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第13話
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28
営業中に、その荷物は持ち込まれてきた。
小さなため池ほどもある巨大な花かご。
場違いなまでに発色の良い花々に、スタッフもお客も皆の目が釘付けになる。
一瞬でピンと来た私はあわてて配達人に駆け寄って声をひそめる。
「差出人の名前は槇岡?」
「そうですね。槇岡美津様です」
こちらの気持ちなどお構いなしに大声で男は答える。
「それと、こちらもです」
愛想よく胸ポケットからメッセージカードを出す。
皆の注視に頬が熱くなるのを覚えて、あえて顔を引き締める。
「こっちはお店だから。バックヤードに回ってくれる?」
「裏ですか?」
「そう。店内装飾じゃなくて個人宛なの」
納得したように男は花かごを持ち上げ、私は周りの人垣をかきわける。
「失礼します」
美和ちゃんがにやつきながらバックヤードまで追ってくる。
「ひょっとして槇岡さんですか?」
「……そう」
声にも力が入らない。
「すっごいうらやましい。情熱的ですねえ」
「…………」
心の中でため息が漏れる。
莉奈とのことを知らないからなんとでも言えるのだ。
あれから槇岡はたびたび連絡をよこすようになった。
携帯に。店に。時にはイベント会場まで。
「会いたい」という言葉が出た時点で電話を叩きつけ、着信も拒否していると、今度は連日のように贈り物が届く。
花束、ネックレス、指輪、ワイン、ケーキ……
店に届くとどうしてもスタッフにも説明しないといけなくなる。
差出人が槇岡なので皆にも相手がばれる。
色恋沙汰とあらば若い子たちは色めき立つ。
何しろ相手は槇岡コンツェルンの御曹司、美貌のプレイボーイだ。
話題性十分で知らずに皆の酒の肴にされてしまっていたのだ。
(あんたたちに分からないでしょう。どんだけ困ってるか)
嫉妬半分でからかわれるたびに苛立ちに襲われる。
何しろ婚約の話はマリアちゃんにしか打ち明けていない。
槇岡が信用ならない頃だったので、下手に破談に終わって莉奈の評判に傷がついてはいけないと気を使ったのだ。
皆に真実を打ち明けられないもどかしさ。
秘密にしていることが一層事態を複雑にしていた。
(妹も交えた三角関係なんて相談できるわけないじゃない……)
仕事のことなら何でも頼れる佐田さんにも、口を閉ざしてしまう。
(妹の婚約者寝取ってる女とか思われたらどうしよう)
ことがことだけにうっかり隼也に打ち明けるわけにもいかない。
29
プレゼントを全部送り返していると、今度は槇岡家の使用人を名乗る男が「店の皆へのねぎらい」といってシャンパンや高級チョコを籠を入れて持ってきた。制服姿の折り目正しい使用人。
そんな人種など目にしたことがないスタッフが大半なので、そのたびに騒ぎが起きて噂が広まる。
衝撃的だったのは常連客にからかわれた時だった。
会社の若い女の子によく服を買ってやるIT会社の女社長。
痩せててまだ四十代というのにきれいな総白髪になっている人だ。
連れられていた新入社員の女の子を接客してると、社長が思い出したように私の肩に手を添える。
「あなたも、最近すごいらしいわね」
「はあ?」
「槇岡財閥の御曹司に見初められてるんだって? 良かったじゃない」
その言葉に戦慄する。
(外にも漏れてるわけ……?)
いつ槇岡の関係者から婚約の話も流れてくるか分からない。
もしそうなると……公私ともに悪いことになる。
妹の婚約者と不倫してる最低の女。
そして何よりも……
莉奈の耳にも入る。
私は決心を固めた。
30
「もういい加減にして」
週末。受話器の向こうの槇岡は悪びれる様子がない。
「だって君が会ってくれないから」
笑みを含んだ言葉で答える。怒鳴りつけたくなるのを我慢して唇を噛む。
これも槇岡の手なのだろう。
私の立場を分かっていてあえて贈り物攻勢をしかけくる。嫌でも誘いに応じるように。
『どんな手段を使ってでも手に入れる』
槇岡の自信に満ちた表情。すべて奪うような漆黒の瞳。
目の前に浮かぶようだった。
「……お願いだから店に送るのだけはやめて」
「さあ、どうかな。俺はみんなをねぎらいたいだけだ。頑張ってる奴をいたわったらダメなんて法律あるか?」
「……あのねえ」
「第一みんな喜んでたって聞いたよ。今度はワインにでもしようか? ロゼでも何でもいいぞ」
ふふっと余裕を見せて笑う。
その獲物をもてあそぶような調子に歯噛みしたくなる。
莉奈に言ってやめさせるわけにもいかない……
槇岡の親族にも頼めない。
ましてや店の誰かに相談もできない。
「一回ぐらいデートに応じてやればいいじゃないですか。超イケメンなんだし」
美和ちゃんはのんきにそうけしかけてくる。
「プライベートで何やろうと自由だけど、店には私事をあんまり持ち込まないでね」
チクリと佐田さんは眉をそびやかす。
「はい……」
そんなこと私だって分かってる。
店長の立場で色恋沙汰で現場をかき乱してる。
このままだと人がついてきてくれなくなるかもしれない。
観念して私は再び槇岡の番号を押した。
「一度だけ会うから。それで終わりだからね」
「よし。フレンチのいい店を予約しとく」
予想してたようにこともなげに言う。
(根負けしたけど、私を屈服させたと思ったら大間違いだから)
二度目の決意。初めて槇岡と会った時と同じ。対決の時。
(私は莉奈のお姉ちゃん。槇岡とはそれ以上の何でもない)
はっきりと付き合えないと宣言する。
面と向かって贈り物だなんだも止めさせるようにする。
そして……なんとかしてもう一度莉奈に気持ちを向けさせる。
営業中に、その荷物は持ち込まれてきた。
小さなため池ほどもある巨大な花かご。
場違いなまでに発色の良い花々に、スタッフもお客も皆の目が釘付けになる。
一瞬でピンと来た私はあわてて配達人に駆け寄って声をひそめる。
「差出人の名前は槇岡?」
「そうですね。槇岡美津様です」
こちらの気持ちなどお構いなしに大声で男は答える。
「それと、こちらもです」
愛想よく胸ポケットからメッセージカードを出す。
皆の注視に頬が熱くなるのを覚えて、あえて顔を引き締める。
「こっちはお店だから。バックヤードに回ってくれる?」
「裏ですか?」
「そう。店内装飾じゃなくて個人宛なの」
納得したように男は花かごを持ち上げ、私は周りの人垣をかきわける。
「失礼します」
美和ちゃんがにやつきながらバックヤードまで追ってくる。
「ひょっとして槇岡さんですか?」
「……そう」
声にも力が入らない。
「すっごいうらやましい。情熱的ですねえ」
「…………」
心の中でため息が漏れる。
莉奈とのことを知らないからなんとでも言えるのだ。
あれから槇岡はたびたび連絡をよこすようになった。
携帯に。店に。時にはイベント会場まで。
「会いたい」という言葉が出た時点で電話を叩きつけ、着信も拒否していると、今度は連日のように贈り物が届く。
花束、ネックレス、指輪、ワイン、ケーキ……
店に届くとどうしてもスタッフにも説明しないといけなくなる。
差出人が槇岡なので皆にも相手がばれる。
色恋沙汰とあらば若い子たちは色めき立つ。
何しろ相手は槇岡コンツェルンの御曹司、美貌のプレイボーイだ。
話題性十分で知らずに皆の酒の肴にされてしまっていたのだ。
(あんたたちに分からないでしょう。どんだけ困ってるか)
嫉妬半分でからかわれるたびに苛立ちに襲われる。
何しろ婚約の話はマリアちゃんにしか打ち明けていない。
槇岡が信用ならない頃だったので、下手に破談に終わって莉奈の評判に傷がついてはいけないと気を使ったのだ。
皆に真実を打ち明けられないもどかしさ。
秘密にしていることが一層事態を複雑にしていた。
(妹も交えた三角関係なんて相談できるわけないじゃない……)
仕事のことなら何でも頼れる佐田さんにも、口を閉ざしてしまう。
(妹の婚約者寝取ってる女とか思われたらどうしよう)
ことがことだけにうっかり隼也に打ち明けるわけにもいかない。
29
プレゼントを全部送り返していると、今度は槇岡家の使用人を名乗る男が「店の皆へのねぎらい」といってシャンパンや高級チョコを籠を入れて持ってきた。制服姿の折り目正しい使用人。
そんな人種など目にしたことがないスタッフが大半なので、そのたびに騒ぎが起きて噂が広まる。
衝撃的だったのは常連客にからかわれた時だった。
会社の若い女の子によく服を買ってやるIT会社の女社長。
痩せててまだ四十代というのにきれいな総白髪になっている人だ。
連れられていた新入社員の女の子を接客してると、社長が思い出したように私の肩に手を添える。
「あなたも、最近すごいらしいわね」
「はあ?」
「槇岡財閥の御曹司に見初められてるんだって? 良かったじゃない」
その言葉に戦慄する。
(外にも漏れてるわけ……?)
いつ槇岡の関係者から婚約の話も流れてくるか分からない。
もしそうなると……公私ともに悪いことになる。
妹の婚約者と不倫してる最低の女。
そして何よりも……
莉奈の耳にも入る。
私は決心を固めた。
30
「もういい加減にして」
週末。受話器の向こうの槇岡は悪びれる様子がない。
「だって君が会ってくれないから」
笑みを含んだ言葉で答える。怒鳴りつけたくなるのを我慢して唇を噛む。
これも槇岡の手なのだろう。
私の立場を分かっていてあえて贈り物攻勢をしかけくる。嫌でも誘いに応じるように。
『どんな手段を使ってでも手に入れる』
槇岡の自信に満ちた表情。すべて奪うような漆黒の瞳。
目の前に浮かぶようだった。
「……お願いだから店に送るのだけはやめて」
「さあ、どうかな。俺はみんなをねぎらいたいだけだ。頑張ってる奴をいたわったらダメなんて法律あるか?」
「……あのねえ」
「第一みんな喜んでたって聞いたよ。今度はワインにでもしようか? ロゼでも何でもいいぞ」
ふふっと余裕を見せて笑う。
その獲物をもてあそぶような調子に歯噛みしたくなる。
莉奈に言ってやめさせるわけにもいかない……
槇岡の親族にも頼めない。
ましてや店の誰かに相談もできない。
「一回ぐらいデートに応じてやればいいじゃないですか。超イケメンなんだし」
美和ちゃんはのんきにそうけしかけてくる。
「プライベートで何やろうと自由だけど、店には私事をあんまり持ち込まないでね」
チクリと佐田さんは眉をそびやかす。
「はい……」
そんなこと私だって分かってる。
店長の立場で色恋沙汰で現場をかき乱してる。
このままだと人がついてきてくれなくなるかもしれない。
観念して私は再び槇岡の番号を押した。
「一度だけ会うから。それで終わりだからね」
「よし。フレンチのいい店を予約しとく」
予想してたようにこともなげに言う。
(根負けしたけど、私を屈服させたと思ったら大間違いだから)
二度目の決意。初めて槇岡と会った時と同じ。対決の時。
(私は莉奈のお姉ちゃん。槇岡とはそれ以上の何でもない)
はっきりと付き合えないと宣言する。
面と向かって贈り物だなんだも止めさせるようにする。
そして……なんとかしてもう一度莉奈に気持ちを向けさせる。
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