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美羽とマヤの名勝負数え歌よ、永遠に
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大病と闘いながらも、ひとり娘の弥生のために、キャバ嬢とプロレスラーという二足の草鞋を履き続ける美羽。美羽という闘う女を応援しようという想いから、おてんばプロレスの代表・日奈子の発案で「美羽の応援グッズ・七番勝負」と銘打たれた商品が発売された。
ポスター、ミニ写真集、オリジナルカード、クリアファイル、Tシャツ、トレーナー、トートバッグの七種類。「売上の一部は美羽の治療費として寄付させていただきます」というメッセージに多くのファンが共感したのか、グッズの売行は好調であった。おてんば企画のホームページにリンクを張る形で、おてんばプロレスのグッズを販売するサイトが設けられていたが、美央やジュリーのグッズを遥かに上まわるほどの申し込みが殺到していたのである。
女子プロレス界の大御所であるジョニーさんもひと肌脱いでくれたらしく、な、なんと東京の大手出版社が動き出し、病魔と闘う現役キャバ嬢でプロレスラーの美羽の自叙伝を発行することが決まったという。ここだけの話、文章をまとめるのはゴーストライターなので念のため。あまり大っぴらにすることではないのだが、東京からライターさんがやってきて、二日間にわたり美羽へのインタビューを断行。その内容をもとに百六十ページほどの単行本に仕立てあげるというのだから、う~ん、さすがプロだわ。自称・プロレスライターの著者も見習わなくちゃね。自叙伝の売行次第では映画化も検討してくれるというのだから、ジョニーさんの影響力は甚大だったのだ。
美羽とマヤの初対決は、おてんばプロレスのクリスマス決戦の日のことであった。場所はニューおてんば温泉の宴会場。いわばおてんばプロレスの本拠地でのことである。今やプロレスの聖地としても有名になった会場で、とても素人とは思えないハイレベルな試合がくり広げられたことはいうまでもないだろう。
試合内容としては――。
マヤの長い脚がくり出すキック攻撃にリズムを狂わされた美羽だったが、そこは負けず嫌いで雑草のような強さがあふれ出している美羽のこと。DDTやアトミック・ドロップ、キン肉バスターなど、あっと驚くような大技を連発したが、女帝・マヤを追い込むまでにはいたらなかった。初顔合わせはフルタイムドロー。両者ともに体力を使い果たし、最後はふたりとも大の字に伸びてしまった。場内でぶつかり合う「美羽」コールと「マヤ」コール。ふだんは単なる宴会場としてしか使われていない会場が、興奮のるつぼと化した。
じつはこの日の試合。ジョニーさんの働きかけで、全世界にインターネット中継をされていたのだから、すごいとしかいいようがない。日本国内だけでなく、世界中から「いいね」の声が集まった。世界中も世界中。何語なのか、よくわからない言語で打ち込まれているメッセージもあった。ジョニーさんは、当年とってン歳の高齢であるが、インターネットやSNSの使い手としては超一級品でもあったのだ。
美羽の体は、確実にがん細胞によって蝕まれていたはずだが、娘のためにも「決して死ねない」という気持ち、さらにはマヤという好敵手を得たことにより、「もっと生きたい」という気持ちがますます強くなってきた。ネバーギブアップ、ネバーギブアップ。美羽自身、そう自らに鼓舞しながら「あと百年ぐらいは生きてやる」と思うのであった。
美羽とマヤの名勝負数え歌は、その後も何試合か続いた。一進一退の攻防に「いいね、いいね」の嵐が巻き起こったことはいうまでもないだろう。おてんば市のすずらん通りで働くキャバ嬢の美羽<ロッキー美羽>と、仲町商店街のブックカフェを切り盛りする女店長のマヤ<ストロングマヤ>。まさかこのふたりが、日本中、いや世界中を熱狂させるハイレベルな女の闘いをくり広げるとは、それこそ夢にも思わなかった。
そのひとつの区切りとして、おてんば市認定のOTENBA女子ヘビー級選手権試合が開催されることになったのは、おてんば市のある南東北で桜の開花宣言がなされた四月中旬の日曜日のことである。この試合で、もしマヤが勝利した場合は、マヤの三冠が確定することになっていた。
おてんば市の公認をとりつけることができたのは、おてんば企画代表の日奈子の成果でもあった。著者の「おてんばプロレス」シリーズをお読みの方は、きっとご存じだと思うが、日奈子自身、おてんば市の市長も兼任していたのだ。おてんば市の大市長で、有限会社おてんば企画の大社長、そしておてんばプロレスの大トップというのが、日奈子の正体なのである。「おてんば市をプロレスで街おこし」は、日奈子市長の公約のひとつでもあった。俺(私)は女だ。必ず約束だけは守るから――という計らいは、まさに日奈子最大の魅力でもあったのだ。
さぁ、決戦のとき。会場となったのは、おてんば駅東口のすずらん公園の特設会場である。すずらん公園は市内の桜の名所として知られており、多くの花見客でにぎわう中、世紀の一大マッチが始まらんとしていた。
ロッキー美羽 VS(バーサス) ストロングマヤ。
おてんば市のナンバーワンを決めるべく、桜吹雪の中でとり行われた女の決戦には、五百人以上の観客が集まった。おそらくジョニーさんが呼びかけたのだろう。プロレスのインターネット中継のカメラマンやらウェブマガジンの記者やら、素人プロレスの取材とは思えないほど、多くの関係者が顔をそろえた。
じつはこの試合前。自分からはあまり意思表示をしないはずのマヤが、大会の主催者側に連絡をよこし、おてんばプロレスヘビー級チャンピオンと、なかまちなかまプロレスヘビー級チャンピオンの二本のベルトも賭けたい――という申し出をしてきた。つまりは、おてんば市認定のOTENBA女子ヘビー級チャンピオンを含め、一気に三本のベルトが賭けられることになったのである。突如、降ってわいた奇跡の三冠戦。
「カ~~~ン」という軽やかなゴングの音とともに、激しいにらみ合いを見せる両雄(いや、両雌)。長い脚を伸ばし、マヤがキックの素振りを見せると、美羽もキックの素振り。美羽がチョップをくり出すと、マヤもチョップをくり出すという、まるで合わせ鏡のような闘いが続いた。
上背でまさるマヤが、美羽の頭のてっぺんから脳天唐竹割りをぶち込むと、「うぎゃー」という声をあげながら、美羽が悶絶を始めた。ふだんからクールで、ほとんど表情を変えることのないマヤが、一瞬だけほくそ笑んだように見えた。これでもか、これでもか。そんな心の声が聞こえてくるほど、女帝・マヤによる攻撃は容赦がなかった。
エルボースマッシュの三連発からモンゴリアンチョップ。ローリングソバットで美羽の体をぶっ放すと、いきなりジャイアントスイングで二十回転してみせたのだから、たまったものではない。もはや失神寸前の美羽に対し、ジャンピング・パイルドライバーからの水車落とし。最後は仕あげとばかりにサンダーファイアー・パワーボムを爆裂させた。
が、カウントは、ワン、ツー、スリィ‥‥。
完全に意識を失いながらも、カウント二・九九九で、美羽の右肩があがったのには、会場全体がどよめいた。美羽が勤めているキャバクラの常連さんたちだろうか。オッさん連中が、こぞって「ミーちゃん」という声を張りあげていた。なかには涙腺がゆるゆるで、涙を流しまくっているオッさんもいる。
ぼろぼろになりながらも、ゾンビのごとく、何度でも立ちあがろうとする美羽。いくらなんでも信じられないという顔つきのマヤ。そう。今、目の前で闘っている美羽は、おてんば市最強の霊長類であるマヤだけでなく、病魔とも闘っているのだ。しかも「がん」という大病が相手だ。
と、ここで予想外の動きがあった。
おてんば市が認定するOTENBA女子ヘビー級選手権の初代王者は、別にどちらでもいいんじゃないの。三冠のベルトなんてどうでもいい。おてんば市には、日本、いや世界に通用するふたりのチャンピオンがいる。その事実だけで十分――という想いから、おてんばプロレスの代表で、おてんば市の市長でもある日奈子が二枚のタオルをリングに投げ込んだのだ。
通常でいうと、プロレスでタオルを投げ入れる行為は、セコンドからの「棄権」の意思表示とされているが、日奈子が投げ入れたのは二枚。つまり「両者とも勝ち」の意味が込められていた。これ以上、闘っても勝負がつくことはない。どちらも最高峰を極めたという証でもあったのである。
二枚のタオルを見届けたレフェリーがゴングを要請した。「カンカンカンカン」という、けたたましいゴングが打ち鳴らされると、「ワーッ」という歓声が沸き起こった。大のプロレス好きで、ふだんはニューおてんば温泉の社長を務めているレフェリーが、一歩も譲らずに闘い抜いたふたりの女戦士の手をあげた。
どちらかというとポーカーフェイスで知られるマヤが、このときばかりは、かすかにほほ笑んでいるかのように見えた。やり切ったという想いで、顔をくしゃくしゃにさせる美羽。ボブスタイルの茶髪からは、輝くような女の汗が飛び散っていた。
日奈子と一緒にセコンドについていた美央が「さ、弥生ちゃんもリングにあがって、ママに声をかけよう」というと、美央に手を引かれて弥生がリングに姿を見せた。ママの激闘ぶりを目の当たりにして、今にも泣き出しそうな弥生だったが、美羽が笑顔をのぞかせると、「ママ」といいながら弥生が美羽のもとへ駆け寄った。
温かな拍手が、すずらん通り公園を支配した。美羽とマヤという永遠なるライバルの闘いぶりを祝福するかのように、桜の花びらがひらひらとリングに舞い降りた。
「さーて、今日の締めは美羽ちゃんかな」という日奈子に促されて、美羽がマイクを握りしめた。「あ、はい」なんていいながら、しどろもどろでマイクを手にする美羽だったが、その傍らには最愛の娘・弥生がぴたりと寄り添っていた。
「はぁはぁ。私は今、最高に感動しています。そして最高潮に燃えあがっています。おてんばプロレスのために、私は最上級の自分を捧げます。それは娘の弥生のためでもあります。自分が生きたという何かを残したいし、そこから生きることの大切さを感じとってほしい。そんな想いがあるからこそ、私はこうしてリング上で叫んでいるのです。
は~‥‥。今こうして感じているのは、娘に残したいという気持ち。手から手へ、心から心へ、その想いを伝えたい。だから、こうして私は、私なりの形で伝えていきます」。
万感の想いを込めて、ロッキー美羽が吠えた。この命が続く限り、娘のため、地域のため、そして自分の未来のためにも「えい、えい、おてんば~~~っ!!」という声が、春爛漫のおてんば市内にこだました。自分は生きているという実感。今もこれからも太陽のように輝きながら生き続けてみせる。美羽の分身でもある弥生の手が、いつも以上に温かく感じられた。
ポスター、ミニ写真集、オリジナルカード、クリアファイル、Tシャツ、トレーナー、トートバッグの七種類。「売上の一部は美羽の治療費として寄付させていただきます」というメッセージに多くのファンが共感したのか、グッズの売行は好調であった。おてんば企画のホームページにリンクを張る形で、おてんばプロレスのグッズを販売するサイトが設けられていたが、美央やジュリーのグッズを遥かに上まわるほどの申し込みが殺到していたのである。
女子プロレス界の大御所であるジョニーさんもひと肌脱いでくれたらしく、な、なんと東京の大手出版社が動き出し、病魔と闘う現役キャバ嬢でプロレスラーの美羽の自叙伝を発行することが決まったという。ここだけの話、文章をまとめるのはゴーストライターなので念のため。あまり大っぴらにすることではないのだが、東京からライターさんがやってきて、二日間にわたり美羽へのインタビューを断行。その内容をもとに百六十ページほどの単行本に仕立てあげるというのだから、う~ん、さすがプロだわ。自称・プロレスライターの著者も見習わなくちゃね。自叙伝の売行次第では映画化も検討してくれるというのだから、ジョニーさんの影響力は甚大だったのだ。
美羽とマヤの初対決は、おてんばプロレスのクリスマス決戦の日のことであった。場所はニューおてんば温泉の宴会場。いわばおてんばプロレスの本拠地でのことである。今やプロレスの聖地としても有名になった会場で、とても素人とは思えないハイレベルな試合がくり広げられたことはいうまでもないだろう。
試合内容としては――。
マヤの長い脚がくり出すキック攻撃にリズムを狂わされた美羽だったが、そこは負けず嫌いで雑草のような強さがあふれ出している美羽のこと。DDTやアトミック・ドロップ、キン肉バスターなど、あっと驚くような大技を連発したが、女帝・マヤを追い込むまでにはいたらなかった。初顔合わせはフルタイムドロー。両者ともに体力を使い果たし、最後はふたりとも大の字に伸びてしまった。場内でぶつかり合う「美羽」コールと「マヤ」コール。ふだんは単なる宴会場としてしか使われていない会場が、興奮のるつぼと化した。
じつはこの日の試合。ジョニーさんの働きかけで、全世界にインターネット中継をされていたのだから、すごいとしかいいようがない。日本国内だけでなく、世界中から「いいね」の声が集まった。世界中も世界中。何語なのか、よくわからない言語で打ち込まれているメッセージもあった。ジョニーさんは、当年とってン歳の高齢であるが、インターネットやSNSの使い手としては超一級品でもあったのだ。
美羽の体は、確実にがん細胞によって蝕まれていたはずだが、娘のためにも「決して死ねない」という気持ち、さらにはマヤという好敵手を得たことにより、「もっと生きたい」という気持ちがますます強くなってきた。ネバーギブアップ、ネバーギブアップ。美羽自身、そう自らに鼓舞しながら「あと百年ぐらいは生きてやる」と思うのであった。
美羽とマヤの名勝負数え歌は、その後も何試合か続いた。一進一退の攻防に「いいね、いいね」の嵐が巻き起こったことはいうまでもないだろう。おてんば市のすずらん通りで働くキャバ嬢の美羽<ロッキー美羽>と、仲町商店街のブックカフェを切り盛りする女店長のマヤ<ストロングマヤ>。まさかこのふたりが、日本中、いや世界中を熱狂させるハイレベルな女の闘いをくり広げるとは、それこそ夢にも思わなかった。
そのひとつの区切りとして、おてんば市認定のOTENBA女子ヘビー級選手権試合が開催されることになったのは、おてんば市のある南東北で桜の開花宣言がなされた四月中旬の日曜日のことである。この試合で、もしマヤが勝利した場合は、マヤの三冠が確定することになっていた。
おてんば市の公認をとりつけることができたのは、おてんば企画代表の日奈子の成果でもあった。著者の「おてんばプロレス」シリーズをお読みの方は、きっとご存じだと思うが、日奈子自身、おてんば市の市長も兼任していたのだ。おてんば市の大市長で、有限会社おてんば企画の大社長、そしておてんばプロレスの大トップというのが、日奈子の正体なのである。「おてんば市をプロレスで街おこし」は、日奈子市長の公約のひとつでもあった。俺(私)は女だ。必ず約束だけは守るから――という計らいは、まさに日奈子最大の魅力でもあったのだ。
さぁ、決戦のとき。会場となったのは、おてんば駅東口のすずらん公園の特設会場である。すずらん公園は市内の桜の名所として知られており、多くの花見客でにぎわう中、世紀の一大マッチが始まらんとしていた。
ロッキー美羽 VS(バーサス) ストロングマヤ。
おてんば市のナンバーワンを決めるべく、桜吹雪の中でとり行われた女の決戦には、五百人以上の観客が集まった。おそらくジョニーさんが呼びかけたのだろう。プロレスのインターネット中継のカメラマンやらウェブマガジンの記者やら、素人プロレスの取材とは思えないほど、多くの関係者が顔をそろえた。
じつはこの試合前。自分からはあまり意思表示をしないはずのマヤが、大会の主催者側に連絡をよこし、おてんばプロレスヘビー級チャンピオンと、なかまちなかまプロレスヘビー級チャンピオンの二本のベルトも賭けたい――という申し出をしてきた。つまりは、おてんば市認定のOTENBA女子ヘビー級チャンピオンを含め、一気に三本のベルトが賭けられることになったのである。突如、降ってわいた奇跡の三冠戦。
「カ~~~ン」という軽やかなゴングの音とともに、激しいにらみ合いを見せる両雄(いや、両雌)。長い脚を伸ばし、マヤがキックの素振りを見せると、美羽もキックの素振り。美羽がチョップをくり出すと、マヤもチョップをくり出すという、まるで合わせ鏡のような闘いが続いた。
上背でまさるマヤが、美羽の頭のてっぺんから脳天唐竹割りをぶち込むと、「うぎゃー」という声をあげながら、美羽が悶絶を始めた。ふだんからクールで、ほとんど表情を変えることのないマヤが、一瞬だけほくそ笑んだように見えた。これでもか、これでもか。そんな心の声が聞こえてくるほど、女帝・マヤによる攻撃は容赦がなかった。
エルボースマッシュの三連発からモンゴリアンチョップ。ローリングソバットで美羽の体をぶっ放すと、いきなりジャイアントスイングで二十回転してみせたのだから、たまったものではない。もはや失神寸前の美羽に対し、ジャンピング・パイルドライバーからの水車落とし。最後は仕あげとばかりにサンダーファイアー・パワーボムを爆裂させた。
が、カウントは、ワン、ツー、スリィ‥‥。
完全に意識を失いながらも、カウント二・九九九で、美羽の右肩があがったのには、会場全体がどよめいた。美羽が勤めているキャバクラの常連さんたちだろうか。オッさん連中が、こぞって「ミーちゃん」という声を張りあげていた。なかには涙腺がゆるゆるで、涙を流しまくっているオッさんもいる。
ぼろぼろになりながらも、ゾンビのごとく、何度でも立ちあがろうとする美羽。いくらなんでも信じられないという顔つきのマヤ。そう。今、目の前で闘っている美羽は、おてんば市最強の霊長類であるマヤだけでなく、病魔とも闘っているのだ。しかも「がん」という大病が相手だ。
と、ここで予想外の動きがあった。
おてんば市が認定するOTENBA女子ヘビー級選手権の初代王者は、別にどちらでもいいんじゃないの。三冠のベルトなんてどうでもいい。おてんば市には、日本、いや世界に通用するふたりのチャンピオンがいる。その事実だけで十分――という想いから、おてんばプロレスの代表で、おてんば市の市長でもある日奈子が二枚のタオルをリングに投げ込んだのだ。
通常でいうと、プロレスでタオルを投げ入れる行為は、セコンドからの「棄権」の意思表示とされているが、日奈子が投げ入れたのは二枚。つまり「両者とも勝ち」の意味が込められていた。これ以上、闘っても勝負がつくことはない。どちらも最高峰を極めたという証でもあったのである。
二枚のタオルを見届けたレフェリーがゴングを要請した。「カンカンカンカン」という、けたたましいゴングが打ち鳴らされると、「ワーッ」という歓声が沸き起こった。大のプロレス好きで、ふだんはニューおてんば温泉の社長を務めているレフェリーが、一歩も譲らずに闘い抜いたふたりの女戦士の手をあげた。
どちらかというとポーカーフェイスで知られるマヤが、このときばかりは、かすかにほほ笑んでいるかのように見えた。やり切ったという想いで、顔をくしゃくしゃにさせる美羽。ボブスタイルの茶髪からは、輝くような女の汗が飛び散っていた。
日奈子と一緒にセコンドについていた美央が「さ、弥生ちゃんもリングにあがって、ママに声をかけよう」というと、美央に手を引かれて弥生がリングに姿を見せた。ママの激闘ぶりを目の当たりにして、今にも泣き出しそうな弥生だったが、美羽が笑顔をのぞかせると、「ママ」といいながら弥生が美羽のもとへ駆け寄った。
温かな拍手が、すずらん通り公園を支配した。美羽とマヤという永遠なるライバルの闘いぶりを祝福するかのように、桜の花びらがひらひらとリングに舞い降りた。
「さーて、今日の締めは美羽ちゃんかな」という日奈子に促されて、美羽がマイクを握りしめた。「あ、はい」なんていいながら、しどろもどろでマイクを手にする美羽だったが、その傍らには最愛の娘・弥生がぴたりと寄り添っていた。
「はぁはぁ。私は今、最高に感動しています。そして最高潮に燃えあがっています。おてんばプロレスのために、私は最上級の自分を捧げます。それは娘の弥生のためでもあります。自分が生きたという何かを残したいし、そこから生きることの大切さを感じとってほしい。そんな想いがあるからこそ、私はこうしてリング上で叫んでいるのです。
は~‥‥。今こうして感じているのは、娘に残したいという気持ち。手から手へ、心から心へ、その想いを伝えたい。だから、こうして私は、私なりの形で伝えていきます」。
万感の想いを込めて、ロッキー美羽が吠えた。この命が続く限り、娘のため、地域のため、そして自分の未来のためにも「えい、えい、おてんば~~~っ!!」という声が、春爛漫のおてんば市内にこだました。自分は生きているという実感。今もこれからも太陽のように輝きながら生き続けてみせる。美羽の分身でもある弥生の手が、いつも以上に温かく感じられた。
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