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冬の章 そしてわたしは
7、答えはもちろん
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場の空気が一旦落ち着いたところで、おいちゃんが「はー、ほんっと不器用なやつは困るね」と大げさに肩をすくめてみせた。言いながらコオリ君の方に視線を向けるから、コオリ君も気まずそうに視線をそらしちゃってる。
「……じゃああとはノイズの方だね。俺たち北海道フェア行ってるから、きちんと話し合うといいよ」
コオリ君も「それがいいです」とうなずいて、最後にわたしに「──あの夜言ったことは忘れてください」と小さく言った。
どの言葉だろう。話の流れからして、ノイ君とのことについてかな。
何せあの夜は『にんじん』のショックが大きすぎて、他のことに関しての記憶が曖昧だ。お酒も入ってたし……。
おぼろげに浮かぶ言葉が、コオリ君の指すものかは自信がなかったけれど、わたしはうなずいた。
「大丈夫だよ、忘れる」
安心してもらえるように微笑むと、コオリ君も同じ表情を返してくれた。その直前にほんの少し苦い表情になった気がしたけれど──多分、気のせい。
「異動願い、出さないよね?」
おいちゃんはいつもの穏やかな表情で、わたしにたずねる。コオリ君も「出さないでください」と力強く続けた。
わたしは「いいの?」と聞きかけて、口をつぐむ。代わりにノイ君の方を見ると、彼は「いてよ、ずっと」と口を尖らせた。
「言い方!」
すかさずおいちゃんからチェックが入って、ノイ君は「わかってるって!」と首のうしろをかいた。コオリ君はそれにかすかに苦笑いした後、「豊福さん」ともう一度わたしを呼んだ。
「先に向こうで待ってます」
今までと同じようなまっすぐな視線が優しくて、それがすごく嬉しい。
本当に──いいんだ。わたし。コオリ君とまた向き合ってもいいんだ。それがわかって安心感が広がっていく。そのあたたかい気持ちのまま、わたしもうなずくことができた。
「……うん、ありがとう」
コオリ君は極上の微笑みを見せてから、おいちゃんと一緒に北海道フェアの方へと向かって行った。遠ざかる二人の背中を見送っていると「ふくちゃん」とノイ君に呼ばれる。
……きた。
ドクンと一度心臓が跳ねる。それを深呼吸で落ち着かせてから、ゆっくりとノイ君を見上げた。いつもなら上がっている口角をまっすぐにして、真面目な表情をしている。せっかくベンチがあるのに、座ろうと言える雰囲気でもない。
まだ何も言われていないのに、泣きそうだ。思えば彼はいつだって笑顔ばかりを見せてくれていたことに、今更ながら思い至る。
「ごめんね、そもそも俺のせいでコオリに『にんじん』のことばれたんだよね。──コオリから聞いた」
ノイ君はそう言うと、目を伏せた。最初にその話がくると思ってなくて、わたしは慌てて否定する。
「気にしなくていいよ、遅かれ早かれ、ばれる日は絶対きてたもん。それに、コオリ君とも仲直りできたし……」
終わりよければ全てよし、と言えるのかはわからないけれど、ノイ君が気にすることじゃない。わたしが「大丈夫」と繰り返すと、ノイ君は少しだけ口元をゆるませた。けれどすぐに引き締めて「あと、最近の俺の態度のことも、ごめん」とまた声を落とす。
「一応俺としては、ふくちゃんの言う横並びのチームメイトってやつを心がけてたつもりだけど……でもやっぱちょっとつっけんどんにはなってたかも。そんなに傷つけてると思わなかったんだ……本当にごめんね」
ノイ君は悪くない。わたしが勝手に寂しがってただけ。
自分が突き放したくせに、ノイ君と距離ができた途端に──恋しくなってただけ。
「ノイ君が謝ることなんてないよ。わたしが──」
「俺にどうしてほしい?」
わたしの言葉をさえぎって、ノイ君が言った。
……どういうことだろう?
質問の意味がわからなくて答えられずにいると「ふくちゃんが望むような関係に合わせるから、言って」とノイ君は補足をくれた。
「もし今みたいな関係がいやなら、前みたいにちょっと仲良しくらいの位置に戻ってみる? ──もちろん、今くらいでもいい。今度は俺ももうちょっと愛想よくするし。ふくちゃんが好きな方を選んで」
ノイ君の言葉を反芻して、意味をかみくだいてみても、わたしには『?』しか浮かばない。
なんでそんなにわたしに合わせようとしてくれるの? 自分の気持ちはいいの?
でも見つめ合ってもノイ君の真意はわからない。
「……どうしてそんなこと言うの?」
わたしがこうたずねるのはお見通しだったんだろう。ノイ君はさらりと答えた。
「俺が1番嫌なのは、ふくちゃんがマネージャーをやめちゃうことだから。ふくちゃんがここにいてくれるなら、俺はなんでも大丈夫」
「……わたし、マネージャーでいて良いの?」
「当たり前でしょ。むしろふくちゃん以外いやだよ」
ノイ君はそう言い切ったあとで「まあ……最近の俺の態度が、そう見えない感じだったのは否めない……けど」とバツが悪そうにうつむいた。
「でも信じて。ふくちゃんがマネージャーでいてくれないと困る。ものすっごい頼ってるから」
「……わたし……みんなの力になれてる?」
「もちろん。ただいてくれるだけで心強い。……本当だよ?」
ノイ君の目がきらきらと輝いて、わたしにその思いを伝えてくれる。もしそんなふうに思ってもらえてるなら、なんて……なんて嬉しいことだろう。
頼りにされたい。選手の力になりたい。
それはずっとわたしが望んでいたマネージャー像だったから。
「もしもふくちゃんが自分のことマネージャーとして自信がないって思うなら、俺が何度でもそれを否定するよ。ふくちゃんは今のままで大丈夫。むしろそのままでいて」
さっきのおいちゃんも、コオリ君も。そして今のノイ君も。
3人の言葉が、わたしの心に明かりを灯す。見えなくなっていたマネージャーとしての自信を、その役割を、照らしてくれているみたい。
いつもよりもゆったりとした口調がやけに響いて、わたしの中に積もっていく。
「あり……がと……」
涙をこらえてお礼を言うと、ノイ君はどこか吹っ切れた表情で「だから、ふくちゃんに決めて欲しいんだ。そうしたら俺もあきらめつくから」と言った。
あきらめるという言葉に、背筋にひやりとしたものが走る。
ノイ君は本気だ。
わたしが望めば、きっと前みたいに近い距離にきてくれるし、逆のことにも対応してくれるんだろう。そして、わたしへ見せてくれた好きって気持ちは──封印するんだ。それが風化してなくなるまで。
さっきから自分の前にあった選択肢が、急に凍えるような気持ちを運んでくる。
そうだよ、わたしはそれを望んでいたはず。ノイ君に対してもみんなに対しても、誠実なマネージャーでいたいって。
「わた……しは……」
声が震える。
本当にそれでいいの?って声が頭の中で響く。
これまで2人で過ごした色んな時間が、わたしにもたらしたもの。恋のときめきや、優しさ。ノイ君に焦がれる気持ち。
その大きさに比例するみたいに、距離を置かれてからは寂しさと恋しさばかり募った。
そういう全部を、わたしもあきらめて捨てないといけない。
その実感が急におりてきて、背筋が凍りついた。
本当にそんなことできるの?
今、ノイ君とこうして向き合えて、ものすごく嬉しいのに。彼の明るい笑顔をもう一度近くで見たいって、そればかり考えているのに。……こんなにノイ君を好きなのに。
ダメと思えば思うほど、気持ちが溢れてしまう。あきらめないとと思うほどに、彼が恋しくなる。
自分からこの気持ちを手放して、後悔しない?
未来への不安と今の気持ちと、またわたしの天秤が揺れている。でも──どうしてだろう。今、ものすごくわたしはわたしの気持ちを大事にしたいと思っていた。
それはみんながわたしを認めてくれているってわかったからかもしれないし、おいちゃんが背中を押してくれたからかもしれないし、目の前にいるノイ君のまっすぐな瞳に魅入られているからかもしれない。
「──わたし……」
先への不安は消えない。
でもこの手をとらなかった時の寂しさを味わって、それ以上の悲しみはないって気づいてしまったから。
わたしは一歩だけ前に出た。ノイ君は少しだけ心配そうな顔で、わたしの答えを待っている。彼だって不安なんだってようやくわかって、決心がついた。
「どっちもやだ」
息を吐くように声がもれた。ぎゅっとこぶしを握って「ノイ君が好きだから……つきあって、マネージャーもがんばりたい……」と震える声で言う。一気に言えた。多分、どこかで間をとったら続けられなかった。だって自分でも今更って思うし、わがままだってわかるから。
わたしの決死の告白に対して、ノイ君は目を丸くした。こういう答えは予想してなかったみたい。口がぽかんとあいて、わたしを見つめている。
「調子いいこと言ってるっていうのはわかってるんだけど……その、ようやく決心ついたから……」
そう続けながらも、一つのことに気づく。
考えてみたらノイ君がわたしに告白してくれてから、既に3ヶ月くらいたっている。この間にノイ君の気持ちが変わっていてもおかしくない。
……もしかしたら、手遅れなのかも。
その可能性は、考えてなかった。わたしの時間は止まっていたけれど、ノイ君の時間は流れている。そんな当たり前のことに思い至ったら一気に血の気が引いて、わたしは一歩後ずさった。
「……今更……だよね。ごめんね、あの、そしたらわたし──」
言い訳めいた言葉を続けようとしたとこで、ノイ君が一歩踏み出してわたしの手をとった。触れられて初めて、自分が震えていることに気づく。ノイ君の手はあたたかくて力強い。
「ごめん、ふくちゃんがあんまりにもかわいいから、ちょっと続けて欲しくなっちゃって」
照れ笑いしながら、ノイ君はわたしの手をぐっと引いた。がばりと肩を抱かれ──というか思い切り抱きしめられる。急なことに硬直していると「……嘘じゃないよね」と力がこめられた。
「う、嘘じゃないっ。ほんとに決めたことでっ」
「……うん、そうだよね。ふくちゃんが軽い気持ちでこんなこと言うなんて思ってない。──ありがとう」
ぎゅっと力をこめられて、夢じゃないし嘘でもないって実感がこみあげる。腕の中からノイ君を見上げると、彼の目も潤んでいた。
「ふくちゃんの無鉄砲なところも、優しいところも、しょいこむところも、全部好きだよ」
ノイ君は微笑んで、わたしのメガネを少しずらすと、涙を指でぬぐった。
「これからは全部教えて。不安なことも、嬉しいことも、全部。そしたら俺もきっともう間違わないから」
「うん……」
わたしも教えてほしい。ノイ君の思ってること、全部。
彼が好きだから。支えたいから。
気持ちが受け入れられた喜びでまた涙が止まらなくなってしまう。ノイ君の指を濡らして伝ってしまう前にとバッグに手を伸ばそうとしたところで、メガネが外された。あ、と思ったところで顔を上向きにされて、目尻にあたたかい感触。
ノイ君がわたしの涙に口付けた。
「ノっ、ノイ君!!」
さすがにっ、さすがにそれは!!
甘い雰囲気が吹き飛んで、思わず逃れようとするけれど、ノイ君の腕にがっちり阻まれる。でもわたしを困らせるつもりはないみたいで、すっと唇は離れていった。ノイ君はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「ごめんごめんっ。ハンカチ出すより早いと思って」
「ばっ……ばかっ……!」
顔を真っ赤にするわたしに、ノイ君は余裕の表情だ。
その視線の柔らかさに満たされて、わたしは最後に一粒涙をこぼした。
「……じゃああとはノイズの方だね。俺たち北海道フェア行ってるから、きちんと話し合うといいよ」
コオリ君も「それがいいです」とうなずいて、最後にわたしに「──あの夜言ったことは忘れてください」と小さく言った。
どの言葉だろう。話の流れからして、ノイ君とのことについてかな。
何せあの夜は『にんじん』のショックが大きすぎて、他のことに関しての記憶が曖昧だ。お酒も入ってたし……。
おぼろげに浮かぶ言葉が、コオリ君の指すものかは自信がなかったけれど、わたしはうなずいた。
「大丈夫だよ、忘れる」
安心してもらえるように微笑むと、コオリ君も同じ表情を返してくれた。その直前にほんの少し苦い表情になった気がしたけれど──多分、気のせい。
「異動願い、出さないよね?」
おいちゃんはいつもの穏やかな表情で、わたしにたずねる。コオリ君も「出さないでください」と力強く続けた。
わたしは「いいの?」と聞きかけて、口をつぐむ。代わりにノイ君の方を見ると、彼は「いてよ、ずっと」と口を尖らせた。
「言い方!」
すかさずおいちゃんからチェックが入って、ノイ君は「わかってるって!」と首のうしろをかいた。コオリ君はそれにかすかに苦笑いした後、「豊福さん」ともう一度わたしを呼んだ。
「先に向こうで待ってます」
今までと同じようなまっすぐな視線が優しくて、それがすごく嬉しい。
本当に──いいんだ。わたし。コオリ君とまた向き合ってもいいんだ。それがわかって安心感が広がっていく。そのあたたかい気持ちのまま、わたしもうなずくことができた。
「……うん、ありがとう」
コオリ君は極上の微笑みを見せてから、おいちゃんと一緒に北海道フェアの方へと向かって行った。遠ざかる二人の背中を見送っていると「ふくちゃん」とノイ君に呼ばれる。
……きた。
ドクンと一度心臓が跳ねる。それを深呼吸で落ち着かせてから、ゆっくりとノイ君を見上げた。いつもなら上がっている口角をまっすぐにして、真面目な表情をしている。せっかくベンチがあるのに、座ろうと言える雰囲気でもない。
まだ何も言われていないのに、泣きそうだ。思えば彼はいつだって笑顔ばかりを見せてくれていたことに、今更ながら思い至る。
「ごめんね、そもそも俺のせいでコオリに『にんじん』のことばれたんだよね。──コオリから聞いた」
ノイ君はそう言うと、目を伏せた。最初にその話がくると思ってなくて、わたしは慌てて否定する。
「気にしなくていいよ、遅かれ早かれ、ばれる日は絶対きてたもん。それに、コオリ君とも仲直りできたし……」
終わりよければ全てよし、と言えるのかはわからないけれど、ノイ君が気にすることじゃない。わたしが「大丈夫」と繰り返すと、ノイ君は少しだけ口元をゆるませた。けれどすぐに引き締めて「あと、最近の俺の態度のことも、ごめん」とまた声を落とす。
「一応俺としては、ふくちゃんの言う横並びのチームメイトってやつを心がけてたつもりだけど……でもやっぱちょっとつっけんどんにはなってたかも。そんなに傷つけてると思わなかったんだ……本当にごめんね」
ノイ君は悪くない。わたしが勝手に寂しがってただけ。
自分が突き放したくせに、ノイ君と距離ができた途端に──恋しくなってただけ。
「ノイ君が謝ることなんてないよ。わたしが──」
「俺にどうしてほしい?」
わたしの言葉をさえぎって、ノイ君が言った。
……どういうことだろう?
質問の意味がわからなくて答えられずにいると「ふくちゃんが望むような関係に合わせるから、言って」とノイ君は補足をくれた。
「もし今みたいな関係がいやなら、前みたいにちょっと仲良しくらいの位置に戻ってみる? ──もちろん、今くらいでもいい。今度は俺ももうちょっと愛想よくするし。ふくちゃんが好きな方を選んで」
ノイ君の言葉を反芻して、意味をかみくだいてみても、わたしには『?』しか浮かばない。
なんでそんなにわたしに合わせようとしてくれるの? 自分の気持ちはいいの?
でも見つめ合ってもノイ君の真意はわからない。
「……どうしてそんなこと言うの?」
わたしがこうたずねるのはお見通しだったんだろう。ノイ君はさらりと答えた。
「俺が1番嫌なのは、ふくちゃんがマネージャーをやめちゃうことだから。ふくちゃんがここにいてくれるなら、俺はなんでも大丈夫」
「……わたし、マネージャーでいて良いの?」
「当たり前でしょ。むしろふくちゃん以外いやだよ」
ノイ君はそう言い切ったあとで「まあ……最近の俺の態度が、そう見えない感じだったのは否めない……けど」とバツが悪そうにうつむいた。
「でも信じて。ふくちゃんがマネージャーでいてくれないと困る。ものすっごい頼ってるから」
「……わたし……みんなの力になれてる?」
「もちろん。ただいてくれるだけで心強い。……本当だよ?」
ノイ君の目がきらきらと輝いて、わたしにその思いを伝えてくれる。もしそんなふうに思ってもらえてるなら、なんて……なんて嬉しいことだろう。
頼りにされたい。選手の力になりたい。
それはずっとわたしが望んでいたマネージャー像だったから。
「もしもふくちゃんが自分のことマネージャーとして自信がないって思うなら、俺が何度でもそれを否定するよ。ふくちゃんは今のままで大丈夫。むしろそのままでいて」
さっきのおいちゃんも、コオリ君も。そして今のノイ君も。
3人の言葉が、わたしの心に明かりを灯す。見えなくなっていたマネージャーとしての自信を、その役割を、照らしてくれているみたい。
いつもよりもゆったりとした口調がやけに響いて、わたしの中に積もっていく。
「あり……がと……」
涙をこらえてお礼を言うと、ノイ君はどこか吹っ切れた表情で「だから、ふくちゃんに決めて欲しいんだ。そうしたら俺もあきらめつくから」と言った。
あきらめるという言葉に、背筋にひやりとしたものが走る。
ノイ君は本気だ。
わたしが望めば、きっと前みたいに近い距離にきてくれるし、逆のことにも対応してくれるんだろう。そして、わたしへ見せてくれた好きって気持ちは──封印するんだ。それが風化してなくなるまで。
さっきから自分の前にあった選択肢が、急に凍えるような気持ちを運んでくる。
そうだよ、わたしはそれを望んでいたはず。ノイ君に対してもみんなに対しても、誠実なマネージャーでいたいって。
「わた……しは……」
声が震える。
本当にそれでいいの?って声が頭の中で響く。
これまで2人で過ごした色んな時間が、わたしにもたらしたもの。恋のときめきや、優しさ。ノイ君に焦がれる気持ち。
その大きさに比例するみたいに、距離を置かれてからは寂しさと恋しさばかり募った。
そういう全部を、わたしもあきらめて捨てないといけない。
その実感が急におりてきて、背筋が凍りついた。
本当にそんなことできるの?
今、ノイ君とこうして向き合えて、ものすごく嬉しいのに。彼の明るい笑顔をもう一度近くで見たいって、そればかり考えているのに。……こんなにノイ君を好きなのに。
ダメと思えば思うほど、気持ちが溢れてしまう。あきらめないとと思うほどに、彼が恋しくなる。
自分からこの気持ちを手放して、後悔しない?
未来への不安と今の気持ちと、またわたしの天秤が揺れている。でも──どうしてだろう。今、ものすごくわたしはわたしの気持ちを大事にしたいと思っていた。
それはみんながわたしを認めてくれているってわかったからかもしれないし、おいちゃんが背中を押してくれたからかもしれないし、目の前にいるノイ君のまっすぐな瞳に魅入られているからかもしれない。
「──わたし……」
先への不安は消えない。
でもこの手をとらなかった時の寂しさを味わって、それ以上の悲しみはないって気づいてしまったから。
わたしは一歩だけ前に出た。ノイ君は少しだけ心配そうな顔で、わたしの答えを待っている。彼だって不安なんだってようやくわかって、決心がついた。
「どっちもやだ」
息を吐くように声がもれた。ぎゅっとこぶしを握って「ノイ君が好きだから……つきあって、マネージャーもがんばりたい……」と震える声で言う。一気に言えた。多分、どこかで間をとったら続けられなかった。だって自分でも今更って思うし、わがままだってわかるから。
わたしの決死の告白に対して、ノイ君は目を丸くした。こういう答えは予想してなかったみたい。口がぽかんとあいて、わたしを見つめている。
「調子いいこと言ってるっていうのはわかってるんだけど……その、ようやく決心ついたから……」
そう続けながらも、一つのことに気づく。
考えてみたらノイ君がわたしに告白してくれてから、既に3ヶ月くらいたっている。この間にノイ君の気持ちが変わっていてもおかしくない。
……もしかしたら、手遅れなのかも。
その可能性は、考えてなかった。わたしの時間は止まっていたけれど、ノイ君の時間は流れている。そんな当たり前のことに思い至ったら一気に血の気が引いて、わたしは一歩後ずさった。
「……今更……だよね。ごめんね、あの、そしたらわたし──」
言い訳めいた言葉を続けようとしたとこで、ノイ君が一歩踏み出してわたしの手をとった。触れられて初めて、自分が震えていることに気づく。ノイ君の手はあたたかくて力強い。
「ごめん、ふくちゃんがあんまりにもかわいいから、ちょっと続けて欲しくなっちゃって」
照れ笑いしながら、ノイ君はわたしの手をぐっと引いた。がばりと肩を抱かれ──というか思い切り抱きしめられる。急なことに硬直していると「……嘘じゃないよね」と力がこめられた。
「う、嘘じゃないっ。ほんとに決めたことでっ」
「……うん、そうだよね。ふくちゃんが軽い気持ちでこんなこと言うなんて思ってない。──ありがとう」
ぎゅっと力をこめられて、夢じゃないし嘘でもないって実感がこみあげる。腕の中からノイ君を見上げると、彼の目も潤んでいた。
「ふくちゃんの無鉄砲なところも、優しいところも、しょいこむところも、全部好きだよ」
ノイ君は微笑んで、わたしのメガネを少しずらすと、涙を指でぬぐった。
「これからは全部教えて。不安なことも、嬉しいことも、全部。そしたら俺もきっともう間違わないから」
「うん……」
わたしも教えてほしい。ノイ君の思ってること、全部。
彼が好きだから。支えたいから。
気持ちが受け入れられた喜びでまた涙が止まらなくなってしまう。ノイ君の指を濡らして伝ってしまう前にとバッグに手を伸ばそうとしたところで、メガネが外された。あ、と思ったところで顔を上向きにされて、目尻にあたたかい感触。
ノイ君がわたしの涙に口付けた。
「ノっ、ノイ君!!」
さすがにっ、さすがにそれは!!
甘い雰囲気が吹き飛んで、思わず逃れようとするけれど、ノイ君の腕にがっちり阻まれる。でもわたしを困らせるつもりはないみたいで、すっと唇は離れていった。ノイ君はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「ごめんごめんっ。ハンカチ出すより早いと思って」
「ばっ……ばかっ……!」
顔を真っ赤にするわたしに、ノイ君は余裕の表情だ。
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