぎゃあ」
「だが拙いだろ」
敵兵とはいえ、さすがに投降した者達を殺すのは気が引ける訳だが、秀吉が凄味のある顔で、
「いいからやってちょ」
「本当にいいんだな、兄者?」
物騒な弟の木下小一郎もド肝を抜かれながら尋ねた。
「今は目立つ時だでな」
そんな訳で秀吉の周囲は驚きつつも、その命令は実行されたのだった。
「投降したら助かる」と思ってた城兵達は「殺される」と分かり、騒ぎ出したが武器を捨てたので抵抗する事も出来ず、粛々と城兵は処刑されたのだった。
城内で織田への帰参について秀吉と喋っていた「投降したら助かる」と請け負った蜂須賀小六の知らないところで。
◇
小牧山城の評定では、鵜沼城の陥落よりも城兵の皆殺しの方が問題になった。
「あのサル、何を勝手な事を」
「降伏した兵を殺すなど聞いた事もないわ」
「殿、あのサルは即刻処分致しましょう」
重臣達が騒ぐ中、取り次ぎが、
「木下殿が捕縛した鵜沼城の城主、大沢を連れて参りました」
「通せ」
すぐに秀吉が信長のいる広間にやってきた。
縄で縛られた大沢次郎左衛門も一緒である。
「殿、鵜沼城の大沢次郎左衛門を捕らえて参りました~。いや~、大変でございましたわ、今回の戦は。鵜沼城の城兵が強いの何の~。全員が降伏を拒んで戦う事、三日三晩。ようやく抵抗する全員を斬り伏せて鵜沼城を落城させましてございまする」
もちろん嘘である。
全員がぬけぬけと嘘の手柄話をする秀吉に呆れる中、いち早く我に返った柴田勝家が、
「嘘をつけ、サルが。戦目付からの報告が届いておるぞ。投降した鵜沼城の兵を皆殺しにしただろっ!」
「織田の兵の強さを見せつけたまでですじゃ」
「これでもう美濃の兵は降伏せぬぞ。死兵となって抵抗してくるわ。どうするつもりだ?」
「ならば、この足軽組頭のサルめが美濃の兵を強くて怖がる皆様に変わって城を切り取って御覧に入れましょう」
「サルが、調子に乗るなよっ!」
「やめい」
秀吉と勝家の言い争いを止めたのは信長である。
「サル、そこの大沢も殺しておけ。配下が殺されて自分だけ助かりたくはなかろう」
「はあ?」
マヌケな声を出したのは秀吉である。
「何だ、サル? その顔は?」
「サルは美濃の兵を皆殺しにしても良うございますが、殿は駄目でございましょう。優しい尾張の殿は降伏する美濃の武将を温かく迎え入れて知行を安堵し、仁徳で美濃を切り取るのですから」
「プッ」
聞かされた信長が思わず吹き出し、
「ワシにそれをやれと?」
「はい、尾張の殿は仁君でありますれば」
「ワシが仁君のう」
信長が少し考えてから、
「良かろう。大沢は許してやる。知行も安堵だ。鵜沼城の城主もやらせてやろう。但し、城を返すのは美濃との戦が終わってからだ。それまではサル、おまえが城代として鵜沼城に入れ」
「ははっ」
こうして秀吉は鵜沼城の城代となったのだった。
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