甘口・中辛・辛口男子のマネージャーやってます

七篠りこ

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冬の章 そしてわたしは

8、こうして二人は(挿絵あり)

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「こんばんはー! ステファンゲーミングです!」
「この間のファンミーティングに来てくれた方はありがとうございましたっ」
「僕たちもとても楽しかったです」

 のっけからテンション高めの挨拶で、その日のチーム配信は始まった。今日は『ファンミーティング配信版』ということで視聴者対戦をしたり、以前と同じく質問に答える企画をする予定だ。

 いつものように水色のブルゾンを着ている3人の前には、1つずつすぱんだ君のぬいぐるみが置かれている。(いつもはテーブルの上には1つしかおいてない)この後、このぬいぐるみに選手がサインをして、視聴者プレゼントになる。
 
 そのすぱんだ君に対して、ノイ君だけはさっきから耳をいじったり、お腹をもんだりとじゃれついている。前に「この手触り好きなんだよね」と言っていたから気持ちはわかるけど、それがそのままファンの元へ送られちゃうんだけどなぁ……。

 わたしはこっそり苦笑いして、スマホで動画アプリを開いた。久しぶりに『にんじん』アカウントを起動させてコメントを打ち込む。作った文章を何度も読み返して、いまだ雑談をしている3人を見て──ごくりとつばを飲み込んだ。

にんじん『ファンミーティングおつかれさまでした。行きたかったです』

 まずコメントに気づいたのはおいちゃんだ。それからあとの2人もすぐに気づいて、みんなでスタジオのすみっこにいるわたしに視線を向けた。

「にんじんさんも、次回は来られるといいですね」とコオリ君が微笑みを浮かべれば、「もしなら婚約者さんと一緒に来てくださいよ」とノイ君が悪ノリする。夏に仕掛けた『プロポーズ直前のフリーター設定』をまだ覚えてるらしい。
 
 ほんとにもう、ノイ君ってば……。
 苦笑いを浮かべるわたしに、さらにおいちゃんが「あっ、プロポーズ成功したんですもんね。おめでとうございます!」と乗っかって、すぱんだ君の手を持って振ってきた。 
 茶番がすぎるんだからと思いながらも、負けじと『じゃあ2人で申し込みします』と送信する。3人は声をそろえて「お待ちしてまーす」と答えてくれた。

 ひそかなアイコンタクトの和やかさに、じんときてしまう。
 コオリ君も笑っている。あの桜のようなきれいな笑みを、再び向けてくれている。それだけで、わたしの涙腺はすぐにゆるみそうになった。




 チーム配信の後は、いつもの流れだ。おいちゃんは由加子ちゃんの元へと急ぎ、コオリ君も「帰ります」とそそくさと浜松町駅へ歩き出す。わたしとノイ君は岩盤浴に行ってから、東京タワーの消灯を見に行った。

 でも今日はここからが違う。
 最初から最後まで同じ電車に揺られて、たどりついたのは数ヶ月ぶりのノイ君の部屋。
 
 その玄関を前に、今更ながらドキドキしてくる。
 泊まりに来てというリクエストに応えようとしているのはいいけれど、緊張感がハンパない。朝、色々と準備をしていた時はあんなにウキウキしていたのに。

「ほら、これ使いはじめたんだ」

 ノイ君はわたしの緊張などおかまいなしに、ポケットから革のキーケースを出して揺らしてみせた。クリスマスにひそかにバッグにとじこめていたプレゼントが、ここにきてようやく陽の目を見た。ノイ君は鍵と一緒に小さな鈴もつけていて、ちりんちりんとささやかな音が鳴る。

「落とすのこわいから、鈴つけといた」

 ノイ君が得意気に言うのがかわいくて、わたしは自然に口元がゆるんだ。

「大事にしてくれてありがと。わたしも実は手袋使ってたんだ」

 未練がましいと思いながらも、あの手袋がノイ君との細いつながりな気がしたから。本人の前では隠すようにしていたから、ノイ君は意外そうな顔だ。今はもうあたたかくなったからクローゼットに眠っていると伝えると「ふーん」とちょっと拗ねた顔になる。

「次のプレゼントは、ずっと使えるやつにしよっと」

 それから鍵をまわしてドアを開けてくれる。彼の部屋は、前に来たときと変わりはなかった。
 配信部屋のポトスは、もしかしたら少し葉っぱが大きくなったかな? くらい。相変わらずシンプルでおしゃれな部屋だ。

 これはいよいよわたしも自分の部屋の片付けをしないといけないな……。
 整っている部屋をみまわして、ひそかに思う。いつかノイ君から部屋に行きたいと言われた時に向けて、色々と整理を……できるかな。

 さっきとは違う意味でドキドキしつつ、ノイ君に促されてバッグを置いた。その後でお手洗いをかしてもらってから部屋に戻ると、ノイ君はパソコンに向かっていた。画面にはずらりとカードが並んでいて、デッキリストを作っている最中。

「今から練習するの?」
「今日の配信で対戦した人の中にさ、面白いカード入れてる人いたでしょ? ちょっと俺も試してみたくなったから、忘れないうちにと思って。──デッキ作ったらすぐやめるから」
「大丈夫だよ。どんなふうにデッキがまわるのか試してみた方がいいんじゃない?」
「それ始めると、夜が明けちゃうから」

 ノイ君はここでわたしの方を向くと、ふっと口角を上げた。それから「こっち来て」と突然わたしの腰に手をまわしてくる。

「ひゃっ」

 そのまま引き寄せられて、ゲーミングチェアに座るノイ君の上に乗っかる形になった。スカートがめくれるっと焦るわたしに、ノイ君がにかっと笑って膝の裏をすくう。

「ちょっ……!!」

 必死でひるがえったスカートを抑えてる間に、すっかりノイ君の上に落ち着く……というか抱っこされる形になってしまった。
 は、恥ずかしい……。ある意味お姫様抱っこだし、ノイ君の顔がものすごく近いし。きめ細かい肌と大きな目が眩しい。

「ノイ君、この体勢はっ……」
「結構大丈夫だったでしょ? 俺の態度、普通だったでしょ?」

 わたしの追求を逃れるためか、いきなりノイ君がそんな話題を出してきた。配信の前は本社でミーティングもあったんだけど、確かにノイ君はいつもと同じノイ君だった。距離感も態度も、何事もなかったかのように普通。そしてそれはおいちゃんとコオリ君も同じで、3人とも実は演技派だって思ったんだよね。

 素直に肯定すると、ノイ君は嬉しそうに「でしょでしょ」と弾んだ声をあげた。

「ふくちゃんも自然だったよ。いつものふくちゃんで、みんなのマネージャーだった」
「ほんと? 良かった」
「でも……ここからは違うもんね」

 ノイ君はそう言うなり、ぎゅっとわたしを抱きしめた。代々木公園以来のスキンシップだ。しかもアウターがない分、すごくノイ君の体温が近くてあたたかい。
 わたしも慌てて背中に手をまわして力をこめながら、改めてノイ君と付き合い始めたことを確認できた気がした。

「あー……幸せ」

 ノイ君の実感のこもったつぶやきに「わたしも」と答える。わたしも一緒。好きな人に抱きしめられるってこんなに幸せなことだったんだって実感してる。

「ここでのふくちゃんは、俺だけのふくちゃんなんだよね……」
 
 しみじみと呟かれて、わたしは真っ赤になったのを自覚しながらうなずいた。俺だけの……って響きの甘さに、心が震える。そんなわたしにおかまいなしで、ノイ君は次に「ね、せっかく付き合い始めたんだし、名前で呼んでもいい?」と重ねてくる。

「『りん』って呼びたいな」 

 耳元でノイ君の低い声が響く。わたしは驚くやら恥ずかしいやらで、一気に顔が熱くなった。声音を変えるなんて反則だ! しっとりして、やけに耳の奥でこだまして……こそばゆい。

「いいでしょ? それとも、『ちゃん』ってつけた方がいい?」
「ど、どっちでもいいっ……」
「やった! じゃあ呼び捨てにしよ!」

 倫、とノイ君が何度もわたしを呼ぶから、わたしも唇を湿らせて「──楓くん」と呼んでみた。
 違和感しかない……!
 誰のこと!? って思うのに、ノイ君は「そうそれ! すごく恋人っぽい」と嬉しそうだ。

 大丈夫かな、わたし。こんなにドキドキさせられて。
 これから先も、今日みたいにみんなの前で平静でいられるか。……っていうか、佐伯さんに隠し通せるかが一番心配!
 理知的な佐伯さんの顔が浮かんで「わあっ、ごめんなさい!」と思わず声をあげる。

「何が? どうしたの?」
 
 少し腕の力をゆるめたノイ君にのぞきこまれて、わたしは「なっ、なんでもない! あっ、デッキは!? いいの!?」と焦った。気をそらすためにも、パソコン画面の方を向こうとしたけれど。

「デッキはいいの。今はこっちが大事」

 そう言いながら、ノイ君が片方の手でわたしの頬にふれて、それを阻む。そのままにっこり微笑むと、わたしのメガネをとって、顔を寄せてきた。



 ひゃあ! ノイ君っ、早い! 心の準備もろもろがまだできてないっ!
 そう思って焦るわたしをようやく気遣ってくれたのか、唇がふれる寸前でノイ君が動きを止めた。至近距離でもうお互いの目が合ってるのか何なのかわからない状態で数秒。
 いよいよどうしたらいいかわからなくなってきた時に。

 ふわり。

 チュッと音がするようなキスじゃなくて、そっと触れるようなキスをされた。
 目を閉じるタイミングがなくて、ノイ君が少しずつ離れてようやく表情がわかるところまで、じっと見つめ続けてしまう。ノイ君は照れたように微笑んでから、静かに言った。

「──好きだよ。いつから意識してたのかは自分でもわかんないけど……結構前から」

 その告白は、すとんとわたしの中に着地した。ずっともてあまして置き場に迷っていた彼の気持ちの居場所が、ようやくわたしの中にできたみたいだ。

「わたしも……好き」

 ぎゅっと手に力をこめて、ノイ君の肩に自分の頬を押し付ける。ノイ君も同じように力をこめて、わたしを抱きしめ返してくれた。あたたかくて安心する。

 この腕の中にいつまでもいられますように。
 わたしは目を閉じて、祈った。
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