妹の婚約者と三角関係の私

ringnats1111

文字の大きさ
5 / 21

第5話

しおりを挟む

12
「亜矢ちゃん、お客さんが来てるわよ」
「高階様?」
「ううん、男の人」
「着付けが終わったら行くから」
バックヤードでハーフモデルのマリアちゃんの着付けを手伝っていた。
今度の秋物の売り出しで撮影がある。服の試着と全体の仕上げの確認だった。
マリアちゃんの背中のホックを留めてやり、
「ごめんね、ちょっと待ってて」
と店内に出た。
なぜか入口に人だかりがしている。店奥の棚のそばにいるお客さまもちらちらと入り口に視線をやっている。女の子のスタッフの動きが妙にぎこちない。

入り口を見て視線がくぎ付けになった。洋服とマネキンが立ち並ぶ中で、その男は存在感が負けていない。がっしりとした上半身ながら全身がスマートで均整がとれている。
一瞬撮影で呼ばれたモデルかと思った。しかしオールバックでなでつけた髪と涼し気な目元に見覚えがあった。
ポケットに手を入れてポスターを眺めていた男は、近づく私に顔を向けとかすかに口元をゆるめる。
「……莉奈のおねえさん?」
「そうです」
男はポケットから手を出して私に向き直る。
「亜矢さんだね、よろしく。槇岡美津です」
引き締まった顔立ちがほころぶと、男らしさと好ましさが入り混じった。
ツイードのジャケットに長く垂らした純白のスカーフ。かすかに紳士物の香水が匂った。
「一度ご挨拶をと思ってました」
「別荘に招待するつもりだったんだけど近くを通ったんで。こっちも挨拶だけしとこうと」
「あらご丁寧に」
服のセンス。接する時の立ち居振る舞い。
うちの店は何百人ものセレブもお客にし女優やモデルも仕事で付き合う。
この男はどんな相手にも引けをとらないだろう。たまたま金を手に入れた人間のような下品さもない。
自然とその美貌とスタイルに引き込まれる。
(……今回ばかりはえらくいい男見つけたじゃない)
莉奈を祝福してやりたい気分だった。
「別荘ってどちらに……」
「あちこちにいくつかあります。夏ならヨットでも良かったんですけど、お姉さんは仕事であまり遠くにはいけないって伺ったんで。横浜の方でどうですか? 夜景も見せたい」
「まあ素敵」
「それじゃ莉奈とも話してまた日にちを連絡します」
「ええ、よろしく」
槇岡が帰ってからもしばらくその独特の空気感が漂ってるかのようだった。
義弟になるかもしれない相手という緊張感以外にも男の強烈な魅力の残り香がこちらを酔わせる。
「ねえ、今の人誰ですか? すっごいイケメン」
アルバイトの短大生の美和ちゃんが近づいてくる。キャピキャピした明るさはこの子の特徴だ。
「高そうな車が駐まったから芸能人か誰かと思ったら……あの人俳優じゃないですよね?」
「ちょっとした知り合い。うちの家族の」
「へー、機会があったら紹介してくださいよ! ぜひぜひ」
「はいはい」
先輩社員の佐田さんも寄ってきて好奇心も露わに言う。
「あなた槇岡さんと知り合い?」
「佐田さん、あの人知ってるんですか」
「知ってるも何も有名人じゃない。槇岡グループの跡取りでしょう。時々雑誌に出てるじゃない」
「……そうでしたか」
 だから写真で見覚えがあったのだ。
「元々はね、財閥の分家筋の家柄の人。大昔は石油事業から造船もやってて。会社は新聞やテレビ局の大株主。戦後はあちこちの会社は分かれたらしいけど、昔は槇岡コンツェルンって言えば財界じゃ凄いところだったんだって。そこの御曹司」
 ……莉奈もえらい男をつかまえたものだ。バックヤードに戻りつつ期待とも不安ともつかぬ気持ちがわいてくる。

ドアのところにマリアちゃんが立っていた。
「ごめんね、お待たせ」
なぜかマリアちゃんは眉を寄せて不快そうな顔をしている。
「いまの……槇岡美津じゃない」
「……どうして知ってるの?」
「うん……」
マリアちゃんが顔を曇らせたままなのが引っかかった。
「亜矢ちゃん、まさか誘われたりした? 食事とかどこかに遊びに行こうって」
「ううん。ちょっとした身内の知り合いなの」
「……そう。ならいいけど」
それ以上は深く語らず、マリアちゃんは打ち合わせに戻った。
 

13
「神戸まで服を届けろって?」
「ご指名なんですよ、高階様が。亜矢さんを」
「あっきれた。人を使用人か何かと思ってんじゃないの」
すまなそうに美和ちゃんは箱一式をテーブルに置く。
「郵便で送ればすむ話じゃない」
「服の着付けをどうしてもお願いしたいって。それとカタログに載ってた新作のカーディガンと帽子について相談したいって言われてました」
「着付けって背中をリボンで結ぶぐらいしかないでしょ」
「でもあのドレス、結び方ですごく印象が変わるじゃないですか。着物の帯みたいに。だから亜矢さんじゃないとできないからやってほしいって……」
「カタログ見れば済む話じゃない。なんでも言うこと聞いてもらえると思ってるのね」
菅谷さんが口をはさんでくる。
「ほら今度神戸コレクションがあるでしょ。その帰りに行ってきなさいよ」
「一日空きますよ」
「いいわよ。帽子とか他のもどんどん売りつけてきなさい。呼びつけたんだからきっと買ってくれるわよ」
 スタッフの間で“ドル箱おばちゃん”と呼ばれてるのも私も知っていた。
「十年来の大事なお得意様よ。あんたも店長になるんだから太客はきっちりキープしときなさいね?」
 片目をつむって菅谷さんは笑う。
「……分かりました」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

行き倒れていた人達を助けたら、8年前にわたしを追い出した元家族でした

柚木ゆず
恋愛
 行き倒れていた3人の男女を介抱したら、その人達は8年前にわたしをお屋敷から追い出した実父と継母と腹違いの妹でした。  お父様達は貴族なのに3人だけで行動していて、しかも当時の面影がなくなるほどに全員が老けてやつれていたんです。わたしが追い出されてから今日までの間に、なにがあったのでしょうか……? ※体調の影響で一時的に感想欄を閉じております。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

縁の鎖

T T
恋愛
姉と妹 切れる事のない鎖 縁と言うには悲しく残酷な、姉妹の物語 公爵家の敷地内に佇む小さな離れの屋敷で母と私は捨て置かれるように、公爵家の母屋には義妹と義母が優雅に暮らす。 正妻の母は寂しそうに毎夜、父の肖像画を見つめ 「私の罪は私まで。」 と私が眠りに着くと語りかける。 妾の義母も義妹も気にする事なく暮らしていたが、母の死で一変。 父は義母に心酔し、義母は義妹を溺愛し、義妹は私の婚約者を懸想している家に私の居場所など無い。 全てを奪われる。 宝石もドレスもお人形も婚約者も地位も母の命も、何もかも・・・。 全てをあげるから、私の心だけは奪わないで!!

処理中です...