博士の愛しき発明品たち!

夏夜やもり

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1 博士は刻(とき)をみたようです

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「えっとさ、まだ名前つけてなかったの?」

 話の途中で妹が割り込んできた。

「え?」
「ハンマーよ」

 そこに引っかかるかなぁ?

「まあ……うん。良いフレーズが思いつかないからね」
「その悪いくせさ、そろそろやめてほしいのよね」
「え、なんで?」
「あたしが一番実害に合ってるからね」
 
 えー? 別に妹に何かしたことはないですよ?
 悪い癖とか言われているが、私は身の回りにある愛着のあるモノに対して、そのイメージから現れたストーリーを要約し、正しき真名まなとして呼んでいるだけだ。

 何がきっかけかは忘れたが、やってみると楽しくなる。癖というか遊びに近い。まあ遊びだと止められるので、癖ということにしているのだ。

「えっと、エアコンのリモコンにさ、なんてつけてたっけ?」
「くのいちさんね」
「理由の説明をしてもらおうか?」

 え、よく消えるから忍者さまという、安直な発想なんですけど?
 忍者といえば『くのいちさん』じゃないですかね?

「よくその身を隠しているから?」
「……誰かさんがすぐ無くすからでしょう?」

 そう。『くのいちさん』って、使いたいときに居なくなるんだよね……だから頑張って探すのだけど、必要な時にいなくなる。だから、イラっとしてしまう場合もあるのだ。
 まあ、容疑者は私を除けば妹しかいない。そう、こやつはいつもいろんなものを無くすし、容疑者が一人しかいないのだから、犯人は決まっている! 間違いない! 間違いアリマセン!
 そんなことをこっそり考えていたら妹がすっごい冷たい目で見ている。考えを読まれたかな? 私はごまかすように手を振った。

「でも私の名付け癖なんかさ、あんまり気にしないほうがいいんじゃない? 私が勝手に呼んでるだけだし」

 癖だからね、と強調しておく。

「意味なく、わけわかんない名前を、勝手につけないでって言ってるの!」
「意味があるから良くない?」

 私の言葉に妹はこめかみを押さえて下を向く、その目は知っている。『だめだこいつ』と思った時に、危害を加えることも辞さない目だ。

「へんだから、名前つけないでって言ってるの!」

 でもね、別にね、私が勝手に呼んでるだけだよ? だから、妹が気にしなければ問題ないんじゃないかなぁ?
 あ、でも良いことを思いついた。

「じゃあ、これから全てのものをゴンベさんと呼ぼうか?」
「勝手に名前を付けないでって、言ってるでしょ!!」
「むうむう、こんなんただの癖なのに」
「あたしに害があったのよ……」
「え、どういうこと?」
「この前、笑われた」

 妹は恥を思い出してちょっぴり上気している。そういえば私、妹の親友ちゃんともときどきお話しする機会があるんだよね。
 そういえば、その時にだ、近くの物を私の名付けで呼んでしまうこともあった気がする。
 妹が頭を抱えているのはそこらへんに理由があるのかもしれない。

「学校でなんて言われてるか知ってるの?」
「え、私、なんか変な呼ばれ方してるの?」
「うん……でも言わない。てか、多すぎて……あたしも把握はあくしてない」

 ええ!? 言わないの!?
 しかもいっぱいあるの!?
 ちょっとそれ、かなり気になるんだけどなぁ……。

「もう! 話がそれたわ。名付け親になるの辞めてもらって、博士の話を聞かせてよ」
「うんわかった。その件は保留にして、博士の話を続けるね」

 妹が疲れた感じでにらんでくるが、私は意にも返さずお話を続けた。

「博士は相変わらずのフットワークで、転がるように戻ってきたのだよ」
「……へえ」

 気のない様子の返事でも、博士の話が気になっていると分かる。まあまあ、諦めるがよい妹よ。名付け癖私の大切なお遊びだからね。


**―――――
「待たせたのぉ、ひみっちゃん!」
「はい、急がなくても大丈夫です」

 ポケットのハンマーから手を離し、とってもぬるくて飲み頃のお茶を一口いただいてから、博士に向き直る。

「では拝見しましょう」
「これじゃ!」

 博士が机に置いた発明品は、形容しがたいごてごてした円錐えんすいの箱だった。
 角度によって見える形が変わり、丸だったり四角だったり、場合によっては三角にみえる付属品がある。
 なんなんだろうこれ? といった物質? 液体っぽい何か? でも触っても濡れない。あ、触っちゃった。けど、物質ぽい?
 大きくつき出ている物もなければ、垂れ下がっている物もない。シンプルな形だとは思うが、時計っぽいなにかにも見える。
 ただ色が……毒々しい赤の後にぞわぞわするような黒の濃い灰色となり、さらに毒毒毒しい赤になったあと、深まる感じが薄まるといったループをしていた。

「あー」

 私は、言葉を出すまでに少し勇気が必要だった。

「して……えーっと、これはどんな発明なんですか?」
「うむ! といってもじゃな、これはちょっと手抜きなんじゃよ! テストで試作な一号じゃ!!」
「ほう?」

 手抜きとな? だったら、今までのような災害級の発明とは違うのかもしれない。

「こいつを作るに当たり、必要なもんはそれほどでもないしの、それに……」

 博士は軽く頭をかいたうえで、少し恥ずかしそうに言った。

「これを作った動機がふじゅんでのお」
「え、動機ですか?」
「うむ。ひみっちゃんにしか言えんが、儂は遅刻が多いのが嫌でのぉ、その……待ち合わせには大体3~5分は遅れてしまうんじゃ」

 え? 今までの動機と同じじゃないですか?
 遅刻の失敗を告白されても何とも言えないし、私も寛容かんように見ざるを得ない。

 寛容にみてしまう理由は……なんというか、あれです。
 有名な人が言った、石を投げる人は……えっとなんでしたっけ? 悪さしたこと無いひとだっけ? それとも投げ返される覚悟をもって投げつけろだっけ? そんな感じの理由があるんですよ、私も……。
 つまり私もプライベートで遅刻することは……その、ゼロではないんです。

 一番の理由は、基本的に道がおかしくて、スマホナビが急に怒ってしまうことから始まります。
 その後、ナビは『戻れ』としか言わなくなり、なだめすかしていたら、シャレにならないロスが生まれてしまったなど……多岐に渡る事案で、すごくまれに失敗してしまうのです。

 待ち合わせていた人たちも、なんかもう生暖かい目で見ているから、バツが悪い。そういうときの私は、土下座までしないけど、大謝罪の後にしっかりとフォローを尽くすことでなんとか水に流してもらっているのだ。

 勘違いしないでくださいね! 毎回じゃありませんよ? 私、出発を早めることで何とか間に合わせてます。例に挙げたのはたまたまの、一例ですからね!?

「そこで儂は気がついたんじゃ!」

 えっ!? 考え事してたから聞き逃したのかな? 今の話のどこで何に気づいたんですか? 自分の行いじゃなくて!?

 私が軽く混乱しているのを知ってか知らずか、博士は話を続ける。

「そう、世界の時間認識が間違っているとな!」

 え? ええ!? ええええっ!? ちょっ、え!? ど、どういうことです?

「ひみっちゃん、時間を司る時間軸は、常に正確な時間を刻んでおるんじゃ!」
「はあ……え、はえ!?」

 まるで意味の解らない答えにさらに混乱する。やはり博士には、私と違うなにかが見えているのだろうか?

「通常、時計はその時間軸との対話で、その時刻を得るとされているわけじゃろう? しかし、幾分かのラグが生じておるのじゃ!」

 いや、そんなこといってもですね、時計さんも時間軸とやらにはアクセスしてませんよ!? せいぜい電波時計の電波ですよね?
 それに時計さんは正確なリズムを刻み続けることで、人にとってあいまいな時間を正確に教えてくれてるんじゃないですかね?

「での、理論値として……」

 あああああ、また計算ですか……!? 
 てか、計算式とかやめて!
 もう、数字はおなかいっぱいですってば!!
 根本的な部分から間違ってる計算って、むなしいですって!
 いやいやいや、数式はいろいろな場所にじんましんできるからやーめーてー!!
 というか、徹夜が1日で済んだとか言わないで下さい!
 無理の効かないお歳に見えますよ?

「時間軸が提供している部分と、アクセスまでにかかる……」
「……はあ」

 ここから続く博士の言葉に、私は真面目に聞きとどめるのを諦め、生返事を返すだけで別のところで適当なことを考える。

 たとえば、そういえば今日はご飯炊かなきゃなーとか、あっさりしたもののレシピとか、簡単で今の冷蔵庫事情に則したレシピとか、いろいろと充実した思考を展開させて、私は現実逃避を頑張った。

「つまり! この時計矯正装置の完成によって、世界の時計は正確となるのじゃ!!」

 …………あ、ハイ。……えっと、え!? どうやって?
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