コミュ障、異世界転生で存在消失す ~透明人間はスローなライフも思いのままでした~

好きな言葉はタナボタ

文字の大きさ
46 / 144

くさび形の黒いやつ

マイ・ベルを手にしたエリカは、アリスとベルを鳴らし合いアリスを応接間にまで連れてきて、筆談を開始した。

『私のうちに来た理由は?』

『迷子になりました』

アリスは筆記用具を持って来ていないので、ノートもペンも同じものをエリカとアリスとで交互に使っている。

『迷子って、お風呂屋さんを出たあとで?』

『そうです。 ずっと道に迷ってて、暗くなってきたんでヤバイと思ってたら、エリカさんの家が見つかりました』

エリカはアリスがこの辺りの道に不慣れなことも、風呂屋を出てから家に帰り着くまでに1時間も歩かねばならないことも失念していた。 

(考えてみればアリスちゃんは、夕闇が迫るなかで、良く知らない道を長いこと歩いて帰らないといけなかったのよね。 しかも湯上がりに。 ごめんねアリスちゃん! 私ったら、なんて迂闊うかつだったのかしら)

『ごめんねアリスちゃん。 私のミスよ。 心細かったでしょう』

しかしアリスは実のところ、エリカが思うほどヘコたれていなかった。 異世界に来て以来ずっと廃屋に住み万引きで暮らしてきたアリスには、夕闇が迫るなかで迷子になるぐらい大したことではなかったのだ。 この異世界に飛ばされて以来、いや、ことによれば前世で自殺する前から、アリスはずっと夕闇の中で迷子をやってるようなものなのだから。

前世ではエリカもアリスと同じような状態だったのだが、アリスの心境を読み間違えるあたり、異世界に来てからエリカは心がソフトになっていると見える。



エリカはアリスを自宅に泊めることにした。 外はもう暗いし、エリカが道案内するにしても1時間近くも歩かねばならない。

他人を自宅に迎え入れるなどコミュ障で人嫌いのエリカらしからぬ行動だが、ファントムさん同士なら相手の顔色が気にならないし、アリスに対する申し訳なさでエリカは気持ちが高ぶっていた。

『アリスちゃん、今夜はうちに泊まっていって』

『ありがとうございます』

アリスはエリカの申し出を有り難く受け入れた。 陰気な廃屋に戻るために60分も歩きたくはなかった。


◇❖◇

エリカの家に泊まらせてもらうことになったアリス。 彼女がいま座っている台所のテーブルの上には美味しそうなチョコレート・ケーキ。 そしてアリスはチョコレート・ケーキが大好物。

アリスは大好物をエリカからせしめるべく筆談を開始した。

『エリカさん、お腹が空きました』

(あら! そうよね。 晩ゴハンも食べずに歩き回ってたんでしょうから。 可哀想なアリスちゃん)

『じゃあ、何か作りましょう。 冷蔵庫の中に野菜と肉があるから』

『いえ、わざわざ作ってくれなくても。 そこの黒いやつでいいです』

(黒いやつ? って... まさか私のチョコレート・ケーキ!? 大事に取ってあるのに)

チョコレート・ケーキはエリカの大好物。 今晩の最大の楽しみに位置づけられる重要なスイーツ。 断じてアリスに渡すわけにはいかない。 だからエリカはとりあえずけてみた。

『黒いやつって何のことかしら?』

『オレンジの横に置かれているやつです。 くさび形の』

「黒いやつ」が指し示すものを容赦なく特定してゆくアリス。 それでも「チョコレート・ケーキ」という言葉を使わないのが彼女の奥ゆかしいところである。

だがアリスの奥ゆかしさはエリカを救いはしない。 アリスの言葉にエリカは追い詰められた。

(黒くてクサビ形でオレンジの横に置かれてるって、チョコレート・ケーキ以外にあり得ないじゃない)

「黒いやつ」が指し示すものに関してエリカがこれ以上とぼけるのは不自然だ。 エリカはとぼけるのを諦めた。 しかしチョコレート・ケーキを諦めるわけではない。 守り方を変えるのだ。

『チョコレート・ケーキを食べたいの?』

『はい』

『夕食をチョコレート・ケーキで済ませるのは体に悪いわ。 焼きそばを作ってあげましょう』

そう書いたノートをエリカはアリスが座る席の前に回したが、アリスからの返信が一向に来ない。 エリカがベルをチンと鳴らすとアリスのベルもチンと鳴るが、それだけだ。

エリカは再びノートに書き込んだ。

『アリスちゃん?』

今度は返事があった。

『はい』

『夕食の件なんだけど』

『はい』

『焼きそばでいいわよね?』

まただ。 いくら待っても返事がない。

エリカは試みに尋ねてみた。

『チョコレート・ケーキ?』

すると返事がある。

『はい』

(アリスちゃんはチョコレート・ケーキにロックオンてわけね。 仕方ないなー)

『じゃあ、焼きそばの後でチョコレート・ケーキでいい?』

『はい』

『私と半分こでいいかしら?』

『それでいいです』
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!