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 心臓がドクドク脈打っている。

 ついに、お客さんの前に立って、歌を披露する日が、来てしまった。

 今、私は、以前の、貴族の彼と婚約していた時に着ていたような、きらびやかなドレスを纏い、バッチリ化粧をしている。

 「きっと、大丈夫だよ。成功するさ。」ジョニーか、私を励ましてくれている。

 緊張が顔に出ているようだ。

 「・・・・・・はい。」

 ああ、歌詞を間違えたらどうしよう? 緊張しすぎて声がでなかったらどうしよう?

 不安なことばかり考えてしまう。

 ダメ、ダメ。そんなことばかり考えてちゃいけない! いっぱい練習してきたんだし。

 私は、息を大きく吸い、ゆっくりと息を吐いた。

 すると、マスターが、私たちに、声をかけてくれた。

 「さぁ、そろそろ時間だよ。頑張っておいで。」と、言い、優しい笑顔を見せてくれた。

 「はい!」

 私は、覚悟を決めて、バーの舞台に上がった。

 しかし、お客さんは、誰も私達の方を見ずに、お酒を飲んだり、仲間と話したりしている。

 どうしよう? 大丈夫かな?

 不安がぶり返してきた。

 そんな私をよそに、ジョニーは、早速、ギターを弾き始めた。

 すると、どうだろう。お客さん達が、ぞろぞろと、舞台の方に目を向けるようになってきた。

 ジョニーは今、歌の前奏ぜんそうを弾いている。

 これが、終われば、私は声を出して、歌わなければならない。

 ──そして前奏は終わった。

 私は、練習した通りに歌ったし、振付ふりつけで、歌も表現した──緊張し過ぎていて、自分で、ちゃんとできていたかが分からなかった。

 私は、その大きな音を聞いたことで、緊張から解き放たれた。

 それは、お客さんの、割れるような拍手だった。席から立ち上がり、拍手をくれている人もいた。

 「ありがとうございます!」

 その後、他に練習していた数曲も披露した。

 この日を境に、私の人生は、大きく変化した。

 次の日になると、どこから噂を伝え聞いたか、昨日よりも、倍以上のお客さんが、バーに集まった。

 少なからず、女性客もいたが、ほとんどが男性客だった。

 その男性客達が口を揃えて言うのが、「エロい」だった。

 何か複雑な気分。歌が上手いとか、かわいい・・・・・・は、ないか。三十四歳だし。それでも、他に何かなかったのだろうか。

 日を増す毎にお客さんは、増えていき、ついには、バーに入らなくなったので、近くの広場で、歌うことになった私たち。

 この頃になると、緊張などしなくなっていた。

 慣れとは、おそろしいものだ。

 「今日も、ローラの歌をみんなに、きかせてやろう。」と、ジョニーが言った。

 「はい!」

 私たちは、広場に設置された壇上に上がった。

 そして、私は歌声を響かせ、ジョニーは、ギターを奏でた。

 すると、そこに、白い馬に引かれた一台の馬車が、乗り付けた。

 「・・・!」

 その馬車を降りてきた人が、なんと言ったのかは、観客の歓声で、聞き取れなかった。でも、その人は、よく知っている人物だった。

 私は、声が出なくなるのではないかと思うぐらいの、息苦しさを感じた。

 その人とは、私に、婚約破棄を叩きつけた貴族の彼だ。

 歌っている途中だったので、そんな彼を視界に入れずに、何とか、その歌を歌い終えることにした。

 そうすると、舞台から降りて、彼の元に近づいた。

 観客たちの視線が、こちらに集中しているのがわかる。

 「おお、やはり、ローラだったか! 美しい! 私は、お前を探していたんだ。あの婚約破棄は無かったことにしてくれ。お前の後に婚約した女が、それはそれはとんでもない女だったのだ。だから、うちに帰ってきてくれ。」

 「それはできない。」

 「なぜだ? 私と一緒に来たら、今よりもっと美しくなれるし、食事も豪華になる。欲しいものなら、なんだって手に入れられる程の富がある。なのにどうして?」

 「じゃあ、もし、あなたと一緒になったら、夢を手に入れることはできる?」

 「夢・・・・・・だと?」

 「そう。夢よ。私は、今は、歌手をやっているけど、本当にやりたいこと、つまり夢は、歌手を続けることじゃないのかもしれない。それは、誰にも分からないこと。でも、歌手をやって、こんなにみんなに応援されて、三十四歳になった私でも、挑戦すれば、なんでもできるってわかったの。だから、私は、夢を見つけたい。」

 「何をふざけたことを言っているんだ! いくぞ!」

 彼が、私の手を強引に掴んできた。

 ムカついた私は、彼の手を振り払ってやった。

 「私は、あなたとは一緒にならない。帰るなら一人で帰って!」

 「君は間違──。」

 本当に、反吐が出る。

 パシンっと、私は、彼に、平手打ちを一発お見舞いしてやった。

 「ウォーーー!」観客たちのボルテージが上がっているのがわかる。

 「女の分際で、私をぶったな。」

 「あら、何かいけないことをしたかしら?」と、私は彼を煽った。

 すると、彼は悔しそうな顔をした。

 「後悔しても知らないからな!」彼はそれだけ言って、来た時と同じ馬車で去っていった。

 「ローラ! ローラ! ローラ!」観客が声援を送ってくれている。

 私。ローラは、夢を見つけるために、人生という、長い旅にでます!

 「それじゃあ、二曲目いきますよ! 『私の旅はどこまでもつづくよ。』。」


        完 

 

 

 
 



 

 

 

 

 
 

 
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