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永禄11年(1568年) 足利義昭を奉じての上洛
4、大悪人に斬りかかる
9月27日。
織田の上洛軍はそのまま三好三人衆の勢力圏の河内方面に雪崩れ込んだ訳だが。
そこで訳が分からぬ事案が発生した。
足利義昭も京から河内に入って、三好から分捕った芥川山城にて信長と共に居座ったのだが、そこに三好義継と松永久秀が馳せ参じたのだ。
この三好義継が何者かと言えば三好宗家の現当主である。
それだけではなく、三好三人衆が二条御所を襲撃して13代将軍、足利義輝を殺した「永禄の変」の時も、三好宗家の現当主としてその時、京にいて三好の兵の総大将をやっていた。
そうなのだ。
つまりはバリバリに永禄の変に噛んでる訳だ。
当然、秀吉が侍る事も出来ない足利義昭の御前では議論が紛糾した。
永禄の変の生き残りの奉公衆が激昂しながら、
「公方様を殺した三好の宗家当主ですぞ? 許すなど言語道断ですっ!」
「まったく持ってその通りっ!」
「公方様を殺した直後に名を義重から義継に変えてるところも憎らしい。将軍家の偏諱の義を継ぐなどと」
「殺しましょう」
奉公衆達がそう足利義昭に詰め寄る中、同席している老獪な大和半国守護の松永久秀が、
「お待ちを。永禄の変は先代の長慶様が死んだ翌年ですぞ。三好宗家を継いだ義継様は御年は齢13。翌年は14歳。三好の兵1万を指揮出来る訳がないではありませぬか」
温和に弁護した。
そうなのだ。
永禄の変で三好軍の総大将をしていながら堂々と足利義輝の弟の足利義昭に会いに来たのは、その年齢という勝算があっての事だった。
永禄の変の時の三好義継の年齢は14歳。
元服して三好宗家を継いで1年後とはいえ、どう考えても子供である。
畿内を牛耳っていた巨大な三好家の実権があったとはとても思えない。
そんな事は幕府の奉公衆も理解している。
だが、「それ」と「これ」とは話が別なのだ。
足利義輝が死んでいるのだから。
ケジメとして三好軍の総大将が死ぬのは当然だ。
例え、権限がなかったとしても。
それで無理を通して処刑するように奉公衆達がごり押しして紛糾しているのだが、
「無理をおっしゃいますな。あれは三好三人衆と呼ばれる者達が勝手に起こした事ですのに」
松永久秀が若い主君を弁護し、
「ああ、当然、ワシもその時は大和国に居りましたぞ。三好三人衆が『公方様の弟の覚慶様を殺せ』と言ってきたのを突っぱねたのもワシですのでその事もお忘れなく」
自分もさらりと弁護した。
「織田殿の意見は?」
足利義昭が困った顔で同席する信長に話を振った。
これが上洛した信長が最近ずっと思案させられていた松永久秀が持ち込んだ難題である。
ここで三好宗家を殺せば三好全部が「宗家の仇」と兵を挙げて襲ってくるのは眼に見えている。
その三好軍を相手に織田の上洛軍は勝てるか。
重要なのは「これ」である。
三好に勝っても、織田が兵数を失って「共倒れ」では困る。
圧勝出来るかどうかだ。
熟慮に熟慮を重ねた信長が出した結論は「本国を空けておくのは怖い」だった。
よって、
「我が兵は美濃からの遠征軍。三好全部と敵対する力はございませぬ。仇を三人衆に絞るべきかと」
信長はやんわりと三好義継を擁護する破目になった。
それを聞いた側近衆の筆頭格の三淵藤英が、
「待たれよ、織田殿。この松永弾正の息子も『永禄の変』では京の三好の陣に居りましたぞ」
「そうなのですよ、息子も三人衆に騙されて、オヨヨ」
松永久秀が白々しく嘆いて見せた。
「ふざけられるなよ、松永弾正」
「というか、勇ましい事をおっしゃられている三淵殿は永禄の変の時、二条御所に居なかったと記憶しておりますが、どちらで何をされておられましたので」
嫌な事を聞きよるわ、と苦々しく思いながらも三淵藤英は、
「謹慎中だったのだよ。あの時、私さえお傍にいれば」
「とか言って、三好三人衆に二条御所の情報を流していたのでは?」
「はあ? この私がそんな事をする訳がないであろうが。言っていい事と悪い事があるぞ、松永弾正」
「おっと、これは口が滑りましたな。では言い方を変えましょう。公方様からの謹慎を取りなすよう三好家に頼まれた事はございませんでしたかな?」
「あったとして、それが何だというのだ?」
「問題でしょう。すがった相手に向かって、今は『死ね』と言っておられるのですから。信義もへったくれもないではありませぬか」
「それとこれとは話が別で――」
口喧嘩の様相を見せてきたところで、
「そこまでじゃ」
足利義昭が止めた。
「兄の仇は三好三人衆のみとする」
「おお、それはありがとうございまする、公方様」
裁定を聞いて松永久秀が勝ち誇る中、三淵藤英が確認するように、
「松永弾正の息子も殺すのですよね?」
「聞いておられなったのですかな、三淵殿。公方様は『兄の仇は三好三人衆のみとする』とおっしゃられたのですぞ」
そう忠告した後、
「勅命しかと承りました~」
松永久秀は足利義昭に大袈裟な芝居をして頭を下げたのだった。
松永久秀と三好義継が退室した後の部屋では、
「公方様、こればかりは間違いでございまするぞ」
「拙者もそう思いまする」
「これは道理ではなく、武家としての意地でございますれば」
奉公衆達が一斉に足利義昭に詰め寄る中、ダダダダダとの廊下を駆ける足の音と共に堀久太郎が部屋に飛び込んで来て、
「木下殿、城内にて三好義継殿に斬りかかってございまするっ!」
◇
無罪を勝ち取った松永久秀と三好義継は芥川山城の廊下を歩いていた。
上客だったので廊下の案内役は信長の家老の丹羽長秀だったのだが、その進行方向の廊下の中央で秀吉がしゃがみ込んででいた。
「木下、何をしておる? 道を開けろ」
「おお、これは丹羽様。そちらは?」
「ああ、こちらは河内の三好義継殿と大和の・・・」
シャキン。
「公方様を殺した大罪人の首、この秀吉が貰い受けるっ!」
三好義継の名前を聞くと同時にこのヤバイ秀吉は問答無用で、いや名乗りを上げて斬り掛かった。
「なっ」
丹羽長秀は切れ者なだけではない。武芸も秀でており、右腕1本で後方に立つ三好義継の身体を動かして秀吉が放った斬撃の軌道から避けさせた。
「ひええええ」
眼の前を必殺の刃が通り抜けたのを受けて、三好義継が腰を抜かす中、丹羽長秀が、
「木下、乱心したか?」
「いいえ、大将首に眼がくらみましただけにございまする~」
眼をギラギラと輝かせた秀吉が三好義継を睨んでニタァ~と笑った。
ニヤリではなくニタァ~である。
(こんな狂犬を、いや狂い猿を織田は飼っておるのか)
松永久秀は長年生きてきて、いろんな人物を見て来てるが、この秀吉は群を抜いてる。
完全に松永久秀が生涯で出会った中でも5指に数えられた。
かと言って、なりゆきを見守って主君を斬らせるつもりは毛頭ない。
三好宗家の肩書は何かと使えるのだから。
「待たれよ、どこの誰かは存ぜぬが、義継殿の助命は公方様もお認めに――」
「そんな嘘が通じるほどこの秀吉は甘くはないだぎゃあ」
野盗さながらの笑い方で秀吉は三好義継を睨むが、その前に立ち塞がったのは丹羽長秀である。
無論、丹羽長秀は腰の脇差しを抜いたりはしない。
秀吉が「上役の自分を攻撃しない」と分かっているからだ。
「落ち付け、木下。殿の逆鱗に触れるぞ」
「いいえ、殿ならば『やったものは仕方あるまい』と許されまする。そして我が名は日の本68カ国に轟くという寸法ですじゃ」
「500貫文」
秀吉が言い終わる前に、そう遮ったのは松永久秀のその言葉だった。
「貴殿のその功績をこの松永が500貫文で買い申そう」
500貫文。さすがに大金である。
というか今貰ってる秀吉の1年の禄高のチョイ少ないくらいである。
それで初めて秀吉は大将首のおまけの隣の老人に視線を向けた。
随分悪そうな顔をした老人だった。
というか迫力と凄味がある。
普段であれば「ワシより悪い奴なんて初めての見たわ」と秀吉が評するほどの人物だった。
興味を覚えた秀吉が、
「誰じゃ、おまえさん?」
「三好宗家家老、松永弾正と申す」
現場となった廊下が大広間から近過ぎた事と(秀吉が他の奴に獲物を取られたくなかったので)、丹羽長秀の手伝いをしていた堀久太郎が優秀だった事、それに信長が怒りと共に走ってきたので時間切れとなった。
「サル、何をやっておるかぁぁぁっ!」
「はっ、大罪人を成敗するところでござい――うぎゃあああああ」
信長の登場に、刀を置いて土下座した秀吉は顔面を蹴られて吹っ飛んだ。
「『三好宗家は見逃す』、それが公方様の決定だ、分かったな、サルっ!」
「はあ? 血の繋がった兄の将軍様を殺されたのに、みすみす生かして帰すのでござりまするか?」
「その時は義殿はまだ14だったのでな」
「14ならば元服しており――ぐあああああ」
口答えした瞬間に秀吉はまた信長に蹴られた。
「よいか、サル。公方様の前でワシに恥を掻かせるな」
廊下の奥からは本当に足利義昭とお側衆が現れていた。
「しかし、『将軍様を殺した三好の総大将が生きておれぬ』事ぐらいは百姓出のサルでも分かる道理でございまするぞ。ここでこの大悪人を斬らねば殿までが在らぬ誹りを――ぐああああ」
「又左、このサルを納屋にでも放り込んでおけ。目障りだ」
騒ぎを聞き付けてやってきた前田利家に信長は厳命した。
「はっ。こっちだ。こい、秀吉」
「本当によろしいのでござりまするか、殿? 公方様の判断を正すべきでは?」
「もう止めろ。本当に斬られるぞ、秀吉」
利家が秀吉を連れて納屋に向かい、信長が松永久秀に向き直り、
「家中の者が乱心してしまい、申し訳ござらぬ」
「いえいえ、助かり申したぞ、織田殿。この通り、腰を抜かしているだけで義継様も御無事でございますから」
「ひいええええ」
「公方様にもお恥ずかしいところをお見せ致しました」
「いや、尾張武士の気骨さを見せて貰ったぞ」
それでようやくお開きとなり、松永久秀と三好義継は芥川山城から帰っていった。
◇
安藤守就の陣にも芥川山城の騒動は届いた。
「何をやっておるのだか」
安藤守就は鼻で笑っただけだったが、竹中半兵衛は、
(さすがだな。名の売り方を知っている)
秀吉の行動に感心したのだった。
織田の上洛軍はそのまま三好三人衆の勢力圏の河内方面に雪崩れ込んだ訳だが。
そこで訳が分からぬ事案が発生した。
足利義昭も京から河内に入って、三好から分捕った芥川山城にて信長と共に居座ったのだが、そこに三好義継と松永久秀が馳せ参じたのだ。
この三好義継が何者かと言えば三好宗家の現当主である。
それだけではなく、三好三人衆が二条御所を襲撃して13代将軍、足利義輝を殺した「永禄の変」の時も、三好宗家の現当主としてその時、京にいて三好の兵の総大将をやっていた。
そうなのだ。
つまりはバリバリに永禄の変に噛んでる訳だ。
当然、秀吉が侍る事も出来ない足利義昭の御前では議論が紛糾した。
永禄の変の生き残りの奉公衆が激昂しながら、
「公方様を殺した三好の宗家当主ですぞ? 許すなど言語道断ですっ!」
「まったく持ってその通りっ!」
「公方様を殺した直後に名を義重から義継に変えてるところも憎らしい。将軍家の偏諱の義を継ぐなどと」
「殺しましょう」
奉公衆達がそう足利義昭に詰め寄る中、同席している老獪な大和半国守護の松永久秀が、
「お待ちを。永禄の変は先代の長慶様が死んだ翌年ですぞ。三好宗家を継いだ義継様は御年は齢13。翌年は14歳。三好の兵1万を指揮出来る訳がないではありませぬか」
温和に弁護した。
そうなのだ。
永禄の変で三好軍の総大将をしていながら堂々と足利義輝の弟の足利義昭に会いに来たのは、その年齢という勝算があっての事だった。
永禄の変の時の三好義継の年齢は14歳。
元服して三好宗家を継いで1年後とはいえ、どう考えても子供である。
畿内を牛耳っていた巨大な三好家の実権があったとはとても思えない。
そんな事は幕府の奉公衆も理解している。
だが、「それ」と「これ」とは話が別なのだ。
足利義輝が死んでいるのだから。
ケジメとして三好軍の総大将が死ぬのは当然だ。
例え、権限がなかったとしても。
それで無理を通して処刑するように奉公衆達がごり押しして紛糾しているのだが、
「無理をおっしゃいますな。あれは三好三人衆と呼ばれる者達が勝手に起こした事ですのに」
松永久秀が若い主君を弁護し、
「ああ、当然、ワシもその時は大和国に居りましたぞ。三好三人衆が『公方様の弟の覚慶様を殺せ』と言ってきたのを突っぱねたのもワシですのでその事もお忘れなく」
自分もさらりと弁護した。
「織田殿の意見は?」
足利義昭が困った顔で同席する信長に話を振った。
これが上洛した信長が最近ずっと思案させられていた松永久秀が持ち込んだ難題である。
ここで三好宗家を殺せば三好全部が「宗家の仇」と兵を挙げて襲ってくるのは眼に見えている。
その三好軍を相手に織田の上洛軍は勝てるか。
重要なのは「これ」である。
三好に勝っても、織田が兵数を失って「共倒れ」では困る。
圧勝出来るかどうかだ。
熟慮に熟慮を重ねた信長が出した結論は「本国を空けておくのは怖い」だった。
よって、
「我が兵は美濃からの遠征軍。三好全部と敵対する力はございませぬ。仇を三人衆に絞るべきかと」
信長はやんわりと三好義継を擁護する破目になった。
それを聞いた側近衆の筆頭格の三淵藤英が、
「待たれよ、織田殿。この松永弾正の息子も『永禄の変』では京の三好の陣に居りましたぞ」
「そうなのですよ、息子も三人衆に騙されて、オヨヨ」
松永久秀が白々しく嘆いて見せた。
「ふざけられるなよ、松永弾正」
「というか、勇ましい事をおっしゃられている三淵殿は永禄の変の時、二条御所に居なかったと記憶しておりますが、どちらで何をされておられましたので」
嫌な事を聞きよるわ、と苦々しく思いながらも三淵藤英は、
「謹慎中だったのだよ。あの時、私さえお傍にいれば」
「とか言って、三好三人衆に二条御所の情報を流していたのでは?」
「はあ? この私がそんな事をする訳がないであろうが。言っていい事と悪い事があるぞ、松永弾正」
「おっと、これは口が滑りましたな。では言い方を変えましょう。公方様からの謹慎を取りなすよう三好家に頼まれた事はございませんでしたかな?」
「あったとして、それが何だというのだ?」
「問題でしょう。すがった相手に向かって、今は『死ね』と言っておられるのですから。信義もへったくれもないではありませぬか」
「それとこれとは話が別で――」
口喧嘩の様相を見せてきたところで、
「そこまでじゃ」
足利義昭が止めた。
「兄の仇は三好三人衆のみとする」
「おお、それはありがとうございまする、公方様」
裁定を聞いて松永久秀が勝ち誇る中、三淵藤英が確認するように、
「松永弾正の息子も殺すのですよね?」
「聞いておられなったのですかな、三淵殿。公方様は『兄の仇は三好三人衆のみとする』とおっしゃられたのですぞ」
そう忠告した後、
「勅命しかと承りました~」
松永久秀は足利義昭に大袈裟な芝居をして頭を下げたのだった。
松永久秀と三好義継が退室した後の部屋では、
「公方様、こればかりは間違いでございまするぞ」
「拙者もそう思いまする」
「これは道理ではなく、武家としての意地でございますれば」
奉公衆達が一斉に足利義昭に詰め寄る中、ダダダダダとの廊下を駆ける足の音と共に堀久太郎が部屋に飛び込んで来て、
「木下殿、城内にて三好義継殿に斬りかかってございまするっ!」
◇
無罪を勝ち取った松永久秀と三好義継は芥川山城の廊下を歩いていた。
上客だったので廊下の案内役は信長の家老の丹羽長秀だったのだが、その進行方向の廊下の中央で秀吉がしゃがみ込んででいた。
「木下、何をしておる? 道を開けろ」
「おお、これは丹羽様。そちらは?」
「ああ、こちらは河内の三好義継殿と大和の・・・」
シャキン。
「公方様を殺した大罪人の首、この秀吉が貰い受けるっ!」
三好義継の名前を聞くと同時にこのヤバイ秀吉は問答無用で、いや名乗りを上げて斬り掛かった。
「なっ」
丹羽長秀は切れ者なだけではない。武芸も秀でており、右腕1本で後方に立つ三好義継の身体を動かして秀吉が放った斬撃の軌道から避けさせた。
「ひええええ」
眼の前を必殺の刃が通り抜けたのを受けて、三好義継が腰を抜かす中、丹羽長秀が、
「木下、乱心したか?」
「いいえ、大将首に眼がくらみましただけにございまする~」
眼をギラギラと輝かせた秀吉が三好義継を睨んでニタァ~と笑った。
ニヤリではなくニタァ~である。
(こんな狂犬を、いや狂い猿を織田は飼っておるのか)
松永久秀は長年生きてきて、いろんな人物を見て来てるが、この秀吉は群を抜いてる。
完全に松永久秀が生涯で出会った中でも5指に数えられた。
かと言って、なりゆきを見守って主君を斬らせるつもりは毛頭ない。
三好宗家の肩書は何かと使えるのだから。
「待たれよ、どこの誰かは存ぜぬが、義継殿の助命は公方様もお認めに――」
「そんな嘘が通じるほどこの秀吉は甘くはないだぎゃあ」
野盗さながらの笑い方で秀吉は三好義継を睨むが、その前に立ち塞がったのは丹羽長秀である。
無論、丹羽長秀は腰の脇差しを抜いたりはしない。
秀吉が「上役の自分を攻撃しない」と分かっているからだ。
「落ち付け、木下。殿の逆鱗に触れるぞ」
「いいえ、殿ならば『やったものは仕方あるまい』と許されまする。そして我が名は日の本68カ国に轟くという寸法ですじゃ」
「500貫文」
秀吉が言い終わる前に、そう遮ったのは松永久秀のその言葉だった。
「貴殿のその功績をこの松永が500貫文で買い申そう」
500貫文。さすがに大金である。
というか今貰ってる秀吉の1年の禄高のチョイ少ないくらいである。
それで初めて秀吉は大将首のおまけの隣の老人に視線を向けた。
随分悪そうな顔をした老人だった。
というか迫力と凄味がある。
普段であれば「ワシより悪い奴なんて初めての見たわ」と秀吉が評するほどの人物だった。
興味を覚えた秀吉が、
「誰じゃ、おまえさん?」
「三好宗家家老、松永弾正と申す」
現場となった廊下が大広間から近過ぎた事と(秀吉が他の奴に獲物を取られたくなかったので)、丹羽長秀の手伝いをしていた堀久太郎が優秀だった事、それに信長が怒りと共に走ってきたので時間切れとなった。
「サル、何をやっておるかぁぁぁっ!」
「はっ、大罪人を成敗するところでござい――うぎゃあああああ」
信長の登場に、刀を置いて土下座した秀吉は顔面を蹴られて吹っ飛んだ。
「『三好宗家は見逃す』、それが公方様の決定だ、分かったな、サルっ!」
「はあ? 血の繋がった兄の将軍様を殺されたのに、みすみす生かして帰すのでござりまするか?」
「その時は義殿はまだ14だったのでな」
「14ならば元服しており――ぐあああああ」
口答えした瞬間に秀吉はまた信長に蹴られた。
「よいか、サル。公方様の前でワシに恥を掻かせるな」
廊下の奥からは本当に足利義昭とお側衆が現れていた。
「しかし、『将軍様を殺した三好の総大将が生きておれぬ』事ぐらいは百姓出のサルでも分かる道理でございまするぞ。ここでこの大悪人を斬らねば殿までが在らぬ誹りを――ぐああああ」
「又左、このサルを納屋にでも放り込んでおけ。目障りだ」
騒ぎを聞き付けてやってきた前田利家に信長は厳命した。
「はっ。こっちだ。こい、秀吉」
「本当によろしいのでござりまするか、殿? 公方様の判断を正すべきでは?」
「もう止めろ。本当に斬られるぞ、秀吉」
利家が秀吉を連れて納屋に向かい、信長が松永久秀に向き直り、
「家中の者が乱心してしまい、申し訳ござらぬ」
「いえいえ、助かり申したぞ、織田殿。この通り、腰を抜かしているだけで義継様も御無事でございますから」
「ひいええええ」
「公方様にもお恥ずかしいところをお見せ致しました」
「いや、尾張武士の気骨さを見せて貰ったぞ」
それでようやくお開きとなり、松永久秀と三好義継は芥川山城から帰っていった。
◇
安藤守就の陣にも芥川山城の騒動は届いた。
「何をやっておるのだか」
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