妹と、ちょっとお話しましょうか?

夏夜やもり

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朝焼けメダリオン

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**―――――
「んー、どうしたの?」

 私の恥じらいで話が止まったからなのか、妹から声が掛かる。相変わらずコーヒーカップとにらめっこしている。
 猫舌なんだからぬるくしてれればとも思う。牛乳だって残ってるし、カフェオレにしても良いのだ。
 まあご相伴そうばんにあずかっている以上、私は口に出さないけどね。妹のいぶかしんだ視線を外しつつ、私は聞かれたことに応える。

「いや、何というか......」

 勘違い恥ずかしいってのはまあ、あまり伝えるのはちょいとやめておく。代わりに、カラスさん好きな点を語ろうと思う。

「私ってさ、変わったもの好きだったんだなぁってね」
「変わったって? なにが好きなの?」
「カラスさんだよ。みんなに言うとさ、なんか受け入れられないんだよねぇ」
「え、変わってるの? あたしカラスさん、嫌いじゃないわよ?」

 おや、妹も変な所で似ているのだな。

「そうだったっけ?」
「うん。八咫烏やたがらすがすき! なんか、便利だもん!」
「んー? 便利?」
「ゲームの話! あのね!!」

 そこから、妹が今楽しんでいるゲームの話になった。なんか八咫烏という神話に出てくる三本足のカラスさんがけっこう、いろいろ使える子らしい。
 意気揚々いきようようと語る妹をほほえましく眺めつつも、そもそもゲームとか良く解んないし、話と大きくずれている。だから、私は話題を戻した。

「まあ、それは今度効かせてよ。てかさ、あの光景はびっくりしたよ」
「印象に残ってるって事は、すごいいっぱいいたんでしょ?」
「うん、なんていうか圧倒あっとうされた」
「やっぱ珍しいの?」
「うん。ほかで見たのは......一度くらいだね」
「あら、見た事あるんだ?」
「うん。でもさ、山に行った時だよ? 夕日にいーっぱい飛んでた」
「へぇ、何か、あたしも見てみたい感じ」
「まあ、余裕ある時に行っても良いかもだね......」
「そうねぇ。その景色が見えるかどうかは別として、ね」

 妹がケーキを崩して口へ運んだ。今私、妹と同じ言葉を続けようとしてしまったよ。こういう所は似るんだなぁ?

「でさ、それからどうなったの?」
「えと、あいつがね、ふっちょさんに話しかけたんだよ」
「うんうん」


**―――――
 行動力のあるあいつが聞いた相手、それはたまたま通りがかった、看護師長のふっちょさんだった。

「なな、今日誰か退院するん?」

 あだ名だと勘違いしてしまうが、せ型でなんかいっつも動き回っている働き者のひとだ。寝不足なのかクマが見えることが多い。
 ものごとをずばっと言ってしまう人で、時折見せるにやりとした笑顔が印象的に残っている。
 確か、その時もその『にやり』をしっかりと見せてくれた。

「え? 退院? え、っと? まあ、そうね。退院する人は、いるでしょうね」
「その人さ、カラスさんに好かれてるの?」
「は?」

 私の問いかけに、ふっちょさんも目を丸くしている。話の流れが理解できていないのだろう。
 そんな顔させてしまって、我ながら同情するなぁ。

「いやね、あれだけのカラスさんが集まってお迎えしてるからさ。大物だでしょ、その人!」

 少し興奮気味に、恥ずかしげもなくあんぽんたんを振り撒く私である。

「そや! たぶんでっかい人やろ!!」

 私の話に乗っかってくれるあいつに私も続く。

「そうそう! 大物だよね!」
「......?」
「どうゆうことなん?」
「あれだけいっぱいお迎えが来るんだもん! それだけ大物ってことだよ!」

 お子様の言動はときにおかしくなる。ふっちょさんも意味がわからず聞き返してくれた。

「えっと、何なの!? お迎えって、なに? 大物? 何なの?」
「あれ見て、カラスいっぱいやろ?」
「......ええ、そうね、めずらしいわね」
「だから、迎えに来たんやろ! 大物をなっ!」

 しかし、思い出してみると、私たちって言葉が足りない。表現力も同様に、だ。頭の中で出来上がったストーリーを推敲すいこうせずに伝えた感じと言えるだろう。

 現在であれば、論理的に考えることができるかもしれない。えーと......。

 カラスさんが迎えに来ている。
    ↓
 カラスさんがあれだけ大量に迎えに来ているのだから、普通じゃない人だ。
    ↓
 それは大物である。
    ↓
 大物って事は身体が大きい。

 あれ、意味が解んないな? でも、その時は本気だった。なんで私たちこんな発想になったんだろう?

 しかし、そこはふっちょさん、小児病棟でつちかった経験がたっぷりである。ぐるりと視線を巡らせ、ちょいと考えて少しだけ首を傾けた。お考えのときにするくせである。
 そして、どうやら私たちが適当言って遊んでいる状況なのだと飲み込んだのだろう。ふっちょさんはにやりと笑顔を見せた。

「うん、あー、大物の退院っていえばぁ、まあ、確かにその通り......だけどね」
「その通りって?」

 笑顔に少し温かいものが混じっている。

「あのね。実は今日ね、お相撲さんが退院するのよ」

 どうやら、めったにないことが重なっていたらしい。お相撲さんがこの病院へ入院していたというのも偶然、その退院日が今日ってことも偶然である。
 そしてカラスさんの大群も偶然なのだ。当時の私は『そんなん重なるってもの凄いことだ!』と、思い込んでしまった。

「それだ!! あのカラスさん達のねらいがわかった!」
「え、狙うん? なにを?」
「力比べだよ! それか、あのお腹にどれだけ埋もれるか試したいのさ!!」

 明後日の方向へ思考を打ち上げた私に、ふっちょさんも困り顔である。

「そ、それは意味が解らないんだけど、どうかしらね?」

 しかし、あいつは乗ってきた。

「あの数でぶつかり稽古するんか!? すごいな!」
「そうだよ! 凄いでしょ!!」

 いや、思い出の私、なんでそんな自慢げなんだ? ねえ、ちょっと、だれか、フォローしてあげて! どんどん痛い子になってるじゃん!!
 そして、ふっちょさんはその言葉を受けて、表情を引きつらせている。

「えっと、それってさ、わたしもね、むかーしの恐い映画思い出しちゃったんだけど?」

 うん、ちょびっと想像してみようか? お相撲さんにたかる大群カラスの図になってしまうのだ。しかもぶつかり稽古って、くちばしからの突撃でしょう?
 もしかしたついばむかもしれないし、それは、かなりおぞましい光景である。

「あははっ、でもお相撲さんの方がつよいから大丈夫だよ!」

 あれー、私ってこんなにノーテンキだったっけ? でも、確かに言ったんだよなぁ?

「いや、だからカラスも数集めたんちゃう?」

 乗っからないで! 私、変なこと言ってるんだから! 痛いこのままにしないでください!!

「あのさ......カラスはお相撲さんにはたからないわよ? たぶんだけど」

 私たちの怖い妄想を止めるため、ふっちょさんがたしなめた。そして、話を別の方向へ向けてくる。

「あのね、もしかしたらあのカラス達、同窓会かもしれないわよ?」
「ん? 同窓会って何なん?」
「学校を卒業した後に、みんなで集まってご飯食べながら、今の状況を話したり、昔を懐かしんだりする会よ」
「この病院がカラスさんの学校なの?」
「何で病院が学校になるん?」

 ふっちょさんはにやりと笑う。

「実はこの辺りってね、昔は山だったのよ?」
「そうなん!?」
「本当!?」
「そうよ、あたしが小ちゃい時だけどね」

 多くのカラスさんを、ふっちょさんは目を細めて眺める。

「そうだなぁ、小ちゃい時にねぇ、わたしのおばあちゃんちがここらにあってね。夕日にカラスがいっぱい飛んでく景色とかね、懐かしいなぁ......」
「ほんまかぁ」
「じゃあさ、カラスさん達って、昔を懐かしんでたんだね?」
「せやなぁ」

 このやりとりで私は思いつく。

「よし、じゃあ今日は同窓会しよっか?」
「は? また急に何言うん?」
「カラスさんに負けてちゃだめだよ。私たちもやってみよう!」
「じぶん、何を卒業したんや?」
「ふ。昨日という日を卒業した、新たな私たちの同窓会だよ!」
「いやいやいや、昨日は皆卒業しとる」
「だから、昔を懐かしまなきゃね」
「......ええかげんにしとき」
「そうそう、お話はここまでね。そろそろわたしのお仕事、させてほしいわ!」

 ふっちょさんの一言で、私達は病室へと戻る事となる。今思い出すとちょっとどうかなと思う勘違いからよくも話が飛んだものだ。


**―――――
「結局お相撲さんはどんなだったの? カラスにたかられてた? それともお腹に埋め込まれてたの?」

 妹までが変な所に食いついてきた。ちょっと目の付け所、違ってません?

「んー、どうだろうね? 私は見てないなあ」
「むぅ、残念」
「まあ、カラスさんがお相撲さんを襲ったらニュースになってるんじゃないかな?」
「よし、調べてみようかな?」
「ご、ご自由に」

 調べても、何も出てこないと思うよ、私......。
 妹の前途などをちょびっと心配しつつ、今度はカップの温度を舌先で確かめた後、適温になっていたコーヒーを一口頂く。
 インスタントでも結構おいしいのだ。

「でもさ、でもさ、あのお腹には埋もれてみたいよねっ!」

 え、ん? えっと、何とお答えしようかしらん? 妹の考えが良くわかんない。

「まあ、ね。」

 無難に頷いてお茶を濁す。飲んでいるのはコーヒーだけど。

「てかさ、カラスさんにたかられるお相撲さん、そんな光景見たい?」
「うーん......」

 私に聞かれて妹は首を傾げる。

「よく考えると、見たくないわね」

 結局はそういう結論が出たようである。その言葉にほっとして、私はコーヒーをもう一口頂く。

「同感。想像したら結構ホラーだったよ。私、昔は考えなしに言ったもんだよ」
「今もでしょ?」
「いくらかは考えるようになったんだよ」
「本当?」
「7割くらい、本当だよ」
「3割落としてるじゃん」
「完璧超人にはなれないってことだよ」
「まあねー」

 そして二人で頷いて、私たちはコーヒーをいただき、軽く息を吐いた。
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