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くさび形の黒いやつ
マイ・ベルを手にしたエリカは、アリスとベルを鳴らし合いアリスを応接間にまで連れてきて、筆談を開始した。
『私のうちに来た理由は?』
『迷子になりました』
アリスは筆記用具を持って来ていないので、ノートもペンも同じものをエリカとアリスとで交互に使っている。
『迷子って、お風呂屋さんを出たあとで?』
『そうです。 ずっと道に迷ってて、暗くなってきたんでヤバイと思ってたら、エリカさんの家が見つかりました』
エリカはアリスがこの辺りの道に不慣れなことも、風呂屋を出てから家に帰り着くまでに1時間も歩かねばならないことも失念していた。
(考えてみればアリスちゃんは、夕闇が迫るなかで、良く知らない道を長いこと歩いて帰らないといけなかったのよね。 しかも湯上がりに。 ごめんねアリスちゃん! 私ったら、なんて迂闊だったのかしら)
『ごめんねアリスちゃん。 私のミスよ。 心細かったでしょう』
しかしアリスは実のところ、エリカが思うほどヘコたれていなかった。 異世界に来て以来ずっと廃屋に住み万引きで暮らしてきたアリスには、夕闇が迫るなかで迷子になるぐらい大したことではなかったのだ。 この異世界に飛ばされて以来、いや、ことによれば前世で自殺する前から、アリスはずっと夕闇の中で迷子をやってるようなものなのだから。
前世ではエリカもアリスと同じような状態だったのだが、アリスの心境を読み間違えるあたり、異世界に来てからエリカは心がソフトになっていると見える。
◇
エリカはアリスを自宅に泊めることにした。 外はもう暗いし、エリカが道案内するにしても1時間近くも歩かねばならない。
他人を自宅に迎え入れるなどコミュ障で人嫌いのエリカらしからぬ行動だが、ファントムさん同士なら相手の顔色が気にならないし、アリスに対する申し訳なさでエリカは気持ちが高ぶっていた。
『アリスちゃん、今夜はうちに泊まっていって』
『ありがとうございます』
アリスはエリカの申し出を有り難く受け入れた。 陰気な廃屋に戻るために60分も歩きたくはなかった。
◇❖◇
エリカの家に泊まらせてもらうことになったアリス。 彼女がいま座っている台所のテーブルの上には美味しそうなチョコレート・ケーキ。 そしてアリスはチョコレート・ケーキが大好物。
アリスは大好物をエリカからせしめるべく筆談を開始した。
『エリカさん、お腹が空きました』
(あら! そうよね。 晩ゴハンも食べずに歩き回ってたんでしょうから。 可哀想なアリスちゃん)
『じゃあ、何か作りましょう。 冷蔵庫の中に野菜と肉があるから』
『いえ、わざわざ作ってくれなくても。 そこの黒いやつでいいです』
(黒いやつ? って... まさか私のチョコレート・ケーキ!? 大事に取ってあるのに)
チョコレート・ケーキはエリカの大好物。 今晩の最大の楽しみに位置づけられる重要なスイーツ。 断じてアリスに渡すわけにはいかない。 だからエリカはとりあえずとぼけてみた。
『黒いやつって何のことかしら?』
『オレンジの横に置かれているやつです。 くさび形の』
「黒いやつ」が指し示すものを容赦なく特定してゆくアリス。 それでも「チョコレート・ケーキ」という言葉を使わないのが彼女の奥ゆかしいところである。
だがアリスの奥ゆかしさはエリカを救いはしない。 アリスの言葉にエリカは追い詰められた。
(黒くてクサビ形でオレンジの横に置かれてるって、チョコレート・ケーキ以外にあり得ないじゃない)
「黒いやつ」が指し示すものに関してエリカがこれ以上とぼけるのは不自然だ。 エリカはとぼけるのを諦めた。 しかしチョコレート・ケーキを諦めるわけではない。 守り方を変えるのだ。
『チョコレート・ケーキを食べたいの?』
『はい』
『夕食をチョコレート・ケーキで済ませるのは体に悪いわ。 焼きそばを作ってあげましょう』
そう書いたノートをエリカはアリスが座る席の前に回したが、アリスからの返信が一向に来ない。 エリカがベルをチンと鳴らすとアリスのベルもチンと鳴るが、それだけだ。
エリカは再びノートに書き込んだ。
『アリスちゃん?』
今度は返事があった。
『はい』
『夕食の件なんだけど』
『はい』
『焼きそばでいいわよね?』
まただ。 いくら待っても返事がない。
エリカは試みに尋ねてみた。
『チョコレート・ケーキ?』
すると返事がある。
『はい』
(アリスちゃんはチョコレート・ケーキにロックオンてわけね。 仕方ないなー)
『じゃあ、焼きそばの後でチョコレート・ケーキでいい?』
『はい』
『私と半分こでいいかしら?』
『それでもいいです』
『私のうちに来た理由は?』
『迷子になりました』
アリスは筆記用具を持って来ていないので、ノートもペンも同じものをエリカとアリスとで交互に使っている。
『迷子って、お風呂屋さんを出たあとで?』
『そうです。 ずっと道に迷ってて、暗くなってきたんでヤバイと思ってたら、エリカさんの家が見つかりました』
エリカはアリスがこの辺りの道に不慣れなことも、風呂屋を出てから家に帰り着くまでに1時間も歩かねばならないことも失念していた。
(考えてみればアリスちゃんは、夕闇が迫るなかで、良く知らない道を長いこと歩いて帰らないといけなかったのよね。 しかも湯上がりに。 ごめんねアリスちゃん! 私ったら、なんて迂闊だったのかしら)
『ごめんねアリスちゃん。 私のミスよ。 心細かったでしょう』
しかしアリスは実のところ、エリカが思うほどヘコたれていなかった。 異世界に来て以来ずっと廃屋に住み万引きで暮らしてきたアリスには、夕闇が迫るなかで迷子になるぐらい大したことではなかったのだ。 この異世界に飛ばされて以来、いや、ことによれば前世で自殺する前から、アリスはずっと夕闇の中で迷子をやってるようなものなのだから。
前世ではエリカもアリスと同じような状態だったのだが、アリスの心境を読み間違えるあたり、異世界に来てからエリカは心がソフトになっていると見える。
◇
エリカはアリスを自宅に泊めることにした。 外はもう暗いし、エリカが道案内するにしても1時間近くも歩かねばならない。
他人を自宅に迎え入れるなどコミュ障で人嫌いのエリカらしからぬ行動だが、ファントムさん同士なら相手の顔色が気にならないし、アリスに対する申し訳なさでエリカは気持ちが高ぶっていた。
『アリスちゃん、今夜はうちに泊まっていって』
『ありがとうございます』
アリスはエリカの申し出を有り難く受け入れた。 陰気な廃屋に戻るために60分も歩きたくはなかった。
◇❖◇
エリカの家に泊まらせてもらうことになったアリス。 彼女がいま座っている台所のテーブルの上には美味しそうなチョコレート・ケーキ。 そしてアリスはチョコレート・ケーキが大好物。
アリスは大好物をエリカからせしめるべく筆談を開始した。
『エリカさん、お腹が空きました』
(あら! そうよね。 晩ゴハンも食べずに歩き回ってたんでしょうから。 可哀想なアリスちゃん)
『じゃあ、何か作りましょう。 冷蔵庫の中に野菜と肉があるから』
『いえ、わざわざ作ってくれなくても。 そこの黒いやつでいいです』
(黒いやつ? って... まさか私のチョコレート・ケーキ!? 大事に取ってあるのに)
チョコレート・ケーキはエリカの大好物。 今晩の最大の楽しみに位置づけられる重要なスイーツ。 断じてアリスに渡すわけにはいかない。 だからエリカはとりあえずとぼけてみた。
『黒いやつって何のことかしら?』
『オレンジの横に置かれているやつです。 くさび形の』
「黒いやつ」が指し示すものを容赦なく特定してゆくアリス。 それでも「チョコレート・ケーキ」という言葉を使わないのが彼女の奥ゆかしいところである。
だがアリスの奥ゆかしさはエリカを救いはしない。 アリスの言葉にエリカは追い詰められた。
(黒くてクサビ形でオレンジの横に置かれてるって、チョコレート・ケーキ以外にあり得ないじゃない)
「黒いやつ」が指し示すものに関してエリカがこれ以上とぼけるのは不自然だ。 エリカはとぼけるのを諦めた。 しかしチョコレート・ケーキを諦めるわけではない。 守り方を変えるのだ。
『チョコレート・ケーキを食べたいの?』
『はい』
『夕食をチョコレート・ケーキで済ませるのは体に悪いわ。 焼きそばを作ってあげましょう』
そう書いたノートをエリカはアリスが座る席の前に回したが、アリスからの返信が一向に来ない。 エリカがベルをチンと鳴らすとアリスのベルもチンと鳴るが、それだけだ。
エリカは再びノートに書き込んだ。
『アリスちゃん?』
今度は返事があった。
『はい』
『夕食の件なんだけど』
『はい』
『焼きそばでいいわよね?』
まただ。 いくら待っても返事がない。
エリカは試みに尋ねてみた。
『チョコレート・ケーキ?』
すると返事がある。
『はい』
(アリスちゃんはチョコレート・ケーキにロックオンてわけね。 仕方ないなー)
『じゃあ、焼きそばの後でチョコレート・ケーキでいい?』
『はい』
『私と半分こでいいかしら?』
『それでもいいです』
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