妹と、ちょっとお話しましょうか?

夏夜やもり

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朝焼けメダリオン

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 びやだるさんとはりがねさんのめ話が一区切りつき、私たちは軽く息を吐いた。

「ねね、そういえばだけどさ......」

 ケーキのかけらを金色フォークでもてあそびつつ、妹が聞いてくる。

「ふっちょさんてどんな人だったの?」
「ふっちょさん? なんで?」
「えっと、なんとなく思い入れありそうだなぁとおもってね」
「ふむ......」
「描いてみたいし」
「おや?」

 先にお隣さんを描けばいいのに......とも思うのだが、妹はインスピレーションに従う傾向にある。
 描きたいと思った時にその情報を集めて描くといった行動をとるのだ。何ていうか、まあ、いつものことだと私は息を吐いた。 

「えっと、あだ名だとぽっちゃりしている印象だけど、体型は細めでね。目の下のクマが気になる美人さんだよ」
「へぇ?」
「ああ、笑う時はふふんって感じだったな」
「目にクマってさ、眠ってない感じ?」
「たぶんねぇ、あのクマは結構長くの忙しいんだろうね」

 私の印象を伝えた後、少し考えてから続ける。

「けどさ、楽しそうな時の感じはわかりやすく伝わってきたし、怒る時には本気で怒るの。怖かったなぁ」

 妹はにやりと笑みを浮かべ、手持ちのフォークで私を刺した。

「もっとも怒られた人のセリフは違うね」

 なんて失礼な人だろう? こんな子に育ててしまった人に、説教くれてやらきゃ! などと心に決め、自らを責めつつ私は首を振る。

「失敬だなぁ、君は。私は常に主犯の隣で小さくなってただけさね」
「黒幕なのね......」
「ふっ、当時は若く、右も左も知らない私は、家族、特に妹の為に無理やり酷いまねをさせられていたさ」
「あたし、その時期知らないんだけど?」

 ああ言えばこう言う奴だ。軽く頭を掻いてから、私は言葉を続ける。

「そうだっけ?」
「ほとんど初耳だって言ってるじゃん」
「むう、まあ話すのも初めてか」
「そそ、だからさ、ふっちょさんてどんな人か気になるのよ」

 話題がそれるのは良くないが、興味のあるならまあ良いか。私は軽く息を吐きつつ、話を続けた。

「ふっちょさんはね、誰に対しても態度変える人じゃなかったよ」

 当時を思い出しながら、私は話を続ける。

「だからね、好きになる人と嫌っちゃう人がはっきりしてたよ。まあ、ファンの方が多い人だったよ」
「ふーん......」
「言葉を飾らないからときどき痛いんだけどね、でも、不思議な優しさがあったなぁ」

 そこで妹は少し首を傾ける。

「えと、ファンだったの?」

 こと人に関して、好きとか嫌いとかってちょびっと恥ずかしいからさ、あんまり素直に言いたくない。だけど、こういう時には誤魔化ごまかしちゃいけないとも思う。
 うーん中々言葉にしにくいなあ。

「なんというか......その、うーん、私にいい影響を与えてくれた、大切な人......だと思うよ」

 徐々に声がちいちゃくなっていった。

「そっか......よかったね」
「......うん」
「でもさ、看護師長さんなんでしょう? 好き嫌い分かれちゃう人で大丈夫なの?」

 私の影響のためか、普通の子より大人とと交流がある妹は、年齢にしてはれている。世知辛せちがらい見方をする質問に、私は答えにくかった。

「実際の所はどうなんだろうね?」

 私もどちらかというと組織に属しにくい感じの性格なので、意見としては参考にはならない。
 ただ、ふっちょさんが私達を見ててくれた時は、ご自身もいっぱい働いて、まわりも習う感じのリーダーさんだったはずだ。
 でも出世となるとねぇ......あ、だれか言ってたかな?

「たしか、前任だった人が同じような方だった......てのは聞いたことがあるなあ。今だと、どうだろうかね?」

 軽くケーキに目を移す。残り3分の2くらいで、まだ楽しめる姿がうれしい。半分を食べた妹が、口でフォークをらしている。私が目で注意するとおずおずと口から外して言った。

「まあ、あたしもいざって時には診てほしいかも?」
「うん。本気で治そうってのが、子供心にも伝わってきたからね。私達には好かれてたよ」
「良い人が見てくれてよかったね」
「......しっかし、ふっちょさんかぁ」
「んー? なんか思い出した?」
「えっと、そうだなぁ」


**―――――
 人の世の、酸いも甘いもみ分けて、大部分は苦くて臭うという真理を悟り、今を適当に生きてる私でも、あまり言いたくない出来事はある。
 その一つが思い浮かんでしまった。

「......ん」

 あれはお隣さんが居なかった時の話である。一段と酷い体調だった私は、広い病室と闇色の天井が揺れながら迫ってくる気がする様な感じがあった......。

 眠っているのかそうでないのかが曖昧あいまいである。体を動かすだけの事がとてもつらい。じっとしていると何処かがうずくような感じがあるのに、寝返りを打つのが億劫おっくうだった。

「んー、うー、むうう」

 息を吐いて、吸って、薄目を開けた。胃の辺りがむかむかしている。
 この場に吐き出したいものが上がって来るのを押さえていると、ツンとした酸っぱさを感じた後にお腹がちくちくと痛む。頭も痛い。背中も腰も、順々に痛みが移って回る。頭の中も回っている。
 異常と同時に私はトイレに行きたいと思っている。しかし、身体を動かす事が出来ない。

「んー、うー、むぅ......」

 目を閉じたままだったが、起き上がろうとして、出来ない。トイレに行かなくちゃならないという意識と、動きたいのに動けないという良く解らない体の重さが、頭の中に広がっている。ナースコールは思い当たらなかった。

「............」

 そして、目を閉じて眠ろうとして......失敗、してしまったのだ。

「~~~!」

 この齢なのに!? とても情けない気持ちが下の方から登って来る。恥ずかしいという気持ちも。自分がどれだけ駄目なのか、自己嫌悪の極地であった。

「いやだ......」

 熱っぽい息を吐いてから、そのまま夢だと思いたかった。どうやらそこが限界で、私は意識を失った。


  ・
  ・
  ・
  ・

「......ったね」

 何処か浅い夢の中で声が聞こえた。この声は知っている。少しかすれ気味でいつも自信がある様で、きつくて優しい、大人の声だ。
 ふっと、冷たい手の感触が額を触れる。体をよじった気がするが、すぐにまた意識が闇に落ちていった。

  ・
  ・
  ・
  ・


 翌朝、目を覚ます。昨日の夢が夢じゃなかったかもしれない! 血の気が引いている。急いで確かめてみたのだが、そのような感じがない。
 こんな性格でも恥は知っていたので、失敗した記憶が夢だと知って心底胸をなでおろしたものだ。

「......うぅ」

 息を吐いた後に、体調は......まあ動けるくらいにはなっている。起き上がってみて気付いた。パジャマのズボンが変わっていたのだ。

「夢......? じゃないの? どっち?」

 呟きが言葉となって零れたのだが、答えは出ない。動けるか試してみると、何とかなる。よろよろとベッドを抜け出して、ふらつく足取りでナースセンターまで出る。と、ふっちょさんがくまを一層深く作ってどこかへ向かう途中だった。

「あら、おはよう」
「お、はよう、その......」
「もうすぐご飯だけど、たべれるかな?」

 言いかけた私の言葉を遮るように、朝食の事を聞いてきた。

「......うん」
「あたしは夜勤明けなのよ。で、もう帰るけど、出来るだけ食べなさいな」
「うん」
「それじゃ、またね」
「あの......いや、うん」
「どうしたの?」
「昨日......」
「あー、辛かったね、今日は大丈夫?」
「......うん、ちょっと、大丈夫」
「そう、よかった」

 いつも通り......。そう、いつも通りだった。そこで私は確信した。ふっちょさんが私の失敗を無かった事にしてくれたのだ。

 そして、たとえ子供相手でも恥をかかせないように、配慮してくれたのだろう。というか、当時はそんなこと思わなかったよね。記憶にはあったんだけどなぁ。分別が付いた年齢になってようやっと気付けたみたいだ。


**―――――
 ちらりと妹を見る。私が暫く言葉にできないのでいぶかしんでいる。

「ねえ、どうしたの? 黙っちゃって......」

 『ふっちょさんてどんな人?』という問いかけで、一番に思い浮かんだのが、これであった。あの出来事はとても印象的が強かったんだなぁ。
 しかし、これは、たぶん妹にもいつか伝えておくべきなんだろうなぁとも思うのだが......。

「どうしたのって? ケーキは逃げないってば」

 おやつの時にはよろしくない話題であると、私はやめておいた。

「多分、ケーキは逃げたいのかもしれないねえ」

 私は少し目を細める。

「こんなにおいしいからね。だからこそ、あたしの高貴な体に保存してあげなきゃだね」
「高貴かどうか知らないけど、食べてしまうとなくなっちゃうよ」
「だから大切に食べてるんじゃない」
「口を開けば一言多いな。しゃべるか食べるかどちらかにするべきだよ」
「口を開けなきゃしゃべれないし、食べれないわ。どっちもするから多くなります」

 やっぱり口が減らんなあと思いつつ、私もつられてもう一欠け、食べ進む。

「美味しいねえ。まあ、この味に免じて大目に見よう」
「何がよ?」
「いろいろだね」

 言った私に妹は不満そうである。

「なんか良くわかんないけど、いつか鼻を明かしてやるから!」
「うーんと、ならさ、目をつぶってほしいかな」

 私の言葉遊びに妹も乗っかってきたらしい。

「目はつぶったげる。だけど、寝耳に水の体験するわ!」
「何度か注意したけどだ、寝てない時でも物理的に水入れてくるのはやめてよ。そういったのは、もっと耳が丈夫な人にしてほしい」
「ま、どっちにしても頭を抱えてもらうわ!」

 一連のやりとりの後、お互いにコーヒーを一口頂いて、妹が言った。

「......乗ったあたしも悪いけど、話が全然進んでないわ」
「そだね。えっと、ふっちょさんだけどさ」
「うんうん」

 あの夜の話はまた今度にしよう。私は他の記憶を探りだした。
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