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第5話
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「亜矢ちゃん、お客さんが来てるわよ」
「高階様?」
「ううん、男の人」
「着付けが終わったら行くから」
バックヤードでハーフモデルのマリアちゃんの着付けを手伝っていた。
今度の秋物の売り出しで撮影がある。服の試着と全体の仕上げの確認だった。
マリアちゃんの背中のホックを留めてやり、
「ごめんね、ちょっと待ってて」
と店内に出た。
なぜか入口に人だかりがしている。店奥の棚のそばにいるお客さまもちらちらと入り口に視線をやっている。女の子のスタッフの動きが妙にぎこちない。
入り口を見て視線がくぎ付けになった。洋服とマネキンが立ち並ぶ中で、その男は存在感が負けていない。がっしりとした上半身ながら全身がスマートで均整がとれている。
一瞬撮影で呼ばれたモデルかと思った。しかしオールバックでなでつけた髪と涼し気な目元に見覚えがあった。
ポケットに手を入れてポスターを眺めていた男は、近づく私に顔を向けとかすかに口元をゆるめる。
「……莉奈のおねえさん?」
「そうです」
男はポケットから手を出して私に向き直る。
「亜矢さんだね、よろしく。槇岡美津です」
引き締まった顔立ちがほころぶと、男らしさと好ましさが入り混じった。
ツイードのジャケットに長く垂らした純白のスカーフ。かすかに紳士物の香水が匂った。
「一度ご挨拶をと思ってました」
「別荘に招待するつもりだったんだけど近くを通ったんで。こっちも挨拶だけしとこうと」
「あらご丁寧に」
服のセンス。接する時の立ち居振る舞い。
うちの店は何百人ものセレブもお客にし女優やモデルも仕事で付き合う。
この男はどんな相手にも引けをとらないだろう。たまたま金を手に入れた人間のような下品さもない。
自然とその美貌とスタイルに引き込まれる。
(……今回ばかりはえらくいい男見つけたじゃない)
莉奈を祝福してやりたい気分だった。
「別荘ってどちらに……」
「あちこちにいくつかあります。夏ならヨットでも良かったんですけど、お姉さんは仕事であまり遠くにはいけないって伺ったんで。横浜の方でどうですか? 夜景も見せたい」
「まあ素敵」
「それじゃ莉奈とも話してまた日にちを連絡します」
「ええ、よろしく」
槇岡が帰ってからもしばらくその独特の空気感が漂ってるかのようだった。
義弟になるかもしれない相手という緊張感以外にも男の強烈な魅力の残り香がこちらを酔わせる。
「ねえ、今の人誰ですか? すっごいイケメン」
アルバイトの短大生の美和ちゃんが近づいてくる。キャピキャピした明るさはこの子の特徴だ。
「高そうな車が駐まったから芸能人か誰かと思ったら……あの人俳優じゃないですよね?」
「ちょっとした知り合い。うちの家族の」
「へー、機会があったら紹介してくださいよ! ぜひぜひ」
「はいはい」
先輩社員の佐田さんも寄ってきて好奇心も露わに言う。
「あなた槇岡さんと知り合い?」
「佐田さん、あの人知ってるんですか」
「知ってるも何も有名人じゃない。槇岡グループの跡取りでしょう。時々雑誌に出てるじゃない」
「……そうでしたか」
だから写真で見覚えがあったのだ。
「元々はね、財閥の分家筋の家柄の人。大昔は石油事業から造船もやってて。会社は新聞やテレビ局の大株主。戦後はあちこちの会社は分かれたらしいけど、昔は槇岡コンツェルンって言えば財界じゃ凄いところだったんだって。そこの御曹司」
……莉奈もえらい男をつかまえたものだ。バックヤードに戻りつつ期待とも不安ともつかぬ気持ちがわいてくる。
ドアのところにマリアちゃんが立っていた。
「ごめんね、お待たせ」
なぜかマリアちゃんは眉を寄せて不快そうな顔をしている。
「いまの……槇岡美津じゃない」
「……どうして知ってるの?」
「うん……」
マリアちゃんが顔を曇らせたままなのが引っかかった。
「亜矢ちゃん、まさか誘われたりした? 食事とかどこかに遊びに行こうって」
「ううん。ちょっとした身内の知り合いなの」
「……そう。ならいいけど」
それ以上は深く語らず、マリアちゃんは打ち合わせに戻った。
13
「神戸まで服を届けろって?」
「ご指名なんですよ、高階様が。亜矢さんを」
「あっきれた。人を使用人か何かと思ってんじゃないの」
すまなそうに美和ちゃんは箱一式をテーブルに置く。
「郵便で送ればすむ話じゃない」
「服の着付けをどうしてもお願いしたいって。それとカタログに載ってた新作のカーディガンと帽子について相談したいって言われてました」
「着付けって背中をリボンで結ぶぐらいしかないでしょ」
「でもあのドレス、結び方ですごく印象が変わるじゃないですか。着物の帯みたいに。だから亜矢さんじゃないとできないからやってほしいって……」
「カタログ見れば済む話じゃない。なんでも言うこと聞いてもらえると思ってるのね」
菅谷さんが口をはさんでくる。
「ほら今度神戸コレクションがあるでしょ。その帰りに行ってきなさいよ」
「一日空きますよ」
「いいわよ。帽子とか他のもどんどん売りつけてきなさい。呼びつけたんだからきっと買ってくれるわよ」
スタッフの間で“ドル箱おばちゃん”と呼ばれてるのも私も知っていた。
「十年来の大事なお得意様よ。あんたも店長になるんだから太客はきっちりキープしときなさいね?」
片目をつむって菅谷さんは笑う。
「……分かりました」
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