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朝焼けメダリオン
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「うちのおかんは、はりがねなんよ」
あやつが言った。
「そんで、おとんはびやだるや」
はりがねさんとびやだるさん?
嬉々として伝えてくる姿から、大好きな人たちなんだと思う。あやつは少し頬をそめて、身振り手振りで特徴を教えてくれている。
これだけ好かれているのなら、実際に合ってみたいな......と思っていた。
ちなみにお隣が来た日、私は臥せっていたらしい。ちょっと、一声かけるのも気の毒な状態の子に、気を遣わせることも無かろうと判断し、顔を合わさなかったようだ。
そして今、調子がそこそこマシな私と仲良くなると、結構話すこととなる。あやつも初めはちょっとだけ人見知り風だったのだが、お話しは好きらしい。
今回のお話では、私が聞き手に回っていた。
「でさ、はりがねとか、びやだるって......何?」
「しらへん」
今であれば想像が出来るだろう。
『はりがね』ってのは、かなり痩せている体型であろうし、『びやだる』ってのは、その逆となる。しかし、そのイントネーションの違いから、私は別の印象を受け取った。
「むぅ、どんな感じなのかな?」
あやつは少し眉を曲げる。
「おかんが自分でいうたんやで! 『うちな、はりがねやねん』って!」
「ふぅん?」
「でな、おかんがおとんを呼ぶときな、『びやだるさん! はよしいやっ!』って感じや!」
「ほほー?」
私はわかったような顔をして頷いた。だが、頭の中はグルグルしている。お二人の想像図がまるで浮かばないのだ。
はりがね......張りの部分にアクセントがあり、何が張っているの? あと、ガネってなに!? ガネってのが突っ張ってんのかな? うーん、怪獣?
びやだる......あやつの舌っ足らずな言い方で、ビャーダルって聞こえてしまった。私の知らない言葉であり、ご当地のモノではないのかな? ん-むぅ、魔物?
......だから、私は聞いてしまう。
「えっとさ、えーと、どんな意味なの?」
「なにがや?」
「そのー、はりがねさん? と、びゃーだるさん?」
「いや、おかんと、おとんやん」
「えと、えーっと、なんでそんなふうに呼ばれてるのかなーってさ?」
あやつは、少し困った顔をしている。
「昔から呼んどるんや。意味は知らへん......」
「あら、そっか......じゃあしゃあないなぁ」
「でもな! もうすぐ来るんや!」
あやつはときどき寂しそうな表情をみせるんだよね。来ると言った今この瞬間はとても嬉しそうで、笑顔に曇りひとつない。ほほえましいよなぁと、私は笑った。
「おおー! よかったね!」
「せやろ!」
**―――――
軽く息を吐いて妹がつぶやく。
「はりがねさんと、びやだるさんってさ、すっごい特徴的よね?」
「うん。でもさ、当時聞いた時には発想できなかったんだよ」
「なんで?」
「イントネーションの違い......じゃないかな? 針金ってのと、あやつのはりがねって、聞こえ方がちがったんだよ」
「アクセントが違う感じ?」
「舌足らずな子だったからね、聞き取りにくいってのもあったと思うよ」
「んー? 舌足らずなの? 何か、はじめのイメージと違うわね」
妹の質問に私は少し首をひねって答える。
「そうかな? 結構前だからね。もしかしたら誰かと混じってるかもしれないかな?」
「ふむ......まあ、良いわ」
「でね......」
私は軽く息を吐いた。
「あだ名はたぶん、はりがねさん由来だと思うよ? 物心ついた時にはもう刷り込まれてた感じだね」
「ふむ......本人もわかってない感じぽいから、まあわかる気がするけどねぇ」
「まあ、私も会うことになるんだけどさ、まんまだったよ!」
「あらあら、ぴったり合ってたので」
「あー! それかー!! って感じ?」
私の物言いに妹も笑う。
「実物見て納得ってやつね!」
「そそ。で、私にとってはりがねさんはあだ名付けの師匠になったよ!」
その言葉を聞いて妹は眉をしかめた。
「うぇ、それ、迷惑な出会いだったのね......あたしにとって」
「ええ!? なんで!?」
「いつも意味わかんないあだ名つけまくってるじゃん?」
「え、最近はそんなでもないよ?」
「一昨日の......自転車は?」
「あかふくさん?」
「......黒いじゃん? 赤どっから来たのよ?」
「だって、うちに来たとき赤い服を着てたんだよ?」
「洗濯物が絡まっただけでしょ!」
「あのね、インスピレーションって、とっても尊いものだよ?」
「......もう!」
少しこめかみを押さえてから、妹はカップを傾ける。しばらく考える様子を見せ、大きく息を吐いた。諦めたらしい。
「あたし、二人とも会ってみたいけどさ、びやだるさんは気になるわね!」
「そう? まあ、言葉通りびやだるって感じだよ。一説にはあのお腹には、夢が詰まっているらしい」
「ふふっ、ほんとお?」
「あやつが言ってたからねー」
「はりがねさんの受け売りかしら? あ、どっちが北欧生まれ?」
「びやだるさんだよ」
「ふむふむ」
妹はにこにこしながら、食卓に置いてある雑記用の何でもノートを引っ張り出し、イラストを描き出す。
そう、妹は絵が上手い。それは私も認める特技の一つである。コミカルなタッチにして異様なほど特徴を掴んで描いたそれは、私の記憶のデフォルメとなり、いつもびっくりさせられる。
「びやだるさんは、こんなイメージかな? んんーはりがねさんは......」
ちらっと目だけで聞いてくる。
「えっとね、めちゃ美人で和服似合いそう。ちょっと気が強い感じ?」
「ふむ、普段は洋服ってこと? うん、まあいっか......」
私の補足を受けて、妹は筆を加速させる。
「おし、できた!」
そして、完成したそのノートを見て、私は目が丸くなった。
「うおっ!? なんでこんなに似てるの!?」
細い線で書かれたなぜか和服美人で狐顔のはりがねさん。
樽状の体にだんごっ鼻、胸毛と指毛が再現されてるびやだるさん。
これってさ、私の記憶そのまんまではないか!
「おし! あたしの創造力すごいでしょう!」
「私の話がインスピレーションを与えたってのを、喜んでおくさ」
「もう......いちいち引っかかるわねぇ」
「まあ、初めて会った時、はりがねさんの声は聴けなかったんだけどね」
「え? なんで?」
「聞こえなかったんだよ。びやだるさんが大声早口でなにかいっててさ」
「あー、なんか想像できそう」
「まあ、それも何言ってるかわかんなかったし......」
「なんで?」
「びやだるさんはね、いっつも母国語でしゃべってたんだよ」
「なるほど」
当時の私は、語学力が残念であった。あと、びやだるさんは地声も大きい。
「ただ、私たちの言ってることはわかるみたい。けど、しゃべらないって感じかな?」
「ふーん?」
「まあ、びやだるさんは結構感激屋さんなのだろうな思うな」
妹は首を傾げる。
「へぇ?」
「あやつに紹介されてさ......私、ぎゅーってされちゃったし」
「え!?」
**―――――
その日、病室内にノックの音が響き渡り、大音量で扉が開く。
そこには、家族の見舞いに来訪したお二人だった。
予習していてよかったと思うのだが、お二人ともあやつの言葉通りの特徴をもった方たちである。
「――――――!!」
激情家のびやだるさんは、大声であやつへ駆け寄りチューとかハグとかしていた。
『われらが最上に慈しむ天使だか? 小悪魔だか? やっと、やっとだ! やぁぁぁっと、くだらないいくつかのゴミを片付けてきたぞ! あいしてるぜぇ!!』(いろんな情報から補完した意訳をつけるとこんなかんじ)
アクションもオーバーだ。目元に涙がにじんでいたりする。大人が!? と私はびっくりしたもんだ。
後で聞いた話なのだが、びやだるさんは忙しい時期らしく、どうやら海外まで出る必要があるらしかった。それなのに愛しい我が子が検査でも入院となり、いてもたってもいられなかったようだ。
そして、後ろに控えためちゃめちゃ綺麗なはりがねさんは、うやうやしくもものすごく整った姿勢で周りに一礼していたはずだ。
たしか、この方もお仕事があったと聞いている。しかも結構な時間をかけて地元へ戻る必要があり、びやだるさんよりは余裕があるが、それでも、ある程度ということだ。
あまり表に出さない性格のようだが、じつはレースの付いたハンカチで目の端を拭いている風だったので、心根では似た者同士なのだろう。
「えと、えっと......」
そのインパクトの強い出会いに、私は両のまなこを丸くしている。
まくしたてるように、しかも大声でしゃべっているびやだるさんは、廊下の向こうからも注目されている様だ。
「あ、あんな、おとんとおかんやねん」
スキンシップを終えたあやつは少し顔を赤くしながら私に声をかける。
ふと、びやだるさんがつぶらな瞳でこっちを見た。その視線を受けてあいつが私を紹介していた。
ってか、何語!? ええ、実はしゃべれるの!? うっそ、まるで見えなかったじゃん! いや、雰囲気はあったっけ? うっわー、普段と全然違うね
ていうかさ、何て言ってるのかね!? はりがねさんは、こっちとあっちをちらちら見かえしつつも、感心した感じで見ている。
そして、びやだるさんも私を見た。さらにたかたかと近寄ってきて、とぉっっっても感激した感じで、よくわかんないこと言ってから、私を抱きしめたのだ!?
「へっ!? うわわっ!?」
その瞬間、私はお腹に埋め込まれてしまった。
額に胸毛が当たり、後ろ頭には腕毛がざらざら当たっている。ちょっと......独特なにおいがした香水かな?
あーびやだるってわりに、ぽよんぽよんにめり込んでるのかな? むむぅ、ちょと、息が出来にくい。いや、できないことはないんだけど、えと、うん、なんというか、ねぇ?
突然のハグに、私は反応できないでいる。ああ、逆にぎゅってし返せばいいのかな? いやいや、そもそもほぼ全部埋まってるし、えと、えーっと?
なんだか近くにいるっぽい、はりがねさんがぺこぺこしている気配がした。周りでは何か言ってる気がしたけど、私の耳はおなかの中にある。うん、聞こえない。
「は、え? えっと......」
私の周りで、ぼそぼそと何か話している。何語なんだろう? どうやらびやだるさんを注意したり放すように促したりしていた。
しかし、びやだるさんは止まらない。何言ってるのかまるで聞こえないし、言葉はわかんない。ぺちぺちと腕を叩く音、あやつかな? そうだよね、私、さっきよりも長いことぎゅーってされてるじゃん!
さんざんぎゅーってされた後、開放された私は少し目を回した風になっていた。たしか、ぼーっとしながら挨拶したはずである。
ただ、私の知らない大きな言葉でかき消され、それぞれがなんていったか解らない。ただ、全員が一様に頭を下げてくれた。
ああ、そうだ、はりがねさんのつむじが見える、ピシッと決まったお辞儀は、とても格好良く見えた。
「あー、えと、よろしくお願いします」
解放された私は、ちょびっとだけはりがねさんを真似して頭を下げる。うまくはないだろうな。その肩をあいつがぽんぽんとしてからにやっと笑った。
「ごめんな! ちょっといってくるわ!」
病室から出ていくびやだるさんは、とても楽しそうな赤ら顔で、ウインクして手を振る。
「ちゃお!」
その言葉は印象的だった。
**―――――
「......というわけで、お隣さんは家族で出て行き、夕暮れになるまで帰ってこなかったよ」
「初対面で凄かったのねえ」
「あの衝撃は台風一過というべきなのかな? 一人残された私は、しばらくぼーっとしてたみたい」
「はりがねさんって、本当に何も言わなかったの?」
私はカップに口をつけて、しばし考える。何か、言っていたような気もする。記憶をたどれば、上品な関西なまりっぽかった筈だよな?
でも、初対面の日にはずっと申し訳なさそうにしていたような覚えがある。
「うーん、初めて会った日は......たぶん? 印象に残ってないからな、うーん......」
「それくらい、びやだるさんが圧倒的だったのね」
「そうだね」
目を輝かせて妹が、さらに聞いてきた。
「でもさ、お隣さんって、バイリンガルだったの?」
「だったと思う。何か、こっちとあっちを行き来しているらしいよ」
「ふーん、ちっちゃいのにたいへんねえ」
「慣れてたんだと思うよ。あと、やってたスポーツが何か大会で一位とからしいからね。家族一丸となって応援してたみたい」
「あれ、でも入院したのよね?なんか病気なのかな?」
私は顎に指当て考え、答えた。
「検査入院だった筈だよ。何の検査なんだろ?」
「あたしが解るわけないじゃない」
「まあ、ねえ。私も解んないなぁ......」
すこし、声のトーンを下げ、私はケーキの欠片を口に運んだ。
あやつが言った。
「そんで、おとんはびやだるや」
はりがねさんとびやだるさん?
嬉々として伝えてくる姿から、大好きな人たちなんだと思う。あやつは少し頬をそめて、身振り手振りで特徴を教えてくれている。
これだけ好かれているのなら、実際に合ってみたいな......と思っていた。
ちなみにお隣が来た日、私は臥せっていたらしい。ちょっと、一声かけるのも気の毒な状態の子に、気を遣わせることも無かろうと判断し、顔を合わさなかったようだ。
そして今、調子がそこそこマシな私と仲良くなると、結構話すこととなる。あやつも初めはちょっとだけ人見知り風だったのだが、お話しは好きらしい。
今回のお話では、私が聞き手に回っていた。
「でさ、はりがねとか、びやだるって......何?」
「しらへん」
今であれば想像が出来るだろう。
『はりがね』ってのは、かなり痩せている体型であろうし、『びやだる』ってのは、その逆となる。しかし、そのイントネーションの違いから、私は別の印象を受け取った。
「むぅ、どんな感じなのかな?」
あやつは少し眉を曲げる。
「おかんが自分でいうたんやで! 『うちな、はりがねやねん』って!」
「ふぅん?」
「でな、おかんがおとんを呼ぶときな、『びやだるさん! はよしいやっ!』って感じや!」
「ほほー?」
私はわかったような顔をして頷いた。だが、頭の中はグルグルしている。お二人の想像図がまるで浮かばないのだ。
はりがね......張りの部分にアクセントがあり、何が張っているの? あと、ガネってなに!? ガネってのが突っ張ってんのかな? うーん、怪獣?
びやだる......あやつの舌っ足らずな言い方で、ビャーダルって聞こえてしまった。私の知らない言葉であり、ご当地のモノではないのかな? ん-むぅ、魔物?
......だから、私は聞いてしまう。
「えっとさ、えーと、どんな意味なの?」
「なにがや?」
「そのー、はりがねさん? と、びゃーだるさん?」
「いや、おかんと、おとんやん」
「えと、えーっと、なんでそんなふうに呼ばれてるのかなーってさ?」
あやつは、少し困った顔をしている。
「昔から呼んどるんや。意味は知らへん......」
「あら、そっか......じゃあしゃあないなぁ」
「でもな! もうすぐ来るんや!」
あやつはときどき寂しそうな表情をみせるんだよね。来ると言った今この瞬間はとても嬉しそうで、笑顔に曇りひとつない。ほほえましいよなぁと、私は笑った。
「おおー! よかったね!」
「せやろ!」
**―――――
軽く息を吐いて妹がつぶやく。
「はりがねさんと、びやだるさんってさ、すっごい特徴的よね?」
「うん。でもさ、当時聞いた時には発想できなかったんだよ」
「なんで?」
「イントネーションの違い......じゃないかな? 針金ってのと、あやつのはりがねって、聞こえ方がちがったんだよ」
「アクセントが違う感じ?」
「舌足らずな子だったからね、聞き取りにくいってのもあったと思うよ」
「んー? 舌足らずなの? 何か、はじめのイメージと違うわね」
妹の質問に私は少し首をひねって答える。
「そうかな? 結構前だからね。もしかしたら誰かと混じってるかもしれないかな?」
「ふむ......まあ、良いわ」
「でね......」
私は軽く息を吐いた。
「あだ名はたぶん、はりがねさん由来だと思うよ? 物心ついた時にはもう刷り込まれてた感じだね」
「ふむ......本人もわかってない感じぽいから、まあわかる気がするけどねぇ」
「まあ、私も会うことになるんだけどさ、まんまだったよ!」
「あらあら、ぴったり合ってたので」
「あー! それかー!! って感じ?」
私の物言いに妹も笑う。
「実物見て納得ってやつね!」
「そそ。で、私にとってはりがねさんはあだ名付けの師匠になったよ!」
その言葉を聞いて妹は眉をしかめた。
「うぇ、それ、迷惑な出会いだったのね......あたしにとって」
「ええ!? なんで!?」
「いつも意味わかんないあだ名つけまくってるじゃん?」
「え、最近はそんなでもないよ?」
「一昨日の......自転車は?」
「あかふくさん?」
「......黒いじゃん? 赤どっから来たのよ?」
「だって、うちに来たとき赤い服を着てたんだよ?」
「洗濯物が絡まっただけでしょ!」
「あのね、インスピレーションって、とっても尊いものだよ?」
「......もう!」
少しこめかみを押さえてから、妹はカップを傾ける。しばらく考える様子を見せ、大きく息を吐いた。諦めたらしい。
「あたし、二人とも会ってみたいけどさ、びやだるさんは気になるわね!」
「そう? まあ、言葉通りびやだるって感じだよ。一説にはあのお腹には、夢が詰まっているらしい」
「ふふっ、ほんとお?」
「あやつが言ってたからねー」
「はりがねさんの受け売りかしら? あ、どっちが北欧生まれ?」
「びやだるさんだよ」
「ふむふむ」
妹はにこにこしながら、食卓に置いてある雑記用の何でもノートを引っ張り出し、イラストを描き出す。
そう、妹は絵が上手い。それは私も認める特技の一つである。コミカルなタッチにして異様なほど特徴を掴んで描いたそれは、私の記憶のデフォルメとなり、いつもびっくりさせられる。
「びやだるさんは、こんなイメージかな? んんーはりがねさんは......」
ちらっと目だけで聞いてくる。
「えっとね、めちゃ美人で和服似合いそう。ちょっと気が強い感じ?」
「ふむ、普段は洋服ってこと? うん、まあいっか......」
私の補足を受けて、妹は筆を加速させる。
「おし、できた!」
そして、完成したそのノートを見て、私は目が丸くなった。
「うおっ!? なんでこんなに似てるの!?」
細い線で書かれたなぜか和服美人で狐顔のはりがねさん。
樽状の体にだんごっ鼻、胸毛と指毛が再現されてるびやだるさん。
これってさ、私の記憶そのまんまではないか!
「おし! あたしの創造力すごいでしょう!」
「私の話がインスピレーションを与えたってのを、喜んでおくさ」
「もう......いちいち引っかかるわねぇ」
「まあ、初めて会った時、はりがねさんの声は聴けなかったんだけどね」
「え? なんで?」
「聞こえなかったんだよ。びやだるさんが大声早口でなにかいっててさ」
「あー、なんか想像できそう」
「まあ、それも何言ってるかわかんなかったし......」
「なんで?」
「びやだるさんはね、いっつも母国語でしゃべってたんだよ」
「なるほど」
当時の私は、語学力が残念であった。あと、びやだるさんは地声も大きい。
「ただ、私たちの言ってることはわかるみたい。けど、しゃべらないって感じかな?」
「ふーん?」
「まあ、びやだるさんは結構感激屋さんなのだろうな思うな」
妹は首を傾げる。
「へぇ?」
「あやつに紹介されてさ......私、ぎゅーってされちゃったし」
「え!?」
**―――――
その日、病室内にノックの音が響き渡り、大音量で扉が開く。
そこには、家族の見舞いに来訪したお二人だった。
予習していてよかったと思うのだが、お二人ともあやつの言葉通りの特徴をもった方たちである。
「――――――!!」
激情家のびやだるさんは、大声であやつへ駆け寄りチューとかハグとかしていた。
『われらが最上に慈しむ天使だか? 小悪魔だか? やっと、やっとだ! やぁぁぁっと、くだらないいくつかのゴミを片付けてきたぞ! あいしてるぜぇ!!』(いろんな情報から補完した意訳をつけるとこんなかんじ)
アクションもオーバーだ。目元に涙がにじんでいたりする。大人が!? と私はびっくりしたもんだ。
後で聞いた話なのだが、びやだるさんは忙しい時期らしく、どうやら海外まで出る必要があるらしかった。それなのに愛しい我が子が検査でも入院となり、いてもたってもいられなかったようだ。
そして、後ろに控えためちゃめちゃ綺麗なはりがねさんは、うやうやしくもものすごく整った姿勢で周りに一礼していたはずだ。
たしか、この方もお仕事があったと聞いている。しかも結構な時間をかけて地元へ戻る必要があり、びやだるさんよりは余裕があるが、それでも、ある程度ということだ。
あまり表に出さない性格のようだが、じつはレースの付いたハンカチで目の端を拭いている風だったので、心根では似た者同士なのだろう。
「えと、えっと......」
そのインパクトの強い出会いに、私は両のまなこを丸くしている。
まくしたてるように、しかも大声でしゃべっているびやだるさんは、廊下の向こうからも注目されている様だ。
「あ、あんな、おとんとおかんやねん」
スキンシップを終えたあやつは少し顔を赤くしながら私に声をかける。
ふと、びやだるさんがつぶらな瞳でこっちを見た。その視線を受けてあいつが私を紹介していた。
ってか、何語!? ええ、実はしゃべれるの!? うっそ、まるで見えなかったじゃん! いや、雰囲気はあったっけ? うっわー、普段と全然違うね
ていうかさ、何て言ってるのかね!? はりがねさんは、こっちとあっちをちらちら見かえしつつも、感心した感じで見ている。
そして、びやだるさんも私を見た。さらにたかたかと近寄ってきて、とぉっっっても感激した感じで、よくわかんないこと言ってから、私を抱きしめたのだ!?
「へっ!? うわわっ!?」
その瞬間、私はお腹に埋め込まれてしまった。
額に胸毛が当たり、後ろ頭には腕毛がざらざら当たっている。ちょっと......独特なにおいがした香水かな?
あーびやだるってわりに、ぽよんぽよんにめり込んでるのかな? むむぅ、ちょと、息が出来にくい。いや、できないことはないんだけど、えと、うん、なんというか、ねぇ?
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なんだか近くにいるっぽい、はりがねさんがぺこぺこしている気配がした。周りでは何か言ってる気がしたけど、私の耳はおなかの中にある。うん、聞こえない。
「は、え? えっと......」
私の周りで、ぼそぼそと何か話している。何語なんだろう? どうやらびやだるさんを注意したり放すように促したりしていた。
しかし、びやだるさんは止まらない。何言ってるのかまるで聞こえないし、言葉はわかんない。ぺちぺちと腕を叩く音、あやつかな? そうだよね、私、さっきよりも長いことぎゅーってされてるじゃん!
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ただ、私の知らない大きな言葉でかき消され、それぞれがなんていったか解らない。ただ、全員が一様に頭を下げてくれた。
ああ、そうだ、はりがねさんのつむじが見える、ピシッと決まったお辞儀は、とても格好良く見えた。
「あー、えと、よろしくお願いします」
解放された私は、ちょびっとだけはりがねさんを真似して頭を下げる。うまくはないだろうな。その肩をあいつがぽんぽんとしてからにやっと笑った。
「ごめんな! ちょっといってくるわ!」
病室から出ていくびやだるさんは、とても楽しそうな赤ら顔で、ウインクして手を振る。
「ちゃお!」
その言葉は印象的だった。
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でも、初対面の日にはずっと申し訳なさそうにしていたような覚えがある。
「うーん、初めて会った日は......たぶん? 印象に残ってないからな、うーん......」
「それくらい、びやだるさんが圧倒的だったのね」
「そうだね」
目を輝かせて妹が、さらに聞いてきた。
「でもさ、お隣さんって、バイリンガルだったの?」
「だったと思う。何か、こっちとあっちを行き来しているらしいよ」
「ふーん、ちっちゃいのにたいへんねえ」
「慣れてたんだと思うよ。あと、やってたスポーツが何か大会で一位とからしいからね。家族一丸となって応援してたみたい」
「あれ、でも入院したのよね?なんか病気なのかな?」
私は顎に指当て考え、答えた。
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※もちろんフィクションです。
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※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
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