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シバー少尉は食べさせたい

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その頃、シバー少尉は不安になっていた。

「ひょっとして、エリカさん私に腹を立てて家に帰って来ないつもりじゃ?」

少尉は、エリカが家を出る直前の冷たい思念を思い出す。『そこは私のデリケートな部分だから触れないでくれる?』

さらに少尉はもう1つの可能性にも思い至った。

「エリカさんが《支配》の計画に勘付いたのかも」

少尉のさっきの「いよいよ今夜かー」というつぶやきを、風呂上がりのエリカは恐らく耳にしたはずだ。 「いよいよ今夜」に陰謀をほのめかすキーワードは含まれていないが、ちょっと勘のいい人なら何かを疑うだろう。 「いよいよ」などという言葉、何かを企む人がいかにも使いそうではないか。

「だとしたら大変。 大佐に報告しなきゃ」

シバー少尉はケイタイ・テレホンをどこからか取り出すと、ガブリュー大佐に連絡する。

「もしもし、シバー少尉です」

「サワラジリを痺れさせたか?」

「いえ、違うんです。 大変なんです」

「落ち着け。 何が大変なのだ?」

「サワラジリに計画に勘付かれた恐れがあります」

そう言ってシバー少尉は懸念している2つの可能性をガブリュー大佐に伝えた。

懸念が発生したときの子細しさいを少尉から聞き終えて大佐は言う。

「案ずるな、少尉。 サワラジリは計画に気づいておらん。 落ち着いて待っていろ。 奴に最後の自由時間を過ごさせてやってると思えばいい」

「でも、せっかくのお料理が...」

「痺れ薬は夕飯に仕込めばよかろう」

「...はい」

そのときである。 エリカのベルの音がシバー少尉の近くで鳴った。

チーン(いま帰りましたよ)

「きゃっ、エリカさん?」

「むっ、サワラジリか。 ではこれで通話を切るぞ」

ガブリュー大佐は通話を切った。



「あっ、なんかトンカツの匂いがする。 エリカさん、トンカツ食べました?」

チン(うん)

「お昼ごはんを外で食べてきちゃったんですね。 せっかくエリカさんの好物を昼食に用意してたのに」

そう言ってシバー少尉は台所のテーブルの上にある、もうすっかり冷めてしまったエリカの好物に目を向ける。

エリカもつられてテーブルの上に目を向けた。

(あら、アレは私の大好物。 でもアレはたしかシバー少尉の好物でもあったはず)

チンチンチン?(あなたが食べればどうかしら?)

「いえ、私はもう自分のぶんを食べましたから。 アレはエリカさん専用なんです」

(専用? 妙な言い回しね)

「アレは冷めても美味しいですよ?」

チンチン(いや、今お腹いっぱいだから)

「ですよね。 トンカツはお腹に溜まりますもんね」

チン、チチチチンチチンチンチチ(そうそう、今日わたし晩ゴハンいらないから)

それを聞いたシバー少尉の顔は絶望に染まった。

「えー、どうしてですか? 晩ゴハンは必要ですよ」

エリカはベルを押す指が疲れてきたので筆談に移行した。 いつも背負っているナップサックから筆記用具を取り出してメッセージを書く。

『さっきトンカツ屋で二人前食べたから。 ゴハンもドンブリに3杯も食べちゃった』

それを読んだシバー少尉は泣きそうである。

「どうして、そんな意地悪するんですか?」

『なにが意地悪なの?』

「昼ゴハンを外で食べてきた挙げ句、晩ゴハンまで要らないとか言い出して。 よりによって今日トンカツを二人前食べなくてもいいのに! エリカさんの意地悪!」

シバー少尉はそう叫ぶと、自室に閉じこもって中からドアに鍵をかけてしまった。

(わけわかんない。 ときどき変よね、あの子)

そう言いつつも、なんとなく悪いことをした気持ちになるエリカであった。



シバー少尉は3時間ほどして自室からリビングへ出てきた。 不貞寝ふてねしていたらしく、右頬に枕の跡がついている。

「おはよーございますエリカさん」

リビングのソファーで昼寝をしていたエリカは、その声で目覚めてベルを鳴らす。

チン。(おはよー)

「あっ、もうこんな時間。 そろそろお夕飯の買い物に行かなくっちゃ」

チン。(そうだね)

「エリカさんはお腹が空いてないということなので、今晩は何か軽いものを作りますね」

シバー少尉のさりげない押し付けにエリカは異議を唱えなかった。 トンカツを食べてから3時間が経過して、少しなら夕食を食べてもいい感じになっていたのだ。 エリカは少尉をチンと送り出す。 いってらっしゃい。

「いってきまーす」
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