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第21話
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平日なのもあって駅はさほど混雑していなかった。
新婚旅行にしては簡素すぎるぐらいの荷物しか槇岡は手にしてない。
「現地で買えばいい」と割り切ったものだった。
「のど乾いたわ」
「コーヒーがあるぞ。迫田さんが持たせてくれた」
「ほんと?」
「市販のまずいのより迫田さんの方がましだろう」
ポットを受け取り、かぐわしい香りをコップに注ぐ。一口で私の好みに合わせてくれたのに気付く。豆から挽くのは良いが独特の酸味のある種類を好まない。ここが槇岡と正反対だった。
「奥様の方の都合を優先させてくれてるわ」
ふざけ半分に言ったが槇岡は答えない。
「ねえ……」
と顔をあげようとして急に腕を引っ張られる。
「おい!」
「痛い! こぼれるでしょう。なに?」
珍しく慌てている槇岡の姿。目線をたどって身体が固まる。
休憩ルームの柱のそばにぼんやりとたたずむ姿。こっちにに身体を向けているが、目線は落としている。
ポットを落としそうになって慌てて槇岡に押し付ける。
「莉奈!」
ついて来る槇岡を手で制する。
「二人で話させて」
あまりに嬉しくても涙がこぼれそうにもなる。身をもって分かった。
莉奈はツンと手を出し、かけよる私に距離を取る。構わず腕にしがみついた。もう二度と離さないぐらいの気持ちだった。
「来てくれたの?」
ぷいっと横を向いて目を合わせない。不機嫌極まりないが激しく拒絶する感じはない。
「近くだから」
「えっ?」
「今近くに住んでる。ついでに」
「東京に戻ってきてたの?」
「こっちの方が仕事の都合がいいって」
「仕事?」
気付くと柱のそばに若い男が立ってる。すらっとした細身で茶のジャケットを着こんでいる。腕に黒のコートをかけていて、目が合うと遠慮がちに会釈した。
「あれは?」
「ダーリン」
「はあ?」
「彼氏よ。今の」
絶句する。当分恋とは無縁になるかと思っていた。……相変わらず立ち直りが早い。
心配しすぎた自分を笑いたくなってきた。やっぱり莉奈は莉奈だ。
「あのね……」
説明しようとして迷う。ぐるぐると頭の中を言葉が回って整理がつかない。不意に来てくれた興奮で、頭に血がのぼっている。
しがみついてる私の両手を引きはがしながら、不機嫌な調子で莉奈はつづけた。
「よく考えてみたの」
しかめっ面なのは相変わらずで不承不承といった感じだった。
「美津が他の女の人と出て行ったらショック。二度と会えないし」
「ええ」
「でもね、お姉ちゃんとならね……いつでも会えるし、みんなで一緒にいるようなもん」
「…………」
「何も変わらないかなって。ただ……」
そう言って初めて私の顔を見た。
「私と美津の関係だけが違う……」
「……ごめんなさい」
たまらず視線を避ける。ためらいつつもそっと莉奈の手を握る。
「でも私たちが姉と妹ってことは変わらないわ。そうでしょう」
莉奈はほんの少しだけうなずく。そしてあきらめたようにため息をついた。
「ほら、美津もビジネスマンでしょ」
「ええ」
「会社のことなんて私全然わかんないし、やっていけるか不安だった。結局お姉ちゃん方がいいかもしんない……。他の子にとられるよりましだし」
「……そう」
「今日までね、ずっと考えてたの」
莉奈は立ち並ぶ貨車に目をやりながら言った。
「思えばずっとお姉ちゃんに何かしてもらってたなって。ずっと。
あたしたちが一緒になった時にね、ママに言われたの。“あんたもお姉ちゃんを助けてあげないとダメよ”って。お姉ちゃんと美津がほんとに愛し合ってるなら……ゆるしてやってもいいかなって」
「…………」
再び大きなため息をつき、ふくれっつらながらまっすぐに私を見る。
「だからあきらめた。お幸せに」
また涙が出そうになった。莉奈を抱きしめてやりたい。
「で、美津とは上手くいってるの」
「うん、それはだいじょうぶ」
「美津にはね、しょっちゅう女の子たちがわいてくるからね。それで苦労させられたもの」
「分かってる。なんとかするわ」
「ふーん、お姉ちゃん、自信あるんだ?」
二人して笑う。だんだんと表情も柔らかくなってくる。これなら元に戻れるかもしれない。
吹っ切るように莉奈は深呼吸すると槇岡にちらりと目をやる。
「ちゃんと仲良くやってよ、二人で。私の分の幸せも取ったんだから」
「うん、ありがとう、莉奈」
抱き寄せようとするが身をひねって逃げられた。
わだかまりはあっても壁はない気がする。槇岡が言ったように後は時が解決してくれそうだ。
不承不承ながら莉奈は槇岡にも歩み寄った。腕組みをしてつっぱねるような態度ながら、まともに言葉を交わしている。
もう少しだ。これならいずれまた皆で会える時がくる。待てばいい。
胸の奥からにじむような幸福感がわいてきた。
槇岡の言う通りあきらめる必要はなかった。
どちらかを捨てるのではない。莉奈と槇岡との二つの愛。
同時に自分の中に抱ける。
一つでなくていい。芯に大事なものさえあれば迷うことはない。
いくつもの愛を分かち合えるのだ。むしろ多ければ多いほどいい。
私は莉奈の彼氏に近寄った。
「どうぞこちらに」
「えっ?」
初対面の彼氏は少し戸惑っている。
「槇岡も紹介します。初めてだし皆で紹介しあいましょう」
「そうですね」
彼氏の腕をとって莉奈と槇岡の元に歩み寄る。
私たちは誰も血はつながっていない。でも結ばれあってる。つながってる。
新しい家族の息吹を、この胸に感じた。
平日なのもあって駅はさほど混雑していなかった。
新婚旅行にしては簡素すぎるぐらいの荷物しか槇岡は手にしてない。
「現地で買えばいい」と割り切ったものだった。
「のど乾いたわ」
「コーヒーがあるぞ。迫田さんが持たせてくれた」
「ほんと?」
「市販のまずいのより迫田さんの方がましだろう」
ポットを受け取り、かぐわしい香りをコップに注ぐ。一口で私の好みに合わせてくれたのに気付く。豆から挽くのは良いが独特の酸味のある種類を好まない。ここが槇岡と正反対だった。
「奥様の方の都合を優先させてくれてるわ」
ふざけ半分に言ったが槇岡は答えない。
「ねえ……」
と顔をあげようとして急に腕を引っ張られる。
「おい!」
「痛い! こぼれるでしょう。なに?」
珍しく慌てている槇岡の姿。目線をたどって身体が固まる。
休憩ルームの柱のそばにぼんやりとたたずむ姿。こっちにに身体を向けているが、目線は落としている。
ポットを落としそうになって慌てて槇岡に押し付ける。
「莉奈!」
ついて来る槇岡を手で制する。
「二人で話させて」
あまりに嬉しくても涙がこぼれそうにもなる。身をもって分かった。
莉奈はツンと手を出し、かけよる私に距離を取る。構わず腕にしがみついた。もう二度と離さないぐらいの気持ちだった。
「来てくれたの?」
ぷいっと横を向いて目を合わせない。不機嫌極まりないが激しく拒絶する感じはない。
「近くだから」
「えっ?」
「今近くに住んでる。ついでに」
「東京に戻ってきてたの?」
「こっちの方が仕事の都合がいいって」
「仕事?」
気付くと柱のそばに若い男が立ってる。すらっとした細身で茶のジャケットを着こんでいる。腕に黒のコートをかけていて、目が合うと遠慮がちに会釈した。
「あれは?」
「ダーリン」
「はあ?」
「彼氏よ。今の」
絶句する。当分恋とは無縁になるかと思っていた。……相変わらず立ち直りが早い。
心配しすぎた自分を笑いたくなってきた。やっぱり莉奈は莉奈だ。
「あのね……」
説明しようとして迷う。ぐるぐると頭の中を言葉が回って整理がつかない。不意に来てくれた興奮で、頭に血がのぼっている。
しがみついてる私の両手を引きはがしながら、不機嫌な調子で莉奈はつづけた。
「よく考えてみたの」
しかめっ面なのは相変わらずで不承不承といった感じだった。
「美津が他の女の人と出て行ったらショック。二度と会えないし」
「ええ」
「でもね、お姉ちゃんとならね……いつでも会えるし、みんなで一緒にいるようなもん」
「…………」
「何も変わらないかなって。ただ……」
そう言って初めて私の顔を見た。
「私と美津の関係だけが違う……」
「……ごめんなさい」
たまらず視線を避ける。ためらいつつもそっと莉奈の手を握る。
「でも私たちが姉と妹ってことは変わらないわ。そうでしょう」
莉奈はほんの少しだけうなずく。そしてあきらめたようにため息をついた。
「ほら、美津もビジネスマンでしょ」
「ええ」
「会社のことなんて私全然わかんないし、やっていけるか不安だった。結局お姉ちゃん方がいいかもしんない……。他の子にとられるよりましだし」
「……そう」
「今日までね、ずっと考えてたの」
莉奈は立ち並ぶ貨車に目をやりながら言った。
「思えばずっとお姉ちゃんに何かしてもらってたなって。ずっと。
あたしたちが一緒になった時にね、ママに言われたの。“あんたもお姉ちゃんを助けてあげないとダメよ”って。お姉ちゃんと美津がほんとに愛し合ってるなら……ゆるしてやってもいいかなって」
「…………」
再び大きなため息をつき、ふくれっつらながらまっすぐに私を見る。
「だからあきらめた。お幸せに」
また涙が出そうになった。莉奈を抱きしめてやりたい。
「で、美津とは上手くいってるの」
「うん、それはだいじょうぶ」
「美津にはね、しょっちゅう女の子たちがわいてくるからね。それで苦労させられたもの」
「分かってる。なんとかするわ」
「ふーん、お姉ちゃん、自信あるんだ?」
二人して笑う。だんだんと表情も柔らかくなってくる。これなら元に戻れるかもしれない。
吹っ切るように莉奈は深呼吸すると槇岡にちらりと目をやる。
「ちゃんと仲良くやってよ、二人で。私の分の幸せも取ったんだから」
「うん、ありがとう、莉奈」
抱き寄せようとするが身をひねって逃げられた。
わだかまりはあっても壁はない気がする。槇岡が言ったように後は時が解決してくれそうだ。
不承不承ながら莉奈は槇岡にも歩み寄った。腕組みをしてつっぱねるような態度ながら、まともに言葉を交わしている。
もう少しだ。これならいずれまた皆で会える時がくる。待てばいい。
胸の奥からにじむような幸福感がわいてきた。
槇岡の言う通りあきらめる必要はなかった。
どちらかを捨てるのではない。莉奈と槇岡との二つの愛。
同時に自分の中に抱ける。
一つでなくていい。芯に大事なものさえあれば迷うことはない。
いくつもの愛を分かち合えるのだ。むしろ多ければ多いほどいい。
私は莉奈の彼氏に近寄った。
「どうぞこちらに」
「えっ?」
初対面の彼氏は少し戸惑っている。
「槇岡も紹介します。初めてだし皆で紹介しあいましょう」
「そうですね」
彼氏の腕をとって莉奈と槇岡の元に歩み寄る。
私たちは誰も血はつながっていない。でも結ばれあってる。つながってる。
新しい家族の息吹を、この胸に感じた。
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