妹と、ちょっとお話しましょうか?

夏夜やもり

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朝焼けメダリオン

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「そんでさ......」

 妹がカップに口をつけ、舌を出して眉をしかめるまでの動作を取った後、涙目でこちらに聞いてきた。

「結局はそのお隣さん、どんな子だったの?」

 カップの熱見が図らずも済んだ。カップの香りを楽しんでいる風を装った私は、優雅ゆうがなしぐさでカップを戻し、ケーキに視線を送りながら言う。

「えっと......」

 記憶は鮮明になっている。楽しい記憶は多いのだが、あまり言いたくない記憶もあるのだ。
 いつも、楽しみを見つけることには天性を持つ私ではあるが、入院中のあの場所には苦しい思いもしている。それを引き出さなくてはならない。
 お隣さんに関しても楽しいことは多かった。しかし、そうでないことだってある。
 特に......あー、いや、確証はないっけか? うん。

 私は言葉を選びつつ答えた。

「私が覚えているのはさ、好奇心旺盛でそのくせ臆病、いじっぱりなのに寂しがり、あと......」
「え? え? ムジュンしてない?」
「どっちもあるのだよ。ただ、ご両親にはとってもかわいがられてた」
「あら、そうなの? なんかさ、びやだるとか、はりがねとか、言ってなかった?」
「そそ、親御さんがね、そういうふうに冗談で言ったっぽいね」
「ほー?」

 たぶん、親御さんに関して興味津々なのだろうが、まあ、それよりも言うべきことはある。

「そうだ、なにかの大会にでるんだー! とかでさ、入院前はどこかの施設でトレーニングしてたって」
「あら? 運動してるの?」
「そそ、実際、身体能力凄くってさ、屋上走って見つかって怒られるまでがパターンだったのだよ」
「へぇ? 何のスポーツ?」
「覚えてない。変な名前だったけど、何かの施設ってのが、かなり広かったでーとか言ってた」
「むぅ......名前覚えないもんねぇ」
「しゃあないじゃん。苦手なんだよ」
「まあ、そうねぇ」

 私は少し上を向いて記憶を探る。そして続けた。

「でも優しくてね、普段はそう見えないんだけどさ、意外な所で気遣ってくれた。......子供なのに、だよ?」
「良い子なのね?」

 自分の体調は心配させるのであまり語りたくないが、まあ昔だから良いかなぁ。

「ただ、私がへこたれてる時でもさ、話しかけてきてうるさかったなぁ」
「うるさかったの?」
「うん、私、目は覚めてたけど動けなかったんだよ......」

 妹は苦笑を浮かべる。

「空気読めなかったのね?」
「仕方ないんだとは思うけどねぇ......起きるの遅いなぁって感じだったからさ」
「でも、違ったんでしょ?」

 当時、起きないのではなく、起きれない状態だったのだ。
 近づいてつっつこうとするのだが、袖を引かれて止められるというようなやり取りが浮かぶ。
 それらを飲み込み、私は続ける。

「私の状態に気付くまで、少し時間かかるんだよね。で、気付いたらそれはそれでうっとうしい」
「え、なんで?」

 これは、私の駄目な所である。心配されるとやせ我慢してむりやり胸をはろうとするのだ。

「えっとね、私、だれかに気を使われるの、苦手なの」
「昔っからそうだよね」

 妹はけらっと笑った。私は少し唇を尖らせた。

「まあ、ね」

 それから少しケーキの角を崩して小さくしてから口に運ぶ。
 ああ、このほろ苦さが良いのだ。チョコレートが甘すぎるのは、あまり好みじゃないんだよなぁ。嬉しい甘味に私は微笑み、話を続ける。

「でね、よくよく話を聞いたらさ、検査入院だったらしいからね」
「おや、何が悪かったのかしら?」
「さあ? さすがに聞かないし、たぶん、聞いても覚えてない」

 ちょびっと誇張こちょうがある。私はそれを知ることとなり、記憶に残ってしまうのだが、それは、まあ、話の流れしだいだろう。

「でもさ、こっちは点滴ながめて苦しんでるってのに、お構いなしで『だいじょぶー?』って来るんだよ? 印象はイマイチだったね」
「あらあら、まあ」

 再び、妹をみやると涼しい顔でカップを傾けている。おや? 実はもう適温かいな? 思って私もそれに真似して......あっつぃ。
 カップから口を離して妹にうらめしい視線を送った。

「どぉーしたのぉ?」

 目を細めて、こちらを見ている悪魔の微笑み。ブラフとはなかなかやるな。

「いやあ、私が猫舌だと忘れていた」
「人を使って毒見させないでね」

 見抜かれていたか、ここで引き下がるのも悔しいので、軽く手を振る。

「毒は入ってないからさ、熱見が正しい」
「入れてないと思ってるの?」
「ははっ、私に毒はきかないからね」
「存在が毒だもんね」
「毒はためずに吐くものだよん」
かれるほうはうっとうしいわね」
「むう、会話の中に一摘ひとつまみの毒、それがエスプリってやつなのさ」
「コーヒーに入れたらどうなるかしらん?」

 私は少し眉をしかめる。一瞬考えてしまった。こういうのって言葉を止めた方が負けなのである。

「考えてしまった私の負けだね」
「いつ勝負になったのよ?」

 実際、私のお腹は敏感なのだ。痛んだものを頂いたり、毒を盛られたりするとすぐひどい目に合ったりする。勝利の微笑みを見せた妹へ、いずれお返しせねばなるまいと誓った。

「でもさ、結局はいい子だったのよね?」

 考えている様子をみせた私に、妹は話題を戻した。舌を出して被害ひがいを軽減しながらも、ぼんやりと思い出す。
 うーん、えっと、楽しそうにわらい、ちょびっとはにかみ、前を行き、ときどき後をついてくる。

「何が楽しいのかさ、笑ってる顔が多かった............かなぁ?」
「いっつもにっこにこしてるの?」
「いやぁ、面白い事を言う訳でもないのにねぇ、あっはははとかいう笑い方は、耳に残ってるよ」
「んー、それ良い風には聞こえないけど?」
「ん、まあ、印象的だったと言うべきなんだろうね」


**―――――
 あいつの事を聞かれ、一番に思い出したのはある程度仲良くなった朝の事だ。

「あっははは、カラスの大群がおるで!」

 声に引かれて少し寝ぼけ眼をこすりつつ、廊下へ出ると目が一気に覚めた。

「おおー!?」

 その光景は私も初めてみた。病院外の電線という電線に、カラスさんが大群で占拠している。それは、ちょっと見た事のない異様な光景だった。
 カラスさんは皆さまが雑談でもしているかのごとく、『かあー』だとか、『あふぉー』だとか、ガヤガヤと楽しそうにさわいでいる。

「おー、カラスさんってば、いっぱい~♪」

 廊下へ出てその光景からか、適当な鼻歌歌いはじめた私、後ろからそでを引かれた。そちらを見ると微妙な顔をしている。

「なんなん? あれ」
「そだね、いっぱいだねぇ? ああ、おっはよ」

 横からあいつの挨拶がきた。

「おー、おはよう! あれ見てみ、すごいやろ?」

 こっちは好奇心旺盛のようだなぁ。なんで自慢じまんげなんだろう? そんなことを思いながら私もそちらを見る。

「ほんと、いっぱいだねえ」

 何人か遊び仲間もいれ、それぞれおはようを言いあう。

「おはよー」
「はよはよー」
「おっはよーん」

 しかし、この珍しい光景を眺めていると、通りがかりに不穏そうなつぶやきが耳に入った。

「おむかえでも来たのかしら?」

 振り向くと、忙しそうにどこかへ向かうナースさんである。特殊な景色と病院という場所であり、大人は不吉を予想するのだろう。私もおそらくそうなる。
 だが、当時から私ってカラスさんが好きな鳥さんであり、あさっての受け取り方をしてしまった。

「ぇ......」

 息をのむ。

「お迎えって退院する人を迎えに来たの? じゃあカラスさんってば、よかったねえって言ってるんじゃん!」
「ぇ......?」

 一瞬息をひそめる。そしてあいつは大きく笑いだした。

「あっははは、ほんまやな! たっくさん迎えに来てくれて。あんな多くのお迎えならよっぽど大物やな!」
「でしょ! カラスさん一同の祝福って、ちょっとすごくない?」

 胸を張る私の自慢顔ドヤがお! 今思い返すと......ちょっとではあるが、思うことも、ある。

「しかし、だれが退院するんやろな?」
「そりゃ、大物だよ!」
「......大物って、どんなひとなん?」
「さあ?」
「ちょと、考えてみよっか?」

 そうそう、私、平気で周りを巻き込んでこんな感じだったよね......。思い出だとしても、こういう勘違いってさ、たとえ妹が相手でも、話してて恥ずかしい。
 ここに妹がいなければ、部屋の隅っこでのたうち回っているかもしれないもんだ。

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