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おじさん、異世界に住み着く
赤鬼と黒ウサギ
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今日もギルド協会の執務室に書類の山が積みあがっていた。
秋風が窓から吹き込み、紙の端をばさばさと揺らす。
「師匠……今日の山、いつもより高くないですか」
「見なかったことにしろ。いつものことだ」
リンネが遠慮がちに声をかけ、ファルコ・フライハイルは机に額をつけた。
トーヴ村の再建に残っているタクが戻らない以上、人手は増えない。
それどころか、依頼の数は季節が変わるごとに増えていく。
「もう紙がスライムみたいに湧いてますよ」
「妙に的確な例えをやめろ」
ため息をついたその時、控えの扉がこんこんと叩かれた。
「失礼いたします。新任の職員二名をお連れしました」
案内役の係員が告げ、二人の姿が現れた。
ひとりは背の高い男だった。
短く刈った赤毛に、鋭い眼光。
立っているだけで冒険者らしい圧を放っていたが、歩みの途中で腰に手を当て、わずかに顔をしかめた。
「……やれやれ。長く立ってるのは苦手でな」
彼はそれを隠すでもなく口にした。
「ヴォルケ・タールマイヤ。元冒険者だ。室長代行……ファルコ殿、よろしく頼む」
一礼は深く、言葉は礼儀正しかった。
「ヴォルケ・タールマイヤさん? え、レッドオーガ???」
リンネが身を乗り出すと男が肯定する。
「ああ、通り名で呼ぶなら『レッドオーガ』だが……いまはただの事務員だ」
「あのレッドオーガ?! 師匠! ソロ専門の凄腕冒険者ですよ! 並居る魑魅魍魎を切り伏せて進む、その姿はまるで……」
リンネが目を丸くする。
冒険者時代にそう呼ばれた男が、机仕事に来るとは夢にも思わなかった。
「うん。まあ、そのなんだ。探索中に腰に振り子式のトラップハンマーを受けてな……」
(なるほど、腰をやったのか)
ファルコは静かにうなずく。
もうひとりは、柔らかな雰囲気をまとった若い女性だった。
ロップイヤーのように緩やかに垂れた癖ッ毛のある髪が肩を覆い、清楚な佇まい。
彼女は軽く会釈し、落ち着いた声で名乗った。
「ネージュ・トレリスと申します。お役に立てるよう、精一杯努めますね」
目は優しげに笑んでいたが、その奥に一瞬、鋭さが宿った気がして、ファルコは首を傾げる。
「ファルコ・フライハイルだ。ようこそ、紙の迷宮へ」
軽く冗談を飛ばすと、二人は苦笑を返した。
「実のところ、タクが……もう一人の事務員が、まだトーヴ村に残っていてな。手が足りていない。助かる」
今年いっぱいは帰ってこない予定の青年の顔を思い浮かべ苦笑する。
「任せてくれ。冒険者が何を求めているか、私は嫌というほど見てきた」
ヴォルケは胸を張るが、その直後に腰を押さえて苦笑する。
「……もっとも、重い荷物は持てんが」
「重いのは紙の束の中身ですから」
「それはそれで腰にくるな」
リンネが思わず吹き出した。
一方のネージュは、机の上の帳簿をすっと手に取り、ぱらぱらとめくった。
「依頼記録、報酬計算、規則の条文……大体、頭に入りそうです」
「そんな短時間で?」
「酒場で数字を扱うのに慣れてましたから。覚えるのは得意なんです」
あくまで穏やかに、けれど迷いなく言い切った。
「師匠、新人なのに頼もしすぎません?」
「……ほんとにな」
ファルコは肩の力を抜いた。
紙の山は依然として高い。
だが、三人の机が並び、新しい筆記用具が置かれると、空気は不思議と明るくなった。
「よし、では――今日からよろしく頼む」
「おう」
「はい、お願いします」
新しい仲間が加わったギルド協会の執務室。
ファルコは心の中でつぶやいた。
(これで、ようやく……紙の山も低くなるといいが)
そう願った直後、扉の向こうから職員の声が響いた。
「緊急依頼が追加で入りました!」
机の上に新しい束がドサリと積まれる。
「……ならないかもな」
ファルコは頭を抱え、リンネと新米二人は思わず笑った。
秋風が窓から吹き込み、紙の端をばさばさと揺らす。
「師匠……今日の山、いつもより高くないですか」
「見なかったことにしろ。いつものことだ」
リンネが遠慮がちに声をかけ、ファルコ・フライハイルは机に額をつけた。
トーヴ村の再建に残っているタクが戻らない以上、人手は増えない。
それどころか、依頼の数は季節が変わるごとに増えていく。
「もう紙がスライムみたいに湧いてますよ」
「妙に的確な例えをやめろ」
ため息をついたその時、控えの扉がこんこんと叩かれた。
「失礼いたします。新任の職員二名をお連れしました」
案内役の係員が告げ、二人の姿が現れた。
ひとりは背の高い男だった。
短く刈った赤毛に、鋭い眼光。
立っているだけで冒険者らしい圧を放っていたが、歩みの途中で腰に手を当て、わずかに顔をしかめた。
「……やれやれ。長く立ってるのは苦手でな」
彼はそれを隠すでもなく口にした。
「ヴォルケ・タールマイヤ。元冒険者だ。室長代行……ファルコ殿、よろしく頼む」
一礼は深く、言葉は礼儀正しかった。
「ヴォルケ・タールマイヤさん? え、レッドオーガ???」
リンネが身を乗り出すと男が肯定する。
「ああ、通り名で呼ぶなら『レッドオーガ』だが……いまはただの事務員だ」
「あのレッドオーガ?! 師匠! ソロ専門の凄腕冒険者ですよ! 並居る魑魅魍魎を切り伏せて進む、その姿はまるで……」
リンネが目を丸くする。
冒険者時代にそう呼ばれた男が、机仕事に来るとは夢にも思わなかった。
「うん。まあ、そのなんだ。探索中に腰に振り子式のトラップハンマーを受けてな……」
(なるほど、腰をやったのか)
ファルコは静かにうなずく。
もうひとりは、柔らかな雰囲気をまとった若い女性だった。
ロップイヤーのように緩やかに垂れた癖ッ毛のある髪が肩を覆い、清楚な佇まい。
彼女は軽く会釈し、落ち着いた声で名乗った。
「ネージュ・トレリスと申します。お役に立てるよう、精一杯努めますね」
目は優しげに笑んでいたが、その奥に一瞬、鋭さが宿った気がして、ファルコは首を傾げる。
「ファルコ・フライハイルだ。ようこそ、紙の迷宮へ」
軽く冗談を飛ばすと、二人は苦笑を返した。
「実のところ、タクが……もう一人の事務員が、まだトーヴ村に残っていてな。手が足りていない。助かる」
今年いっぱいは帰ってこない予定の青年の顔を思い浮かべ苦笑する。
「任せてくれ。冒険者が何を求めているか、私は嫌というほど見てきた」
ヴォルケは胸を張るが、その直後に腰を押さえて苦笑する。
「……もっとも、重い荷物は持てんが」
「重いのは紙の束の中身ですから」
「それはそれで腰にくるな」
リンネが思わず吹き出した。
一方のネージュは、机の上の帳簿をすっと手に取り、ぱらぱらとめくった。
「依頼記録、報酬計算、規則の条文……大体、頭に入りそうです」
「そんな短時間で?」
「酒場で数字を扱うのに慣れてましたから。覚えるのは得意なんです」
あくまで穏やかに、けれど迷いなく言い切った。
「師匠、新人なのに頼もしすぎません?」
「……ほんとにな」
ファルコは肩の力を抜いた。
紙の山は依然として高い。
だが、三人の机が並び、新しい筆記用具が置かれると、空気は不思議と明るくなった。
「よし、では――今日からよろしく頼む」
「おう」
「はい、お願いします」
新しい仲間が加わったギルド協会の執務室。
ファルコは心の中でつぶやいた。
(これで、ようやく……紙の山も低くなるといいが)
そう願った直後、扉の向こうから職員の声が響いた。
「緊急依頼が追加で入りました!」
机の上に新しい束がドサリと積まれる。
「……ならないかもな」
ファルコは頭を抱え、リンネと新米二人は思わず笑った。
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