博士の愛しき発明品たち!

夏夜やもり

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1 博士は刻(とき)をみたようです

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「ちょっと待っとってくれな、ひみっちゃん!」

 一瞬で元気になった博士は、だかだかと駆け出す。その姿は知り合いのねこさんが、何かに飛びついて行く感じの愛嬌あいきょうのあるものに似ている。

「ああ、ゆっくりでいいですよー」

 そんな声をかけ、私は湯呑ゆのみを眺める。破壊活動にいそしんだ時間が、熱かったお茶を適度にさまし、飲みごろのようだ。私は一口いただく。
 博士が選んだ茶葉は高級なものらしい。苦みがぱしっと現れたのち、ふわりと消える。水も良いものを使っていたはずだ。
 実はこのお茶って私にとって「かなり嬉しいお味です!」と賛美できる品だ。

 あ、でも欲を深めるとしたらコーヒーでも良いなぁ。ミル使って引いた奴って香りが良いんですよねぇ……うちではめんどいし、インスタントですけどね。
 そんな普段通りの考えをすると、冷静になってしまう。

「あー……なんで私、ここにいるんだろう?」

 いっそのこと逃げ出したい。しかし、博士の発明は規模が大きいわりに、リスク管理が息を引き取っている。ブレーキがいなかれば大変なことになってしまうだろう。

 私だけかもしれませんが、自分とえんのある人が何かトンデモないことを起こすって、ちょっとぞわぞわしませんかね?

 博士や妹、斉藤さんたちなど私の周りには個性豊かな方が多い。そこで培ってきた感覚なので、もしかしたら多くの方は馴染みがないかもしれない。

 そう。私は自分のあずかり知らぬうちに、大変な事になっているって状態が嫌なのだ。止められる暴走ならばその手で止めてしまい、後からなじる方が良い。
 だから今、私は逃げ出せないのだろうな。

 少しの葛藤、そして博士が転がるように戻ってきてしまった。
 そっちの姿はわんこさんみたいだなぁ。

「おまたせ! これじゃ!!」

 博士は再び発明品を机に置いた。

「拝見します」

 言ってはみたが、目のハイライトは消えているだろう。置かれたものを観察してみる。
 それは、かなり大きい懐中時計っぽいもので、中心に赤黒く少しずつ色を変える丸っぽいものが突き出ている。その丸は、なんか静電気を放っている!?
 さらに上のねじっぽいところには緑にとろけたプラスチックっぽいものが垂れ下がっていた。液体じゃなさそうなところが気持ち悪い。
 んー? よく見ると全体が微妙に光ってない?
 なんだか異様な圧迫感を与えるそれを眺めつつ、私は口を開いた。

「……あー」

 聞かなきゃダメだろうな……。なけなしの勇気を振り絞ろうと、私は深呼吸をいくどか重ねた。
 横目でみえる博士も、私の言葉を待っているようだ。

「して……してこれは、どんな発明品なんです?」
「うむ! これはの、時間研究の中で見つけた因子から、アプローチ方法を模索もさくした結果の一つじゃ! えっとな……」

 ここから、再び時間に関するお話が繰り広げられます……というか、話に体調含めるのやめてもらえません!?
 なんか、設計図引いてる時に動悸と息切れ、さらにめまいや手の震えが止まらなかったとか私に言われても、しっかり休むか、119番に電話する勇気をもって! としか言えません!!

「この素因を表す式はのぉ……」

 あ、今度は数字の話になってしまった!?
 うわ、うわああああ! ていうか、計算式をガンガン飛ばすのやめてくださいって!! 私、数字は嫌です! 頭へダイレクトにダメージ食うの、ほんと困りますってば!

「そこで、儂は思いついたんじゃ! その法則はなあ」
「は、はあ」

 そこから何ちゃらの定理とか、何たらの法則とかって、わかる人にしかわからないものを、がんがんと叩きつけてきた!

 もうね、解ってる風に話されてもね、困るんですよ!
 だって、興味ないじゃないですか!
 数字なんて、仕事で使う分だけで十分なんです!!
 定理とか法則とか、もう記憶から抜け落ちてますって!!

 あまりにも耐えきれなくなり、私はここで現実逃避をもくろむ。
 なぜ私の頭から定理とか法則がぬけてしまうのだろう? いや、しかし、社会に出た人は覚えてるんでしょうかね? 一般の方は結構抜け落ちてると思うんですがね? 

 あーでもそうだ、私は暗記するとき別名をつけてました。『三平方の定理』なんか『妹のふともも法則』とかにしてたもんです。
 え、ふとももと三平方って関係あるかって? ふとももですよ!? 関係ありまくりじゃないですか!


**―――――
「ちょっと! あたし関係ないでしょ?」

 うわ、しまった。話の途中に妄想や感想を混ぜ込てはいけないね。口が滑っちゃったよ、うん。
 私は失言を取り繕うようにわたわたと手を振る。

「な、無いけどさ、数の暴力に対抗するには、現実逃避が一番なのだよ?」
「だから! 謎の妄想にあたしを使わないでって話よ?」
「だ、だってさ、みんな興味持つはずだよ! 絶対!!」

 そう、パッケージだけを務めるのであれば、妹効果は抜群なのだ! もちろんそれは口にしないが。

「だから、あたしじゃなくって『愛人ラ・マンのふともも』で良いじゃん!」
「法則を消すんじゃない! 意味が全然違うじゃん! てか、だれが愛人だっての!? 私は合鍵を預かっただけだってば!」
「それって愛人じゃん!」
「いやいやいや、あの博士ってば誰彼かまわず愛人認定してるんだよ! 私だろうが、その辺の猫さんだろうがね!」
「猫ちゃんは……仕方ないんじゃない?」
 
 相変わらず、妹は私に厳しい。しかたなく私は形代かたしろをでっちあげる。

「いーや! それ以外にもいるもん! 宅配便のお兄さんだって広義の意味で愛人だよ!」
「え、うそでしょう?」
「私みてたもん! 宅配のお兄さんが来ている時にお邪魔してちゃってさ、私と同じやりとりしてたもん!」
「本当?」

 これは、ある意味事実である。
 宅配便のお兄さんが入り口で困ってた時に私が鉢合わせ、その手助けしたのだ。
 ただし、博士がお兄さんへ愛人になれと言ったかはひみつである。

「えっと、博士ってば本当に節操せっそうなしなの!?」
「そうだよ! だから私は愛人じゃない」
「わかったわよ、もう……愛人候補さん」

 あれ? なんかそれ、グレードダウンしてない? というか、今まで博士の話をしなかったのは、妹にこんな風に言われたくないって理由もあったのだが!?

「ねえ、話が進まないわ。愛人候補さんが現実逃避した後どうなったのさ?」

 妹はちょっとうきうきした目で見てくる。あー、しかし、この困ったあだ名を広められたら洒落にならないと思う。
 なんとかしたいと考えているのだが、話も進めたい。しかたなく私は、別の話題を推し進め、記憶からフェードアウトを狙う方針にきめた。

「ああ、うんそうだね。えっと、博士は……言ったのだよ」
「うんうん」
「『ひみっちゃん、この発明はの、先ほどの研究から派生したものじゃ!』ってね」


**―――――
「つまりじゃ、時間研究の副産物から得たものをさらに昇華したことにより……」

 言いながら博士は、ホワイトボードを引っ張ってきて計算式らしきものをずらずらと書いている。私は見ない。そう思いつつ、私は妄想を働かせつつ解っている振りを続ける。

「……なるほどー」
「つまりの……」

 どうやら結論らしい。これは聞かないとなぁ。

「つまり儂は!」

 博士は立ち上がって白衣を再びはためかせる。

「時間軸への攻撃方法を確立したのじゃ!!」

 え?

「えっと? 攻撃? ですか!? 聞き間違い!? ええ!?」
「うむ! 間違いないぞ! 柔らかあぷろーちで回転の変更が可能なら、激しいあぷろーちで破壊はかいが可能じゃ!」

 こわすなああああ!!!

 いや、うん、叫びそうになってしまった……呼吸を整えなきゃ、やばい、過呼吸とか起こしそうだ……。

「あーそのー、えっと、破壊、してしまうんですか? え、時間軸とやらを?」

 自分で言ってて訳が分からなくなってきた。博士が何を言っているのか、もう、私はわからない。

「うむ、この結論を得るために、儂は自分の恥をかてにしたんじゃ!」
「ほほう……恥ですか?」
「そうじゃ! 恥ずかしい話じゃが、実は儂って遅刻が多くてのぉ」

 え、それさっき言ってたじゃないか!?

「は、ええ……遅刻……ですか?」
「どんなに頑張っても間に合わん! ならばいっそ、時間を止めてしまえと思ったのじゃ!」

 ……うん? 少し、整理しようか? えー博士は遅刻が多い。そして、それを恥と思っている。

『Q どうすればいい?』
『A 時を止めてしまえ!』
『Q その方法は?』
『A 時間軸とやらを破壊して!』
『Q 時間軸ってなに?』
『A 時間の元締め ≒ 時間そのもの』

 えっとですね、その前にちょっとだけでも急ぐ努力をしてください! お願いします!!
 5分前行動とか、いろいろ言われるビジネスマナー講座とかあるじゃないですか! 最近は動画でも見れますし、取り入れましょうよ!!

 あ、ああ、いや、心の中で言っても仕方ないのか? えっと、えっと、くじける前に、その、確かめることが何点かありますね!? それ、うん、そうですね、それを確かめましょう! そうしましょう!!

 そして私は、混乱している胸の内を包み隠し、冷静を装って聞いた。

「えっと、確認、なんですが……この時計を使ったら時間が止まるんですか?」
「うむ! 時間軸への干渉は単純であるほど効果的じゃったぞ!」
「……えっと、はぁ」

 博士は何を見たのだろうか? 

「時間軸近辺には多くのエネルギーが存在するのじゃ! それに指向性を持たせるだけでせんめつが可能じゃ!」
「それって、爆発とかするんじゃないですか?」
「たとえ爆発しても、時間軸は次元の狭間に存在する! それに、音も爆風も閃光も熱も、時間の支配を受けておるから問題ない!」

 ああ、知りたくなかった……!
 うん、その情報はいらなかったよ!! 私は内心の慟哭どうこくをいろいろ頑張って見せないように努めて、本当に努力して冷静の仮面をかぶり、たずねた。

「あー。その、えーっと、攻撃したら壊せるんですか? 時間軸って」

 我ながら、おかしなことを言っているよなぁ。

「うむ! この装置を発動した場合、時間軸へ取りつくエネルギーを計算すると……」

 ああ、また数字と計算がホワイトボードに書かれ、視覚と聴覚から襲ってくる!?
 いやいや、私も危機意識があるときは悠長ゆうちょうに聞き流せないじゃないですか!

 あぇ!? なんですか、その天文学的数字、ゼロの何乗って、ふつう8とかでも莫大ばくだいじゃないですかねぇ!?
 え、なんでそんな数になるんです?
 それ、乗算ってその数をそのまま掛け算するんですよ!?
 10の乗算で1万超えた数字って在りえるんですか!?

 そういった精神攻撃を耐え抜いた私は、疲弊ひへいしながら言葉を捻り出す。

「……それだけのアプローチを、しなきゃなんないんですか?」
「でなきゃ、時間軸は仕留めれんぞ!」

 しとめないで!!
 なんでそんな酷いことするんですか!?
 いやなことがあったんですか?
 ああ、あったんですね!
 『遅刻』っていうね!!
 なんで、もうちょっとこう、普通に気を付けるなり、アラームとか使ったり出来ないんですか!?

 そんなことを内心で葛藤しつつも押しとどめ、私は重要な事を聞いた。

「し、仕留めたら、時間軸を壊したら、時間は止まるんですか?」

 それに対して博士は指を立て、当然と言った風にかつ、とても楽しそうな無邪気な笑顔で、言いきった。

「当然じゃ! 時間軸を破壊したら時間は無くなるぞ!」

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