33 / 46
第3章 旅で得るもの、失うもの
6、同じ気持ちになれたらいいのにね
しおりを挟む
「リエルの葉が欲しいの?」
「欲しいです。だって、どんな病気も治してくれるんですよね?」
ウェインは困ったような顔で「うーん、まあそうなんだけど……どうしようかな」と呟く。
「どうしようかなって……これもダメなんですか!?」
「いや、そうじゃないけれど……」
ウェインは百花に意味ありげな視線を送り「あれは結構複雑なものだから」と肩をすくめた。
「複雑? 管理方法がってことですか?」
「いや、そういうことではなくて……」
詳しく教えて欲しいとウェインの次の言葉を待ったが、彼はゆったりと首を横に振ると「残念ながら時間だ。続きはまたの時に」と言って店の入口に顔を向けた。程なくしてドアが開き、カイリが姿を見せる。再び席についたカイリを「お疲れ様」とねぎらうと、カイリは小さくうなずいた。そしてウェインに顔を向けると、頭を下げる。
「色よい返事がくるのを期待しているよ」
ウェインはのんびりとした調子で言い、もしもハンスが来るようなら国王への謁見をとりもつと約束した。ウェインの言葉に顔をあげ、カイリは「ありがとうございます」と再び深く頭を下げる。その真剣な表情とは対照的に、ウェインは今にも口笛を吹き出しそうなゆるんだ顔をしている。
(なんていうか……やっぱり自由だな)
改めてそう感想を抱き、百花は出されていたお茶を飲み干した。
その後ウェインは運ばれてきたガレットを口にして「うん、美味しいね」とうなずいた。
もう少し甘さが控えめでも良いなぁとか、果物はあれとこれものせたら合いそうだとか、いちいち食レポするので、百花もつい乗ってしまって「確かに……生地自体の甘さを抑えて、シロップの甘味を際立たせても良いですよね」なんて返して、妙に話が盛り上がってしまう。
カイリはそれを横目に黙ってガレットを食べていたが「そういえば」と話に割って入ってきた。
「昨晩、ウェイン殿下は彼女と異界渡りの話をしたとか……。やはりこちらの国にも異界渡りについての伝承はあるんですか?」
ウェインは数回瞬きして、まずは百花を見た。話したな、と責められているような視線に「は、話したっていってもちょっとだけ。異界渡りした人はいつか帰るっていう……概要だけです!」と百花は早口で答えた。
(や、やっぱりあと一ヶ月って話はオフレコなのか!)
内心冷や汗をかいている百花に気づいてか、ウェインは「別に気にすることはないよ。話す話さないはモモカの自由だ」と前置きをしてから、カイリに向き直る。
「そうだね、話したよ。こちらにも資料はいくつか残っているからね。モモカが異界から来ていることは一目見てわかったし、エンハンス王子からの書状にも書いてあった。それならばという話をしたね」
言い終わるとウェインは百花に目配せをした。そのアイコンタクトに気づいているだろうけれど、カイリはそこには特に何も言わず「では、その資料の中にずっとこちらに残った人物の記録などはあるんですか?」と質問を重ねる。
(ああ、不毛な会話が始まってしまう!)
冷や汗が悪寒に変わる。ウェインは穏やかな調子を崩さないまま「残念ながらそれはない」と昨晩百花にした話を繰り返した。二回も切ない事実を聞かされて、百花はがくりとうなだれずにはいられない。
「……わかりました。この国の資料にはそういう事例がないというだけですよね」
暗にまだ可能性はあると示唆したカイリに対して「他をあたっても無駄だと思うよ」とウェインは首を横に振った。
「君たちが恋人同士なのは知っている。別れを思うと身が引き裂かれる思いだろうけれど……」
同情的な眼差しを向けられても、まるで慰められた気にならない。
沈黙が三人の間に落ちる。
返す言葉のない二人を見て、ウェインは「……突然すまなかったね」と言い残して席を立った。そうしてウエイトレスに過分なお金を支払うと、颯爽と出て行く。直後、店の外からは歓声やら悲鳴やらが聞こえてきたから、街の人々からさぞかし注目を浴びながら帰還しただろうことが伺えた。
その喧騒の音を聞きながら、どちらともなく視線を合わせる。
カイリは傷ついていた。青い目が悲しみに満ちていて、おそらく自分も同じ表情をしていると予想できる。
「……大丈夫」
カイリが呟き顔を向けた。その目に宿るのは強い光。
「モモカが僕の病気を諦めないように、僕も可能性がある限り諦めないって決めたから」
そしてカイリは何かをぶつけるかのように荒々しく、残りのガレットを食べ始めた。
その姿に鼻がつんとする。
諦めないという言葉がカイリから聞けたことが、すごく嬉しい。
(……でも、わたしは答えを知っている)
同じ気持ちでいられたら、どんなに良かっただろう。
百花はカイリの言葉に小さくうなずくことしかできなかった。
◆
アンソニー夫妻と夕食を食べようと待ち合わせたのは、城からすぐ近くにある大きな店だった。カイリはアンソニーから道を聞いていたようで、迷う様子もなく百花を先導した。
城門へと続く通り沿いのその店は、百花とカイリがついた時には外からでもわかるくらいに店内が賑わっていた。大きなログハウス風の建物で、ちょうど窓があいていて中の様子が見える。夕暮れの時間帯、すでに酒盛りを始めている人たちが楽しそうに盃を交わしていた。客の笑い声やがちゃがちゃと食器が鳴らす音に誘われるように、カイリが店のドアを開ける。
「もう二人は着いてるかな」
そう話しかける百花に「どうだろう」と返しながら、カイリが店に足を踏み入れた時だった。
鋭い光にカイリが包まれる。カメラのフラッシュのような閃光は、まるでカイリ自身が発光しているかのようだった。
「うっ……」
カイリの小さくうめく声が聞こえ、百花は眩しさに閉じてしまった目をこじあけた。最初は光の残滓で真っ白だった視界がだんだんと色を戻していくと、大丈夫と言いかけた百花は口を開けたまま固まった。
目の前にいるカイリは、いつか百花が彼に買い与えたTシャツとジーンズに身を包んでいる。
「欲しいです。だって、どんな病気も治してくれるんですよね?」
ウェインは困ったような顔で「うーん、まあそうなんだけど……どうしようかな」と呟く。
「どうしようかなって……これもダメなんですか!?」
「いや、そうじゃないけれど……」
ウェインは百花に意味ありげな視線を送り「あれは結構複雑なものだから」と肩をすくめた。
「複雑? 管理方法がってことですか?」
「いや、そういうことではなくて……」
詳しく教えて欲しいとウェインの次の言葉を待ったが、彼はゆったりと首を横に振ると「残念ながら時間だ。続きはまたの時に」と言って店の入口に顔を向けた。程なくしてドアが開き、カイリが姿を見せる。再び席についたカイリを「お疲れ様」とねぎらうと、カイリは小さくうなずいた。そしてウェインに顔を向けると、頭を下げる。
「色よい返事がくるのを期待しているよ」
ウェインはのんびりとした調子で言い、もしもハンスが来るようなら国王への謁見をとりもつと約束した。ウェインの言葉に顔をあげ、カイリは「ありがとうございます」と再び深く頭を下げる。その真剣な表情とは対照的に、ウェインは今にも口笛を吹き出しそうなゆるんだ顔をしている。
(なんていうか……やっぱり自由だな)
改めてそう感想を抱き、百花は出されていたお茶を飲み干した。
その後ウェインは運ばれてきたガレットを口にして「うん、美味しいね」とうなずいた。
もう少し甘さが控えめでも良いなぁとか、果物はあれとこれものせたら合いそうだとか、いちいち食レポするので、百花もつい乗ってしまって「確かに……生地自体の甘さを抑えて、シロップの甘味を際立たせても良いですよね」なんて返して、妙に話が盛り上がってしまう。
カイリはそれを横目に黙ってガレットを食べていたが「そういえば」と話に割って入ってきた。
「昨晩、ウェイン殿下は彼女と異界渡りの話をしたとか……。やはりこちらの国にも異界渡りについての伝承はあるんですか?」
ウェインは数回瞬きして、まずは百花を見た。話したな、と責められているような視線に「は、話したっていってもちょっとだけ。異界渡りした人はいつか帰るっていう……概要だけです!」と百花は早口で答えた。
(や、やっぱりあと一ヶ月って話はオフレコなのか!)
内心冷や汗をかいている百花に気づいてか、ウェインは「別に気にすることはないよ。話す話さないはモモカの自由だ」と前置きをしてから、カイリに向き直る。
「そうだね、話したよ。こちらにも資料はいくつか残っているからね。モモカが異界から来ていることは一目見てわかったし、エンハンス王子からの書状にも書いてあった。それならばという話をしたね」
言い終わるとウェインは百花に目配せをした。そのアイコンタクトに気づいているだろうけれど、カイリはそこには特に何も言わず「では、その資料の中にずっとこちらに残った人物の記録などはあるんですか?」と質問を重ねる。
(ああ、不毛な会話が始まってしまう!)
冷や汗が悪寒に変わる。ウェインは穏やかな調子を崩さないまま「残念ながらそれはない」と昨晩百花にした話を繰り返した。二回も切ない事実を聞かされて、百花はがくりとうなだれずにはいられない。
「……わかりました。この国の資料にはそういう事例がないというだけですよね」
暗にまだ可能性はあると示唆したカイリに対して「他をあたっても無駄だと思うよ」とウェインは首を横に振った。
「君たちが恋人同士なのは知っている。別れを思うと身が引き裂かれる思いだろうけれど……」
同情的な眼差しを向けられても、まるで慰められた気にならない。
沈黙が三人の間に落ちる。
返す言葉のない二人を見て、ウェインは「……突然すまなかったね」と言い残して席を立った。そうしてウエイトレスに過分なお金を支払うと、颯爽と出て行く。直後、店の外からは歓声やら悲鳴やらが聞こえてきたから、街の人々からさぞかし注目を浴びながら帰還しただろうことが伺えた。
その喧騒の音を聞きながら、どちらともなく視線を合わせる。
カイリは傷ついていた。青い目が悲しみに満ちていて、おそらく自分も同じ表情をしていると予想できる。
「……大丈夫」
カイリが呟き顔を向けた。その目に宿るのは強い光。
「モモカが僕の病気を諦めないように、僕も可能性がある限り諦めないって決めたから」
そしてカイリは何かをぶつけるかのように荒々しく、残りのガレットを食べ始めた。
その姿に鼻がつんとする。
諦めないという言葉がカイリから聞けたことが、すごく嬉しい。
(……でも、わたしは答えを知っている)
同じ気持ちでいられたら、どんなに良かっただろう。
百花はカイリの言葉に小さくうなずくことしかできなかった。
◆
アンソニー夫妻と夕食を食べようと待ち合わせたのは、城からすぐ近くにある大きな店だった。カイリはアンソニーから道を聞いていたようで、迷う様子もなく百花を先導した。
城門へと続く通り沿いのその店は、百花とカイリがついた時には外からでもわかるくらいに店内が賑わっていた。大きなログハウス風の建物で、ちょうど窓があいていて中の様子が見える。夕暮れの時間帯、すでに酒盛りを始めている人たちが楽しそうに盃を交わしていた。客の笑い声やがちゃがちゃと食器が鳴らす音に誘われるように、カイリが店のドアを開ける。
「もう二人は着いてるかな」
そう話しかける百花に「どうだろう」と返しながら、カイリが店に足を踏み入れた時だった。
鋭い光にカイリが包まれる。カメラのフラッシュのような閃光は、まるでカイリ自身が発光しているかのようだった。
「うっ……」
カイリの小さくうめく声が聞こえ、百花は眩しさに閉じてしまった目をこじあけた。最初は光の残滓で真っ白だった視界がだんだんと色を戻していくと、大丈夫と言いかけた百花は口を開けたまま固まった。
目の前にいるカイリは、いつか百花が彼に買い与えたTシャツとジーンズに身を包んでいる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる