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朝焼けメダリオン
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「ねね、そういえばだけどさ、お隣さんてスポーツしてたんだよね? なにやってたの?」
にやにやしたままの妹が、上機嫌で聞いてくる。
「ひみつ」
「もう!」
「ていうか、あいつが気になるの?」
少々不機嫌な私は、なおざりな答えを返した。妹は顎に指当て考える振りをしながら聞いてくる。
「なんかね、話の中でちょい出てるけどさ、なんか決定的にすごい! ってこと、あった?」
んー、そうだなあ......印象に残ってるのは、あれかなぁ......? ちょっと、抵抗があるけど......まあいいか。
「うん、あるよ。というか、あれがあったからさ、余計に仲良くなったっていうか、んーなんというか、うーん......」
「言いにくいことなの?」
「んー、色々とねー。暴走? まあ、私が怒られる羽目になって......うーん、説明しにくいな......」
「何? もしかして貸しでも作ったの!?」
何故か驚きの表情を浮かべる妹に、私は眉を上げる。
「私をどんな目で見ているのかね?」
「だって、貸しつくったら大変な目に合わせるでしょ?」
「んー?」
「だから、適正な反応だと思うけど?」
適正じゃないやい! 私は借りる事の方が多いんだい! とは言葉にしない。だが憮然とはする。
「むう」
「まあまあ、その話きかせてよ」
当時の記憶を手繰っていった。
「えっと、あれは......屋上だったかなぁ?」
「うんうん」
**―――――
あの日、たまたま二人で探索していて、物干し台が並んだ広い場所へ入ったことから話は始まる。
「おー、ここは広いなあ」
「んーそうだねえ」
病院が洗濯する日なのか、物干し台全部にはシーツがたくさんかかっていた。
「こんなんあったんやな?」
ここは屋上にある見つかりにくい扉から入れたのである。
どうも当時は理解していなかったが、おそらくリネンで使われている広場で、立ち入り禁止になっていたようだった。
しかし、そういった看板などはなく、扉にはカギも掛かっていない。そのため私たちは堂々と入っているのだ。
「ほんとだね。なんでこんなところがあるんだろ? 結構広いし」
まわりを適当に見回して、私は首をかしげる。
「あ、そうや! ここならちょうどええわ! 最近なまっててな、ちょいと相手してくれん?」
相手というのが良く解らなかったのだが、今日はそこそこ調子が良い。私は軽く答えた。
「うん良いよー。何するの?」
「あんな......」
あいつが言うには、物干し台の間を抜けてダッシュするから、シーツの間で気配を感じたら捕まえてほしいと言う。
「んー、いつもそんな訓練やるの?」
「いんや、ただの遊びや! ちょっと動きたいんよ」
「そっか、解った」
ひねくれ者の私は、あいつが訓練だと言った場合は『めんどいからイヤ!』と断わるつもりだった。
しかし遊びというなら仕方ないと、やる気を出す。
そして、持っていたガラケーを少し離れたところに置いて、シーツに隠れた。
「そんじゃ、いっくで!」
「あいよー」
「気ぃ抜けるなぁ......」
そんな訳で始まる変則式鬼ごっこだったのだが、これが結構楽しい。
向こうはコースを決めてざかざか走る。私はシーツに隠れた気になって、タイミング見て飛び掛かる。
「うらー!」
「あまいわっ!」
捕まえたと思ったら急に速度を上げおる。何回かやって、普通じゃ捕えられぬと悟った私は、何か良いいやがらせはないかと考える。
あいつのルートはどうやら、ジグザグで走り抜けようとしていた。で、シーツを干した物干し台は4×4で16台。始まりが解れば、通る場所も絞れそうだ。
「むむー」
中心に陣取って捕まえに走るか、走り出しから予測して待ち伏せするかで、選ぶべきは楽な方。待ち伏せである。というか、私の体力では待ち伏せ以外にできない。
出てきた前に立ちはだかるにはどうするべきか?
「そんじゃ、いっくでー!」
思案中の私に声が掛かる。中心から見てあいつは左端! なら、左二列のどちらかじゃないかな! なるべく早くに私は移動し、シーツに隠れた。気配っ!
「おりゃ!」
突き出した私の手はシーツだけがあって空振りだった。
「ざんねんー」
あいつ、直前で止まるフェイント掛けおった。
「途中で止まるのずるいー」
今ので運動能力はどうしようもないと思った私は、あいつの良識を刺激することで行動を制限し、勝利を奪う方針と決める。
「いやいや、これくらいは普通やるわ」
「じゃあハンデ。止まっちゃダメ」
「なんでや!?」
「それくらいでも、ようやく8:2で私が不利なんだよ」
「そうかあ?」
「そうなのだよ」
「しゃあない、じゃ、止まらずいっくで!」
「負っけないよ!」
「あははっ、まあむりやろ」
「無理じゃないもん!」
気合を入れた言った私は心の奥でほくそ笑んでいる。掛かったな愚か者。これでフェイントブレーキはしないだろう。私は再び中心へ歩いて待つ。
「じゃ、いっくで!」
「あいよー」
右端からスタート。私はこそこそと一つ右のシーツに隠れた気になっている。
「スタート!」
あいつが走り出す。
「おりゃっ!」
タイミングも良い。あいつも止まらない。私がシーツごとあいつを捕まえた筈だった......だが!? 大きな塊がぶつかるような感触が胸から体全体を襲った!
「おおーっ!?」
人の塊に跳ね飛ばされて、シーツひっ捕まえたまま、ごろんごろんと2回転して、その勢いに自分から回転も足して転がってみた。
びっくりしたのはその上に物干し竿が落ちてきたのだ!
「ちょ、あっぶな!?」
とっさにあいつが私に覆いかぶさる感じで強く抱きかかえ、大きく飛んだ!?
私はあまり抵抗できずに、起こる浮遊感......そのあとあいつが下になる感じで、衝撃がくる! しかし、あいつがクッションになってくれたのか? 激しいものではない。
しかし、驚いたのはそのすぐ後にである! 物干し竿が幾本か落ちてきて、大きな音を立てた!!
さらにいくつかの物干し台が倒れたのだが、運よくあさっての方向である。あいつのおかげで物干し竿も私達に当たらなかった。シーツにくるまった私とあいつ。
目が合った瞬間、心配そうなあいつを見やり、私は大笑いした。
「あっははははは、すっごいねえ、あははははははっ!」
なんだか解らなかったのだが、テンションが上がっていたらしい。以上に楽しく感じたのだ。びっくりもあったのだが、何かのスイッチが入ったらしくしばらくは大笑いであった。
「だ、だいじょうぶか!?」
「あははははは、ぐるんってすっごい回って、あ、あそこからこんな所まで来てるじゃーん!」
「おいおい、痛くないんか?」
「いやー、びっくりした!! てか、私、飛んだよ!? すっごい!」
あいつは青い顔で私の状態を確かめている。
「なあ、怪我あらへんか? ごめんな......」
「何で謝るの? もっかいもっかい!」
「ば、いや、そんなん言っとる暇ないで!? あれ!? 腕みしてみい、擦りむいてるやん」
「いやいや、だいじょぶだってば! そっちこそだいじょぶだった!?」
「鍛えとるもん、問題ないわ!」
「そかそか! じゃあさ、今のを......」
そんな感じで言いあっていたら、背中に気配を感じた。
「......何してるの!?」
そこにはなんか大きな袋かかえてたふっちょさんが、もう一人ちょっと意地悪そうなナースさんを伴い、鬼の形相をしている。
「え......」
「ちょっと、なにこれ!? あなた達はこの病院に何しに来てるの!?」
ふっちょさんは血の気の引いた顔で聞いた。
「あらあら、ここは立ち入り禁止よ? しかもシーツ台無しじゃない......あんた達、洗ってくれるのかしら?」
ナースさんは皮肉たっぷりに言う、怒り心頭のようである。
「あ......」
周りを見回すと、物干し台が4台くらいひっくり返っている。よくよく見ると、シーツも汚れているじゃないか!?
「......あ、その、悪かったわ! ごめんなさいや!」
「うー、その、ごめんなさい」
「って、腕すりむいてるじゃない! これ、あ、打ち身? 頭打ってないよね!? もう......今夜熱でも出たらどうするの!?」
ふっちょさんは私を心配そうにみる。もう一人のナースさんは冷ややかな表情であいつを見ていた。
「あれー? そっちの君は元気そうね?」
「あなたは怪我してない? 見せてごらんなさい?」
私の状態をチェックしたのち、ふっちょさんはあいつの方にも目を向ける。
「大丈夫や、ここは直しとくから、そいつの怪我をなんとかしてや」
「あらー? 怪我させた子がよく言うわね」
ナースさんに煽られ、あいつは目が吊り上がる。しかし、この人は軽く息を吐きながら辺りを見回した。
「あらー?」
そして、私が避難させていたガラケーを拾い上げる。
「これはどっちのかなー?」
一瞬で私の顔から血の気が引く。
「あっ!? 私のだよ! ごめんなさい、返して!!」
「んー......」
なにやら思案しているナースさんは言った。
「そうね、その子がここをしっかり片づけるまで、預かっておくわ」
「はあ、なんでや!? それ、こいつが大切にしとるもんやで!!」
「あらそうなの?」
ナースさんは薄く笑う。
「ちょっと、それはやりすぎよ?」
さすがにたしなめようとしたふっちょさんだが、ナースさんが手で制し、冷たい目で私たちを睨む。
「ここは病院の大切な施設なのよ? それをこんな状態にしたあなたたちを、信用できると思う?」
「......」
「......」
私たちはぐうの音も出ない。しかしあいつは睨み返した。
「でもな、それは、こいつがいつも......」
今にもとびかかりそうな剣幕で、私は小さく袖を引いた。
「いいよ、だいじょぶ。預かってもらおうよ」
「ちょ! でも!!」
「だいじょうぶよー? 物干し台おこして、シーツ集めてくれたら返してあげるからね」
「ああ......もう......。あなたは処置がいるわね」
「あ、うん」
「あなた、痛いところ無いの? 物干し竿あたってない?」
心配そうなふっちょさんの言葉に、不機嫌そうなあいつは不愛想に答えた。
「ないわ」
それでもふっちょさんは駆け寄り、あいつの状態を見ようとするのだが、その手をあいつは払う。
「だいじょうぶやって!」
「あらまぁ......」
「その元気があるならさ、早く片付けの手伝いして、ね?」
ようやく落ち着いてきた私は、よくよくその状態を見直し、実は間一髪だったのかな? 倒れてこなくてよかった!?
自覚して、遅まきに背筋が寒くなってくる。
「ああ、わかったわ」
あいつが物干し台をちょっと力を入れて起こそうとしている。
「あ、悪いよ私も手伝う! シーツなら、私でも......」
「だめよ! 怪我した手で!! シーツが汚れるでしょ!」
シーツを集めようとした私だったが、ナースさんが強く掴んで私を引っ張った。その瞬間、さっきまでなかった痛みがずきりと走る!
「うあっ!? いったぁ!?」
「ちょ、怪我しとんやで!」
「怪我させたのは誰かなー?」
「っ!?」
ナースさんに言われ、あいつは一瞬凄い形相をした。
「......ったく、何で仕事増やすのかしら?」
さらにこぼしたトゲのある言葉が胸に刺さる。
「まあ、それくらいにしなさい」
静かにいったふっちょさんに、ナースさんは鼻白んだ顔をしていた。
**―――――
「まあ、ふっちょさんたち、怒って当然よね」
「うん。あれは申し訳なかった。私もしばらく落ち込んでたよ」
「あら珍しい」
「珍しくはないんだよ」
「そう?」
妹が鼻で笑いおった。何となくイラっと来たので、私はチョコレートケーキの欠片を妹の残り少ないコーヒーに入れようと牽制してやる。
「ちょっと、何すんのよ!?」
「なんか、その顔にイラっとしただけだよ」
「もー、いつまでもお子様ねえ」
「ふん。まあ、いつまでも純真だという誉め言葉だと思っておくよ」
「成長してないって言ってるの」
「おし、テーブルソルトの刑だね」
「食べ物で遊ぶの禁止」
「むー」
妹に言われるまでもなく、冗談である。少し唇を尖らせ、私はその後の事を思い返していた。
にやにやしたままの妹が、上機嫌で聞いてくる。
「ひみつ」
「もう!」
「ていうか、あいつが気になるの?」
少々不機嫌な私は、なおざりな答えを返した。妹は顎に指当て考える振りをしながら聞いてくる。
「なんかね、話の中でちょい出てるけどさ、なんか決定的にすごい! ってこと、あった?」
んー、そうだなあ......印象に残ってるのは、あれかなぁ......? ちょっと、抵抗があるけど......まあいいか。
「うん、あるよ。というか、あれがあったからさ、余計に仲良くなったっていうか、んーなんというか、うーん......」
「言いにくいことなの?」
「んー、色々とねー。暴走? まあ、私が怒られる羽目になって......うーん、説明しにくいな......」
「何? もしかして貸しでも作ったの!?」
何故か驚きの表情を浮かべる妹に、私は眉を上げる。
「私をどんな目で見ているのかね?」
「だって、貸しつくったら大変な目に合わせるでしょ?」
「んー?」
「だから、適正な反応だと思うけど?」
適正じゃないやい! 私は借りる事の方が多いんだい! とは言葉にしない。だが憮然とはする。
「むう」
「まあまあ、その話きかせてよ」
当時の記憶を手繰っていった。
「えっと、あれは......屋上だったかなぁ?」
「うんうん」
**―――――
あの日、たまたま二人で探索していて、物干し台が並んだ広い場所へ入ったことから話は始まる。
「おー、ここは広いなあ」
「んーそうだねえ」
病院が洗濯する日なのか、物干し台全部にはシーツがたくさんかかっていた。
「こんなんあったんやな?」
ここは屋上にある見つかりにくい扉から入れたのである。
どうも当時は理解していなかったが、おそらくリネンで使われている広場で、立ち入り禁止になっていたようだった。
しかし、そういった看板などはなく、扉にはカギも掛かっていない。そのため私たちは堂々と入っているのだ。
「ほんとだね。なんでこんなところがあるんだろ? 結構広いし」
まわりを適当に見回して、私は首をかしげる。
「あ、そうや! ここならちょうどええわ! 最近なまっててな、ちょいと相手してくれん?」
相手というのが良く解らなかったのだが、今日はそこそこ調子が良い。私は軽く答えた。
「うん良いよー。何するの?」
「あんな......」
あいつが言うには、物干し台の間を抜けてダッシュするから、シーツの間で気配を感じたら捕まえてほしいと言う。
「んー、いつもそんな訓練やるの?」
「いんや、ただの遊びや! ちょっと動きたいんよ」
「そっか、解った」
ひねくれ者の私は、あいつが訓練だと言った場合は『めんどいからイヤ!』と断わるつもりだった。
しかし遊びというなら仕方ないと、やる気を出す。
そして、持っていたガラケーを少し離れたところに置いて、シーツに隠れた。
「そんじゃ、いっくで!」
「あいよー」
「気ぃ抜けるなぁ......」
そんな訳で始まる変則式鬼ごっこだったのだが、これが結構楽しい。
向こうはコースを決めてざかざか走る。私はシーツに隠れた気になって、タイミング見て飛び掛かる。
「うらー!」
「あまいわっ!」
捕まえたと思ったら急に速度を上げおる。何回かやって、普通じゃ捕えられぬと悟った私は、何か良いいやがらせはないかと考える。
あいつのルートはどうやら、ジグザグで走り抜けようとしていた。で、シーツを干した物干し台は4×4で16台。始まりが解れば、通る場所も絞れそうだ。
「むむー」
中心に陣取って捕まえに走るか、走り出しから予測して待ち伏せするかで、選ぶべきは楽な方。待ち伏せである。というか、私の体力では待ち伏せ以外にできない。
出てきた前に立ちはだかるにはどうするべきか?
「そんじゃ、いっくでー!」
思案中の私に声が掛かる。中心から見てあいつは左端! なら、左二列のどちらかじゃないかな! なるべく早くに私は移動し、シーツに隠れた。気配っ!
「おりゃ!」
突き出した私の手はシーツだけがあって空振りだった。
「ざんねんー」
あいつ、直前で止まるフェイント掛けおった。
「途中で止まるのずるいー」
今ので運動能力はどうしようもないと思った私は、あいつの良識を刺激することで行動を制限し、勝利を奪う方針と決める。
「いやいや、これくらいは普通やるわ」
「じゃあハンデ。止まっちゃダメ」
「なんでや!?」
「それくらいでも、ようやく8:2で私が不利なんだよ」
「そうかあ?」
「そうなのだよ」
「しゃあない、じゃ、止まらずいっくで!」
「負っけないよ!」
「あははっ、まあむりやろ」
「無理じゃないもん!」
気合を入れた言った私は心の奥でほくそ笑んでいる。掛かったな愚か者。これでフェイントブレーキはしないだろう。私は再び中心へ歩いて待つ。
「じゃ、いっくで!」
「あいよー」
右端からスタート。私はこそこそと一つ右のシーツに隠れた気になっている。
「スタート!」
あいつが走り出す。
「おりゃっ!」
タイミングも良い。あいつも止まらない。私がシーツごとあいつを捕まえた筈だった......だが!? 大きな塊がぶつかるような感触が胸から体全体を襲った!
「おおーっ!?」
人の塊に跳ね飛ばされて、シーツひっ捕まえたまま、ごろんごろんと2回転して、その勢いに自分から回転も足して転がってみた。
びっくりしたのはその上に物干し竿が落ちてきたのだ!
「ちょ、あっぶな!?」
とっさにあいつが私に覆いかぶさる感じで強く抱きかかえ、大きく飛んだ!?
私はあまり抵抗できずに、起こる浮遊感......そのあとあいつが下になる感じで、衝撃がくる! しかし、あいつがクッションになってくれたのか? 激しいものではない。
しかし、驚いたのはそのすぐ後にである! 物干し竿が幾本か落ちてきて、大きな音を立てた!!
さらにいくつかの物干し台が倒れたのだが、運よくあさっての方向である。あいつのおかげで物干し竿も私達に当たらなかった。シーツにくるまった私とあいつ。
目が合った瞬間、心配そうなあいつを見やり、私は大笑いした。
「あっははははは、すっごいねえ、あははははははっ!」
なんだか解らなかったのだが、テンションが上がっていたらしい。以上に楽しく感じたのだ。びっくりもあったのだが、何かのスイッチが入ったらしくしばらくは大笑いであった。
「だ、だいじょうぶか!?」
「あははははは、ぐるんってすっごい回って、あ、あそこからこんな所まで来てるじゃーん!」
「おいおい、痛くないんか?」
「いやー、びっくりした!! てか、私、飛んだよ!? すっごい!」
あいつは青い顔で私の状態を確かめている。
「なあ、怪我あらへんか? ごめんな......」
「何で謝るの? もっかいもっかい!」
「ば、いや、そんなん言っとる暇ないで!? あれ!? 腕みしてみい、擦りむいてるやん」
「いやいや、だいじょぶだってば! そっちこそだいじょぶだった!?」
「鍛えとるもん、問題ないわ!」
「そかそか! じゃあさ、今のを......」
そんな感じで言いあっていたら、背中に気配を感じた。
「......何してるの!?」
そこにはなんか大きな袋かかえてたふっちょさんが、もう一人ちょっと意地悪そうなナースさんを伴い、鬼の形相をしている。
「え......」
「ちょっと、なにこれ!? あなた達はこの病院に何しに来てるの!?」
ふっちょさんは血の気の引いた顔で聞いた。
「あらあら、ここは立ち入り禁止よ? しかもシーツ台無しじゃない......あんた達、洗ってくれるのかしら?」
ナースさんは皮肉たっぷりに言う、怒り心頭のようである。
「あ......」
周りを見回すと、物干し台が4台くらいひっくり返っている。よくよく見ると、シーツも汚れているじゃないか!?
「......あ、その、悪かったわ! ごめんなさいや!」
「うー、その、ごめんなさい」
「って、腕すりむいてるじゃない! これ、あ、打ち身? 頭打ってないよね!? もう......今夜熱でも出たらどうするの!?」
ふっちょさんは私を心配そうにみる。もう一人のナースさんは冷ややかな表情であいつを見ていた。
「あれー? そっちの君は元気そうね?」
「あなたは怪我してない? 見せてごらんなさい?」
私の状態をチェックしたのち、ふっちょさんはあいつの方にも目を向ける。
「大丈夫や、ここは直しとくから、そいつの怪我をなんとかしてや」
「あらー? 怪我させた子がよく言うわね」
ナースさんに煽られ、あいつは目が吊り上がる。しかし、この人は軽く息を吐きながら辺りを見回した。
「あらー?」
そして、私が避難させていたガラケーを拾い上げる。
「これはどっちのかなー?」
一瞬で私の顔から血の気が引く。
「あっ!? 私のだよ! ごめんなさい、返して!!」
「んー......」
なにやら思案しているナースさんは言った。
「そうね、その子がここをしっかり片づけるまで、預かっておくわ」
「はあ、なんでや!? それ、こいつが大切にしとるもんやで!!」
「あらそうなの?」
ナースさんは薄く笑う。
「ちょっと、それはやりすぎよ?」
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「......」
「......」
私たちはぐうの音も出ない。しかしあいつは睨み返した。
「でもな、それは、こいつがいつも......」
今にもとびかかりそうな剣幕で、私は小さく袖を引いた。
「いいよ、だいじょぶ。預かってもらおうよ」
「ちょ! でも!!」
「だいじょうぶよー? 物干し台おこして、シーツ集めてくれたら返してあげるからね」
「ああ......もう......。あなたは処置がいるわね」
「あ、うん」
「あなた、痛いところ無いの? 物干し竿あたってない?」
心配そうなふっちょさんの言葉に、不機嫌そうなあいつは不愛想に答えた。
「ないわ」
それでもふっちょさんは駆け寄り、あいつの状態を見ようとするのだが、その手をあいつは払う。
「だいじょうぶやって!」
「あらまぁ......」
「その元気があるならさ、早く片付けの手伝いして、ね?」
ようやく落ち着いてきた私は、よくよくその状態を見直し、実は間一髪だったのかな? 倒れてこなくてよかった!?
自覚して、遅まきに背筋が寒くなってくる。
「ああ、わかったわ」
あいつが物干し台をちょっと力を入れて起こそうとしている。
「あ、悪いよ私も手伝う! シーツなら、私でも......」
「だめよ! 怪我した手で!! シーツが汚れるでしょ!」
シーツを集めようとした私だったが、ナースさんが強く掴んで私を引っ張った。その瞬間、さっきまでなかった痛みがずきりと走る!
「うあっ!? いったぁ!?」
「ちょ、怪我しとんやで!」
「怪我させたのは誰かなー?」
「っ!?」
ナースさんに言われ、あいつは一瞬凄い形相をした。
「......ったく、何で仕事増やすのかしら?」
さらにこぼしたトゲのある言葉が胸に刺さる。
「まあ、それくらいにしなさい」
静かにいったふっちょさんに、ナースさんは鼻白んだ顔をしていた。
**―――――
「まあ、ふっちょさんたち、怒って当然よね」
「うん。あれは申し訳なかった。私もしばらく落ち込んでたよ」
「あら珍しい」
「珍しくはないんだよ」
「そう?」
妹が鼻で笑いおった。何となくイラっと来たので、私はチョコレートケーキの欠片を妹の残り少ないコーヒーに入れようと牽制してやる。
「ちょっと、何すんのよ!?」
「なんか、その顔にイラっとしただけだよ」
「もー、いつまでもお子様ねえ」
「ふん。まあ、いつまでも純真だという誉め言葉だと思っておくよ」
「成長してないって言ってるの」
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それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
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