“強くてかわいい”キャバ嬢・美羽のプロレス一直線!

ちひろ

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夜の街ならぬ昼の街決戦で大ブレイク

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 ジョニーさんのアイデアに則ったわけではないが、一旦はおてんばプロレスのリングから姿を消すことになった美羽。ていうか、ほんとうは検査入院が控えており、今後の治療方針を決めなければならないという、そんな理由があったのだ。
 入院は三週間以上に及んだ。その間、SNS上では「美羽はどこへ行った!?」という問いかけがきっかけで、「まさかアメリカへ羽ばたいたわけじゃ」とか「いやいや、日本にはいるでしょ」「予想ではジャパンなでしこプロレスの練習生」とか、好き勝手なコメントで埋め尽くされた。
 余命いくばくかの天才女子レスラーとして、今を生ききること。娘のために、家族のために、そして自分のためにも――。それが美羽の宿命であったが、おてんばプロレスの日奈子社長や美央さんだけでなく、ジョニーさんやショー君までが、プロレスラーとしての自分の可能性に想いを馳せてくれたことは、うれしい以外の何ものでもなかった。
 満身創痍の美羽が、再び歩みを始めたのは、おてんば市の夏の風物詩であるおてんば七夕が近づき、街がやけにそわそわし始めた七月中旬のことであった。抗がん治療を始めてからというもの、全身がけだるく、吐き気に見舞われることもあったが、仕事だけは続ける以外になかった。クリーニング屋のアルバイトは、一日六時間から四時間に短縮してもらい、夜のお勤めにいたっては、お店のママにお願いし、週三日間にシフトを変更してもらった。
 「プロレスの練習は、もうしばらく見送ったほうがいいわ」という日奈子のアドバイスを度外視して、少しずつだがひそかにトレーニングを再開した美羽。どうやら自分にはプロレスが性に合っていると見えて、自分の体をいじめればいじめるほど、生気がみなぎり、元気をとり戻していくのがわかった。
 いつまで動けるかはわからないけど、もう一度プロレスのリングに立ちたい。自分がこの世に生まれ、縁があって、弥生という娘を授かり、その弥生のために生きてきた。そんな自分が生き抜いた証として、どうしても足跡を残したい。プロレスという名の聖なる舞台。
 がんとの闘いは壮絶なものであった。子育て世代のママさんたちが、子ども残して亡くなるケースが多いことから、マザーキラーとも呼ばれている子宮頸がん。どうりで。月経でもないのに、出血があるのはおかしいと思っていたのよ。それが――まさかね。美羽自身が「生きたい」と思い続けている一方で、がん細胞は確実に美羽の体を浸食していたのである。
 もし自分にも神様がいるとすれば、きっとその願いが通じたのかもしれない。ロッキー美羽復帰への第一歩としてエキシビジョンマッチが開催されることになったのである。本来であれば、ニューおてんば温泉の宴会場を本拠地とするおてんばプロレスだったが、ジョニーさんからの提唱により、美羽が勤めているキャバクラの近くにある「すずらん通り公園」がメイン会場に選ばれた。
 あくまでも美央というひとりの女として闘いたいという想いから、ジョニーさんがいう覆面レスラー(ジョニーさんとしては、豹柄のマスクウーマンをイメージしていたようだ。なんで豹かというと、ジョニーさんの憧れているクレバーな動物が豹という、それだけの理由らしい。名プロデューサーの直感でもあったのだ)としての再デビューは見送られたが、現役キャバ嬢の美羽が四角いジャングルに帰ってくる――。しかも夜の女ではなく、太陽の化身というニューヒロインとして、再始動することが決まったのだ。
 太陽をモチーフにしようと思ったのは、おてんばプロレスの先輩格である美央の明るさや前向きさに魅(ひ)かれたからでもあった。もちろん美羽自身の発案。最愛の娘・弥生のことを思うと、ママは陽(ひ)のあたる場所で闘い抜いているという印象を与えたかった。大丈夫だからね。弥生もママと一緒に、お日様の下で生きていこう。そんな想いが込められていたのだ。
 太陽からの降臨というふれ込みだけあって、試合開始は十月十日の正午。昔でいう体育の日のことであった。超大昔に第一回目の東京オリンピックが開催された日でもあり、統計学的に晴れの日が多いという記事を何かで読んだことがある。秋晴れというか、日本晴れとでもいおうか。まっ昼間の飲み屋街に、美女レスラーらが大挙して顔をそろえ、女のバトルをくり広げるというのだから話題にならないはずがなかった。
 事実、SNSという閉ざされた世界の中では「美羽復帰」とか「太陽の化身登場」とか、美羽のカムバックを歓迎する言葉が乱舞していた。
 なぜ夜の街で太陽の化身かというと、そこにはおてんば市ならではの悩みの種も見え隠れしていた。ただでさえも昼間人口が少なく、空洞化が目立つおてんば市の中で、かつては県内一の歓楽街ともてはやされた夜の街・すずらん通りも、今やうらぶれムードに包まれていたのである。
 夜は酔っぱらいの姿がそれなりに見られたが、昼間は完全にゴーストタウン。人よりもノラ猫の数の方が多いほどであった。そんな夜のストリートを昼間の市街地の活性化につなげるための起爆剤にしようという想いは、ジョニーさんの中にも巣食っていた。著書の小説「おてんば市仲町商店街 なかまちなかまプロレス」をお読みの方はご承知だろうが、ジョニーさんというプロレス仕かけ人。じつは街おこしのプロでもあったのである。
 プロレスで人をおこし、それを街おこしにつなげていく。その最たる事例が、なかまちなかまプロレスが生んだ最強の女子ローカルプロレスラー・ストロングマヤであった。正体はおてんば市のシャッター通りで、売れないブックカフェを営む一介のオーナーでしかなかったが、商店街のイベントで急造プロレスラーに変身させたところ、これがまた強いのなんのって。カモシカのように長い健脚を活かしたキック攻撃には目を見張るものがあったのである。
 マヤさんには、いずれ本著の中でも登場していただくとして、話を美羽のことに戻すと、もはや「体が重い」だの「本調子ではない」だの、なんやかやと、ほざいている場合ではなかった。プロレスのことでは、プロ中のプロであるジョニーさんがかかわっている以上、絶対に成功させたいし、自分自身、大ブレイクをしたかった。自分の命がいつまで続くかはわからないが、がんの治療費をまかなうためには、プロレスでひと旗あげる以外になかったのだ。
 待ったなしの美羽の人生。離婚という厳しい局面を打ち破るべく、夜の世界でもまれ、下心ありありの男どもを蹴散らしながら、気丈にも生き抜いてきた美羽だったが、そこはひとりの女という生きもの。娘の弥生を抱きしめながら、何度むせび泣いたことか。金銭的な苦しみだけならまだしも、自分の体という最低限の宝ものが蝕まれているのだけは耐えがたかった。
 しかしながら、弥生のことは自分が守るしかない。たとえ命が尽きて、このまま幽霊になったとしても、弥生のことは自分が守る以外にないのだ。このまま自分が死んでしまったときは、そうね、著者のちひろさんにお願いして「幽霊レスラー登場」なんていう小説を書いてもらおうかな。幽霊になって、誰かに乗り移りながら、弥生という宝物を守り抜くストーリーだ。そんな展開が現実として叶うんなら、いいんだけどさ。ひとり娘への熱い想いを胸に、「はぁ」という深呼吸をすると、美羽は臨戦態勢を整えた。
 「おてんばフロレスを生んだ闘いのまち・おてんば市に、あの女が帰ってきた。夜の街から昼間の街へ。太陽の化身・美羽、降臨!」というアナウンスがとどろくと、超絶な「美羽」コールが唸りをあげた。太陽の化身らしく、朝陽をイメージしたガウンを脱ぎ捨てると、深紅の水着がマットレスを重ねただけのリングの上で照り映えた。怒涛のように渦巻く「美羽」コール。その間(はざま)をぬって「お帰りー」という声が聞かれた。
 「さぁ、美羽の再デビュー戦。今日の相手は『私が受けて立つ』。おてんばプロレスのアイコン・ジャッキー美央、見参!」というアナウンスとともに、美央の過激な入場テーマ曲がまっ昼間の公園で爆裂した。大音量についていけず、音割れがひどい旧式のスピーカー。おてんばプロレス自体、半ばボランティアのようなものなので、大会を運営しているおてんば企画としては、スピーカーを新調するまで多くの予算をかけられずにいたのだ。
 十月とは思えないほど、夏のような陽ざしが降り注ぐ、この日のすずらん通り公園。試合は一進一退の攻防が続いたが、治療中のハンディーだけは払拭できず、最後は六分二十一秒、ツームストン・パイルドライバーからのタイガー・スープレックスで、おてんばプロレスの大エース・ジャッキー美央が勝利をおさめた――かのように思えた。
 が、ここで屈しないのが美羽という女のしぶとさであった。不意を突いた袈裟斬りチョップからローリング・ソバットへ。美央の足もとがぐらついた隙間に、背後から頭をもぐり込ませて、豪快なバックドロップを放り投げたのである。
 カウントは、ワン、ツー、スリ‥‥。惜しくも二・九九五ぐらいか。
 「ワーッ」という大歓声が渦巻く中、最後の力をふりしぼりながら、太陽の化身・美羽が勝負に出た。プロレス技の中でも危険度の高いノーザンライトボムの三連発をやってのけたのだ。これにはさすがの美央も身動きがとれず、完璧なまでのスリーカウントが決まった。八分四十七秒。美羽の奇跡的大逆転勝利。
 やったよ、やった。おてんばプロレス最強の女である美央から逆転のスリーカウントを奪ったのである。大粒の涙を見せながら「ありがとうございます」と応える美羽に、惜しみない拍手が送られた。キャバ嬢の常連客なのか、なかには大泣きしているオッさん連中もいた。
 誰かがつぶやいたのであろう。SNS上で、じつは美羽ががんで闘病中であることが報じられ、それをきっかけに美羽を後押しする声が倍増した。「美羽ちゃんファイト」「病気なんて打ち負かしてしまえ」「ネバーギブアップだからね」。そんな声が数えきれないほど集まった。病魔と闘い続けるプロレスラー・美羽が、おてんば市どころか、日本中、いや世界中のファンの心を鷲づかみにしたのである。美羽のこれからをおもんばかってか、温かい拍手が鳴りやまなかった。頑張れ頑張れ、ロッキー美羽。
 涙で顔面をくしゃくしゃにした美央が「すごかったわよ、おめでとう」といい、美羽の手を握りしめてきた。おてんばプロレスの代表である日奈子も、顔をくしゃくしゃにしながら、ふたりの女戦士の肩を抱き寄せた。あっという間に涙の川で埋め尽くされる美羽の姿がそこにはあった。
 ところが――。
 ところがところがところがである。
 「そんな喜びにひたっている場合じゃない。美羽さんも美央さんも、この女(ひと)のことを忘れちゃいけないよ」と叫びながら、ハンドマイクを手に、マヤの民族衣装を身にまとったショー君が乱入をしてきたのは、その直後のことであった。
 ネットで手に入れたものだろうか、グアテマラ・レインボーと呼ばれる色彩があでやかな伝統的貫頭衣。冷静に考えてみると、ショー君なんて地元のラーメン屋さんの跡継ぎでしかないのに、一体何をやっているのやら。それがローカルプロレスのおもしろさでもあると、著者は思っているんだけどね。
 ショー君が、マヤ文明を象徴する衣装で登場ということは、予想通りそう。女王を思わせるような鮮やかな一色―この日の女王が選んだのは紫である―が印象的なコスチュームを身にまとい、女子のローカルプロレスでは最強と目されるストロングマヤが、ついにその雄姿を見せた。その肩には、なんと二本のチャンピオンベルト(おてんばプロレスヘビー級チャンピオンと、なかまちなかまプロレスヘビー級チャンピオンである)が掲げられているではないか。
 くしくも沸き起こる「マヤ」コール。正体は、ごく普通のブックカフェのオーナーでしかないのだが、悠然としたその姿からは女王たるオーラが放たれていた。やっぱりマヤにはプロレスラーがよく似合う。そしてチャンピオンベルトもお似合い。現時点ではマヤこそが、おてんば市最強のレスラーなのであったのだ。
 美羽とマヤが運命の四角いジャングルで対峙した。
 「私は‥‥私はマヤさんと闘いたい(はぁはぁ)。そして必ずマヤさんに勝つ。それが私の使命だから」という美羽のマイクに、炎天下の会場が沸いた。
 いつもは寡黙なことで知られるマヤがマイクをふんだくると、「いいでしょう。やりましょう」とだけいい残し、すぐさまリングをあとにした。何ひとつ感情を見せない、憮然たる表情。マヤがリング上で言葉を発するのは、きわめて珍しいことだった。その実、おてんば市発のプロレスファンの中で、マヤの声を聞いたのは初めてという声が圧倒的に多かったことだけはつけ加えておきたい。結局、何のために出てきたのだろう、民族衣装を身にまとったショー君が、マヤの先住民の文化を色濃く残すボチョの踊りを見せながら、ローカルプロレス界の女王・マヤに追従するのであった。
 マヤの姿が完全に見えなくなったとき、季節外れの暑さのせいもあるのか、美羽の膝がガクッと崩れ落ちた。日奈子や美央の「美羽ちゃん」という声だけが、美羽の鼓膜の中で響き渡った。
 軽いめまいを感じるのは、暑さのせいなのか、疲れのせいなのか。あるいは病気のせいもあるのかもしれない。が、自分は負けない。いや、負けてなんかいられないと美羽は心の底から叫び続けた。
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