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1 博士は刻(とき)をみたようです
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ついに、爆発した。
私の目覚まし時計が、である。
その瞬間まで私は良い夢を見ていたのだ!
しかし、爆音と裂光が部屋を染め上げ、重厚な振動が部屋に響き、夢の世界を引き裂き揺らす!
「うっわあぁ!?」
驚いた私はベッドから飛び落ちて、なんとか逃げようともがく!
そのまま、床を転がり何かをいろいろ蹴飛ばしたり、跳ね飛ばしたりの感覚が手足に伝わってきた。
もがいて、蠢いて、ごろごろと部屋を転がりうずくまって丸まると、体を守る姿勢を取る。
そして気付いた。
「……あれ?」
おかしくない?
爆発があったのに、痛くも熱くもない。
眩しかった光は一瞬だ。その眩しさに、私は目を瞑っていたのだ!
しかし、現在光は感じない。
私はおそるおそる目を開く。
暗い、闇の中である。
体をさすってみても何ともないようだ。
「無事!? というか、無傷!? なんで!? いや、何があったの!?」
動悸を打ってる心臓が気持ち悪い。
しかし、からだを動かすことは出来そうだ。少し考えながら立ち上がる。
「う、ん?」
部屋に起きた爆発は一瞬だったのだろう。今は暗い部屋にもどっていた。
「ああっ!? あんな音立てて! また怒られない!?」
ハッとして窓へ駆けより外を伺う。
……だが、隣近所の明かりはつかない。ざわざわとした感じもしない。
どうやらあの激しい音は、周囲へは響かなかったように思える。
「ゆめ?」
そんな訳がない!
強烈な爆発が私へ起床を強いたのだ!!
あの激しい音と光がただの夢であるというのなら、私は違う病院を調べなきゃならない。
そこで、ようやく気が付いた。
「そうだ! 目覚まし!! あの目覚ましか!?」
急いで机へ駆け寄る!
昨日確かにそこへと置いた目覚ましは、しかし、その存在が消え去っていた。爆心地であるはずなのに、焦げ跡や近くの物たちへの影響はない。
そして、最も変なのは、周りへの影響が皆無であり、目覚ましだけが蒸発しているのだ。
「ああ……」
そこで気が付いてしまった。私はひどくしてやられた表情を作り、髪をぐしぐししつつ言葉を続けた。
「博士だ……」
その瞬間、大きな音で扉が開き、怒鳴り声が掛かる!
「何やらかしたのっ!?」
妹だ。私に『やらかしたのっ!?』と、断定するひとは他にいまい。私はまだ動悸を打つ胸に手を当ててから、妹に言った。
「うん、近所迷惑だからね。少しトーンを押さえよう」
「はあ!? いっま、なにが起きたと思ってんの!?」
なだめようとする私に、妹はすごい表情でにらんでくる。
あのね、その顔はだめだよ?
うん、お友達が逃げちゃうからね、ツツシミを持ちなさいな。
「あー……。あのさ、今回は私も被害者なのだよ。はぁ……びっくりしたぁ」
動悸を打ちすぎたからか胸が痛い、胸に当てた手で擦るようにしてやる。それだけでも気持ち落ち着いてくるのだから、からだって不思議だと思う。
そんな私のぼんやりを、別な感じに受け取っただろうか? 妹の目が吊り上る。
「何余裕ぶってんのよ!? 近所迷惑したのは誰よ!」
「説明するからさ、じつは近所迷惑になってないし。それに、こんな時間だからさ……トーン押さえよ、ね」
「はあ!?」
人が興奮していると、見ている方は冷静になるんだなぁ……。
今何時なんだろう?
ああ、目覚まし爆発しちゃったしわかんないなぁ……。
私は納得いかない表情の妹をなだめつつ聞いた。
「今何時?」
私の普段を装う姿に、妹はただとても不機嫌そうな顔で言った。
「知らない。時計どこやったの?」
私は先ほどまで目覚まし置いてあった部分を指す。
「ここに置いてあったんだよ」
「……? 何もないじゃん」
「そだね。私たちが目を覚ますような爆発だけ起こして蒸発。周りに影響なし」
「……?」
「そして、音がとどく範囲は家のなかだけ。そんなことできると思う?」
「そんなの、無理に決まってんじゃん」
妹は訝しんだ表情を浮かべたままで首をかしげている。
「それが出来るほど、トンでもな科学力を持っているヒトが、今回の犯人だよ」
「……意味がわかんない」
だろうなぁ……。
いまだにイライラした妹だが、私が手で呼んで窓の外を見せた。
近郊には明かりがともらない。ざわめく様子もみえず、また、その気配もない。
「あれ? さっき……すごい音だったでしょ!? どういう……こと?」
「詳しく説明させてよ……頼むからさ」
怒りと困惑がないまぜの妹の肩を叩き、私はリビングへと促す。
「……むぅ」
妹は頬を膨らせつつもついてきた。
**―――――
リビングで私はケトルのスイッチを入れる。落ち着きをとりもどすため、コーヒーが欲しい。
自然の流れで新入りのハトさん時計を見ると……。
「うっわ、こんな時間!?」
予定よりも大分早く目が覚めたらしい。私も少しイライラしてきた。
妹の怒りがうつったのかな?
いや、そうではないか?
こんなひどい目に合わせたひとがいるもんね!
そう、そちらへ向けた憤りだ。さて、どうやって報復しようか? いろいろ考えていると、あくびがでてくる。私はその目をこすった。
「うー……眠いね」
「あたしのセリフなんだけど?」
「まずさ、私のスマホは解放してほしいな……お湯も、そろそろ湧くからさ、ちょっと待とう? お願いだから」
手癖の悪い妹は、私のスマホを人質に取って弄んでいる。かなり怒っているらしい。仕方なく「今回は巻き込んで本当に申し訳なかった!」と素直に頭を下げて、スマホ返してもらう。
本当にしぶしぶと言った感じだなぁ……私もイライラしてるんだよ?
「はやく、説明してよ」
「だって私さ、爆心地だったからドキドキで心臓が痛いんだよ?」
「自業自得じゃないの?」
「だから、今回は私も被害者だってば!」
イライラが言葉尻に含まれる。
「あたしにとっては被疑者よ?」
妹が睨みつけてきた。うん、これは私が悪い。妹は巻き込まれただけだ。
「だから、ちゃんと説明してって!」
「うん……えーっと、何から話せばとおもってね……うーん」
そんなやり取りをしているとお湯が沸いたらしい。二人分のカップへ、インスタントのコーヒーとミルクを淹れて片方を妹へ渡す。
砂糖は自分で調節してもらおう。
「ありがと……で、何があったの?」
「妹へ
サプライズだよ♪
大・爆・発 (字余り)俳人私」
ちなみに季語は大・爆・発ですよ!
この季節の風物詩なんです。嘘じゃないですよ!
私、少し前に読んだ季語のなんたら大全集の、幻の初版に載っていたはずで……。
のど元まで出かかった追撃の煽り言葉は、妹の冷たくも暗い視線でだせなかった。これは下手すると命があぶない。
「本気で怒っていいってこと?」
「ごめんなさい。今回は洒落とか挟まないと本当、心が保てないくらいでさ……あの、重ねて言うけど私も被害者なんです……」
「それを早く説明なさいっての!」
むう。信用がないなあ……?
まあ、昔けっこうやらかしたせいで、私の株は下がりっぱなしなのだろう。だからこそ、平然とした表情で続ける。
「あのね。今回の爆発は、私の知り合いの博士が原因なんだよ」
「ハカセ!? だれよ、それ」
「ご近所には稀にいる、天才科学者のことだよ」
「はあー!?」
うっわ、妹ってばすっごい顔だね。その口に拳とか入ったりしない? 言わないけどさ。
「落ち着いて聞いてね。あのね、えーっと……」
解っているのだ。
自分で言ってて『オカシイ』と。
なんとか妹の怒りを収めるためにも、信頼できる話をしなくてはならない。
しかし、あの体験は身内にも黙っていたぐらい、非常識かつヤバイものである。たとえまじめに話しても、黄色い救急車を呼ばれてしまう類のものだ。
そう、私が少し前に出会い、昨日会ってきた博士は、人格・技術・発想など、そのすべてが型破りを通り越したナニカな人で、どれだけ頑張って説明したとしても、非現実の存在である。
私ってば妹の性格はと、自分の行いを熟知しているからなぁ……作り話認定されてしまうかもだ。
暫くあたまをぐしぐしやる。そして私は考えた。どこから切り込むべきか……ああ、そうだ。これなら知っているだろう。
「……えっと斉藤さん、知ってるよね? 三丁目のね」
「有名な方の斉藤さん?」
「そそ。そっちの斉藤さん家からさ、少し行った所のヘンな家……知らない?」
「ん……変わった家があるわね?」
変わった家、と妹はオブラートに包んでいるが、あれはヘンな家なのだ。伺ったことのある私だから断言できる。
「……あの家に住んでいるのが、博士なのだよ」
「ふぅん?」
妹が疑いのまなざしでこちらを見ている。
さて。ご近所さまで私が『ヘン』といった意味で注目しているお家は三件ある。
第一に、私たちと縁がある有名な斉藤さん。
第二に、私たちとくされ縁の有名じゃない斉藤さん。
第三に、だれが住んでるかわからない、歩行者の大多数が足を止めるヘンな家。
今回の爆発は、この第三の家に住む、博士が犯人だ。
ちなみに有名でない斉藤さんは四丁目に住んでいる。
有名無名に限らず、どちらの斉藤さんもベクトルは違うがおかしい人だ。交流のある私と妹が胸を張って言うんだから間違いない。
私の思考中に、妹が呟いた。
「でもあの家ってさ、なんであんな変わってるんだろうね?」
「たぶん博士の発明品なんだと思うよ」
「ふーん?」
あ、妹ってば唇とがらせている。これは信じてない顔だ。
まあ私は事実を伝えるのみ。おそらく、これからこの顔がもっと違う感じになるだろう。
「それで昨日ね、呼ばれて行ってきたのだよ」
「……色々聞きたいけどさ、いつ知り合ったの?」
「そこそこ、前だね」
「ふぅん……って、付き合い長いの!?」
「いや、それほどでもないよ。前は、いつお邪魔したっけな?」
そこで私が見せた表情は少し疲労の色を見せたと思う。妹が片眉上げた。
「……困った人なの?」
「さっきの爆発、忘れちゃった?」
「あー、うん。間違いなく困った人だわ。あたしたちとは規模が違うわね」
「ん~? あ、それ、前のあれだよね? あれはあれでどうかと思うよ?」
そう。妹も最近、理系の友達と一緒になって、お弁当とかパーンってしてるんだよね! だから爆発にも少しだけ理解があったのかもしれない。
しかし、さまざまな経験によって、しっかりと常識を身につけた私は断言できる!
『ひとの部屋を爆発に巻き込むひとは、絶対まともではない!!』
もしも博士の科学力が普通程度であったなら、被害は甚大だったのだ! 私もこうして話してないし、ヘタしたらヤバイニュースになってしまうのだ!!
これはもう、本人も痛い目を見てもらうしかあるまい。
「でもさ、その困ったさんの所へさ……」
妹がコーヒ―カップに目をやり、匂いを嗅ぐだけにして言った。
「なんでわざわざ行ったのかなって、思うけど?」
軽い感じでの疑問に、私も自分の熱気漂うコーヒーを眺めるだけにする。
なんでだろうね?
あっれー!? 私別に博士とお話しするメリット……まぁ、まるでないわけじゃないけど……うーむむむ……。
なんでだ!?
そして、大きく息を吐いた。
「うん、なんで、私が行かなきゃなんないんだろうね……?」
そうだ、なぜ私が行かなきゃならないんだろう? ひとの部屋を爆発に巻き込み、自分だけでなく家族の睡眠を大きく妨げてしまうという被害に遭っている。
もし仮に、まともな人が受けてしまえば、おそらくトラウマにまで発展するであろう今回の仕打ちを引き起こした人物なのだ。
「うん、でもね、たぶん、私が行かなきゃなんないんだろうね……。うん、なんでだろうね?」
心の底からこぼしたのだが、私の視線が揺らいでいる。その姿が少しおかしかったらしく、妹はぎょっとした表情を浮かべる。
「ど、どうしたのよ? もしかして、なにか弱みでも握られてるの!?」
「え……? いやあ、そんなことはないんだけどね……うん。そんな事がないから、困ってるというか……」
妹の少しあわてた表情を見て、私の方は落ち着いてきたらしい。少し首をかしげて言った。
「あ、でもさ、愛人になってくれとは言われてるね」
「はあ!? どういうことっ!」
妹が少し前のめりに聞き込もうとしたところを私は押さえた。
「まあまあ、詳しく話すよ」
「……そうしてちょうだい」
私の目覚まし時計が、である。
その瞬間まで私は良い夢を見ていたのだ!
しかし、爆音と裂光が部屋を染め上げ、重厚な振動が部屋に響き、夢の世界を引き裂き揺らす!
「うっわあぁ!?」
驚いた私はベッドから飛び落ちて、なんとか逃げようともがく!
そのまま、床を転がり何かをいろいろ蹴飛ばしたり、跳ね飛ばしたりの感覚が手足に伝わってきた。
もがいて、蠢いて、ごろごろと部屋を転がりうずくまって丸まると、体を守る姿勢を取る。
そして気付いた。
「……あれ?」
おかしくない?
爆発があったのに、痛くも熱くもない。
眩しかった光は一瞬だ。その眩しさに、私は目を瞑っていたのだ!
しかし、現在光は感じない。
私はおそるおそる目を開く。
暗い、闇の中である。
体をさすってみても何ともないようだ。
「無事!? というか、無傷!? なんで!? いや、何があったの!?」
動悸を打ってる心臓が気持ち悪い。
しかし、からだを動かすことは出来そうだ。少し考えながら立ち上がる。
「う、ん?」
部屋に起きた爆発は一瞬だったのだろう。今は暗い部屋にもどっていた。
「ああっ!? あんな音立てて! また怒られない!?」
ハッとして窓へ駆けより外を伺う。
……だが、隣近所の明かりはつかない。ざわざわとした感じもしない。
どうやらあの激しい音は、周囲へは響かなかったように思える。
「ゆめ?」
そんな訳がない!
強烈な爆発が私へ起床を強いたのだ!!
あの激しい音と光がただの夢であるというのなら、私は違う病院を調べなきゃならない。
そこで、ようやく気が付いた。
「そうだ! 目覚まし!! あの目覚ましか!?」
急いで机へ駆け寄る!
昨日確かにそこへと置いた目覚ましは、しかし、その存在が消え去っていた。爆心地であるはずなのに、焦げ跡や近くの物たちへの影響はない。
そして、最も変なのは、周りへの影響が皆無であり、目覚ましだけが蒸発しているのだ。
「ああ……」
そこで気が付いてしまった。私はひどくしてやられた表情を作り、髪をぐしぐししつつ言葉を続けた。
「博士だ……」
その瞬間、大きな音で扉が開き、怒鳴り声が掛かる!
「何やらかしたのっ!?」
妹だ。私に『やらかしたのっ!?』と、断定するひとは他にいまい。私はまだ動悸を打つ胸に手を当ててから、妹に言った。
「うん、近所迷惑だからね。少しトーンを押さえよう」
「はあ!? いっま、なにが起きたと思ってんの!?」
なだめようとする私に、妹はすごい表情でにらんでくる。
あのね、その顔はだめだよ?
うん、お友達が逃げちゃうからね、ツツシミを持ちなさいな。
「あー……。あのさ、今回は私も被害者なのだよ。はぁ……びっくりしたぁ」
動悸を打ちすぎたからか胸が痛い、胸に当てた手で擦るようにしてやる。それだけでも気持ち落ち着いてくるのだから、からだって不思議だと思う。
そんな私のぼんやりを、別な感じに受け取っただろうか? 妹の目が吊り上る。
「何余裕ぶってんのよ!? 近所迷惑したのは誰よ!」
「説明するからさ、じつは近所迷惑になってないし。それに、こんな時間だからさ……トーン押さえよ、ね」
「はあ!?」
人が興奮していると、見ている方は冷静になるんだなぁ……。
今何時なんだろう?
ああ、目覚まし爆発しちゃったしわかんないなぁ……。
私は納得いかない表情の妹をなだめつつ聞いた。
「今何時?」
私の普段を装う姿に、妹はただとても不機嫌そうな顔で言った。
「知らない。時計どこやったの?」
私は先ほどまで目覚まし置いてあった部分を指す。
「ここに置いてあったんだよ」
「……? 何もないじゃん」
「そだね。私たちが目を覚ますような爆発だけ起こして蒸発。周りに影響なし」
「……?」
「そして、音がとどく範囲は家のなかだけ。そんなことできると思う?」
「そんなの、無理に決まってんじゃん」
妹は訝しんだ表情を浮かべたままで首をかしげている。
「それが出来るほど、トンでもな科学力を持っているヒトが、今回の犯人だよ」
「……意味がわかんない」
だろうなぁ……。
いまだにイライラした妹だが、私が手で呼んで窓の外を見せた。
近郊には明かりがともらない。ざわめく様子もみえず、また、その気配もない。
「あれ? さっき……すごい音だったでしょ!? どういう……こと?」
「詳しく説明させてよ……頼むからさ」
怒りと困惑がないまぜの妹の肩を叩き、私はリビングへと促す。
「……むぅ」
妹は頬を膨らせつつもついてきた。
**―――――
リビングで私はケトルのスイッチを入れる。落ち着きをとりもどすため、コーヒーが欲しい。
自然の流れで新入りのハトさん時計を見ると……。
「うっわ、こんな時間!?」
予定よりも大分早く目が覚めたらしい。私も少しイライラしてきた。
妹の怒りがうつったのかな?
いや、そうではないか?
こんなひどい目に合わせたひとがいるもんね!
そう、そちらへ向けた憤りだ。さて、どうやって報復しようか? いろいろ考えていると、あくびがでてくる。私はその目をこすった。
「うー……眠いね」
「あたしのセリフなんだけど?」
「まずさ、私のスマホは解放してほしいな……お湯も、そろそろ湧くからさ、ちょっと待とう? お願いだから」
手癖の悪い妹は、私のスマホを人質に取って弄んでいる。かなり怒っているらしい。仕方なく「今回は巻き込んで本当に申し訳なかった!」と素直に頭を下げて、スマホ返してもらう。
本当にしぶしぶと言った感じだなぁ……私もイライラしてるんだよ?
「はやく、説明してよ」
「だって私さ、爆心地だったからドキドキで心臓が痛いんだよ?」
「自業自得じゃないの?」
「だから、今回は私も被害者だってば!」
イライラが言葉尻に含まれる。
「あたしにとっては被疑者よ?」
妹が睨みつけてきた。うん、これは私が悪い。妹は巻き込まれただけだ。
「だから、ちゃんと説明してって!」
「うん……えーっと、何から話せばとおもってね……うーん」
そんなやり取りをしているとお湯が沸いたらしい。二人分のカップへ、インスタントのコーヒーとミルクを淹れて片方を妹へ渡す。
砂糖は自分で調節してもらおう。
「ありがと……で、何があったの?」
「妹へ
サプライズだよ♪
大・爆・発 (字余り)俳人私」
ちなみに季語は大・爆・発ですよ!
この季節の風物詩なんです。嘘じゃないですよ!
私、少し前に読んだ季語のなんたら大全集の、幻の初版に載っていたはずで……。
のど元まで出かかった追撃の煽り言葉は、妹の冷たくも暗い視線でだせなかった。これは下手すると命があぶない。
「本気で怒っていいってこと?」
「ごめんなさい。今回は洒落とか挟まないと本当、心が保てないくらいでさ……あの、重ねて言うけど私も被害者なんです……」
「それを早く説明なさいっての!」
むう。信用がないなあ……?
まあ、昔けっこうやらかしたせいで、私の株は下がりっぱなしなのだろう。だからこそ、平然とした表情で続ける。
「あのね。今回の爆発は、私の知り合いの博士が原因なんだよ」
「ハカセ!? だれよ、それ」
「ご近所には稀にいる、天才科学者のことだよ」
「はあー!?」
うっわ、妹ってばすっごい顔だね。その口に拳とか入ったりしない? 言わないけどさ。
「落ち着いて聞いてね。あのね、えーっと……」
解っているのだ。
自分で言ってて『オカシイ』と。
なんとか妹の怒りを収めるためにも、信頼できる話をしなくてはならない。
しかし、あの体験は身内にも黙っていたぐらい、非常識かつヤバイものである。たとえまじめに話しても、黄色い救急車を呼ばれてしまう類のものだ。
そう、私が少し前に出会い、昨日会ってきた博士は、人格・技術・発想など、そのすべてが型破りを通り越したナニカな人で、どれだけ頑張って説明したとしても、非現実の存在である。
私ってば妹の性格はと、自分の行いを熟知しているからなぁ……作り話認定されてしまうかもだ。
暫くあたまをぐしぐしやる。そして私は考えた。どこから切り込むべきか……ああ、そうだ。これなら知っているだろう。
「……えっと斉藤さん、知ってるよね? 三丁目のね」
「有名な方の斉藤さん?」
「そそ。そっちの斉藤さん家からさ、少し行った所のヘンな家……知らない?」
「ん……変わった家があるわね?」
変わった家、と妹はオブラートに包んでいるが、あれはヘンな家なのだ。伺ったことのある私だから断言できる。
「……あの家に住んでいるのが、博士なのだよ」
「ふぅん?」
妹が疑いのまなざしでこちらを見ている。
さて。ご近所さまで私が『ヘン』といった意味で注目しているお家は三件ある。
第一に、私たちと縁がある有名な斉藤さん。
第二に、私たちとくされ縁の有名じゃない斉藤さん。
第三に、だれが住んでるかわからない、歩行者の大多数が足を止めるヘンな家。
今回の爆発は、この第三の家に住む、博士が犯人だ。
ちなみに有名でない斉藤さんは四丁目に住んでいる。
有名無名に限らず、どちらの斉藤さんもベクトルは違うがおかしい人だ。交流のある私と妹が胸を張って言うんだから間違いない。
私の思考中に、妹が呟いた。
「でもあの家ってさ、なんであんな変わってるんだろうね?」
「たぶん博士の発明品なんだと思うよ」
「ふーん?」
あ、妹ってば唇とがらせている。これは信じてない顔だ。
まあ私は事実を伝えるのみ。おそらく、これからこの顔がもっと違う感じになるだろう。
「それで昨日ね、呼ばれて行ってきたのだよ」
「……色々聞きたいけどさ、いつ知り合ったの?」
「そこそこ、前だね」
「ふぅん……って、付き合い長いの!?」
「いや、それほどでもないよ。前は、いつお邪魔したっけな?」
そこで私が見せた表情は少し疲労の色を見せたと思う。妹が片眉上げた。
「……困った人なの?」
「さっきの爆発、忘れちゃった?」
「あー、うん。間違いなく困った人だわ。あたしたちとは規模が違うわね」
「ん~? あ、それ、前のあれだよね? あれはあれでどうかと思うよ?」
そう。妹も最近、理系の友達と一緒になって、お弁当とかパーンってしてるんだよね! だから爆発にも少しだけ理解があったのかもしれない。
しかし、さまざまな経験によって、しっかりと常識を身につけた私は断言できる!
『ひとの部屋を爆発に巻き込むひとは、絶対まともではない!!』
もしも博士の科学力が普通程度であったなら、被害は甚大だったのだ! 私もこうして話してないし、ヘタしたらヤバイニュースになってしまうのだ!!
これはもう、本人も痛い目を見てもらうしかあるまい。
「でもさ、その困ったさんの所へさ……」
妹がコーヒ―カップに目をやり、匂いを嗅ぐだけにして言った。
「なんでわざわざ行ったのかなって、思うけど?」
軽い感じでの疑問に、私も自分の熱気漂うコーヒーを眺めるだけにする。
なんでだろうね?
あっれー!? 私別に博士とお話しするメリット……まぁ、まるでないわけじゃないけど……うーむむむ……。
なんでだ!?
そして、大きく息を吐いた。
「うん、なんで、私が行かなきゃなんないんだろうね……?」
そうだ、なぜ私が行かなきゃならないんだろう? ひとの部屋を爆発に巻き込み、自分だけでなく家族の睡眠を大きく妨げてしまうという被害に遭っている。
もし仮に、まともな人が受けてしまえば、おそらくトラウマにまで発展するであろう今回の仕打ちを引き起こした人物なのだ。
「うん、でもね、たぶん、私が行かなきゃなんないんだろうね……。うん、なんでだろうね?」
心の底からこぼしたのだが、私の視線が揺らいでいる。その姿が少しおかしかったらしく、妹はぎょっとした表情を浮かべる。
「ど、どうしたのよ? もしかして、なにか弱みでも握られてるの!?」
「え……? いやあ、そんなことはないんだけどね……うん。そんな事がないから、困ってるというか……」
妹の少しあわてた表情を見て、私の方は落ち着いてきたらしい。少し首をかしげて言った。
「あ、でもさ、愛人になってくれとは言われてるね」
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妹が少し前のめりに聞き込もうとしたところを私は押さえた。
「まあまあ、詳しく話すよ」
「……そうしてちょうだい」
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