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高校生編 5月
衝撃 ~朱雲 海side~
しおりを挟む情けないことに、またソラに慰められてしまった。
僕が兄なのに。
反省しながら千五百メートル走をスタートした。
体力には自信がある。
『私、応援しながら見てるから!』
傷は大丈夫だろうか。
そう心配しつつも、応援してくれるというのが嬉しくてたまらない。
ソラに体育祭で応援してもらうのは今年が初めてだ。
今まで彼女は、家から出ることはできなかったから。
リズムよく走りながら、目では常にサラサラと揺れる銀の髪を探していた。
けれど結局、最後まで彼女を見つけることは出来なかった。
***
どこを探しても彼女がいない。
ひょっとして、まだ保健室にいるのだろうか。
一人では傷の手当が難しく、手間取っている、とか。
そう仮説をあげながら保健室に向かった。
「・・・ん?」
声が聞こえた。
保健室が近づくにつれ、その声は大きくなってくる。
一人はソラだ。
聞き間違えるはずがない。
もう一人は、男の声だった。
聞き覚えがある。
紫月 司。
なぜアイツがここにいる?
ソラとアイツに接点があったのか?
気付かれないようにそっとドアを開けて中の様子を窺う。
「っ!」
中の二人の姿が視界に入るや否や、僕は再びドアを閉めた。
嘘、だろ・・・?
二人は抱き合っていた。
信じられない、信じたくない。
まだ五月だ。
ソラがこの学園に入学してからまだ二ヶ月も経っていない。
それなのに、二人があんな関係になっているなんて。
そういえば、紫月は以前まで固く、誰にも心を開かなかったのに、この頃は口調も、表情も目に見えて柔らかくなってきている。
それも全て、ソラのおかげだというのか。
カッと頭が熱くなった。
ドアを開けて、二人を引き離したい衝動に駆られる。
右手で胸元の体操服の布をギュッと握りしめる。
僕はドアを開ける代わりに、壁に寄りかかって中から聞こえる声に耳を澄ました。
「カイお兄ちゃんは私のこと、すごく心配してくれているんです。私が傷つくようなことがあったら、自分のことを責めてしまう。特に今は、私が外の世界に出て少ししか経っていないから、小さなことにも反応してしまうんだと思うんです。」
ソラが話しているのは、僕のこと、だ。
しかも、僕のことをカイお兄ちゃん、と普通に呼んでいる。
ソラは、僕との関係を、能力のことも全て、紫月に話したのか?
あの警戒心の強いソラがそんなことまで話すなんて。
僕はいよいよ、二人が『そういう関係』なのだと認めざるを得なかった。
「ソラが傷ついた時は?」
「え?」
しかもアイツ、ソラのことを僕みたいにソラ、と呼んでる。
他の男がソラのことを名前で呼んでいる、と思った瞬間、抑えがたい衝動を感じた。
今すぐ紫月をソラから引きはがして、殴りつけたい。
なんでそんな思いが湧いてくるのか、分からない。
唇を思いきり噛んでその衝動を必死に抑える。
「ソラは、自分が傷ついても、朱雲会長の前じゃそれを見せないだろ?ソラが傷ついているのを会長が知ったら、会長が自分自身を責めてしまうと知っているから。だから傷ついて、落ち込んでも、何もないような振りをして会長に笑顔を見せるだろ。」
ドキリとした。
紫月の言葉が僕の胸に突き刺さった。
今まで、ソラが落ち込んでいるのを見たことがない。
びっくりするくらいしっかりしていて、強くて、優しい。
いつも笑顔でいるのが、ソラだった。
その笑顔がもし、偽りだったら?
ソラは果たして、落ち込んでいる時、ありのままの感情で僕に向き合ってくれるのだろうか。
いいや、ソラは誤魔化すだろう。
ソラは、優しいから。
その優しさが、辛かった。
「そんなこと・・・」
ソラは、紫月の答えを否定しない。
それが全てだ。
ソラは、僕の前に弱った姿を晒そうとはしない。
「おれじゃ、ダメか?ソラが傷ついた時、落ち込んだ時、おれを頼ってくれないか?」
心臓が、ドクンとやけに大きな音を刻んだ。
ソラが、アイツを頼る?
僕じゃなくて?
そんなの嫌だ、絶対嫌だ。
ソラが僕以外の誰かを頼っている所を想像するだけで、名前のつけようがない、負の感情が湧いてくる。
「おれじゃ、何も出来ないかもしれない。でも、君が傷ついた時、一番に君の頭に浮かぶのがおれであったら、嬉しい。」
僕は、絶対に嫌だ!
頼む、ソラ、断ってくれ。
僕がいるから、大丈夫だって。
強く強く、願った。
でも、薄々分かっていたのかもしれない。
ソラが導き出すであろう答えが。
それでも、僕は願った。
けれど。
「頼りに、してますね。」
とても小さな声。
それでも、彼女の澄みきったソプラノは僕の耳まで真っ直ぐに届いた。届いてしまった。
その言葉の意味を頭が理解した瞬間、僕は絶望と、嫉妬と、怒りと、情けなさと、とにかく色んな感情に押し流されながら、フラフラとその場を後にした。
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