黒髪碧眼の美少年がやってきた【R18】

七篠りこ

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第3章 旅で得るもの、失うもの

4、言わずの愛(★微量)

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「おかえり、モモカ」
「ただいま……」

 まさかカイリと同室だと思っていなかったので、少し妙な表情になってしまった。けれどアンソニーとオリビーが夫婦で部屋を使うのならば、必然的にこういうことになるのかもしれない。

 カイリは既に麻のシャツにズボンというラフな格好になっていた。いまだ正装している百花とは対照的だ。その違いを思うとなんだか急に自分の着ているジャケットが重く感じた。

(さっき聞いたこと、カイリに何て言おう。ていうか、そもそも伝えていいことなの?)

 ウェインは何か言っていただろうか。
 必死でそのくだりの会話を思い出している百花の手をカイリが握る。はっとして見上げると「随分長話してきたね」とカイリが微笑んでいる。そしてその表情のままカイリは騎士に丁重にお礼を言い、百花を室内へと誘った。

 そこは先ほどのウェインとアリスといた部屋の半分ほどの広さで、濃い茶色を基調とした落ち着いた部屋だった。窓際に置かれた幅広のベッドがかなりの存在感だ。その手前には三人掛けのソファが壁につけて置かれ、オットマンまである。カイリは「まずは着替えるでしょ? 魔法かけようか?」と言いながら、百花の正面に立った。

「あ、うん。……お願いします」

 このカイリの言う魔法というのはシャワー代わりに身を清めてくれる便利な魔法のことだ。この世界ではまだ個人の家に浴室は普及していなくて、人々は公衆浴場を使う。もしくは、魔法で体を清めるのだ。百花は普段はオウルと公衆浴場を利用していたが、何度かこの魔法をかけてもらうこともあった。着衣のままでいいので、頼むのも気が楽だ。

「じゃあいくよ」

 言いながらカイリは両手を広げ水色の光を発生させると、少し間隔をあけた状態で百花の全身をなでるようにした。ホットタオルをあてられたような感覚の後で、すっと肌から汗のベタつきが消えていく。いつもながら魔法の便利さに舌を巻きつつ、部屋の隅で着替えをする。麻のチュニックにズボンをはくと、なんだかカイリとお揃いのような出で立ちとなった。

(着替えてる間考えてたけど、答えがでない。どうしよう……。もし話したら、カイリはどんな反応するんだろう)

 伝えていいのか、悪いのか。
 そして、伝えるべきか、隠すべきか。

 百花はひそかにため息をついてから、カイリの待つソファへと向かった。カイリは律儀に目を閉じて着替えが終わるのを待ってくれていて、百花が隣に腰掛けるとその目を開き「お疲れ様」と小さく口の端をあげる。

「あの王女様とどんな話してきたの?」
「えーと……パンのこと色々。天然酵母のこととか」

 本当はパンの話なんて一つもしていない。けれど、今の時点であの話を全てカイリにする勇気が、百花にはまだ持てなかった。

(……ごめんね、カイリ)

 これ以上あの部屋でのことを聞かれたくなくて、百花は「何飲んでるの?」とサイドテーブルに置かれたティーポットを指差した。カップが二つ並んでいて、片方には琥珀色の飲み物が入っていて、まだほのかに湯気がたっている。

「糖蜜茶っていうんだって」

 カイリが空いているカップにお茶を注ぎ、百花に渡す。砂糖を焦がしたような甘い香りが百花の鼻腔をくすぐった。

「ありがとう」

 お礼を言って、糖蜜茶を口に含む。何かのハーブティーに砂糖をたくさん混ぜたような味だ。甘ったるいけれど、後味はすっきりしている。

「甘すぎるかと思ったけど、そうでもないんだね」
「うん。飲みやすい」
 
 カイリはうなずき、自分のカップを手にとった。
 先ほどウェインの部屋で飲んだ紅茶も美味しかったし、これも美味しい。会食の味を思い出しても、ダイスは食文化が相当発展しているのがわかる。

「はー、落ち着くなぁ」

 カップを一度テーブルに置いてから、百花はわざと明るく言い放ってカイリに寄りかかった。
 
(こうして何気なく一緒にいられるのも、あと少し……) 

 そう思うと、一瞬一瞬を大事にしないとという思いが強まる。そうしてわきあがったのは、単純な欲求だった。

(カイリと抱き合いたい、求めあいたい)
 
 その感情のおもむくままに、百花はカイリの首元に顔を寄せた。小さく音をたてて吸い付くと「ちょっ……」と頭上でカイリの焦ったような声がする。それにかまわずに百花は身体を反転させて、カイリの腿の上にまたがるように座ると首元に抱きついた。

「カイリ……」

 しがみつくように抱きしめると、かたんとカップがテーブルに戻された音の後に、同じだけの力で背中に腕がまわされる。カイリは「どうしたの」と困惑したような声を出していたが、百花はそれには答えなかった。

(ただカイリの体温を感じたいだけ。そして、今一緒にいるのは確かなことだって、自分自身にわからせてあげたいだけ)

 セックスがしたいと言う代わりに、百花は自分からカイリに口付けた。いつもカイリがしてくれるように、自分の舌を伸ばしてカイリの口の中を探ってみる。途端にカイリの手が後頭部にまわって強く押さえつけられて、その分だけ自分の舌がカイリの口腔の内部へと入っていった。

「んんっ……!」

 待ち構えていたカイリの舌に絡め取られてしごかれると、不思議な気持ち良さに声が漏れてしまう。

「……やけに積極的だね」

 唇を離したカイリが、百花の耳元で囁く。ふっと息を吹きかけられて、そのこそばゆさにまた声があがった。ふしだらだと思われてるかもしれないと恥ずかしかったけれど、どうせ一ヶ月後には消えてしまうのだったら、思い煩うことなく好きなようにしたかった。

「カイリ……お願い……」

 そっとカイリのシャツの内側に手を忍ばせる。少しだけ汗ばんだ肌が、百花の手に吸い付くようだった。背中に手を沿わせて、もう一度キスをしようと顔を近づけると、カイリは潤んだ目で微笑みながら再び唇を吸った。お互いに舌を絡ませ合う最中で、カイリの手も百花のチュニックをまくりあげるように動く。

 もう脱ぐのと少し驚いたのもつかの間、一瞬唇が離れた間に万歳するように手をあげさせられ、簡単に百花の上半身からチュニックが肌着とともにはぎとられた。あらわになった上半身が恥ずかしくて、いっそう強く抱きつくと、カイリは百花の耳に唇を寄せた。

「……モモカからも脱がせて……」

 熱い吐息とともにカイリが百花の耳を食む。そのまま耳の中に舌をさしこまれ、そちらに気を取られつつ、百花も震える指先でカイリのシャツをはだけさせていった。彼は素肌にシャツを着ていたから、肩から落とせばすぐに上半身がさらされる。
 泣きたくなるくらいに端正な身体だった。

「きれい……」

 呟く百花にカイリは「同じこと返していい?」と微笑みながら、百花をソファへと押し倒していく。そのままズボンも下着も脱がされて「あ、ちょっと!」と抗議する間もなく足の間にカイリの膝が差し込まれた。

 既に自分の女の部分はうるんでいる自覚はある。膝が大事な部分まで進んできて、かすめるようにふれたから「ひぁっ」と百花は声をあげてしまった。カイリは百花が声をあげるといちいち嬉しそうに反応を見せる。そっと百花の頬にふれると、扇情的に顔の輪郭をなぞっていった。

「まだ始めたばかりなのにね」
「だ、だってそりゃ……」
「うん」

 なに、とカイリは聞いておいて、百花の胸の先を口に含んだ。舌でつつかれると声がどうしても我慢できない。じわりと下腹部が疼く感覚に身悶えしながら、百花はカイリにしがみついた。ぎしっとソファがきしむ音がして、カイリが体重をかけたのがわかった。

 乳首のまわりをくるりと円を描くようになめられて、百花は潤んだ吐息を吐き出した。その場所だともどかしい。

 百花が期待をこめてカイリに視線を向けると、ふわりとその髪が動いてカイリが顔をあげた。彼は柔らかく微笑んだあとに、急にいたずらを思いついたように目を細める。

「……今、モモカが考えてること、あててあげようか」

 ドキッとしたのは、その視線で既に見透かされてる気がしたから。

「い、いいっ……言わなくていいっ。あの──カイリが思うように……していいからっ」

 うわずった声で答えた後、百花は先に目をそらした。

(これ以上見つめあったら、いろんなことバレちゃいそう!)

 もっとしっかり快感を得たいこと、いろんな場所にふれてほしいこと。
 きっと言えばカイリはかなえてくれるからこそ、恥ずかして言えない。

「──言ったね」

 ぽそりとカイリがつぶやいた。もう一度視線を向けると、カイリの目がどこかギラギラしているような……。

「僕の、好きなようにしていい、ってことだよね?」

 細かく区切って念をおされて初めて、自分の発言がやけに大げさにとられていることに気づく。でも、それは百花の偽りのない心でもあった。

「うん。いいよ。カイリなら、なんだって……」
「……それ、すごい殺し文句だよ」
 
 カイリはそう言うなり伸び上がってきて、百花の唇を奪った。ぎゅっときつく抱きしめられると、それだけで幸せがこみあげる。 
 カイリの熱い吐息ごと受け入れて、百花は必死に舌を伸ばした。静かな空間に、お互いの唾液を交換する音が響いた。
 

 ◆

「何かあったんでしょ」

 ゆうに大人四人ほど眠れそうな広いベッドで肌を寄せ合いながら、百花はずばりとカイリに切り込まれた。先ほどまで散々甘ったるい雰囲気の中でセックスをしていたとは思えない切り替えの早さだ。もうあっぱれと言うしかない。

(きっとしてる最中ずっと気になってたんだろうな……)

 裸の胸に頬をすりつけながら「……ない、こともないけど、言いづらい」と呟く。小さな声でもよく響いたから、カイリにも聞こえただろう。事実「何それ」とカイリが不満気が声を漏らす。

「実はパンの味に文句でも言われたとか?」

 カイリの予想が微笑ましくて、百花は笑みをこぼす。そうだったらどんなに良かっただろう。

「パンは好評だったよ。言われたのは……わたしのこと。いつか向こうに帰る日がくるから、心の準備はしておいた方がいいって」

 肝心な部分を濁した答え方だったけれど、カイリの方はそれをしっかり信じたようで「……あの王女様が? そんなことを?」と眉間にしわを寄せている。

「ううん。部屋に行ったら、彼女のお兄様がいたの。ウェイン王子って知ってる?」
「名前だけね。……確かにダイスの王族は皆、莫大な魔力を持っているって聞いたことがあるから、モモカが異界渡りしてきてることもすぐに気づいておかしくない。だけど……」

 そう言うなり、カイリは黙ってしまった。
 不安にさせたいわけじゃない。いたずらに気にして欲しいわけでもない。
 けれど、何をどう言えばいいのかわからなくて、百花はそっとカイリの頬に手を添えた。

「ごめんね、改めて言われたらちょっと凹んじゃって……」

 一度目を伏せてから、再び視線を戻すと真摯な目とかちあった。こんなにも吸い込まれそうなほどに美しい目を、百花は他に知らない。きっと向こうに戻ってからもずっとこの目のことはいつまでも忘れないだろう。そんなことを考えた後「でも大丈夫」と百花は目を細めた。

「今はすごく幸せだから」

 カイリは何も言わない。
 彼も彼で、きっとこんな時にいう言葉は持ち合わせていない。
 けれど、だからこそカイリが百花を想う気持ちは伝わった。

(別れる運命ならば、いっそ……)

 物騒なことを思い浮かべた矢先「大丈夫じゃないでしょ」と絞り出すような声がした。

「ちゃんと言えばいいのに」
「何を?」
「本当の気持ち」

 なんでいつも言わないの、とカイリがさらに低い声で呟く。

「別に頼っていいんだからね。僕のこと何だと思ってるの」
「……もちろん、恋人だよ」

 いつかも聞かれたその質問も、今ならば自信を持って答えられる。百花の返答にカイリは満足したように「でしょ」とうなずいた。

「だから一人で考えすぎないようにしてよね。二人のことだったら、尚更」
「うん、ありがとう。カイリもね。一人で突っ走る前に、わたしに一言ちょうだいね?」
「それは……」

 カイリは苦虫を噛み潰したような顔になりながらも「わかってる」とうなずいた。その表情の変化が楽しくて、そして愛しくて、百花は声をあげて笑った。
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