博士の愛しき発明品たち!

夏夜やもり

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2 博士は次元の壁に挑むようです

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 ティッシュに空いた穴は、とてもきれいな真円だった。そこだけがすっぱりと持っていかれたように見える。私は真っ青な顔をしていたと思う。

 この効果の悪用なら、すぐに思いつく。
 たとえばではあるが、交通量の多い車道なんぞに穴をあけたらどうだろ? それこそシャレにならない被害ひがいが出てしまうだろう。

 しかし、同時に有用な使い方できるとは思う。
 別の世界へ送るといった部分に視点を向けて、穴を大きく広げることで、ごみの問題が解決するんじゃないかな?

 更に発展して、出し入れが自由となるのであれば、収納スペースとしてものすごくありがたい存在となるだろう。

 この発明は危険ではある。だが、使い道もたくさんありそうだった。私は少し驚きの色をみせつつ、聞いてみる。

「博士……これは、自由に開いたり閉じたりできるようになりませんか?」

 博士は首をひねってから答えた。

「んー広げるのは考えとるし、おそらくできそうじゃ。しかし、閉じるのは……現時点では、難しいのぉ」

 ……その言葉を聞いて、私は無意識のうちにポケットへ手が行き、お守りハンマーの存在を確かめている。
 博士はさらに首をかしげて続けた。

「無理とまでは言わん。儂も試してはみたのじゃ」
「ほう?」
「閉じようと働きかけることはできる。しかし、無理に閉じようとすると別の問題ができてしまったのじゃ」
「えっと、問題ですか?」
「うむ。その場合じゃが……規模がどれだけのもんになるかわからんし、制御も出来んじゃろうな……」

 私は首をひねって理解できない姿を見せている。博士は少し考えるしぐさをしたのち頷いた。

「解かりにくいかの? うし、そうじゃ」

 軽く息を吐いた博士は、ティッシュを一枚新たにとって私に見せる。

「これが次元の壁じゃとすると、儂がやったのはこうじゃ」

 博士は、お茶にあまりきれいじゃない指をつけ、お茶を数滴たらしてテッシュの一部を濡らした。

「これが第一段階じゃな」
「はい」

 その様子を見ながら、私は別の部分が気になった。

 博士ってば、なんで発明品を持ったままなんだろ?
 あれ? よく見ると装置の色が変わってないかな? もしかして、一回穴を空けたらしばらく稼働かどうしないってこと? と思っていたら、博士はその装置を見せてから言った。

「そして、こうするんじゃ」

 言葉と同時に、濡らしたところを装置のとがった部分でつついて穴を空ける。なるほど、そう使うつもりだったのですな。

「これで穴が開いたじゃろ?」
「ふむ……濡らして空けやすくして、触るだけで穴が空く……と」
「そうじゃ。次元壁へ穴を空ける手順はこういうことじゃ! で、これをすぐふさごうとするとな……」
「あっ!?」

 にこにこしながら博士は、穴の近くをつまんで引っ張った。濡れている部分の上の方がそこそこ大きく裂けてしまう。

「周りももろくなっているから、大きな裂け目になってしまう……という事ですか」
「うむ! 閉じようと働きかけた場合、この裂け目がどれほどになるかわからんのじゃ!」
「つまり……」
「現状ではかわくまで待つ、しかないってことじゃな」
「それが一時間ってことですか? ……ドライヤー当てて、早く乾かすみたいなことはできないんですか?」
「うーむ……んーまあ、うーん……その働きかけのが、その、ちがってのぉ……むむむ?」

 腕を組んで目を瞑り、考えながら言葉をこぼす。おそらく深く掘り下げるような思案しながら言葉を紡ぐ。

 私の印象としては、なんかすっごい奇跡的な確率で出来る穴だから、それをちょっとずらせばいいのでは? と思ったが、どうもそういうものでもないらしい。

 言葉の端々から察するに、次元の穴が空いてしまった場合、空けやすくするものを取り除いても意味がない系の状態っぽい?

 まあ、専門家の専門的な独語だからではあるが、ニュアンス的にはどうやってもうまく行かないようだ。だから、私も眉を寄せる。

「むむう……」

 額に手を当て上を向き、私は考えを発展させていく。
 専門的な部分はさっぱりだが、現実的な部分であれば可能である。

 この発明、はっきり言って問題は多い。しかし、そういった部分をめるため、多くの人や研究機関の力を借りさえすれば、世間に出せるのではないか……と、思えるのだ。

 っと、あの、もしかしたら誤解されるっぽいですが、私、どんなものでも壊すってことはありませんからね!?
 世界を戻したり止めたり、ついでにレンジに入れなきゃいいんです! 変な組織と繋がりが無ければ、もっともよろしいといえるでしょう。

 そういった心配は見えていない発明だが、リスクは高い。
 しかし、リターンが大きいように思える。ならば、リスクを一つずつクリアにして、消していけば良いのだ。
 悪用に関しても、そのクリアリングによって取り締まり方も具体的になるだろう。

 それに加えて、私が懸念けねんしているのは、もうちょびっと怖い部分である。
 それは発表の仕方が難しい点だ。この部分をかなり上手にやらないと、博士が危うくなってしまう。

「うーん……」
「どうしたんじゃひみっちゃん?」

 人づてに聞いた話ではあるが、ある莫大ばくだいな利益を生むシステムを開発された方が居て、それを発表した。
 しかしその開発者さん個人が、とんでもない利権を持つこととなってしまったため、多方面から命を狙われてしまった……という話を、聞いたことがある。

 身近な方からの伝え聞きであり、その様子を詳細に語ってくれたため、背筋がうすら寒くなるような事なども知ってしまった。

 今回のような画期的な発明は本人にとって、もろ刃の剣となりうる。

「なんじゃやはり痛いんかの? 変なところ打っとらんよな? ひみっちゃんよ」

 私の考えこんでいる様子をみて、博士は心配になったのかもしれない。

「え? いや、ちょっと考えていたんですよ」
「ほう? 考えとったんか? そうは見えんかったのぉ」
「たまに言われます」

 私は腕組みのポーズが昔っから苦手なので、考えるときは独特どくとくなしぐさが多い。
 またパターンも多く、時にはあごに指を当ててみたり、頭を抱えたりで、誤解されることも多い。

「前にいもっちゃんがいっとったあれかのぉ?」

 軽く息を吐いて、手持無沙汰てもちぶさたのようである。まあ……いまは良いでしょう。

 この発明を博士が無事な状態で発表するには……そして、その利益を他者に掠め取られないようにするためには……うーん、うーん。
 斉藤さんの……謎人脈に頼るってのもあるが……むぅ……。

 薄汚れた私の世間知を駆使くしして、プランをいくつか考えて……ちらと、博士が目に入った。私の反応が薄いのがさみしいのか、しぶしぶお茶をすすっている。
 あれ? そのお茶って、ちょっとばっちいですよ?

「博士、そのお茶って指つけてませんでしたか?」
「ん、自分のお茶じゃからの、大丈夫じゃ」
「いやいや、手の方があまりきれいじゃないです。おなか壊しますよ」

 なんというか、博士の手はあまり清潔せいけつには見えない。書き物した跡なのか、手の付け根なんかは黒っぽくなっているし、手の甲にはきみどりのマーカー跡らしきものがついている。
 というかそのマウス、いつまで持ってるんですかね? 大切な発明なのに……。

「あの、よければそのお茶、れ直しますよ」
「いやぁ、もう飲んだぞ! 美味しかったわ」
「おや、そうですか」
「じゃが少し足りんの。もう一杯淹れるか」
「あ、お茶は私が……」

 ああ! 博士じゃポットの反乱が起きてしまう! 私が手を伸ばした時には、もう博士は急須を取り上げ、転がるように駆けていった。
 二番茶を淹れる気かな? それは良いんですがね、止める間もなく不機嫌ポットへ肘を乗っけて(マウス持ってるからだと思います)……遅かった。

「うわっつー!!」

 そう、押し込みに肘で触れただけ……それなのに怒気を放ったポットさん、最大級の反逆を行い、お湯を吹き出し、構えていた急須とその手にかかり、博士は両手を振り上げる。

 そう、博士は反射で投げてしまったのだ。

 急須と、もう片方の手に持ったマウスっぽい……次元壁じげんへき穿孔せんこう装置そうちを!

「なんでじゃー!?」
「あっ……」

 飛んだ先は先ほど穴を空けてしまった場所である。それは抵抗などなく、同じサイズのぶんだけ持って行ってしまう、次元壁の穴がそこにあった。

 それは、暗い色をたたえてらめいて見えるが、『削り取ってしまう存在』である。
 博士ときたら、先ほどのティッシュ玉はすべて外したのに、こんな時だけ素晴らしいコントロールで飛び、大切な発明品は的中してしまった!

 果然……穴が開いてしまった装置は、ジジッと音を立てて転がり、いくつか部品の数々が、色を失っていく。

「の、のおおおおぉぉぉおぉーーーーー!! わ、儂の発明品がああああっ!!」
「あっぶないです! 近づかないでっ!」

 お茶を淹れようとする行動は止められなかったが、次に博士が取る行動は予測できた。いや、反射的に体が動いた。

 駆け寄ろうとする博士を私は後ろから腰の辺りを捕らえ、力だけじゃ危ういので、武道のコツを使って足を払って横へ倒して抑え込む。

 本当は米俵とかを後ろへ投げる感じの技をアレンジし、怪我しないよう、顔を打たないよう私がクッションになって倒してから、私は体を入れ替え、押さえ込む形を取った。

「博士……」

 そして、動けない様に引っ付いて、興奮が治まるように耳元で囁く。

「はかせ、ダメです。走って近づいちゃ……落ち着いて……落ち着いてっ!」

 しかし、博士はもがく。
 だから私はもうちょっと抑え込みを進めた。バタバタ動かす腕を抑えるため、肘関節に腕を差し込み、動きを征する。

「ああああーー! あれを、あれを作るのに、まだ、試作の試作で……儂は、儂は……あああああ!」

 もがくのを諦め、慟哭どうこくに近い、おなかの底から出る情念のうめき声が私の胸を打つ。
 私が、何も言えず落ち着くのを待っていると、博士はもがくのをやめたみたいだ。

「うん、その話は座ってから聞きます。だから落ち着いて……ね」
「うう……ひみっちゃん……ううう、ぐう」

 博士が私にしがみ付いてきた。やれやれ、困った人だなぁ。

「博士、大丈夫。あの装置はまだ改良の余地があります。だから、ね、作り直しましょうよ」

 私が伝えると、博士の体から力が抜けていく。

「あ、あのな、ひみっちゃん……」
「はい」
「ちょぉっと苦しくなってきたからのぉ、少し緩めてくれんか?」

 あ、しまった。私も焦っていたのだろう、腕に力が入ってしまったらしい。

「ああっ、はい、申し訳ない!」

 あわてて手をゆるめると、博士はすっと立ち上がり息を吐いて手を差し出した。

「しかし、色っぽさのない抱擁ほうようじゃのお」

 その手を取って立ち上がった私は、不満げな表情を見せてじとりと見つめる。

「どっちかというと救助活動ですからね」

 茶化して言える分、博士にも冷静さが戻ったのだと思う。博士はソファーに腰をどさりと下ろした。私もそれに倣う。

「なあ、ひみっちゃん」
「はい」
「残念じゃが、この発明はだめじゃな。ひみっちゃんの手でしっかり壊してくれんか?」
「えっ!?」
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