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第3章 旅で得るもの、失うもの
5、とんだカフェデート
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次の日の朝、アンソニーの元へ大臣から知らせが届いた。
その内容は、ダイス国王が謁見を許可したというもの。献上品の中にエンハンスからの書状を添えてあったのだが、それに加えて大臣も口添えしてくれたのである。まさにアンソニーの伝手のおかげだ。
午後になって再び正装した四人は、玉座の間でひざまづく。
アンソニーが前口上を述べると「面をあげよ」とよく通る声が返ってきた。
それで顔をあげて初めて前方をじっくりと見て、百花は絶句した。
(神々しすぎる! 神様たち、オーラ出しすぎじゃない!?)
上質な織物が敷き詰められた先、細かく彫刻が彫られた玉座に座るダイス国王は、齢四十前後の壮年の男性だった。ウェインやアリスと同じ栗色の髪を一つに結び、顔つきは凛々しい。まさしく王らしい風格を持った人物だった。隣の玉座には王妃が優雅な微笑みを讃えて座り、王の脇にはウェインが、王妃の脇にはアリスが控えていた。
暑い国であるからか、国王やウェインは光沢のあるブラウスに細身のパンツを身につけ、薄手のベストを着用している。その色は季節に似合わぬ濃いグレーで、金糸のステッチが高級感を演出していた。
王妃とアリスは逆に真っ白のオーガンジーがふんだんに使われたドレスをまとい、美しさがまばゆい。まるでウェディングドレスだ。
これは国王がニアなのではないかと噂されても仕方ないと、百花は一人納得した。
この四人があまりに人間ばなれしているのだ。王妃は人間と言っていたが、普通になじんでいる。それにも驚きだ。
「まずは遠路はるばるご苦労だった。オミの国選りすぐりの品もありがたく頂戴した。パンも珍しい食感で美味であった」
国王は目尻に浅くしわを刻み柔らかく言うと、一度百花に視線を向けた。かすかにうなずいたように見えたのは、気のせいだろうか。すぐに視線はそらされたから、百花には判断できなかった。
「エンハンス殿下からの書状の件は、こちらでも検討して追って沙汰いたす。しばらくはゆるりと過ごし、長旅の疲れを癒してほしい」
滔々と国王は告げ、いくつか形式的な挨拶を交わした後に謁見は終了した。
ものの五分といった短い時間だった。
百花が最後に国王を見た時、再び目が合い、今度ははっきり国王が微笑んだ。その雰囲気がウェインに似ていて、狐に化かされた気分になる。
(王様もウェイン王子もアリス王女も、みんなニアで、みんな同じなんだもんな……。なんかすごいな)
夢見心地のまま玉座の間を出ると、他のメンバーは一様に大きく息をついていた。どうやら相当気をはっていたようだ。アンソニーは特に。
「とりあえずやるべきことはやった。あとは信じて待つのみだ」
アンソニーは落ち着いた声音で自分に言い聞かせるようにすると、にこりと笑顔を作った。
「まずは部屋に戻って着替えるとしよう。その後は……そうだな、少し思い思いに過ごそうか」
百花もカイリもそれに異論はない。夕食は一緒にとろうと待ち合わせだけ決めて、アンソニー夫妻と別れた。
彼らは着替えた後は海岸へ行くそうだ。何でもそこには二人の思い出があるらしく「ここの海から見る夕日はとても綺麗なのよ」オリビーが嬉しそうに顔を綻ばせていたのが印象的だった。
百花とカイリは、市街地へ行くことにした。
カイリが行きたい場所があると言うのでついて行くと、到着したのはこじんまりとした一軒家だった。観光客向けの土産物屋が立ち並ぶ通りの端にあり、小さな立て看板一つ出ているだけの地味な店である。『喫茶』とこちらの言葉で書いてあるのがわかったから、飲食店のようだ。どこの店も派手な飾り付けをして主張している中で、その店は違う意味で存在感を放っていた。
「ここでお茶にしよう」
カイリはそう言い、木の扉を開く。カランコロンと木で作られた飾りが鳴り「いらっしゃいませー」と気立ての良さそうな女性が近寄ってくる。そう広くない店内はテーブルが三つ並べられただけで、今は他に客はいないようだった。
レンガの壁は太い木の枝が固定されていて、その細くのびる枝に点々と丸い魔法灯が取り付けられていた。そのオレンジ色の光が店全体を温かい雰囲気にしている。
「かわいい……!」
なんておしゃれなカフェなんだ! と百花は感動しながら店内を見回す。テーブルには太い切り株が使われていて、それぞれ形も大きさも違い味わい深い。椅子ももちろん切り株で(もちろんサイズはテーブルより小さいもの)その上に柔らかそうなクッションが置いてあった。
奥まった席に腰掛けるなり、百花はカイリに「よくこんな素敵なお店知ってたね」と耳打ちした。カイリもダイスは初めてだと言っていたから、こういう穴場的なお店に連れて行ってもらえるとは思わなかった。
「オリビーさんに聞いたんだ」
カイリはぐるりと店内を見渡した後で百花を見つめる。
「……雰囲気のいい店に行きたかったんでしょ」
もしかして、それは以前食事に出かけた時の言葉に関係あるのだろうか。デートっぽい場所に行きたいという百花の願いを、こうして叶えてくれたということで間違いないだろうか。
「デートだから?」
百花がそっと呟くと、カイリは少しだけ耳を赤くしてうなずいた。
目の前の年若い恋人がかわいすぎる。百花は嬉しさに胸が詰まってしまった。
(なんてマメなんだ! そして照れてる顔が最高にかわいい)
百花のにやけ顔に気づいたのか、カイリが上目遣いににらんでくる。それすらも彼のかわいらしさを倍増させてしまい、困ってしまう。そんな甘酸っぱい空気を切り裂くように、ウエイトレスがメニューを聞きに来た。
カイリは助かったとあからさまにホッとした様子で瞬時に顔を切り替え、さくさくと二人ぶんの注文を済ませてしまった。
どうやらこのお店はガレットが売りらしい。おすすめがあるというのでそれをお願いすると、しばらくして果物が添えられたガレットが運ばれてきた。上からはシロップがかかっていて、甘くて美味しい。
「美味しいー!」
そういえばガレットも簡単に作れるな、と百花は食べながらうなずく。これもイーストやベーキングパウダーの必要ない粉物料理だ。独特の風味があるのは何だろう。芋でもすりおろしているのだろうか。
食べながら味について考えていると「どう思う?」とカイリが百花に声をかけた。
「うん、すごく美味しいよ。これ、今度オウルの店でも出せそうなーー」
「そうじゃなくて。国王の反応。モモカはどう思った?」
「あ、そっちね。えーと……」
謁見の印象と言っても、その美しさにばかり気をとられて、他の部分は特に何も感じなかったというのが正直な感想だった。国王の言葉は、物言いは柔らかかったけれど、その内容は定型文のようだった気がする。
「……淡々としてたよね、王様。良いとか悪いとか全然わかんなかった。むしろどうでもいい位に思ってそうな」
百花の言葉にカイリはうなずき「僕も似たようなことを思った。多分このままじゃはねられて終わりだ」と厳しい表情になる。
(そうだ、そもそもの目的は和平交渉の道筋を作ることだった)
つい国王の正体や自分の帰還についての衝撃がさめなくて、そちらのことばかり考えてしまっていた。
「だからハンスもこちらに呼ぼうと思う。アンソニーは確かにオミの国の重臣だけど、もっとこちらからの誠意を見せた方がいい」
「ああ、うん。そうだね。来てもらえるなら、私もそれが良いと思うよ。やっぱりハンスがいるいないで説得力も違ってくるよね」
「それは妙案だね」
背後から突然かけられた声に、百花とカイリは目を見開いて振り返った。そこには先ほど玉座の間で対面したばかりのウェインが、謁見の時と同じ格好で立っている。神々しい雰囲気は場所のおかげか控えめになってはいたが、普段着に着替えた百花とカイリとは、全然雰囲気が違う。
「……いつのまに……」
まるで音もしなかった。カイリも気配に気づけなかったようで、驚愕の表情を浮かべている。奥に引っ込んでいたウエイトレスは来客に気づいてやってきたが、その人物の確認をして驚きのあまりトレイを床に落としてしまった。
「お、王太子殿下!? いいいいいいらっしゃいませ!!」
突然の王族の来訪に、ウエイトレスは大慌てだ。ウェインは音をたてて床に転がったトレイを拾いあげると、優雅に微笑んだ。
「私にも彼らと同じものをくれるかい」
「はっ、はい、今すぐ!!」
トレイを恐縮しながら受け取ったウエイトレスが、猛ダッシュで厨房へと戻って行く。それを目を細めて見送った後、ウェインは百花の隣の椅子に座った。あんぐりと口を開ける百花に、ウェインは「探したよ、モモカ」といたずらが成功した子供のような気持ちの良い笑顔を向けてくる。
(変装もしないで街におりてくるなんて……神様って自由だな)
エンハンスはいつだって庶民と同じ格好になって、街へとやって来ていた。やはり国民にとっては王族は遠い存在だから、ばれると動きにくいと苦笑していたのを思い出す。
それに対してウェインはなんとオープンなことか。
こんな煌びやかな格好で街の中を歩いていたならば、外は相当な騒ぎになったんじゃないだろうか。
「急に驚かせて悪かったね」
ウェインはちっとも悪びれずに言って、口の端を上げた。
「ちょうど同じことを私も言いたくて探していたんだ。もしも本気で我々をあてにしたいのならば、エンハンス王子を呼んだ方が良いとね」
「それは……」
「ああ、別に君たちに非があるわけではないよ。ただ、我が父がエンハンス王子と話したいと言っているということさ。口伝えでなく、彼本人からの言葉が欲しいそうだよ」
カイリがごくりと唾を飲む。その音が聞こえた。
「……すぐに手配してきます」
カイリは「ちょっと伝書鳩を飛ばしてくる」と百花に言い置いて、風のように店を出ていった。ガレットはまだ半分以上残っているが、それどころではない。そのくらいは百花にもわかった。
その後ろ姿をまぶしそうに眺めながら、ウェインは「カイリは仕事が早いね、優秀だ」とうなずく。
「そんなふうにハンスを呼ぶってことは、和平を取り持つことに関しては前向きってことですか?」
百花の問いにウェインは「どう思う?」と逆質問で返す。
「謁見の印象だけだとそっけないなぁって感じだったから、突っぱねられるんだと思ってました」
「鋭いね」
ウェインは「まあ……実のところ、どちらでもいいんだよ」と囁いた。
「ダイスの基本方針では他国の争いに干渉しない。ありのままの世界の盛衰がみたいからね。でも今回は君がいて、多少なりとも関わっている。持ってきてくれたパンも美味しかったし、労いの意味もこめて協力するつもりだよ」
「ほ、本当に?」
軽い調子で語っているからどうも信じ難くて、ウェインの言葉を何度も反芻して、確かめる。
「協力って、和平交渉の仲立ちしてくれるってことですよね!?」
「ああ。でもこれはまだ内緒だ。まわりに言ったら、私の気が変わることを覚えておくといい」
あわてて百花は自分の口元を両手で押さえてうなずいた。あっさりカイリにばらしてしまいそうな自分がこわい。鉄の口にしなければとかたく決意していると「それより君は君で考えることがあるだろう?」とウェインが水を向けた。
暗に昨晩の話題を示されて、百花は別の意味で表情を曇らせた。
「君がここにいる間に決めてくれると助かる。オミの国に戻ってからだと、願いを聞くのも一苦労だからね。……言い忘れていたけれど、カイリの病気を治すこともできない」
「ええっ、なんで!?」
まさに今度はそれを頼もうとしていた百花は、大声で反応した。ウェインは困ったように微笑み「いずれ分かる」と首を横に振った。
「いずれっていつですか……ていうかなんでダメなんですか」
カイリの発作は相変わらずだ。むしろ治癒魔法を使う間隔がどんどん短くなっているように思う。それを思い出して百花はウェインをにらみつけた。
神様のくせに、できないこと多すぎじゃない!?
百花が嫌味を言っても、ウェインは微笑みを崩さない。完璧な鉄仮面だ。これはいくら文句を言っても無駄だろうと悟り「じゃあ……リエルの葉をください」と百花は願いを変えた。
ウェインは「君も見事に痛いところばかりついてくるね」とむしろ楽しそうに笑い出した。
その内容は、ダイス国王が謁見を許可したというもの。献上品の中にエンハンスからの書状を添えてあったのだが、それに加えて大臣も口添えしてくれたのである。まさにアンソニーの伝手のおかげだ。
午後になって再び正装した四人は、玉座の間でひざまづく。
アンソニーが前口上を述べると「面をあげよ」とよく通る声が返ってきた。
それで顔をあげて初めて前方をじっくりと見て、百花は絶句した。
(神々しすぎる! 神様たち、オーラ出しすぎじゃない!?)
上質な織物が敷き詰められた先、細かく彫刻が彫られた玉座に座るダイス国王は、齢四十前後の壮年の男性だった。ウェインやアリスと同じ栗色の髪を一つに結び、顔つきは凛々しい。まさしく王らしい風格を持った人物だった。隣の玉座には王妃が優雅な微笑みを讃えて座り、王の脇にはウェインが、王妃の脇にはアリスが控えていた。
暑い国であるからか、国王やウェインは光沢のあるブラウスに細身のパンツを身につけ、薄手のベストを着用している。その色は季節に似合わぬ濃いグレーで、金糸のステッチが高級感を演出していた。
王妃とアリスは逆に真っ白のオーガンジーがふんだんに使われたドレスをまとい、美しさがまばゆい。まるでウェディングドレスだ。
これは国王がニアなのではないかと噂されても仕方ないと、百花は一人納得した。
この四人があまりに人間ばなれしているのだ。王妃は人間と言っていたが、普通になじんでいる。それにも驚きだ。
「まずは遠路はるばるご苦労だった。オミの国選りすぐりの品もありがたく頂戴した。パンも珍しい食感で美味であった」
国王は目尻に浅くしわを刻み柔らかく言うと、一度百花に視線を向けた。かすかにうなずいたように見えたのは、気のせいだろうか。すぐに視線はそらされたから、百花には判断できなかった。
「エンハンス殿下からの書状の件は、こちらでも検討して追って沙汰いたす。しばらくはゆるりと過ごし、長旅の疲れを癒してほしい」
滔々と国王は告げ、いくつか形式的な挨拶を交わした後に謁見は終了した。
ものの五分といった短い時間だった。
百花が最後に国王を見た時、再び目が合い、今度ははっきり国王が微笑んだ。その雰囲気がウェインに似ていて、狐に化かされた気分になる。
(王様もウェイン王子もアリス王女も、みんなニアで、みんな同じなんだもんな……。なんかすごいな)
夢見心地のまま玉座の間を出ると、他のメンバーは一様に大きく息をついていた。どうやら相当気をはっていたようだ。アンソニーは特に。
「とりあえずやるべきことはやった。あとは信じて待つのみだ」
アンソニーは落ち着いた声音で自分に言い聞かせるようにすると、にこりと笑顔を作った。
「まずは部屋に戻って着替えるとしよう。その後は……そうだな、少し思い思いに過ごそうか」
百花もカイリもそれに異論はない。夕食は一緒にとろうと待ち合わせだけ決めて、アンソニー夫妻と別れた。
彼らは着替えた後は海岸へ行くそうだ。何でもそこには二人の思い出があるらしく「ここの海から見る夕日はとても綺麗なのよ」オリビーが嬉しそうに顔を綻ばせていたのが印象的だった。
百花とカイリは、市街地へ行くことにした。
カイリが行きたい場所があると言うのでついて行くと、到着したのはこじんまりとした一軒家だった。観光客向けの土産物屋が立ち並ぶ通りの端にあり、小さな立て看板一つ出ているだけの地味な店である。『喫茶』とこちらの言葉で書いてあるのがわかったから、飲食店のようだ。どこの店も派手な飾り付けをして主張している中で、その店は違う意味で存在感を放っていた。
「ここでお茶にしよう」
カイリはそう言い、木の扉を開く。カランコロンと木で作られた飾りが鳴り「いらっしゃいませー」と気立ての良さそうな女性が近寄ってくる。そう広くない店内はテーブルが三つ並べられただけで、今は他に客はいないようだった。
レンガの壁は太い木の枝が固定されていて、その細くのびる枝に点々と丸い魔法灯が取り付けられていた。そのオレンジ色の光が店全体を温かい雰囲気にしている。
「かわいい……!」
なんておしゃれなカフェなんだ! と百花は感動しながら店内を見回す。テーブルには太い切り株が使われていて、それぞれ形も大きさも違い味わい深い。椅子ももちろん切り株で(もちろんサイズはテーブルより小さいもの)その上に柔らかそうなクッションが置いてあった。
奥まった席に腰掛けるなり、百花はカイリに「よくこんな素敵なお店知ってたね」と耳打ちした。カイリもダイスは初めてだと言っていたから、こういう穴場的なお店に連れて行ってもらえるとは思わなかった。
「オリビーさんに聞いたんだ」
カイリはぐるりと店内を見渡した後で百花を見つめる。
「……雰囲気のいい店に行きたかったんでしょ」
もしかして、それは以前食事に出かけた時の言葉に関係あるのだろうか。デートっぽい場所に行きたいという百花の願いを、こうして叶えてくれたということで間違いないだろうか。
「デートだから?」
百花がそっと呟くと、カイリは少しだけ耳を赤くしてうなずいた。
目の前の年若い恋人がかわいすぎる。百花は嬉しさに胸が詰まってしまった。
(なんてマメなんだ! そして照れてる顔が最高にかわいい)
百花のにやけ顔に気づいたのか、カイリが上目遣いににらんでくる。それすらも彼のかわいらしさを倍増させてしまい、困ってしまう。そんな甘酸っぱい空気を切り裂くように、ウエイトレスがメニューを聞きに来た。
カイリは助かったとあからさまにホッとした様子で瞬時に顔を切り替え、さくさくと二人ぶんの注文を済ませてしまった。
どうやらこのお店はガレットが売りらしい。おすすめがあるというのでそれをお願いすると、しばらくして果物が添えられたガレットが運ばれてきた。上からはシロップがかかっていて、甘くて美味しい。
「美味しいー!」
そういえばガレットも簡単に作れるな、と百花は食べながらうなずく。これもイーストやベーキングパウダーの必要ない粉物料理だ。独特の風味があるのは何だろう。芋でもすりおろしているのだろうか。
食べながら味について考えていると「どう思う?」とカイリが百花に声をかけた。
「うん、すごく美味しいよ。これ、今度オウルの店でも出せそうなーー」
「そうじゃなくて。国王の反応。モモカはどう思った?」
「あ、そっちね。えーと……」
謁見の印象と言っても、その美しさにばかり気をとられて、他の部分は特に何も感じなかったというのが正直な感想だった。国王の言葉は、物言いは柔らかかったけれど、その内容は定型文のようだった気がする。
「……淡々としてたよね、王様。良いとか悪いとか全然わかんなかった。むしろどうでもいい位に思ってそうな」
百花の言葉にカイリはうなずき「僕も似たようなことを思った。多分このままじゃはねられて終わりだ」と厳しい表情になる。
(そうだ、そもそもの目的は和平交渉の道筋を作ることだった)
つい国王の正体や自分の帰還についての衝撃がさめなくて、そちらのことばかり考えてしまっていた。
「だからハンスもこちらに呼ぼうと思う。アンソニーは確かにオミの国の重臣だけど、もっとこちらからの誠意を見せた方がいい」
「ああ、うん。そうだね。来てもらえるなら、私もそれが良いと思うよ。やっぱりハンスがいるいないで説得力も違ってくるよね」
「それは妙案だね」
背後から突然かけられた声に、百花とカイリは目を見開いて振り返った。そこには先ほど玉座の間で対面したばかりのウェインが、謁見の時と同じ格好で立っている。神々しい雰囲気は場所のおかげか控えめになってはいたが、普段着に着替えた百花とカイリとは、全然雰囲気が違う。
「……いつのまに……」
まるで音もしなかった。カイリも気配に気づけなかったようで、驚愕の表情を浮かべている。奥に引っ込んでいたウエイトレスは来客に気づいてやってきたが、その人物の確認をして驚きのあまりトレイを床に落としてしまった。
「お、王太子殿下!? いいいいいいらっしゃいませ!!」
突然の王族の来訪に、ウエイトレスは大慌てだ。ウェインは音をたてて床に転がったトレイを拾いあげると、優雅に微笑んだ。
「私にも彼らと同じものをくれるかい」
「はっ、はい、今すぐ!!」
トレイを恐縮しながら受け取ったウエイトレスが、猛ダッシュで厨房へと戻って行く。それを目を細めて見送った後、ウェインは百花の隣の椅子に座った。あんぐりと口を開ける百花に、ウェインは「探したよ、モモカ」といたずらが成功した子供のような気持ちの良い笑顔を向けてくる。
(変装もしないで街におりてくるなんて……神様って自由だな)
エンハンスはいつだって庶民と同じ格好になって、街へとやって来ていた。やはり国民にとっては王族は遠い存在だから、ばれると動きにくいと苦笑していたのを思い出す。
それに対してウェインはなんとオープンなことか。
こんな煌びやかな格好で街の中を歩いていたならば、外は相当な騒ぎになったんじゃないだろうか。
「急に驚かせて悪かったね」
ウェインはちっとも悪びれずに言って、口の端を上げた。
「ちょうど同じことを私も言いたくて探していたんだ。もしも本気で我々をあてにしたいのならば、エンハンス王子を呼んだ方が良いとね」
「それは……」
「ああ、別に君たちに非があるわけではないよ。ただ、我が父がエンハンス王子と話したいと言っているということさ。口伝えでなく、彼本人からの言葉が欲しいそうだよ」
カイリがごくりと唾を飲む。その音が聞こえた。
「……すぐに手配してきます」
カイリは「ちょっと伝書鳩を飛ばしてくる」と百花に言い置いて、風のように店を出ていった。ガレットはまだ半分以上残っているが、それどころではない。そのくらいは百花にもわかった。
その後ろ姿をまぶしそうに眺めながら、ウェインは「カイリは仕事が早いね、優秀だ」とうなずく。
「そんなふうにハンスを呼ぶってことは、和平を取り持つことに関しては前向きってことですか?」
百花の問いにウェインは「どう思う?」と逆質問で返す。
「謁見の印象だけだとそっけないなぁって感じだったから、突っぱねられるんだと思ってました」
「鋭いね」
ウェインは「まあ……実のところ、どちらでもいいんだよ」と囁いた。
「ダイスの基本方針では他国の争いに干渉しない。ありのままの世界の盛衰がみたいからね。でも今回は君がいて、多少なりとも関わっている。持ってきてくれたパンも美味しかったし、労いの意味もこめて協力するつもりだよ」
「ほ、本当に?」
軽い調子で語っているからどうも信じ難くて、ウェインの言葉を何度も反芻して、確かめる。
「協力って、和平交渉の仲立ちしてくれるってことですよね!?」
「ああ。でもこれはまだ内緒だ。まわりに言ったら、私の気が変わることを覚えておくといい」
あわてて百花は自分の口元を両手で押さえてうなずいた。あっさりカイリにばらしてしまいそうな自分がこわい。鉄の口にしなければとかたく決意していると「それより君は君で考えることがあるだろう?」とウェインが水を向けた。
暗に昨晩の話題を示されて、百花は別の意味で表情を曇らせた。
「君がここにいる間に決めてくれると助かる。オミの国に戻ってからだと、願いを聞くのも一苦労だからね。……言い忘れていたけれど、カイリの病気を治すこともできない」
「ええっ、なんで!?」
まさに今度はそれを頼もうとしていた百花は、大声で反応した。ウェインは困ったように微笑み「いずれ分かる」と首を横に振った。
「いずれっていつですか……ていうかなんでダメなんですか」
カイリの発作は相変わらずだ。むしろ治癒魔法を使う間隔がどんどん短くなっているように思う。それを思い出して百花はウェインをにらみつけた。
神様のくせに、できないこと多すぎじゃない!?
百花が嫌味を言っても、ウェインは微笑みを崩さない。完璧な鉄仮面だ。これはいくら文句を言っても無駄だろうと悟り「じゃあ……リエルの葉をください」と百花は願いを変えた。
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