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新キャラ美羽のデビュー戦
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新キャラ美羽のデビュー戦が開催されたのは、三月三日の日曜日。ちょうどひな祭りの日のことだった。ひな祭りに引っかけたのか、この日は「ひなこ(日奈子)祭り」と銘打った日奈子の握手&サイン会も同時開催されることになっていた。
「じつをいうと、ひな祭りは娘の誕生日でもあるんです」というと、美羽は「ほら、ごあいさつしなさい」と口にしながら、娘の弥生の肩をたたいた。場所は、おてんばプロレスのメイン会場であるニューおてんば温泉の宴会場。親子の目の前には、珍しくジャージ姿の日奈子社長が立っていた。試合前ということもあり、なんと日奈子はすっぴん(超々貴重)であった。
試合開始までまだ一時間以上はあるので、貸し切り状態の宴会場では、おてんばプロレスのメンバーが総出で会場の準備に追われていた。おてんば企画の取締役で、おてんばプロレスのエースである美央でさえ、マットレスを並べたり、受付のテーブルを運んだり、それこそ大忙しなのであった。おてんばフロレスの中核選手の中に、おてんば女子大学の現役学生がいる関係もあり、花の女子大生らが何人かボランティアでお手伝いにきてくれている。おてんばプロレスの女の園は、イコール、ボランティアの園でもあったのだ。
「あなたが弥生ちゃんね。お誕生日おめでとう。いつもママをプロレスに借りちゃって、ごめんなさい。今日は思う存分、おてんばプロレスを楽しんでって。弥生ちゃんのために、一番前の席をとっておいたから、一生懸命応援してね」と日奈子が笑いかけると、はにかみ屋の弥生がママの陰に隠れた。
「あら、照れているのね。ママに似て、かわいいったりゃありゃしないわ」とフォローすると、御大の日奈子は「さぁ、握手&サイン会の準備をしなくちゃ。じゃまたね」と口にしながら、控室代わりの事務室へと消えていくのであった。
この日、美羽の対戦相手を買って出たのは、こともあろうプレジデント日奈子である。おてんばプロレスの代表として、今や全国にその名をとどろかせている名物社長が、期待のルーキー・美羽の前に立ちはだかろうというのだから、話題にならないはずはなかった。事実、SNSという国境なき世界では、「いいね」の嵐が巻き起こっていたのである。
三月三日の午後三時三十三分。おてんばプロレスのひな祭り決戦が火ぶたを切っておろされた。「三」に引っかけて、この日は全部で三試合。個性派揃いのレスラーたちが、マットレスを重ねただけの四角いジャングルで自分らしさを咲かせた。観客の五人にひとりは生ビールを注文しているという、ほとんどお花見の宴席のような会場からは熱盛の声援がはじけ飛んだ。
三試合のうち第一試合は男女混成マッチだったが、ごく最近デビューしたばかりの若手イケメン選手(その名もTSUBASA)に注目が集まり、会場の一郭では元・お姉さんたちが黄色い声援を送りまくりであった。いわゆる推し活のオバさん軍団。グッズの売上でいうと、男子ではもちろんナンバーワン。イケメンの似顔絵をあしらったタオルのほか、親しみあふれるSNSのスタンプが「めっちゃかわいい」と大好評であったのだ。
二試合目ではおてんばプロレスきっての美女レスラー、ジャッキー美央に熱い視線が注がれた。日頃の激務により目にはクマができていることの多い美央だったが、そこは厚化粧でごまかしていた。
「今日はひと足早いお花見なんだからさ、美央ちゃんもお酌にきてけろ」とか「今日はひな祭り。俺(おら)と一緒にひな壇で〇〇〇すっぺ」とか、ほとんどセクハラまがいの飲んだくれ連中の間で「美央」コールが沸き起こった。ごく普通に考えると、「これはコンプライアンス的にアウト」に違いないのだが、何ぶんにも時計の針が二十五年は遅れているおてんば市でのこと、ハラスメントという言葉の意味は、まだ周知されていないようだ。セクハラやらアルハラやら、この街の中ではその大半が親しみや愛情の表現として受け止められていたのである。
今の時代であれば「めんこい(かわいいの意)」のひとことでセクハラ認定なのに、ニューおてんば温泉の宴会場では、「俺とつき合ってけろ」とか「一緒にモーテルにでも行くべ」とか、ぶっちゃけNGのワードが飛び交っている。そんな現実を目の当たりにするにつけ、ニューおてんば温泉の宴会場だけは、いまだに“昭和”といってもよかったのだ。
ちなみにジャッキー美央は、わずか一分半ほどでスリーカウントを奪い、たちまち勝ち名乗りを受けたのだが、これがまたイケなかった。「もっと見たい」という想いからか、大延長コールが発生し、結局、別なレスラーを相手にもう一試合闘う羽目になってしまったのである。突然のダブルヘッダーに「はぁはぁ」という荒い息を吐きながら、「今日は二連勝だ。やったぞー」といい放つ美央だったが、それでももの足りないらしく、一部の客席からは「もう一試合」コールが沸き起こった。「なんだよー。そんなに私のことをいじめたいのかよ。だったら、これならどうだ」といい、ファン全員とハイタッチをしながら、会場をあとにする美央のパフォーマンスに、大きな歓声が渦巻いたのはいうまでもない。観客らを手のひらのうえに乗せる術(すべ)は、はちゃめちゃ社長の日奈子譲りなのであった。
ハイタッチの途中、「美央ちゃんもビール飲めや」といわれ、「わかったわ」と応じながら、一気飲みをやってのけるあたりは、さすがとしかいいようがなかった。オッさん連中に負けないぐらい、美央自身、じつは酒飲み中の酒飲みだったのである。
さぁ、いよいよメインイベント。超大物ルーキーとして人気実力ともにトップ街道へ踊り出ようとしているロッキー美羽の登場だ。
現役のキャバ嬢。シングルマザーとして苦労に苦労を重ねながら、プロレス愛という名の大輪を咲かせようとしているその姿に、多くの注目が集まった。もちろん団体をあげて美央らが発信しているSNSの影響も大きい。「三月三日、ひな祭り決戦。待望の美羽がデビュー」という情報には、三百を超える「いいね」が寄せられていたのである。
「いくら踏まれても這(は)いあがる。逆境の道端に咲き誇る一輪の花。ロッキー美羽降臨!」というアナウンスに、怒涛のような「美羽」コールが沸き起こった。日奈子社長の助言があったのだろうか、夜の街では美羽のユニフォームともいうべきキャバ嬢ルックスで、一輪のバラの花を手にしながらの入場には度肝を抜かれた。これがまた、かっこいい。かっこよすぎ。
観客の中に酔っ払い連中が多いせいか、「ひゅーひゅー」というかけ声とともに、会場全体が異様な雰囲気に覆われた。まるでシンデレラの世界へとタイムスリップしたかのような錯覚。美羽の美貌と、その無茶ぶりな人生が明滅して見えた。美しい羽の美羽が、夢の王国へと降り立ったのである。
が、そうはいかないわよ――といわんばかりのアナウンスが流れると、おてんばプロレスの御大・日奈子が姿を見せた。「ひな祭りなんかじゃない。今日は日奈子祭りだ」というアナウンスとともに、な、なんと、美羽以上にキャバ嬢を彷彿とさせるような超過激コスチュームで、プレジデント日奈子がその姿を見せたのだ。会場からは「おおっ」という大きなどよめきが起こった。
バブル絶頂の頃に流行ったディスコティックな曲に合わせて、花道(といっても、その距離十メートルもないが‥‥)を突き進む日奈子の晴れ姿に、観客のほぼ全員の視線が釘づけになった。昭和のオッさん連中からは「いいぞー」というかけ声が乱れ飛んだ。
そのオッさん連中に投げキッスを放ったと思ったら、「ちょっとだけよ」といいながら、ミニスカートの裾をつまみあげる日奈子の行動には、驚いたことにSNS上で千を超える「いいね」が集まった。ちょっと場違いな悩殺プレーは、まさに日奈子の奥の手でもあったのである。
う~ん、それにしても――。あのね、日奈子社長。あんたはもう四十超えなんだから、無茶はしないで。だいたいスト〇ップショーじゃないんだからさ。今度やったらイエローカードだからね、んもう(著者談)。
異様な雰囲気の中、ついに実現した超絶美女の対決。新キャラ美羽の大胆不(素)敵なデビュー戦としては、最高の舞台であった。
おそらくは日奈子の発案なのだろう。国歌斉唱と称して「君が代」が流れたと思ったら、会場のステージ側に日の丸が掲揚された。一体なんのための国歌なのか、よくわからないが、会場全体がその気になったことだけはたしかであった。
続いてとり行われたタイトルマッチ宣言。これまた日奈子の思いつきらしく、この試合の勝者には「ILHヘビー級チャンピオン」の称号が与えられる――らしい。一部のファンから「ILHって何だ?」という声が聞かれたが、日奈子いわく、どうやら「I LOVE HINAKO」の略だとか。まったく日奈子社長ときたら、プロレスを私物化してはダメでしょ(著者談)と叫んだところで、そう簡単にいうことを聞く社長じゃないのはわかっている。美羽人気にあやかって、日奈子自身の人気も爆あがりさせようという魂胆なのであった。
肝心の試合の方はというと、しばしのにらみ合いから手四つの体勢へ。バックの奪い合いに転じたあたりから、激しい攻防が続いた。「おーっ」というかけ声とともに、日奈子のジャンピング・ニー・パッドが火を噴いたと思ったら、すくさま稲妻レッグ・ラリアットをさく裂。たまらず場外へエスケープした美羽に向かって、日奈子のヒナコ・ロケット(トペ・スイシーダ)をくり出したのだから、しびれる展開になってきた。
会場でぶつかり合う「日奈子」コールと「美羽」コール。世代を超えた美しき女たちの闘いに、熱盛のシャワーが降り注いだ。四十代とは思えぬ日奈子の美しい体からは、大好きなプロレスにのめり込んでいるという悦びがほとばしって見えた。
もちろん美羽も負けてはいなかった。夢のデビュー戦に向けて、何度も練習を重ねてきた技―河津がけやセントーン、ストレッチプラムなど―を続けざまにくり出した。どこでどう覚えたのか、果敢なまでにスープレックス系の大技、しかもジャーマンスープレックスやドラゴンスープレックスに挑む美羽の姿には、多くのファンが心を打たれた。たとえ失敗しても、何度でも立ちあがればいい。美羽の闘いぶりからは、そんな鬼気迫る想いが伝わってきたのであった。まさに映画「ロッ〇ー」を彷彿とさせるような熱き闘い。女同志の意地がぶつかり合った。
まだ三月だというのに「今年のベストバウト」という声すら聞かれたこの試合。結論からいうと、二十分一本勝負のドローだった。女子の試合にしては珍しく、二十分闘っても勝負がつかなかったのである。
プレジデント日奈子というレスラーは、どちらかというと話題先行型のきわものレスラーではあったが、社長業の忙しい毎日をかいくぐり、一応は二十四時間対応のジムに通い詰めていたことから、それなりの実力を持ち合わせていた。その日奈子とまっ向勝負を演じ、対等に渡り合ったルーキーの美羽は、やはりただ者ではなかったのである。
「はぁはぁ」という、ふたりの女の息づかいだけが四角いジャングルを支配した。なりふりなんか構っていられない、美羽の傍若無人な闘いぶりが深く心に刻まれた試合であった。美女ふたりの闘い、その結末はノーサイドだ。
「ありがとうございます」といい、握手を求める美羽に対し、日奈子が手を握り返した。「美羽ちゃん、よくやった。見事な試合運びだったわよ。おてんばプロレスのことを盛りあげてくれて、ほんとうにありがとう。ILHヘビー級チャンピオンのベルトは、しばらく封印ね」と口にしながら、日奈子が笑いかけてきたのであった。新人のデビュー戦しては珍しく、メインイベントでトップクラスのレスラーと対戦し、見ごとなまでの引き分け。「美羽、美羽~っ」という大コールに包まれながら、会場の熱気は沸点に達しようとしていた。
本来であれば、場内の熱気に気おされてキス魔の日奈子が、誰かれかまわずにキスをしまくるという場外戦がくり広げられるはずなのだが、この日の日奈子は違っていた。自分のことよりも美羽の人気を第一に考えた結果なのだろう。満足げな笑みを浮かべながら、超大型新人の美羽を見つめているだけであった。
臨時で発売された美羽のポスター(この日の試合を撮影し、即興でデザインされたデータを簡易的に出力したものだ)は、わずか五分でSold outという状況。その人気はどうやら本物のようだ。小説という活字の世界でお見せできないのは残念だが、これがまた、なかなかのでき映えなのである。
商売っ気たっぷりの日奈子のこと、「それじゃ3Dプリンターでも導入して、美羽ちゃんの原寸大フィギュアでも作ろうかしら。一体二万円でも売れるでしょ、きっと」なんて、高笑いが止まらないのであった。ダッチ〇イフじゃないんだから。それだけはやめてよね(著者談)。
が、美羽の体内で渦巻いていたもの、それは「こんなじゃダメだ」という想いであった。とにかくもっと。もっともっと先を往(い)って、代表の日奈子を超えるぐらいのファイトでなければ意味がない――と美羽は痛感していたのである。自分の人生を賭けて勝負に出た美羽の一大目標。それは、おてんばプロレスのアイコンになることなのだ。
最強の中の最強。それこそが美羽の想い描くプロレスワールドであった。
「じつをいうと、ひな祭りは娘の誕生日でもあるんです」というと、美羽は「ほら、ごあいさつしなさい」と口にしながら、娘の弥生の肩をたたいた。場所は、おてんばプロレスのメイン会場であるニューおてんば温泉の宴会場。親子の目の前には、珍しくジャージ姿の日奈子社長が立っていた。試合前ということもあり、なんと日奈子はすっぴん(超々貴重)であった。
試合開始までまだ一時間以上はあるので、貸し切り状態の宴会場では、おてんばプロレスのメンバーが総出で会場の準備に追われていた。おてんば企画の取締役で、おてんばプロレスのエースである美央でさえ、マットレスを並べたり、受付のテーブルを運んだり、それこそ大忙しなのであった。おてんばフロレスの中核選手の中に、おてんば女子大学の現役学生がいる関係もあり、花の女子大生らが何人かボランティアでお手伝いにきてくれている。おてんばプロレスの女の園は、イコール、ボランティアの園でもあったのだ。
「あなたが弥生ちゃんね。お誕生日おめでとう。いつもママをプロレスに借りちゃって、ごめんなさい。今日は思う存分、おてんばプロレスを楽しんでって。弥生ちゃんのために、一番前の席をとっておいたから、一生懸命応援してね」と日奈子が笑いかけると、はにかみ屋の弥生がママの陰に隠れた。
「あら、照れているのね。ママに似て、かわいいったりゃありゃしないわ」とフォローすると、御大の日奈子は「さぁ、握手&サイン会の準備をしなくちゃ。じゃまたね」と口にしながら、控室代わりの事務室へと消えていくのであった。
この日、美羽の対戦相手を買って出たのは、こともあろうプレジデント日奈子である。おてんばプロレスの代表として、今や全国にその名をとどろかせている名物社長が、期待のルーキー・美羽の前に立ちはだかろうというのだから、話題にならないはずはなかった。事実、SNSという国境なき世界では、「いいね」の嵐が巻き起こっていたのである。
三月三日の午後三時三十三分。おてんばプロレスのひな祭り決戦が火ぶたを切っておろされた。「三」に引っかけて、この日は全部で三試合。個性派揃いのレスラーたちが、マットレスを重ねただけの四角いジャングルで自分らしさを咲かせた。観客の五人にひとりは生ビールを注文しているという、ほとんどお花見の宴席のような会場からは熱盛の声援がはじけ飛んだ。
三試合のうち第一試合は男女混成マッチだったが、ごく最近デビューしたばかりの若手イケメン選手(その名もTSUBASA)に注目が集まり、会場の一郭では元・お姉さんたちが黄色い声援を送りまくりであった。いわゆる推し活のオバさん軍団。グッズの売上でいうと、男子ではもちろんナンバーワン。イケメンの似顔絵をあしらったタオルのほか、親しみあふれるSNSのスタンプが「めっちゃかわいい」と大好評であったのだ。
二試合目ではおてんばプロレスきっての美女レスラー、ジャッキー美央に熱い視線が注がれた。日頃の激務により目にはクマができていることの多い美央だったが、そこは厚化粧でごまかしていた。
「今日はひと足早いお花見なんだからさ、美央ちゃんもお酌にきてけろ」とか「今日はひな祭り。俺(おら)と一緒にひな壇で〇〇〇すっぺ」とか、ほとんどセクハラまがいの飲んだくれ連中の間で「美央」コールが沸き起こった。ごく普通に考えると、「これはコンプライアンス的にアウト」に違いないのだが、何ぶんにも時計の針が二十五年は遅れているおてんば市でのこと、ハラスメントという言葉の意味は、まだ周知されていないようだ。セクハラやらアルハラやら、この街の中ではその大半が親しみや愛情の表現として受け止められていたのである。
今の時代であれば「めんこい(かわいいの意)」のひとことでセクハラ認定なのに、ニューおてんば温泉の宴会場では、「俺とつき合ってけろ」とか「一緒にモーテルにでも行くべ」とか、ぶっちゃけNGのワードが飛び交っている。そんな現実を目の当たりにするにつけ、ニューおてんば温泉の宴会場だけは、いまだに“昭和”といってもよかったのだ。
ちなみにジャッキー美央は、わずか一分半ほどでスリーカウントを奪い、たちまち勝ち名乗りを受けたのだが、これがまたイケなかった。「もっと見たい」という想いからか、大延長コールが発生し、結局、別なレスラーを相手にもう一試合闘う羽目になってしまったのである。突然のダブルヘッダーに「はぁはぁ」という荒い息を吐きながら、「今日は二連勝だ。やったぞー」といい放つ美央だったが、それでももの足りないらしく、一部の客席からは「もう一試合」コールが沸き起こった。「なんだよー。そんなに私のことをいじめたいのかよ。だったら、これならどうだ」といい、ファン全員とハイタッチをしながら、会場をあとにする美央のパフォーマンスに、大きな歓声が渦巻いたのはいうまでもない。観客らを手のひらのうえに乗せる術(すべ)は、はちゃめちゃ社長の日奈子譲りなのであった。
ハイタッチの途中、「美央ちゃんもビール飲めや」といわれ、「わかったわ」と応じながら、一気飲みをやってのけるあたりは、さすがとしかいいようがなかった。オッさん連中に負けないぐらい、美央自身、じつは酒飲み中の酒飲みだったのである。
さぁ、いよいよメインイベント。超大物ルーキーとして人気実力ともにトップ街道へ踊り出ようとしているロッキー美羽の登場だ。
現役のキャバ嬢。シングルマザーとして苦労に苦労を重ねながら、プロレス愛という名の大輪を咲かせようとしているその姿に、多くの注目が集まった。もちろん団体をあげて美央らが発信しているSNSの影響も大きい。「三月三日、ひな祭り決戦。待望の美羽がデビュー」という情報には、三百を超える「いいね」が寄せられていたのである。
「いくら踏まれても這(は)いあがる。逆境の道端に咲き誇る一輪の花。ロッキー美羽降臨!」というアナウンスに、怒涛のような「美羽」コールが沸き起こった。日奈子社長の助言があったのだろうか、夜の街では美羽のユニフォームともいうべきキャバ嬢ルックスで、一輪のバラの花を手にしながらの入場には度肝を抜かれた。これがまた、かっこいい。かっこよすぎ。
観客の中に酔っ払い連中が多いせいか、「ひゅーひゅー」というかけ声とともに、会場全体が異様な雰囲気に覆われた。まるでシンデレラの世界へとタイムスリップしたかのような錯覚。美羽の美貌と、その無茶ぶりな人生が明滅して見えた。美しい羽の美羽が、夢の王国へと降り立ったのである。
が、そうはいかないわよ――といわんばかりのアナウンスが流れると、おてんばプロレスの御大・日奈子が姿を見せた。「ひな祭りなんかじゃない。今日は日奈子祭りだ」というアナウンスとともに、な、なんと、美羽以上にキャバ嬢を彷彿とさせるような超過激コスチュームで、プレジデント日奈子がその姿を見せたのだ。会場からは「おおっ」という大きなどよめきが起こった。
バブル絶頂の頃に流行ったディスコティックな曲に合わせて、花道(といっても、その距離十メートルもないが‥‥)を突き進む日奈子の晴れ姿に、観客のほぼ全員の視線が釘づけになった。昭和のオッさん連中からは「いいぞー」というかけ声が乱れ飛んだ。
そのオッさん連中に投げキッスを放ったと思ったら、「ちょっとだけよ」といいながら、ミニスカートの裾をつまみあげる日奈子の行動には、驚いたことにSNS上で千を超える「いいね」が集まった。ちょっと場違いな悩殺プレーは、まさに日奈子の奥の手でもあったのである。
う~ん、それにしても――。あのね、日奈子社長。あんたはもう四十超えなんだから、無茶はしないで。だいたいスト〇ップショーじゃないんだからさ。今度やったらイエローカードだからね、んもう(著者談)。
異様な雰囲気の中、ついに実現した超絶美女の対決。新キャラ美羽の大胆不(素)敵なデビュー戦としては、最高の舞台であった。
おそらくは日奈子の発案なのだろう。国歌斉唱と称して「君が代」が流れたと思ったら、会場のステージ側に日の丸が掲揚された。一体なんのための国歌なのか、よくわからないが、会場全体がその気になったことだけはたしかであった。
続いてとり行われたタイトルマッチ宣言。これまた日奈子の思いつきらしく、この試合の勝者には「ILHヘビー級チャンピオン」の称号が与えられる――らしい。一部のファンから「ILHって何だ?」という声が聞かれたが、日奈子いわく、どうやら「I LOVE HINAKO」の略だとか。まったく日奈子社長ときたら、プロレスを私物化してはダメでしょ(著者談)と叫んだところで、そう簡単にいうことを聞く社長じゃないのはわかっている。美羽人気にあやかって、日奈子自身の人気も爆あがりさせようという魂胆なのであった。
肝心の試合の方はというと、しばしのにらみ合いから手四つの体勢へ。バックの奪い合いに転じたあたりから、激しい攻防が続いた。「おーっ」というかけ声とともに、日奈子のジャンピング・ニー・パッドが火を噴いたと思ったら、すくさま稲妻レッグ・ラリアットをさく裂。たまらず場外へエスケープした美羽に向かって、日奈子のヒナコ・ロケット(トペ・スイシーダ)をくり出したのだから、しびれる展開になってきた。
会場でぶつかり合う「日奈子」コールと「美羽」コール。世代を超えた美しき女たちの闘いに、熱盛のシャワーが降り注いだ。四十代とは思えぬ日奈子の美しい体からは、大好きなプロレスにのめり込んでいるという悦びがほとばしって見えた。
もちろん美羽も負けてはいなかった。夢のデビュー戦に向けて、何度も練習を重ねてきた技―河津がけやセントーン、ストレッチプラムなど―を続けざまにくり出した。どこでどう覚えたのか、果敢なまでにスープレックス系の大技、しかもジャーマンスープレックスやドラゴンスープレックスに挑む美羽の姿には、多くのファンが心を打たれた。たとえ失敗しても、何度でも立ちあがればいい。美羽の闘いぶりからは、そんな鬼気迫る想いが伝わってきたのであった。まさに映画「ロッ〇ー」を彷彿とさせるような熱き闘い。女同志の意地がぶつかり合った。
まだ三月だというのに「今年のベストバウト」という声すら聞かれたこの試合。結論からいうと、二十分一本勝負のドローだった。女子の試合にしては珍しく、二十分闘っても勝負がつかなかったのである。
プレジデント日奈子というレスラーは、どちらかというと話題先行型のきわものレスラーではあったが、社長業の忙しい毎日をかいくぐり、一応は二十四時間対応のジムに通い詰めていたことから、それなりの実力を持ち合わせていた。その日奈子とまっ向勝負を演じ、対等に渡り合ったルーキーの美羽は、やはりただ者ではなかったのである。
「はぁはぁ」という、ふたりの女の息づかいだけが四角いジャングルを支配した。なりふりなんか構っていられない、美羽の傍若無人な闘いぶりが深く心に刻まれた試合であった。美女ふたりの闘い、その結末はノーサイドだ。
「ありがとうございます」といい、握手を求める美羽に対し、日奈子が手を握り返した。「美羽ちゃん、よくやった。見事な試合運びだったわよ。おてんばプロレスのことを盛りあげてくれて、ほんとうにありがとう。ILHヘビー級チャンピオンのベルトは、しばらく封印ね」と口にしながら、日奈子が笑いかけてきたのであった。新人のデビュー戦しては珍しく、メインイベントでトップクラスのレスラーと対戦し、見ごとなまでの引き分け。「美羽、美羽~っ」という大コールに包まれながら、会場の熱気は沸点に達しようとしていた。
本来であれば、場内の熱気に気おされてキス魔の日奈子が、誰かれかまわずにキスをしまくるという場外戦がくり広げられるはずなのだが、この日の日奈子は違っていた。自分のことよりも美羽の人気を第一に考えた結果なのだろう。満足げな笑みを浮かべながら、超大型新人の美羽を見つめているだけであった。
臨時で発売された美羽のポスター(この日の試合を撮影し、即興でデザインされたデータを簡易的に出力したものだ)は、わずか五分でSold outという状況。その人気はどうやら本物のようだ。小説という活字の世界でお見せできないのは残念だが、これがまた、なかなかのでき映えなのである。
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