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サプライズ社長・日奈子の早業(はやわざ)
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「美央ちゃん、私やるからね。必ずよ」といってからの日奈子の行動が素早かった。五月には合同会社ヒナを設立し、その一方でアイドルになりたい女の子たちを大々的に募集。お盆前には最終オーディションを敢行するという早業であった。
いつの間に手配したのか、合同会社ヒナの公式ホームページもできあがっていた。さすが広告の世界に精通している日奈子だけあって、SNSを駆使したPRも完璧だ。
「おてんば娘」という四人組の女子グループが誕生したのは、十月十日のことである。「おてんば市LOVEの胸きゅんアイドル」というキャッチフレーズで、平均年齢は十七歳。全員がおてんば市周辺の出身で、見た目だけでなく、キャラクター性や将来性、どれをとっても申し分なかった。もちろん四人が四人、前へ進みたいという熱い想いを持ち合わせていた。まるでミニ日奈子が四人揃ったようなイメージ。
「“おてんば市LOVEの胸きゅんアイドル”おてんば娘で~すっ!」とアピールしながら、初めてのステージに立ったおてんば娘たち。お披露目の会場は、もちろんニューおてんば温泉の宴会場である。
開湯百年の歴史を感じさせるような古めかしいステージには、「〇〇商店」や「〇〇タクシー」「〇〇医院」など、レトロ調の看板がずらっと並んでいたが、まるで蝶のように舞うミニスカートの四人組が登場しただけで、ひなびたステージに花が咲き誇ったようであった。透け感のある衣装がまぶしい。
パッと見た感じ会場には百五十人ぐらいはいるだろうか。最前列には四人の友人や親御さんと思(おぼ)しき皆さんが陣どっていた。豪快に生ビールをかっくらいながら、「ヒューヒュー」なんて騒ぎ立てているオッさん連中や、地域の敬老会の集まりで顔を揃えたと思われるオバさん軍団の姿も――。小さなお子様連れの家族さんや、若いカップルも目についた。おそらくはこの日のために、おてんば市が用意したものだろう。「おてんば娘」の文字があしらわれたタオルを目の前に広げているファンも多かった。
「ワーッ」という歓声に包まれながら「皆さん、こんばんは!」といい、笑顔を振りまいたのはリーダー格のエリーだった。
「今日は私たちの記念すべき初ステージです。四人とも別々の高校へ通っていますが、みんながみんなおてんば市のことが大好きで、今回の新人アイドルに応募し、合格の二文字をGETすることができました。私たちの産みの親でもあります日奈子社長からは、おてんば市発のパワーで天下をとってね、といわれています。
いわれるまでもなく、やってみせますよー、こうなったら。オール十代でヤングパワーを見せつけますので、応援よろしくお願いします!!」というと、「いいぞ、頑張れ」というかけ声とともに、温かな拍手が降って沸いた。
エリーに続いてマイクを握ったのは、カナ、リサ、ジュンコの三人だ。もちろん全員が美形揃い。お人形さんのような女子高生アイドルの口から放たれる言葉に、会場全体が沸き返ったのはいうまでもないだろう。
やんややんや。やんややんや。おてんば市生まれの新星アイドルに、期待の声が高まった。
「ではでは、私たちのデビュー曲『恋するOTENBA娘』を聴いてください!」というと、軽やかなミュージックが場内を包み込んだ。ローカル温泉の宴会場のスピーカーということで、多少音が割れているのはどうかご勘弁を。
不慣れな手つきでスポットライトの操作をしているのは、おてんば企画の美央だった。日奈子社長いわく、「会社には迷惑をかけず、最初は自分ひとりでやるつもり」なんていっていたはずなのに、今日は美央をはじめ、おてんば企画のスタッフら六名が急きょボランティアで駆り出されていたのである。大雑把で人使いの荒い日奈子のことだから、今後も小間(こま)使いにされそうだわ――と警戒する美央だったが、なんだかんだいいながらも、チャレンジ精神旺盛な日奈子社長の生き様にみんな惹かれているのだ。
音楽を担当していたのは、おてんば企画の若手デザイナーである安子だった。職場ではみんなからアン子と呼ばれていたが、「機械音痴の私が、なんでまたミキシング担当なのよ」と思いながらも、そこそこ様になっているのだから、世の中わからないものである。
“あなたのハートに ズバーン! 恋するOTENBA娘 ただ今 参上 ♪”
アップテンポのリズミカルな曲に手拍子が起こった。会場の後方では、小学生と思(おぼ)しき女の子たちが四人組の踊りを真似ていた。
曲が終わると、「アンコール、アンコール」という声が噴出した。なかには「アルコール、アルコール」なんて笑いながら、生ビールのおかわりをオーダーするオッさん連中もいた。
「アンコールなんていわれても、今日はデビュー曲しか用意していないし、困ったわね」とかなんとか、ひとりごとをいいながら、目立ちたがり屋の代表者・日奈子がステージに現れた。いつの間に着替えたのか、あっと驚くようなピンクのスーツを着込んでいる。仕かけ人でもある日奈子の登場に「市長~っ、市長~っ!」というコールが大爆発した。おてんば市のパワフル市長で、有限会社おてんば企画の名物社長、そして合同会社ヒナのトップでもある日奈子のことを知らない市民は誰ひとりとていない――そういっても過言ではないほど、日奈子は地元の“顔”だったのだ。
「今日はありがとうございます! おてんば娘は今後、世代交代を続けながら、十年、二十年、三十年とこの地に根ざしていく永遠のアイドルグループです。もちろん育てるのは、市民の皆さんひとりひとりです。市民の応援こそが、この娘(こ)たちのエネルギー源になっていきますので、これからも圧倒的な応援をお願いしますね」。
そういって会場を見渡すと、「今日は『おてんば娘』のデビュー曲オンリーで考えていましたが、それじゃ、そーね、特別にもう一曲だけサプライズの歌声を披露しようかしら。ほんとうは次にとっておきたかったんだけど、仕方ないわねぇ」といい、日奈子が薄ら笑いを浮かべた。
「アン子ちゃん、いいかしら。急きょで悪いんだけど、準備はOKね。では、アンコールの代わりに歌わせていただきます。ラブリー日奈子が魅せます、歌います。曲目は『おてんば恋しぐれ』です」だなんて、「なんなのよー、一体」と美央は絶叫する以外になかった。おてんば娘をローカルデビューさせたと思ったら、今度は日奈子自らがラブリー日奈子という芸名で歌手デビューしようというのだ。
ついさっきデビューしたばかりのおてんば娘の四人組をバックコーラスに、大人の女の気持ちを歌に託し始めるラブリー日奈子。これは余談になるが、おてんば娘のデビュー曲(恋するOTENBA娘)も、ラブリー日奈子のデビュー曲(おてんば恋しぐれ)も、どちらも生成AIに作詞・作曲を委ねたというのだから、なんとも驚きである。
「ラブリー日奈子いいぞー」「みんなエロいぞ」「応援しているからな」。
おてんばプロレスも、おてんば娘も、地域のかけがえのない宝物。この日のニューおてんば温泉宴会場は、かつて経験したことがないほどの大熱狂に包まれた。
いつの間に手配したのか、合同会社ヒナの公式ホームページもできあがっていた。さすが広告の世界に精通している日奈子だけあって、SNSを駆使したPRも完璧だ。
「おてんば娘」という四人組の女子グループが誕生したのは、十月十日のことである。「おてんば市LOVEの胸きゅんアイドル」というキャッチフレーズで、平均年齢は十七歳。全員がおてんば市周辺の出身で、見た目だけでなく、キャラクター性や将来性、どれをとっても申し分なかった。もちろん四人が四人、前へ進みたいという熱い想いを持ち合わせていた。まるでミニ日奈子が四人揃ったようなイメージ。
「“おてんば市LOVEの胸きゅんアイドル”おてんば娘で~すっ!」とアピールしながら、初めてのステージに立ったおてんば娘たち。お披露目の会場は、もちろんニューおてんば温泉の宴会場である。
開湯百年の歴史を感じさせるような古めかしいステージには、「〇〇商店」や「〇〇タクシー」「〇〇医院」など、レトロ調の看板がずらっと並んでいたが、まるで蝶のように舞うミニスカートの四人組が登場しただけで、ひなびたステージに花が咲き誇ったようであった。透け感のある衣装がまぶしい。
パッと見た感じ会場には百五十人ぐらいはいるだろうか。最前列には四人の友人や親御さんと思(おぼ)しき皆さんが陣どっていた。豪快に生ビールをかっくらいながら、「ヒューヒュー」なんて騒ぎ立てているオッさん連中や、地域の敬老会の集まりで顔を揃えたと思われるオバさん軍団の姿も――。小さなお子様連れの家族さんや、若いカップルも目についた。おそらくはこの日のために、おてんば市が用意したものだろう。「おてんば娘」の文字があしらわれたタオルを目の前に広げているファンも多かった。
「ワーッ」という歓声に包まれながら「皆さん、こんばんは!」といい、笑顔を振りまいたのはリーダー格のエリーだった。
「今日は私たちの記念すべき初ステージです。四人とも別々の高校へ通っていますが、みんながみんなおてんば市のことが大好きで、今回の新人アイドルに応募し、合格の二文字をGETすることができました。私たちの産みの親でもあります日奈子社長からは、おてんば市発のパワーで天下をとってね、といわれています。
いわれるまでもなく、やってみせますよー、こうなったら。オール十代でヤングパワーを見せつけますので、応援よろしくお願いします!!」というと、「いいぞ、頑張れ」というかけ声とともに、温かな拍手が降って沸いた。
エリーに続いてマイクを握ったのは、カナ、リサ、ジュンコの三人だ。もちろん全員が美形揃い。お人形さんのような女子高生アイドルの口から放たれる言葉に、会場全体が沸き返ったのはいうまでもないだろう。
やんややんや。やんややんや。おてんば市生まれの新星アイドルに、期待の声が高まった。
「ではでは、私たちのデビュー曲『恋するOTENBA娘』を聴いてください!」というと、軽やかなミュージックが場内を包み込んだ。ローカル温泉の宴会場のスピーカーということで、多少音が割れているのはどうかご勘弁を。
不慣れな手つきでスポットライトの操作をしているのは、おてんば企画の美央だった。日奈子社長いわく、「会社には迷惑をかけず、最初は自分ひとりでやるつもり」なんていっていたはずなのに、今日は美央をはじめ、おてんば企画のスタッフら六名が急きょボランティアで駆り出されていたのである。大雑把で人使いの荒い日奈子のことだから、今後も小間(こま)使いにされそうだわ――と警戒する美央だったが、なんだかんだいいながらも、チャレンジ精神旺盛な日奈子社長の生き様にみんな惹かれているのだ。
音楽を担当していたのは、おてんば企画の若手デザイナーである安子だった。職場ではみんなからアン子と呼ばれていたが、「機械音痴の私が、なんでまたミキシング担当なのよ」と思いながらも、そこそこ様になっているのだから、世の中わからないものである。
“あなたのハートに ズバーン! 恋するOTENBA娘 ただ今 参上 ♪”
アップテンポのリズミカルな曲に手拍子が起こった。会場の後方では、小学生と思(おぼ)しき女の子たちが四人組の踊りを真似ていた。
曲が終わると、「アンコール、アンコール」という声が噴出した。なかには「アルコール、アルコール」なんて笑いながら、生ビールのおかわりをオーダーするオッさん連中もいた。
「アンコールなんていわれても、今日はデビュー曲しか用意していないし、困ったわね」とかなんとか、ひとりごとをいいながら、目立ちたがり屋の代表者・日奈子がステージに現れた。いつの間に着替えたのか、あっと驚くようなピンクのスーツを着込んでいる。仕かけ人でもある日奈子の登場に「市長~っ、市長~っ!」というコールが大爆発した。おてんば市のパワフル市長で、有限会社おてんば企画の名物社長、そして合同会社ヒナのトップでもある日奈子のことを知らない市民は誰ひとりとていない――そういっても過言ではないほど、日奈子は地元の“顔”だったのだ。
「今日はありがとうございます! おてんば娘は今後、世代交代を続けながら、十年、二十年、三十年とこの地に根ざしていく永遠のアイドルグループです。もちろん育てるのは、市民の皆さんひとりひとりです。市民の応援こそが、この娘(こ)たちのエネルギー源になっていきますので、これからも圧倒的な応援をお願いしますね」。
そういって会場を見渡すと、「今日は『おてんば娘』のデビュー曲オンリーで考えていましたが、それじゃ、そーね、特別にもう一曲だけサプライズの歌声を披露しようかしら。ほんとうは次にとっておきたかったんだけど、仕方ないわねぇ」といい、日奈子が薄ら笑いを浮かべた。
「アン子ちゃん、いいかしら。急きょで悪いんだけど、準備はOKね。では、アンコールの代わりに歌わせていただきます。ラブリー日奈子が魅せます、歌います。曲目は『おてんば恋しぐれ』です」だなんて、「なんなのよー、一体」と美央は絶叫する以外になかった。おてんば娘をローカルデビューさせたと思ったら、今度は日奈子自らがラブリー日奈子という芸名で歌手デビューしようというのだ。
ついさっきデビューしたばかりのおてんば娘の四人組をバックコーラスに、大人の女の気持ちを歌に託し始めるラブリー日奈子。これは余談になるが、おてんば娘のデビュー曲(恋するOTENBA娘)も、ラブリー日奈子のデビュー曲(おてんば恋しぐれ)も、どちらも生成AIに作詞・作曲を委ねたというのだから、なんとも驚きである。
「ラブリー日奈子いいぞー」「みんなエロいぞ」「応援しているからな」。
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