その男、黒幕につき -乙女ゲーの黒幕に転生させられたようなので、ラスボスをラスボスにさせないように頑張ります!-

マンゴー山田

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「んは?!」

意識が浮上した感覚に目を開ければ、見えたのはここ最近見慣れた天井。

「あ…れ?」

いつの間に寝たんだ? ベッドに入る前の記憶は…イブキに『更新』をした後。それから意識が途切れている。
もぞりと起き上がり周りを見ても誰もいない。俺一人が眠っていたらしい。

「…なんだ?」

ふと身体の違和感に気付く。どことなく下腹が熱く、胸もじんじんとしている。全く覚えのないものにぞわりと寒気が襲うが、ひくりとありえない所がひくつき混乱する。
ど、ういう…ことだ?

なぜここが疼くのかが分からない。もしかしたら誰かを連れ込んだ?

どっどっとうるさいくらいに早鐘を打つ心臓を落ち着かせようにも、自分の身体の様子が分からず混乱しているから落ち着かせられない。
瞳を揺らしながらまずは確認をしないと、と冷静になっている自分もいてますます混乱する。

「スフィア…」

そうだ! メモリースフィア!
全てを記録しているこれメモリースフィアなら確認ができる…!

そう思ったら手のひらにメモリースフィアを出現させると数時間ほど前の俺の行動を確認する。心臓の音が耳に大きく響き、冷や汗も止まらない。
そして、イブキの『更新』が終わった直後の映像を見つけ再生する。映像が少しぶれているのは、俺の手が震えているから。乾燥した喉を無理やり潤すためにつばを飲み込むとその映像を食い入るように見つめる。

「…………」

寝室に入ってきたのは俺を横抱きにしているヘルベルト。
まさか…!という最悪の展開にならないように祈りながら映像を見れば、ベッドに俺を置くと額にキスを落として部屋を出ていった。そのまま数時間が過ぎ、俺が飛び起きた映像。
そこまで見て、ほっと息を吐くと同時に身体の異変に疑問を抱く。メモリースフィアを消してから口元に指を置く。

「どういうことだ…?」

じんじんとするのは乳首。明らかに何かがあったようだが、何もない。もうすぐイヴになってから2か月が経とうとしているが、こんな風になった覚えはない。
一番可能性があるヘルベルトも、そう言ったことはしていない。なら…?

「っあー! 分からん!」

わしわしと両手で髪をかき乱すと、透け透けの寝間着が乳首に触れた。瞬間。

「は…ッ、あ…!」

甘い声が自身から漏れて口を手で塞ぐ。なんだ…今の声…。
甘ったるい快感を得た声。それが自身から漏れ出たことに羞恥で耳と顔が熱くなる。

「本当になんなんだよ…」

ちょっとだけ泣きそうになる俺だったが、コンコンというノック音にびくりと肩を跳ねさせる。ふっふっとなぜか息を殺して部屋の外の様子をうかがうが、混乱している俺は気配を消すことを忘れていて。

「イヴ? 起きてますか?」

その声にほっと詰まった息を吐くと、身体の力を抜く。

「…起きてる」
「入りますよ?」

スノウのその言葉に無言の了承を出すと、すぐにドアが開き姿を現した。そのスノウの姿に安心したのか、涙が溢れて来て。

「イヴ?! どうかしたんですか?!」
「わ…るい。ちょっと…訳わかんなくて…」

ぽろぽろと流れ落ちる涙は止めようとすればするほどあふれ出してきて。ぐいぐいと乱暴に腕で涙を拭えば「ああ!もう! そんなことしたらダメですって!」とスノウが慌ててハンカチで涙を拭いてくれた。

「何があったんですか?」
「分からん…ことが分からん」
「…何ですか。それ」

若干呆れながらも涙を拭いてくれるスノウに思わず抱きしめれば「おやおや」と言いながらも頭を撫でてくれる。…イブキと同じ対処にムッとしながらも、今はそれが心地いい。

「本当にどうしたんですか」
「…俺の身体が変」
「変?」
「変」

まるで一人で留守番して、親が返ってきたような安心感からかスノウに素直にそう言えば「ふむ」と何か心当たりがありそうな態度に、顔を上げれば「あらあら」と笑われた。

「なんだよ」
「いえ。伊吹さんの方が年上なのに、頼られると嬉しいなぁ…って」
「年齢は関係ないだろ」
「でも年下としては頼られるの、嬉しいんですよ」
「…そんなもん?」
「そんなもん」

くすくすと笑いながらスノウが頭を撫でてくれる。なんかすげー安心する。

「それで? 身体が変、というのは?」
「…乳首がじんじんする」
「は?」
「なんか身体が敏感?になってる」
「……………」

素直に言っただけなのに、スノウの表情が微妙に歪む。なんだよ。

「…ただの欲求不満なのでは?」
「…その可能性な」

そんなことわざわざ相談しないでくれ、という表情のスノウに申し訳なくなるが俺だって分かんねぇんだよ!

「お前はどうだったんだよ」
「僕?」
「そ。隆幸お前はどうだったんだ?」

にまりと笑いながらそう問えば「その顔はずるいですって…!」と顔を背ける。こいつやっぱりイヴの顔好きだよなー。
泣き笑う俺にどぎまぎしているスノウの腹に顔を埋め上目使いで「どう…だった?」と聞いてやれば「だから…!」と顔を真っ赤にして叫ぶ。むはは!

「ずるい! イヴにそんな顔されたらいうしかないじゃないですか!」
「で? どうだったんだ?」
「…僕は殆どなかったですよ」
「そうなのか」
「…生前も淡泊でしたから」
「あー…」

スノウの前世は俺もじいちゃんも知っている。自我が生まれた次の日、スノウ隆幸が話してくれた。抜け殻だったホムンクルスが自我を取り戻した理由も。
スノウの前世は日向ひゅうが隆幸たかゆき。どうやらぼんぼんだったらしい。俺とは違い、親の敷いたレールに乗っていただけの人生だったと言っていた。なんでイヴに死んだ?と聞いたら、どうやら赤信号待ちの時に誰かに背中を押された、とのこと。
そしてそのまま車に轢かれて、とのこと。お前も災難だなぁ、という感想しか出てこなかったが「橘鷹さんの方が災難なのでは…?」と言われたのは覚えている。
経緯はどうあれ自分で選んだ道を進む俺のことを尊敬する、と言っていたが俺は生きるためにそうするしかなかった。それでも『選択』できるのは羨ましい、と瞳を伏せたスノウに何とも言えなくなってしまった。

俺が望んだものと隆幸が望んだもの。

それぞれないものねだりをして、出会った。
そしてスノウ=雪と名付けたことにより『ゆき』の言葉に反応。それで自我を取り戻した、とのこと。
だからスノウは俺になついてくれるし、俺も事情を知っているスノウに何もかもをさらけ出せる。
両依存に近いものだが、スノウはイヴのことが好きすぎてイヴ=俺に恋愛感情は持っていない。スノウ曰く親戚のお兄ちゃん、とのこと。俺もスノウに対して恋愛感情はない。あるのは家族愛みたいなもん。
実の両親に愛されていたのか分からない、と言っていた隆幸と実の両親がおらず祖父の家で育った俺。祖父…じいちゃんが死んだあとは親戚筋に頼らず生きていけるようにと、子供の頃から口酸っぱく「手に職をつけろ」と言われ続けた。その結果、工業高校へ進んだ後、じいちゃんの知り合いの工場で働いた。器用だったこともあって、伝説の修理屋と呼ばれる方の後継者にまでなれた。
まぁ…それも巻き込まれ事故ですべてなくなったわけだが…。俺が死んだあと、あの機械たちはどうなっただろうか。そう思うとやきもきする。
隆幸の方は大学まで進み、父親の会社の子会社でまずはー…という所だったらしい。現場ではなくオフィスでの仕事。何もかも正反対だからいい関係ができているのかもしれない。スノウが人見知りじゃなかった、というのが大きいのかもしれないが。
お陰で俺ものびのびとここ異世界で生きていけてるわけだし。

「ってことは性欲って生前に左右される?」
「…多分?」
「ふむ?」

生前はお付き合いしている女性もいたからやることはやっている。残念だったな。俺は童貞ではない。だが…、この身体の変化はおかしい。
抱く側だから余計に敏感なのかもしれない、が…。

「分からん」
「だから僕に言われても困るんですって」
「うーん…」

結局は分からずじまい、か。そっとスノウから離れると「あ」と声が上がった。

「なんだ?」
「結局『更新』が原因なのでは?」
「それだよなぁ」

今までおかしくなくて、急におかしくなる、ということは普段しないことをしたから。身体の異変の前にしたのは『血の更新』。
結局はそこに行きつくわけで。

「イブキは?」
「元気いっぱい、わんわんで遊んでます」
「イヴァンには子守の仕事も追加かー。魔具、なんか欲しいのあるかな?」
「それは聞いてみないと何とも」

ふふっと笑うスノウに、俺もつられて笑えば「ぐう」と腹が鳴った。おっと。

「ああ、そうだ。お夕飯です」
「そっか。どうりで」
「昼食も食べてないですからね。たくさん食べてくださいな」
「それは楽しみだ!」

そう言いながらベッドから下りると「イヴ、髪をまとめます」と言われてしまった。

「悪いな」
「いえいえ。イヴの髪、弄るの好きですから」
「助かる」

スノウに髪をまとめてもらっている間、ふと思い出す。

「夕飯、ってことは何時くらいだ?」
「そうですね…、19時くらいでしょうか」
「19時…」

おや? 俺が眠った時に見えた空は、赤に染まる時間だったはず。スノウが「昼食も食べていない」と言っていたから一度目が覚めてる? …分からん。
ピースが少なすぎて仮説すら組み立てられない。まぁ、夕方に一度目が覚めたということでいいだろう。うん。

「はい、できました」
「ん。サンキュ」

スノウに礼を言った時だった。

「ごはーん!」
「すみません…! イブキ様がお腹が空いたと…!」

寝室のドアが開きイブキが走って来た。その身体を抱き上げれば「イヴ! お腹すいた!」とイブキの頬が膨らむ。
そしてイブキの後ろでぺこぺこと頭を下げるのはイヴァン。大変だな…お前も。

「俺もお腹が空いた」
「悪いな。ヘルベルト」

お腹を押さえる仕草をするヘルベルトに謝ってから、イブキをスノウに預け立ち上がり、そのまま皆で寝室を後にする。

「イヴもお腹すいた?」
「ん? そうだな腹減った」
「腹減った!」
「イヴ! イブキが真似するので言葉には気を付けてください」
「はーい」
「はーい」
「ああああ…!」

俺の真似をするイブキと一緒に笑いながら、そっと腹を擦る。

「イヴも。お腹が空いているんですからさくさくと移動しますよ」
「分かった」
「イヴ、よく寝てたからな」
「あー…寝すぎたな」
「疲れていたんでしょう。眠れたのからよかった」

そんな会話をしながらぞろぞろと移動する。
ヘルベルトを見た瞬間、腹の奥が疼いたことを隠して。


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