妹の婚約者と三角関係の私

ringnats1111

文字の大きさ
13 / 21

第13話

しおりを挟む
28
営業中に、その荷物は持ち込まれてきた。

小さなため池ほどもある巨大な花かご。
場違いなまでに発色の良い花々に、スタッフもお客も皆の目が釘付けになる。
一瞬でピンと来た私はあわてて配達人に駆け寄って声をひそめる。
「差出人の名前は槇岡?」
「そうですね。槇岡美津様です」
こちらの気持ちなどお構いなしに大声で男は答える。
「それと、こちらもです」
愛想よく胸ポケットからメッセージカードを出す。
皆の注視に頬が熱くなるのを覚えて、あえて顔を引き締める。
「こっちはお店だから。バックヤードに回ってくれる?」
「裏ですか?」
「そう。店内装飾じゃなくて個人宛なの」
納得したように男は花かごを持ち上げ、私は周りの人垣をかきわける。
「失礼します」
美和ちゃんがにやつきながらバックヤードまで追ってくる。
「ひょっとして槇岡さんですか?」
「……そう」
声にも力が入らない。
「すっごいうらやましい。情熱的ですねえ」
「…………」
心の中でため息が漏れる。
莉奈とのことを知らないからなんとでも言えるのだ。

あれから槇岡はたびたび連絡をよこすようになった。
携帯に。店に。時にはイベント会場まで。
「会いたい」という言葉が出た時点で電話を叩きつけ、着信も拒否していると、今度は連日のように贈り物が届く。

花束、ネックレス、指輪、ワイン、ケーキ……

店に届くとどうしてもスタッフにも説明しないといけなくなる。
差出人が槇岡なので皆にも相手がばれる。

色恋沙汰とあらば若い子たちは色めき立つ。
何しろ相手は槇岡コンツェルンの御曹司、美貌のプレイボーイだ。
話題性十分で知らずに皆の酒の肴にされてしまっていたのだ。
(あんたたちに分からないでしょう。どんだけ困ってるか)
嫉妬半分でからかわれるたびに苛立ちに襲われる。

何しろ婚約の話はマリアちゃんにしか打ち明けていない。
槇岡が信用ならない頃だったので、下手に破談に終わって莉奈の評判に傷がついてはいけないと気を使ったのだ。

皆に真実を打ち明けられないもどかしさ。
秘密にしていることが一層事態を複雑にしていた。
(妹も交えた三角関係なんて相談できるわけないじゃない……)
仕事のことなら何でも頼れる佐田さんにも、口を閉ざしてしまう。
(妹の婚約者寝取ってる女とか思われたらどうしよう)
ことがことだけにうっかり隼也に打ち明けるわけにもいかない。

29
プレゼントを全部送り返していると、今度は槇岡家の使用人を名乗る男が「店の皆へのねぎらい」といってシャンパンや高級チョコを籠を入れて持ってきた。制服姿の折り目正しい使用人。
そんな人種など目にしたことがないスタッフが大半なので、そのたびに騒ぎが起きて噂が広まる。

衝撃的だったのは常連客にからかわれた時だった。
会社の若い女の子によく服を買ってやるIT会社の女社長。
痩せててまだ四十代というのにきれいな総白髪になっている人だ。
連れられていた新入社員の女の子を接客してると、社長が思い出したように私の肩に手を添える。
「あなたも、最近すごいらしいわね」
「はあ?」
「槇岡財閥の御曹司に見初められてるんだって? 良かったじゃない」
その言葉に戦慄する。
(外にも漏れてるわけ……?)
いつ槇岡の関係者から婚約の話も流れてくるか分からない。
もしそうなると……公私ともに悪いことになる。
妹の婚約者と不倫してる最低の女。
そして何よりも……

莉奈の耳にも入る。

私は決心を固めた。

30
「もういい加減にして」
週末。受話器の向こうの槇岡は悪びれる様子がない。
「だって君が会ってくれないから」
笑みを含んだ言葉で答える。怒鳴りつけたくなるのを我慢して唇を噛む。

これも槇岡の手なのだろう。
私の立場を分かっていてあえて贈り物攻勢をしかけくる。嫌でも誘いに応じるように。

『どんな手段を使ってでも手に入れる』

槇岡の自信に満ちた表情。すべて奪うような漆黒の瞳。
目の前に浮かぶようだった。
「……お願いだから店に送るのだけはやめて」
「さあ、どうかな。俺はみんなをねぎらいたいだけだ。頑張ってる奴をいたわったらダメなんて法律あるか?」
「……あのねえ」
「第一みんな喜んでたって聞いたよ。今度はワインにでもしようか? ロゼでも何でもいいぞ」
ふふっと余裕を見せて笑う。
その獲物をもてあそぶような調子に歯噛みしたくなる。

莉奈に言ってやめさせるわけにもいかない……
槇岡の親族にも頼めない。
ましてや店の誰かに相談もできない。

「一回ぐらいデートに応じてやればいいじゃないですか。超イケメンなんだし」
美和ちゃんはのんきにそうけしかけてくる。
「プライベートで何やろうと自由だけど、店には私事をあんまり持ち込まないでね」
チクリと佐田さんは眉をそびやかす。
「はい……」
そんなこと私だって分かってる。
店長の立場で色恋沙汰で現場をかき乱してる。
このままだと人がついてきてくれなくなるかもしれない。

観念して私は再び槇岡の番号を押した。
「一度だけ会うから。それで終わりだからね」
「よし。フレンチのいい店を予約しとく」
予想してたようにこともなげに言う。
(根負けしたけど、私を屈服させたと思ったら大間違いだから)
二度目の決意。初めて槇岡と会った時と同じ。対決の時。
(私は莉奈のお姉ちゃん。槇岡とはそれ以上の何でもない)
はっきりと付き合えないと宣言する。
面と向かって贈り物だなんだも止めさせるようにする。


そして……なんとかしてもう一度莉奈に気持ちを向けさせる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

行き倒れていた人達を助けたら、8年前にわたしを追い出した元家族でした

柚木ゆず
恋愛
 行き倒れていた3人の男女を介抱したら、その人達は8年前にわたしをお屋敷から追い出した実父と継母と腹違いの妹でした。  お父様達は貴族なのに3人だけで行動していて、しかも当時の面影がなくなるほどに全員が老けてやつれていたんです。わたしが追い出されてから今日までの間に、なにがあったのでしょうか……? ※体調の影響で一時的に感想欄を閉じております。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

縁の鎖

T T
恋愛
姉と妹 切れる事のない鎖 縁と言うには悲しく残酷な、姉妹の物語 公爵家の敷地内に佇む小さな離れの屋敷で母と私は捨て置かれるように、公爵家の母屋には義妹と義母が優雅に暮らす。 正妻の母は寂しそうに毎夜、父の肖像画を見つめ 「私の罪は私まで。」 と私が眠りに着くと語りかける。 妾の義母も義妹も気にする事なく暮らしていたが、母の死で一変。 父は義母に心酔し、義母は義妹を溺愛し、義妹は私の婚約者を懸想している家に私の居場所など無い。 全てを奪われる。 宝石もドレスもお人形も婚約者も地位も母の命も、何もかも・・・。 全てをあげるから、私の心だけは奪わないで!!

処理中です...