8 / 21
第8話
しおりを挟む18
別荘のリビングは片側が一面の大きな窓で、まるで海が迫ってくるような迫力ある眺望になっていた。
採光も重視されてるのか海に沈む夕日を一身に浴びることができる。
「すごいわね」
「この景色がここに決めた理由だよ」
槇岡はトニックウォーター片手に言う。間違いなく海沿いの一番いい場所を押さえてある。
屋内に居ながらして海岸の雰囲気に浸れ、朝は煌めく陽ざしの中に過ごせ、夜は潮騒の中にカクテルを楽しむことだってできる。
……都会の喧騒を離れてこんな場所で過ごせたらどんなに楽しいか。
もてなしは風景だけではなかった。
お手伝いさんも数人立ち働いていたが、槇岡は自分で動いて何くれと世話を焼いてくれる。
こちらに気を遣うだけでなく押し付けにならないように程よく振る舞うやり方も心得ていてそれが心地よい。
普通なら周りから過保護な扱いを受けて、自分で何もできないお馬鹿さんの二代目になっても不思議でないところだ。しかし槇岡のもてなしは洗練されていて非の打ち所がない。
正直「お手伝いさん」のいる世界など別世界だったが迫谷さんという料理人のおばさんも、別荘の世話役の木村さんも、気さくで温かみのある人ばかりだった。
最初は気後れ気味だった私も、義理の親戚となる相手の家で疎外感を味わうこともなかった。
「迫谷さん、これダメ。お姉ちゃんね、アスパラガス苦手なのよ」
「あらあら、ごめんさない。食べれない?」
「だいじょうぶですよ、それぐらい」
むしろ莉奈の方が気ぜわしい。
「ほんと? 無理して食べてない?」
「莉奈、もういいから。子供じゃないから」
皆が笑う。なつかしい雰囲気だった。
「身内」の集まりの中でのリラックスした居心地のいい空間。
食事が済むとリビングでカクテル片手にカーペットに足を崩して語らう。
甘え切ったように槇岡の肩にしなだれ、槇岡のグラスのさくらんぼをつまむ莉奈。
屈託なく相手を信じ切った顔。久しく失われていたパパやママが一緒だったころの顔だった。
――この人と一緒ならいいかもしれない
心の内側が温かい波のような感情で満たされていく。
姉であると同時に母親のような気分にもなる。
槇岡に対する誤解も解けた。
この二人なら上手くやっていける。
槇岡のサポートがあるなら社会に出ても心配はいらないだろう。
(ほんとに良い相手を見つけた)
ほっとする気持ちと未来への期待。
あの子が失ったきずなの代わりに、あり余るほどの幸せが埋めてくれる……
莉奈が思い出したように身体を起こし私にしがみついてきた。
「お姉ちゃん、今日久しぶりに一緒に寝ようね」
「ええ?」
「ゲストルームのベット凄く大きいの。二人で寝れるから」
「そうなの?」
莉奈は槇岡を振り返る。
「ねっ、いいでしょ美津?」
「もちろんだ」
私は了解する。槇岡がいない所で話したいこともあるのだろう。
「分かった。じゃあ槇岡さん、今晩は悪いけど莉奈を借りるわね」
19
来客の夫婦用なのか、キングサイズのベットに私たちは久々に枕を並べた。
「どう? 最高でしょう、彼」
「そうね」
最初は諦めるように説得するつもりだったのが、とうにそんな悪感情は消えてしまってる。
二人で天井を見上げながら満ち足りた気持ちを分かち合う。
「プレイボーイだから気を付けなさいって言う人もいたのよ。でも実際に仲良くなっていったら大違い」
それは認めざるを得なかった。
途中のひと悶着で分かったことだけでなく、ともに過ごしていると槇岡の素の性格も伝わってくる。
店で接客しているとセレブでも尊敬できない相手がいる。
驕った態度、無礼な言動、下品なファッションと悪趣味なアクセサリー、金に物を言わせる姿勢……
槇岡にはそうしたいやらしさがまったくない。
印象付けられるのは周りを虜にするような男らしさ、さわやかさだ。
「お姉ちゃんから見てどう? 合格?」
悪戯っぽい目をして莉奈は身体を乗り出してくる。両手に顎をのせ私の顔を伺う。
「ふふ……」
思わず笑顔が誘われる。
『莉奈が結婚する時は私が良い人か見てあげる』
幼い頃からの約束。私は手を伸ばし莉奈の頭をなでる。
「だいじょうぶそう。いい夫婦になれるわ」
はにかんだように莉奈はほほえみ、手を伸ばしてくる。
その夜私たちは昔のように手をつないで眠った。
20
帰りは槇岡が送るというのを断り新幹線で帰った。車中で再び莉奈から連絡が来る。
「暇な時にまた会おうよ」
「そうね。しばらくはこっちもばたばたするけど」
「美津もね、お姉ちゃんのことすっごく気に入ったって。今までにないタイプの人だって」
「……まあそれはね」
行き道のいさかい……少し気恥しい。
「しっかりしててはっきり自分の意見言うしその割に気立ても良いって。美津があんなに人をべた褒めするの聞いたことないわ」
「そう……」
「ほんとにまたご飯食べようね。北海道とかハワイにも別荘あるから。ついでにみんなで旅行しようよ」
「楽しみにしてるわ……」
無邪気に喜ぶ莉奈に少し複雑な気分になる。
地位や財産だけなら申し分ない。大コンツェルンの跡取りで外見もマナーもばっちりな男だ。
妹の幸せを願うなら祝福すべきと思う。
しかし……
心のどこかで不安な気持ちがざわめく。
高台で一瞬見せた獣を思わせるような瞳。ただの紳士や優男はあんな瞳を持たない。
自分の欲望を隠そうともしなかった。
槇岡は莉奈を愛すと誓ってる。
しかしその気になれば女をつかみどりにでもできる男だ。
財産目当てに近寄ってくる女も後を絶たないだろう。
何もかもが別世界のオス。
――本当に莉奈だけで満足するの?
幸せいっぱいの莉奈。
あの笑顔を失ってほしくない……
父さんたちを失った時に一生分の涙は流したのだ。
そっと目の前の海に身をやる。
朝もやに溶ける海に激しい驟雨が降り注いでいた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?
江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。
大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて……
さっくり読める短編です。
異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
行き倒れていた人達を助けたら、8年前にわたしを追い出した元家族でした
柚木ゆず
恋愛
行き倒れていた3人の男女を介抱したら、その人達は8年前にわたしをお屋敷から追い出した実父と継母と腹違いの妹でした。
お父様達は貴族なのに3人だけで行動していて、しかも当時の面影がなくなるほどに全員が老けてやつれていたんです。わたしが追い出されてから今日までの間に、なにがあったのでしょうか……?
※体調の影響で一時的に感想欄を閉じております。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
縁の鎖
T T
恋愛
姉と妹
切れる事のない鎖
縁と言うには悲しく残酷な、姉妹の物語
公爵家の敷地内に佇む小さな離れの屋敷で母と私は捨て置かれるように、公爵家の母屋には義妹と義母が優雅に暮らす。
正妻の母は寂しそうに毎夜、父の肖像画を見つめ
「私の罪は私まで。」
と私が眠りに着くと語りかける。
妾の義母も義妹も気にする事なく暮らしていたが、母の死で一変。
父は義母に心酔し、義母は義妹を溺愛し、義妹は私の婚約者を懸想している家に私の居場所など無い。
全てを奪われる。
宝石もドレスもお人形も婚約者も地位も母の命も、何もかも・・・。
全てをあげるから、私の心だけは奪わないで!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる