神亡き世界の破壊論 ~全盛期の力を失った男が、再び世界を蹂躙するまで~

戯言の遊び

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第一章 破壊神復活

第5話『天上での嘲笑、地上での旅立ち』

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そこは、塵一つない白亜の世界だった。

 空には太陽も月もなく、ただ永遠の「聖なる光」が満ちている。

 地上を見下ろす遥か高み、雲海の上に浮かぶ水晶の宮殿――『至高天エンピレオ
 かつて十二天使が集い、今は七大天使が世界を管理する最高意思決定機関である。

 その円卓の間で、重苦しい沈黙が支配していた。

「……報告は以上だ」

 絞り出すような声でそう告げたのは、右翼を失い、紅蓮の鎧が半壊した無惨な姿のカマエルだった。

 彼は円卓の中央で片膝をつき、屈辱に震えながら頭を垂れていた。

「ふむ。つまり、こう言いたいわけですね」

 鈴を転がすような涼やかな声が響く。

 優雅に脚を組み、書類をめくっていたのは、長い金髪を緩く編んだ美女――『神の言葉』を司る大天使、ガブリエルだ。

「貴方は、6000年前に封印された『破壊神マーク・フェルトノート』の復活を感知し、勇んで討伐に向かった。
しかし、あろうことか返り討ちに遭い、配下の能天使部隊を全滅させられ、自身も無様に逃げ帰ってきた……と?」

 ガブリエルの言葉は丁寧だが、そこには隠しきれない侮蔑が含まれていた。

「……言い訳はせぬ」

「言い訳も何も、事実が全てでしょうに」

 クスクス、と嘲笑う声が重なる。

 ガブリエルの隣で、分厚い書物を読んでいた知的な眼鏡の男――『神の癒し』を司るラファエルが、口元を手の甲で隠して肩を震わせていた。

「いやはや、傑作だねカマエル。君は常々、『武力こそが秩序』だと豪語していたじゃないか。それがどうだい? 6000年のブランクがあり、しかも魔力が枯渇していた『寝起きの死に損ない』に負けるなんて」

「全くだ。我ら七大天使の面汚しにも程がある」

 ラファエルの嘲笑に続き、反対側の席に座る炎のような赤髪の男――『神の炎』ウリエルが、テーブルをドンと叩いた。

「おいカマエル。貴様、まさか人間ごときに情けをかけたんじゃあるまいな? 貴様の『断罪の剣』が錆びついているなら、その席を俺に寄越せ。俺なら大陸ごと焼き尽くしてやったぞ」
「黙れウリエル、ラファエル……!」

 カマエルが顔を上げ、血走った目で同胞たちを睨みつける。

「奴は……フェルトノートは、異常だ! 魔力が底をついているはずなのに、あの出力はなんだ! 人間の娘を媒介にしたとはいえ、あの一撃は……かつての『神殺し』そのものだった!」

「それが負け惜しみに聞こえると言っているのだ」

 冷ややかな視線が一斉にカマエルに刺さる。

 その中で唯一、無関心を貫いている者がいた。

 中性的な美貌を持ち、窓の外を眺めている『神の獅子』アリエルだ。

「……騒がしい。勝敗などどうでもいいことだ。問題なのは、封印が破られたという事実。そして、世界の均衡(バランス)が崩れ始めたこと。……ミカエル兄様、如何なされますか?」

 アリエルの言葉で、全員の視線が一点に集中する。

 円卓の最上座。

 そこに座る、最も美しく、最も威厳に満ちた存在。

 六枚の輝く翼を背負う、天界の最高指導者――『神ごとき者』ミカエル。

 彼は、目を閉じたまま微動だにしない。

 その沈黙は、雄弁な言葉よりも重く、部屋の空気を圧死させるほどの威圧感を放っていた。

「…………」

 ミカエルは何も答えない。

 ただ、その指先がわずかに動き、円卓に小さな亀裂が走っただけだった。

 それだけで、傲慢な大天使たちが一瞬で萎縮し、息を呑む。
 『失敗は許されない』――無言の圧力が、カマエルの心臓を鷲掴みにした。

「……くっ、くそぉぉぉッ!」

 その静寂を破ったのは、末席に座っていた漆黒の翼を持つ少年――『死を司る天使』アズライールだった。

 彼は立ち上がり、狂気じみた笑みを浮かべて鎌を振り回した。

「いいじゃん、いいじゃん! 面白くなってきた! ねぇミカエル様、次は僕が行っていい? ねぇ?
 カマエル兄さんは負けちゃったけど、僕なら油断しないよ? あの破壊神の魂、僕の鎌で刈り取ってコレクションにしたいなぁ!」

「待て、アズライール。抜け駆けは許さんぞ」

 ウリエルが立ち上がる。

 ラファエルも眼鏡の位置を直しながら、冷酷な光を瞳に宿した。

 天界の秩序を守るためではない。

 「誰が破壊神を仕留めるか」という功名争い。

 彼らにとって、マークの復活は脅威であると同時に、自らの力を誇示するためのイベントに過ぎないのだ。

 その醜い争いを前に、カマエルのプライドは限界を迎えた。

 ドンッ!!

「――黙れ、貴様らァッ!!」

 カマエルが拳を叩きつけ、円卓を粉砕した。

 驚く大天使たちを尻目に、負傷した身体を引きずって出口へと歩き出す。

「フェルトノートは……俺の獲物だ。他の誰にも譲らん」

 背中越しに、殺意の塊のような言葉を吐き捨てる。

「俺は天界には戻らん。次にこの門をくぐる時は、必ずやあの破壊神の首を掲げて戻る。
 ……笑いたければ笑え。だが、邪魔をする者は同胞とて殺す!」

 カマエルは翼を広げ、再び下界へと飛び去っていった。

 残された円卓の間には、白けた空気と、ミカエルの放つ重圧だけが漂っていた。

「……やれやれ。野蛮なことですね」

 ガブリエルがため息をつき、ミカエルへと恭しく一礼する。
「ミカエル様。事態は動き出しました。我々も『計画』を早める必要があるかもしれません」

 ミカエルはゆっくりと目を開けた。

 その瞳は黄金色に輝き、しかしそこには慈悲など欠片も存在しなかった。

「……全ては、神のシナリオ通りに」

 厳かな声が、無人の玉座に吸い込まれていった。
 
 一方、地上。

 半壊した王都の大聖堂。

 瓦礫の撤去作業が進む中、マークとリシアは教会の裏庭にある墓地にいた。

「……何をされてるですか? マーク様」

 リシアが呆れた声を出した。

 マークは墓石の上に胡座をかき、どこからか調達してきた地図を広げ、ペンで乱暴にバツ印をつけていたからだ。

「何って、作戦会議だろ。
 いいか、リシア、今の俺は魔力がすっからかんだ。
 さっきのカマエル戦で分かっただろうが、テメェから吸ったとしても、全盛期の十分の一も出せねぇ。燃費が悪すぎる」

 マークは不満げに鼻を鳴らす。

 確かに、カマエルを撃退した一撃は凄まじかったが、その代償としてリシアは気絶寸前まで追い込まれ、マーク自身もその後半日は動けなかった。

 このまま次々と七大天使が襲来すれば、いずれジリ貧になるのは目に見えている。

「だから、回収しに行くぞ」

「回収? 何をですか?」

「俺の『力』だ」

 マークは地図上の数カ所を指差した。

 北の極寒の地、西の砂漠、東の火山列島……いずれも人が寄り付かない魔境ばかりだ。

「6000年前、俺が封印される直前、俺は自分の力の一部と、愛用していた『神造兵装アーティファクト』を世界各地にばら撒いた。
 連中に奪われるくらいなら、隠した方がマシだからな」

「そ、そんな場所に……」

「あいつらも探しただろうが、俺の隠蔽魔法は完璧だ。まだ残ってるはずだ。
 これを回収すれば、俺は完全な状態に戻る。そうなりゃ、あんな鳥人間ども、デコピン一発で全滅だ」

 マークは地図を丸め、リシアに放り投げた。

「行くぞ、リシア、旅の支度をしろ」

「えっ!? 私もですか!?」

 リシアは目を丸くした。

「当たり前だろ。テメェを置いていく持ち主がどこにいる」

 マークはさも当然のように言った。

「それに、俺の『魔力』がなくてどうやって戦うんだ。
 テメェは教会にいられねぇだろ。司教のジジイ、泡吹いて倒れてたが、目が覚めたら『悪魔憑きの聖女』として火あぶりにするのは確実だぞ。
 俺が持ち主として、有効活用してやるって言ってるんだ。感謝しろ」

「う……」

 リシアは言葉に詰まった。

 確かに、教会の象徴である大聖堂を破壊し(原因は天使だが)、禁忌の破壊神と共闘したリシアを、教会組織が許すはずがない。彼女は既に、居場所を失っているのだ。

 リシアは、荒れ果てた王都の空を見上げた。

 カマエルが去った後の空は、不気味なほど青く澄んでいる。

 だが、彼女は知っている。この平穏がかりそめのものであり、世界が緩やかに、しかし確実に終わりに向かっていることを。

(神様は、助けてくれなかった。でも……)

 リシアの視線が、目の前の傲慢な男に向く。

 破壊神マーク・フェルトノート。

 神に背き、自分をモノ扱いする最悪の悪魔。

 けれど、彼が放ったあの黒い雷だけが、絶望的な状況を打破した。

 彼だけが、この腐敗した空気を吹き飛ばす力を持っていた。

「……分かりました」

 リシアは拳を握りしめ、顔を上げた。

 その瞳には、強い意志が宿っていた。

「ついて行きます。でも、勘違いしないでくださいね!
 私はあなたの所有物じゃありません!
 あなたが世界を無茶苦茶に壊さないように、私が監視するんです!」

「はん。所有物が飼い主に口答えとは、いい度胸だ」

 マークは愉快そうに喉を鳴らし、立ち上がった。

 黒衣が風にたなびく。

「いいだろう。精々、俺の役に立てよ、ポンコツ電池。
 俺の旅は、荒れるぜ?」

「望むところです……!」

 リシアはマークの隣に並び立った。

 かつての聖女と、かつての破壊神。

 世界で最もちぐはぐな主従の、世界再生の旅が、今ここから始まろうとしていた。
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