ずっと、君を探してた。

さひこ

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1章:まっさらな旅

シュリ

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鳥の鳴き声が聞こえ、朝が来たことが分かる。
私は自分の腕の中の存在を抱きしめなおし、思い切り香りを楽しむ。
…ああ、いい匂いだ。
思えば、この香りが始まりだった。この温かな太陽のような香りが。
それが香ってきて、彼を見て、衝撃が走った。
彼の顔は一般的には平凡と言われるようなものなのだろう。
だが、形は整い悪いということでは決してない。…いや、可愛い。すごく可愛い。
この手触りのいい美しい金の髪も、開けると見える澄んだ青空の色の瞳も、彼の研鑽された身体も全てが私の心を揺さぶるものだ。
思えば私の優月様への思いは女優へ懸想するかのようなただの憧れで、本当の恋はシュリであるのだろう。都合がいいといわれるかもしれないが、そうだと思えてならないのだ。

彼と出会ってひと月が経った。
最初、シュリが戦い危ないときに私が戦い魔物を仕留めるという方法を取っていたが。半月もすれば連携もとれるようになり、今では私たちは最高のパートナーと言ってもいいほどに息の合った戦いができてきている。

するりと彼の隠れた左目を開ける。隠してあるのだから何か傷でもついているのかと思ったがそんなことはない。綺麗なものだ。私は彼と出会って共寝した朝にはいつもこの目の布を外し、キスを落とした。そして、そっと元に戻す。
何が理由なのかは分からないが、彼がこの目を私に見せて、微笑ってくれるように、と。

まだ朝も早い。外は日も登っていないので、もう少し微睡もうかとシーツを可愛い恋人に巻き付けるように抱きしめなおし、横になろうとすると、『クスクス』と声が聞こえた。

―――誰だ⁉この宿に、ましてやこの私たちの部屋に入り込もうなどとする曲者は!!

私はベッドの横にかけておいた剣を素早く握り、声のする方を探った。

『違うよ!そっちじゃないよ。お兄さん!』
『上よ!上!!』

上?全方向への警戒を行いながら(シュリにはシールドを重ね掛けし)上を見ると、ふわふわと光るものが浮かんでいた。

―――ナンダコレハ。

『あ!俺たち光ってるからこの兄ちゃん見れないんだ!』
『シュリにも言われているもんね、ピカピカして見にくいよって。』

シュリ?なんでこの変なものたちが。
「何故シュリを知っている!貴様ら何者だ!!」

シュリを起こさないよう、極力声は抑えて剣を握りなおす。

『わわっ!待って!!俺たち敵じゃないよ!』
『そうよ!シュリのお友達だもん。』

「シュリの友達…?」
その言葉に、剣は握りしめ緊張は解かぬままだが、話を聞くことにした。

『お兄さん猛者って感じだね。私たちに全然気を許してない。』
『まあ、人間にとっちゃ俺ら空想上の生物だもんな。』
2匹(?)はワイワイと話している。なんだか楽しそうだが…。

「それで、『自称』シュリの友人ども。私に何の用だ。」
訝しみながら聞くと、『ひどーい』『自称じゃねーよ!』とまたわいわい話し出した。
いいから話を前に進めてくれ。

『あ!そうだ。お兄さん精霊って知ってる?』
「ああ、伝説上の存在の…。おい、まさか。」
するとその2匹の光は光量を抑え、姿を現した。
小さな3頭身の子供ようなものに、羽が生えている。
『そう!!私たちが精霊!!妖精ともいうよ!!私は水の精霊ディーネで、こっちが…。』
『俺は火の精霊サラ!!よろしくな、兄ちゃん!!」
その2体はそれぞれの特徴を表すかのようだった。よく見ると水の精霊ディーネは水が、サラは火が人の形をかたどったかのようで、その体は透けている。
…これは、信じざるを得ないのではないか?

自分の理解の範疇を超えた出来事に、すっかり毒気を抜かれてしまった私は、精霊たちにキャッキャとまとわりつかれた。

『お兄さん、ようやく理解ってくれたみたいだね!』
『まったく、頭の固てー人間だなあ。』

やいのやいの。

『あら、でもシュリの恋人よ。シュリにはでろ甘じゃない!』
『だよなー。その甘さをすこ~し分けてくれたら男前度上がるんじゃね?』

やいのやいの。

『あら、でもたった一人に優しいのがいいんじゃない♡可愛いわよー!』
『そうか?俺はデーンと構えた男気ある方が…。』
「…すまない。君たちが何のために私の目の前に現れたか簡潔に教えてくれないか。」
目の前の光景に、私はもはや頭痛すら覚えそうだった。


『そうそう、お兄さんシュリの精霊眼に毎日キスしてたでしょ?』
「あ…ああ。」
…見られていたのか。こんな子供のような存在と言えど、みみっちいことをしたとこを見られているのには恥ずかしい気がする。
『だから、俺たちの加護が一時的に兄ちゃんにも与えられて、俺らが見えるようになったんだよ。』
「なんだと…?」
『シュリの左目は精霊眼。大天使カジミールの持つ精霊の加護を受けた彼の最強の切り札よ。』
「…っ。」
『俺たち精霊、妖精と契約しその力を分け与えられることができるんだ。天使の加護付きだから、その力は絶大だ。』
「なら何故彼はその力を使わない?そんな壮大な力…私などより彼の力になる…。」



「そこから先は、俺から話させてくれ。」


声の聞こえる先を見つめると、そこには私の誰より愛しい人。シュリ。
シュリは、私の方をすまなそうに見て、私に抱き着いてきた。
私はもちろんそれを優しく受け止める。

「ゴメン…今まで言わなくって。怖いよな。精霊の…大天使の加護を持つなんて。」
シュリの身体は震えていた。私はそれをさらに強く抱き、顔じゅうにキスを降らせる。
すると、シュリはいつもの通り、顔を真っ赤にさせて固まった。この可愛い恋人は、こういったことにいまだに慣れない。

「怖いなんてことはない。シュリ、君にどういった使命が課されているのかは知らないが、目の前にいるのは私の頼れるパートナーで、可愛い恋人の、シュリその人だ。」
とどめと言う様に、唇に触れるだけのキスを落とす。
シュリの顔は、もう爆発しそうなくらいに茹っている。ああ、可愛い。
可愛い可愛いシュリ。できることなら危険な目に遭ってほしくはない。でも、悔しいことにそうはいかないようだ。

『きゃー!これこれ♡私いつも見ててこう、燃え上がるような感情が沸き上がるのよね♡』
『…ふん、確かに悪くはないんじゃねーの?』

そうだった、彼らがいるのだった。

すると、シュリが突然左目の布を外しだす。黒い布がシーツの上にはらりと落ち、その目が開く。
私はあまりの美しさに一瞬言葉を失った。

薄い朝焼けの空のような薄紅色。澄んだ空気を目いっぱい吸い込めるような、優しい希望に満ちた色だ。



「…俺、他の人からはわかんないみたいだけど、片目が色違ってて…。」
「ああ、見えるよ。とてもきれいな朝焼けの薄紅色だ。」
頬を覆いながら左目の眼のふちに触ると、くすぐったそうにシュリは笑った。

「ははっ。なんだ。もっと、早く話せばよかった。」
頬を触る私の手の上に自分の手を重ね、すりすりと私の手に頬ずりする。

愛おしい。愛おしい。愛おしい。

何度思っても足りないくらいだ。
私は気づけは夢中になってシュリに口づけをしていた。
精霊が何やら騒いでいるがそんなことは気にならない。
何とか、離すことができたころにはシュリの目はとろんと蕩けていた。




*****



「俺、実はやらなきゃいけないことがあるんだ。冒険者になったのもそのためで。」
シュリはぎゅっと手を握って私に話し出した。私はその手を柔らかくほどき、続きを促す。


シュリの話は俄かには信じられないことだった。

私たちとは違う世界があること。そこは魔法や剣ではなく、科学という技術が発達した世界だということ。
その世界でシュリの前世にあたる真野勝利という人間が亡くなってしまったこと。
その時親友を巻き込んでしまったこと。でも、その友人は本当は死んではおらず、この世界へ呼び出されていたこと。
そしてその親友は『神のいとし子』というほどの力を与えられ、神と同じ能力を持つということ。
けれどその比類なき力のせいで、たった一人で邪神と戦う責を課せられたこと。
私たちの信ずる神、サミュエルはもはや邪神にとらえられ、封印をされてしまったこと。
シュリは一人も仲間のいない状況になるだろう親友を手助けするため、カジミールに呼び寄せられ、18年前にさかのぼりこの世界へ転生したこと。


「俺が俺より強い人と組みたかったのも、親友を手助けするとき、足手まといにならないようになりたかったからなんだ。…ゴメン。ニコラ。ニコラをあいつの代わりみたいにしちゃって…。」

…なんと言うことだ。私は何もわかっていなかった。
何が最高のパートナーだ。シュリには…シュリには本当は…。

でも、正直そんなことより私にはそれよりも激しく思うことがあった。
今までこんなにも強い怒りを感じたことはない。

私はシュリをきつく抱きしめる。
シュリは泣きそうになっていたのか私の肩がしっとりと濡れた。

「シュリ、私は怒っている。」
びくりとシュリの身体が震えた。違うんだ。君を怖がらせたいわけじゃない。
出来るだけ柔らかく微笑み、シュリの顔を上げさせる。それだけで、シュリはほっとした様子だった。

「私が怒っているのは、シュリでも、君の親友でもない。君たちにこんなことを押し付けた天界だ。君の親友は、捕らえられた神の尻拭いをさせられ、君はそれを頼んだ天使の尻拭いをさせられている。君たちには。」
シュリは再び目に涙をためだした。私はそれを指で拭いながら
「そして、。私は自分の世界のことなのに、何一つ知らないまま君たち2人にただ安穏と救われるだけだったのかもしれない。そのことが許せない…!!」
自分の思いをなるべくしっかりと伝える。
「その上で、恥の上塗りかもしれないが、チャンスをくれ。」
シュリは不思議そうに言う。
「チャンス?」
「ああ、シュリ。どうか私を…私も、君たちの旅に同行させてくれないか?」

シュリは涙をためた目を大きく開ける。

「だ…駄目だ!!俺はニコラに死ぬかもしれない旅に付いてきてほしくない!!ニコラにもしものことがあったら、俺…!」
ついにシュリの目からは涙があふれてしまった。
私はその涙を何度もぬぐう。

「…それは、私も同じだとは思ってくれないか?」
「えっ?」
「私は、シュリが君の親友と邪神退治に旅立っている中、きっと心穏やかにいられない。いや、壊れてしまうかもしれない。」
ぶんぶんと頭を振りながら
「そんなこと…。」
と、シュリは言う。だが、私は確信を持って言える。
「なら、逆の立場だったらどうだ?私がこの世界の邪神を倒す旅に出てシュリは…。」
「駄目だ!!そんなの!俺、自分が保てなくなっちゃ…あ…。」
私はシュリが私に対してそこまで想っていてくれたことに、歓喜に打ち震えながらも
「シュリ…私の運命。私の命。どうか、どうかこの願いを聞き届けてくれないか?」
そう、懇願した。

シュリは、何度も何度も悩んだ後、答えを出してくれた。
「…うん。ニコラに付いてきてくれると、俺も頼りになる。一緒に来て。ニコラ。」
私はその言葉を勝ち取った。

私たちが出会って1か月。
まだ1か月だ。
だが、それでもわかる。
私たちは2人で1人だ。誰にも仲を裂くことはできないだろう。



…私たちがそんな会話をしている間、妖精たちはこそこそとこんな話をしていたらしい。

『すごいわね~!あのお兄さん、自分で運命の相手を見つけ出すことができてる!』
『シュリとの運命だろ?まあ俺らから見たらまる分かりだよな。小指にあんなに太い赤い糸が繋がれてる。』

『でも、だからこそ怖いのよね。お互いの半身を失うと、人は脆いから…。』
『ああ、そうならないよう、俺たちがバックアップしてやらなくちゃな。』
妖精たちは笑い合う。この先の未来がよいものであるようにと。



「そういえば、シュリ。その親友の名前を教えてくれないか?探すときの役に立つかもしれない。」
シュリを後ろから抱きしめながら、大事なことを聞いておく。
シュリは、やっと笑顔になり答えた。

「ああ、王宮に保護されてるってそういえば言ってたな。ニコラはもしかしたら知ってるかも。」
「王宮…保護⁉」

そして衝撃の名前が出てくるのだった。

「御影優月。…優月って言うんだ。」
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