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おじさん、異世界に転生する
油の海と紙の山 中編
しおりを挟む昼をすぎたころ、黒い湖のほとりに設けられた臨時机は、もう紙の山になっていた。
被害届、補償願い、作業報告。束ねるそばから増えていく。ファルコは羽ペンを止めることなく書き続けた。
ジールは呼んであるが、すぐに来られるかは分からない。
だから、できることは全部ここで仕切るしかないのだ。
半沈没した村は相変わらずクサいけれど風は軽い。
というか鼻が慣れてくると、そういう匂いなんだと錯覚する。
ファルコは、板の机に地図を広げた。
丸で囲まれた候補地が三つ。
旧街道沿いの高台、水場の近い丘、林に守られた台地。
どれも地味だが、暮らせる。
正直、ギルド協会の仕事範疇なのか分からない。
けれど、全権委任ってことはそうなんだろう。
「まあ、いまは目の前の問題を片付けよう」
「下見隊、出すよ。ハンナさん、現場統括。村の年長さん二人、同行お願いします」
「任されたよ。ゴブリン、道具運び!」
「文化運び!」
「紐文化!」
「杭文化!」
「――標準語で言いな。ロープと杭だよ」
リンネは名簿の束を抱え、静かに合図した。
「被害届、村の分は全件そろいました。村外の農家さんとホビット夫婦の分も提出済み。番号を振って、順番に回します」
「助かる。順番が命だ」
ファルコは短く言って、紙の端に線を引いた。
仮払い/現物支給/移転費用。
独り言は専門用語、説明は平らに。
伝わらない言葉に意味は無い。
「みなさん、聞いてください。今日から引っ越しの準備を始めます。まずは仮の暮らしを整える。次に移転先を決めて、家と畑を作り直す。お金は急いで用意します。足りない物は、協会から直送。――それが、今日からの順番です」
人々の顔に、ほっとした色が混じる。トーヴの民は強い。
並ぶ、待つ、書く。黙って、でも速い。
ほどなくして筋肉の塊みたいな連中がやってきた。
「烈火の牙、臨時班! エレナさんは遠征中! 代理のベルモットです!」
声も体もでかく、伝統なのかトゲ付きの肩パッドを装備した筋肉ゴリラだった。けど礼はある。
「来てくれて助かる」
軽く握手を済ませるとゴリラたちに指示を出す。
「残骸の仕分け、こっちの表を参考に家財は拾えるだけ拾う。黒い液体がついたヤツはダメだと思ってほしい。あとなるべく付着しないように気を付けて。すごいクサいから……」
「了解!」
ベルモットは丸太のような腕で柱を抱え、仲間に手短に指示を飛ばす。動きに無駄がない。
村の子どもが「すげぇ……」と口をあけていた。
「とはいってもほとんどの道具が使い物にならないんだがな……」
それを分別する人員も足りない。
だから彼女たちのような腕っぷしがある冒険者という人たちがいるのだろう。
その端で、ゴブリン三人が別働隊。
下見班に置いてきぼりを食らった彼らなりに出来ることに着手していた。
「危険標識、設置!」
「線、二重文化!」
「札、でか文字文化!」
「……文化をつけなくていい。字はそのままででかく書いて。立入禁止、赤で」
紙は増える。
作業記録、持ち主控、家財回収票。
リンネは無言で綴じ紐を締め、ファルコは羽ペンを替える。
「ジール=バルナークには連絡済み。来られる日は未定。来るまで、仮の枠で回す」
言いながら、空欄のひな形を三枚作る。
家/畑/家畜。
書き込むだけで申請書に化ける紙。
速い紙は、良い紙だ。
そこへ、冒険者風の若者四人組が、どやどやとやってきた。
「おいおい、こっちは轢かれそうになったんだぞ! 危険手当は?」
リンネが小首をかしげる。
「危険手当は、ありません」
「は?」
「冒険者は自由業です。依頼に挑んで、失敗したら自分の責任。……だから手当は最初からない」
言い方はやさしいが、内容は硬い。若者たちは固まる。
ハンナおばちゃんが、戻りざまに片眉を上げた。
「手当が欲しいなら、冒険者をやめな。役所は募集してるよ。椅子は固いけど、給料は出る」
「……っ」
四人の肩が一斉に下がる。
ファルコは帳面だけ見て、さらりと足す。
「目撃証言は助かります。見た順だけ、紙に書いていって。お茶は出します」
「……はい」
彼らは紙と向き合った。
ここで怒鳴り散らすよりも、ずっと大人だ。
「2番目の丘だけどね、良かったよ。風が抜ける。水脈が近い。道もすぐ直せる」
「1番は?」
王都に向かう旧街道を見下ろす高台だ。
地図で見る限り割とひらけていて交通の便も良さそうだった。
「日当たりは良いけど水源が遠い」
「なるほど。3番は?」
「林のせいで風通しが悪いよ。地面も固くてボコボコさ」
同行した村の年長者2人も首を横に振っていた。
「じゃあ2番に仮住まいを、そこから大工さんに依頼を出して本建ての順でいこう」
「大きめの共用小屋、家族ごとに小間仕切り。煙を出す場所は共用でまとめる。――動線は食い物→寝床→便所の順で短く」
ファルコが早口で並べると、ハンナおばちゃんがうなる。
「いいね。動く順に短いのが、いちばん疲れないからね」
「図、描きます」
リンネがさらさらと線を引き、区画に番号を振る。紙の上に、仮の村が現れた。
影法師が伸び、オレンジ色に染まるころ、二度目の早馬がやってきた。
携えた封蝋は見慣れない印。
「ふうん? これは帝国さんの封蝋ね」
ハンナおばちゃんが一瞥し、助言する。
『関所前の爆発事案について。事件詳細と情報の開示を求む。また事故である場合は再発防止策の提示も。関連資料の写し、図面があれば添付されたし』
お役所風の文章が並んでいた。
悪意も怒りもない。求めるものが並んでいるだけ。
お隣の目と鼻の先で訳の分からない巨大な物体が爆発した割にはマイルドだなとファルコは苦笑しながら、すぐ羽ペンに持ち替えた。
「事故報告を作るよ。敵意なし、二次災害なし、封鎖済み。旧坑道跡は保安封印。再発防止は人が入らない、火を使わない。関連書類はいかんせん、いつの代物かも分からないから……」
なにか添付しようにも何も無いのだ。
考え込みかけたファルコにハンナおばちゃんが片目をつぶる。
「ちょちょいと任せときな。帝国は、あたしに借りがある。一言添えておくさ」
「助かります。こっちは形式だけ整えますね」
もう一通の青い封の書状。
アークメイジの帽子を彷彿させる封蝋。
『ファルコ・フライハイル殿。受領。いまは動けない。先に仮払いの枠を回せ。ひな形を同封。法的、経理対応は着いたら即対応する。ジール=バルナーク』
短いが、要点だけ。中に入っていたのは、簡潔で美しい様式の書類。
「ありがたい」
ファルコは、そのまま複写板に乗せて枚数を増やした。
誰でも書けるように定型が整っていれば、なおさら仕事は捗る。
やがて、夜のとばりがおりると空に星が瞬き、地には焚き火が増えた。
鍋の音、スープの匂い。そして子どもたちの笑い。
烈火の牙の臨時班は、泥を落としながら列に並んでいた。
「お代は出るから、遠慮せず食っていけ。帰りの馬も手配する」
「うっす!」
彼らは頭を下げる。筋肉は礼儀正しいと周りに伝わる。
その伝わり方も、支援だ。
机の上は、昼の倍の紙。だが見た目ほど重くない。順番が決まったからだ。
リンネが袋綴じを積み、ファルコが最後の一枚に印をつける。
「――明日の朝、2番の候補地に仮の村を建て始めます。ギルド協会に大工の手配を行いました。俺たちは出来るところから着手します。荷車は二十台……いや、あるだけあると助かります。力仕事は烈火の牙に。村の人は、番号順に区画へ引っ越しを」
「了解!」
事務職ってなんだっけなあ、などと疑問に思うほど、ファルコは暇では無かった。
黒い湖は、相変わらず夜を映さない。
けれど、白い紙は火に透けて、薄い金色になる。
ファルコ・フライハイルは、静かに羽ペンを置いた。
「ジールさんが着いたら、複雑なところをみてもらおう。――それまでは、仮で全力だ」
誰も反対しない。
誰も急かさない。
紙の山は高いが怖くはない。
山には道がある。数字と名前と印でつけた、細いけれど確かな道が。
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