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第6話
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14
「亜矢ちゃん悪いわね」
言葉とは裏腹にまったく悪びれない態度で高階の奥様は言った。
波止場ではヨットのイベントが開催しているらしく、ヨットや船舶がずらりと並んでにぎやかな音楽が響いてくる。色とりどりの飾りの旗が鮮やかで、あちこちの食事や展示ブースで人だかりがしている。
高階様の別荘は高台にある二階建の洋風建築だった。小じんまりとしているが、場違いに縦長の煙突が付いている。
部屋着に眼鏡をかけた高階様は私を寝室に招き入れる。
「ごめんね、夜にパーティーがあるんだけど着付けする自信なくって」
「だいじょうぶですよ」
着付けやリボンの結び方。手先を動かして教えながらこんなもの子供でもできると内心思う。
しょせん“自己満足”の問題でしかない。
「ありがと。亜矢ちゃん、お茶入れるわね」
海を一望できるバルコニーに案内された。
遠目に映る真っ白なヨットがまぶしい。その中でひときわ目を引く巨大な船が係留されている。イベントに来た人たちもカメラを持って周りにたむろっている。
「綺麗な船……」
「ああ槇岡さんところの船よ」
「……槇岡? 槇岡美津さん?」
「あら知ってるの?」
「ちょっと……」
あれがこの前言っていた船か。船上でパーティーもできそうだ。
「毎年見えてるのよ。槇岡さんも。一度ご一緒したことがあるわ」
急に波止場から歓声があがる。タラップからひときわ背の高い人影が下りてくる。
黒のジャケットにカバンを肩に携えている。
サングラスをしていても槇岡の均整のとれた身体と目鼻立ちの美しさは際立つ。
女の子たちが色めき立って近寄っている。中にはずっと出てくるのを待ってたと思しき人影もある。
その中で槇岡の後ろの人影が私の胸を刺した。
ウェーブにかかった長髪と薄茶色の髪。赤のワンピース。芸能関係者の匂いがする。
寄り添うように槇岡とともに歩き、二人で出迎えの車に歩いていく。遠目にも親しげなのは見て取れた。
――莉奈ではない。
胸が激しく痛んだ。
あれほど美形で大金持ちの御曹司だ。人気が出るのは仕方ないのだろう。
しかし婚約済みの男が大勢の女性にちやほやされ、恋人のような相手まで連れている……
妹が裏切られている光景を眼前に突き付けられるのは苦しかった。
槇岡は女たちに軽く手を振ってBMWに身を入れる。
乗り込みざま、ふと槇岡の目がこちらを向いた気がした。
15
スタジオでカタログ用の撮影が終わると、マリアちゃんが声をかけてきた。
「亜矢ちゃん、ちょっと」
「え?」
スタジオの隅で腕組みをして何やら言いにくそうにしている。
「あのね……」
「どうしたの」
「この前のことだけど」
「この前?」
「槇岡……槇岡美津のこと」
「ああ」
私は笑った。
「あの人がどうしたの」
「前も少し聞いたけど……もしかして声からけられてる? 遊ぼうとか? お店の人から何か約束あるみたいって聞いたから」
「ううん、そうじゃないのよ。実はね」
莉奈の婚約のことは誰にも打ち明けていなかったが、マリアちゃんにだけ話してみる。
事情が分かるとつれてますますマリアちゃんの顔つきが険しくなる。
「妹さんならやっぱり問題」
「なにが?」
マリアちゃんは何でもはっきり口にする性格だ。
「やめさせたがいい」
「えっ」
「余計なお世話かもしれないけど。私もこの業界いるでしょ。モデル仲間も多いから男の噂も入ってくる」
船から降りてきた槇岡の姿が脳裏によみがえる。嫌な予感がした。
「……評判悪いの」
嫌悪感を浮かべてマリアちゃんは舌を出す。
「どれだけ知り合いの子が泣かされたか……」
吐き捨てるような感じで言う。
「大金持ちでしょ。しかもとびきりのイケメン。口説く時はすっごく情熱的なのよ。だから女の子ものぼせあがって……でも最初だけ」
「そんな……」
「飽きたらね、女の子がどんなに夢中でもおかまいなし。ポイって。一方的に」
全身から血の気が引いた。
「親にも紹介済みで、あいつのために仕事辞めた子もいるのよ。でもあいつにはどうでもいいこと。全部自分の気分次第。相手のキャリアがつぶれようがお構いなし。大勢の遊び相手の一人。アクセサリー程度にしか女のこと思ってないのよ」
心が冷え込んでくる。莉奈もそうなるのだろうか。
「でも……妹とは婚約までしてて」
「関係ないわ。結婚の約束してたのに捨てられた子もいた。欲しいものは必ず手にいれるけど、飽きたらそれまで。後で泣きをみるわよ」
高階様の奥様を思い出される。
しょせん何不自由なく育ってきたぼんぼんなのだ。
身体が震えだす。どうしよう。マリアちゃんはそんな私を見て気の毒そうに続けた。
「いっときのおもちゃなのよ。私だったら誘われても絶対いかないわ」
16
後片付けが終わってからも私はスタジオの片隅で呆然としていた。
マリアちゃんの言葉の残した衝撃が心から消えない。
莉奈の、心の底から喜んでいる姿が脳裏にちらつく。
『今度こそは間違いないの』
生まれて初めて結婚の約束までたどり着き、幸せの絶頂にいる。
あの移り気で、恋多き子が心から惚れてる。
莉奈らしく全身で、人生のすべてをかけて、愛してる。
それが崩れたら……
前に手ひどく失恋してずっと泣き暮らしていた莉奈を思い出す。
もう外に出ない、死ぬとまで泣きわめいていた。
父さんたちを失った時のように心が打ち砕かれてボロボロになるかもしれない。
莉奈は槇岡の裏の顔を知らない。
……どうすればいいの。
思わず唇を噛んで頭を抱えてしまった。
「亜矢ちゃん悪いわね」
言葉とは裏腹にまったく悪びれない態度で高階の奥様は言った。
波止場ではヨットのイベントが開催しているらしく、ヨットや船舶がずらりと並んでにぎやかな音楽が響いてくる。色とりどりの飾りの旗が鮮やかで、あちこちの食事や展示ブースで人だかりがしている。
高階様の別荘は高台にある二階建の洋風建築だった。小じんまりとしているが、場違いに縦長の煙突が付いている。
部屋着に眼鏡をかけた高階様は私を寝室に招き入れる。
「ごめんね、夜にパーティーがあるんだけど着付けする自信なくって」
「だいじょうぶですよ」
着付けやリボンの結び方。手先を動かして教えながらこんなもの子供でもできると内心思う。
しょせん“自己満足”の問題でしかない。
「ありがと。亜矢ちゃん、お茶入れるわね」
海を一望できるバルコニーに案内された。
遠目に映る真っ白なヨットがまぶしい。その中でひときわ目を引く巨大な船が係留されている。イベントに来た人たちもカメラを持って周りにたむろっている。
「綺麗な船……」
「ああ槇岡さんところの船よ」
「……槇岡? 槇岡美津さん?」
「あら知ってるの?」
「ちょっと……」
あれがこの前言っていた船か。船上でパーティーもできそうだ。
「毎年見えてるのよ。槇岡さんも。一度ご一緒したことがあるわ」
急に波止場から歓声があがる。タラップからひときわ背の高い人影が下りてくる。
黒のジャケットにカバンを肩に携えている。
サングラスをしていても槇岡の均整のとれた身体と目鼻立ちの美しさは際立つ。
女の子たちが色めき立って近寄っている。中にはずっと出てくるのを待ってたと思しき人影もある。
その中で槇岡の後ろの人影が私の胸を刺した。
ウェーブにかかった長髪と薄茶色の髪。赤のワンピース。芸能関係者の匂いがする。
寄り添うように槇岡とともに歩き、二人で出迎えの車に歩いていく。遠目にも親しげなのは見て取れた。
――莉奈ではない。
胸が激しく痛んだ。
あれほど美形で大金持ちの御曹司だ。人気が出るのは仕方ないのだろう。
しかし婚約済みの男が大勢の女性にちやほやされ、恋人のような相手まで連れている……
妹が裏切られている光景を眼前に突き付けられるのは苦しかった。
槇岡は女たちに軽く手を振ってBMWに身を入れる。
乗り込みざま、ふと槇岡の目がこちらを向いた気がした。
15
スタジオでカタログ用の撮影が終わると、マリアちゃんが声をかけてきた。
「亜矢ちゃん、ちょっと」
「え?」
スタジオの隅で腕組みをして何やら言いにくそうにしている。
「あのね……」
「どうしたの」
「この前のことだけど」
「この前?」
「槇岡……槇岡美津のこと」
「ああ」
私は笑った。
「あの人がどうしたの」
「前も少し聞いたけど……もしかして声からけられてる? 遊ぼうとか? お店の人から何か約束あるみたいって聞いたから」
「ううん、そうじゃないのよ。実はね」
莉奈の婚約のことは誰にも打ち明けていなかったが、マリアちゃんにだけ話してみる。
事情が分かるとつれてますますマリアちゃんの顔つきが険しくなる。
「妹さんならやっぱり問題」
「なにが?」
マリアちゃんは何でもはっきり口にする性格だ。
「やめさせたがいい」
「えっ」
「余計なお世話かもしれないけど。私もこの業界いるでしょ。モデル仲間も多いから男の噂も入ってくる」
船から降りてきた槇岡の姿が脳裏によみがえる。嫌な予感がした。
「……評判悪いの」
嫌悪感を浮かべてマリアちゃんは舌を出す。
「どれだけ知り合いの子が泣かされたか……」
吐き捨てるような感じで言う。
「大金持ちでしょ。しかもとびきりのイケメン。口説く時はすっごく情熱的なのよ。だから女の子ものぼせあがって……でも最初だけ」
「そんな……」
「飽きたらね、女の子がどんなに夢中でもおかまいなし。ポイって。一方的に」
全身から血の気が引いた。
「親にも紹介済みで、あいつのために仕事辞めた子もいるのよ。でもあいつにはどうでもいいこと。全部自分の気分次第。相手のキャリアがつぶれようがお構いなし。大勢の遊び相手の一人。アクセサリー程度にしか女のこと思ってないのよ」
心が冷え込んでくる。莉奈もそうなるのだろうか。
「でも……妹とは婚約までしてて」
「関係ないわ。結婚の約束してたのに捨てられた子もいた。欲しいものは必ず手にいれるけど、飽きたらそれまで。後で泣きをみるわよ」
高階様の奥様を思い出される。
しょせん何不自由なく育ってきたぼんぼんなのだ。
身体が震えだす。どうしよう。マリアちゃんはそんな私を見て気の毒そうに続けた。
「いっときのおもちゃなのよ。私だったら誘われても絶対いかないわ」
16
後片付けが終わってからも私はスタジオの片隅で呆然としていた。
マリアちゃんの言葉の残した衝撃が心から消えない。
莉奈の、心の底から喜んでいる姿が脳裏にちらつく。
『今度こそは間違いないの』
生まれて初めて結婚の約束までたどり着き、幸せの絶頂にいる。
あの移り気で、恋多き子が心から惚れてる。
莉奈らしく全身で、人生のすべてをかけて、愛してる。
それが崩れたら……
前に手ひどく失恋してずっと泣き暮らしていた莉奈を思い出す。
もう外に出ない、死ぬとまで泣きわめいていた。
父さんたちを失った時のように心が打ち砕かれてボロボロになるかもしれない。
莉奈は槇岡の裏の顔を知らない。
……どうすればいいの。
思わず唇を噛んで頭を抱えてしまった。
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