眠る王子にお姫様はキスをする

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あれは天然のタラシですね by御影

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 「やっほ~………誰?」

 「ルーにい…」

 陽気な声の目の前の人物は私の義兄、如月ルカ。 
 私の母は早くに亡くなり、私が5歳の時、私の父がルカの母親と再婚した。ルカはフランス人の父親と日本人の母親とのハーフで……ちょっとチャラい。



 「おーい、ダイジョーブ?」
突然のことに放心状態になっていた私は、なんとか意識を取り戻し今の自分が御影であることを思い出す。


 私が名前を呼んでしまったことに気がついていないようだった。………無駄に勘がいいからな、相当気をつけなくてはならない。気づかれなかったのは本当に運が良かった。

 それにしてもなぜこんなタイミングで帰ってきたのか。……私達が入れ替わったこんなタイミングで帰ってくるのは偶然にしては出来すぎているような気がする。

 そんなことを思っていると、なかなか帰ってこない私を心配して御影が玄関へやってきた。



 「なんかあった?」



……まずいぞ。絶対るーにいは、

 
 「ただいま!俺のみずきぃぃぃ、前よりも可愛くなっちゃって、兄ちゃん心配ぃぃ~」

御影(見た目は私)に飛びつき、気持ち悪さ全開の言葉を言って抱き締めている。

 ドン引きの引き攣った御影の表情に、同情の念を送る。客観的に見ると思ってた以上に気持ち悪いことに気づく。

帰ってくるといつもこうだ。はぁとため息をつきそうになるのを抑え、自己紹介をする。

 「初めまして。御影雪と申します。如月君とは今日知り合ったばかりですがとても気が合い、すぐ意気投合しました。私は」

「瑞希のこと好きなの?」

 話し始めた私を見て、御影(見た目は私)から離れ、話途中で口を挟んでくる。こちらをじぃーと品定めするように舐め回すように見ている。……きもちわるっ!


 人の話聞かない自己中野郎。
 わたしのいっっっっちばん苦手なタイプだ。

 顔を引き攣らせながら、落ち着いて質問に言葉を返す。

 「好き……というのは、よく分かりません。…初恋もまだなんです。でも、友だちとして好意を抱いているのは確かです。」
  素朴で、しかしどこか儚げに目を伏せ、それからそっと顔を上げ真剣な表情でルー兄の目を真っ直ぐに見つめる。




ふぅ、可憐で純粋そうな美少女を演じきった…!



心の中でガッツポーズをしたのも束の間。
 そっかぁ、とどこか笑っていない彼の目は、私に敵意を見せているということか…?

 一回目をつけられれば面倒くさい兄のことだ。気がすむまで付け回される。仕方がないが『瑞季』のことはあくまでも友達だと強調するしかない。

 ここはもう一度完璧な演技で兄を信じ込ませようと自分の中の役者魂に火がつき、これからだというところで御影を見れば、彼は肩を震わせ笑っている。


 …私の演技が変だったとでもいうのか。なんとも腹立たしい気持ちになる。

 むう、と口を尖らせ御影をにらめば彼は突然、恐ろしいものを見たように顔を真っ青にさせ、ルー兄の方を指さす。


 ヤバい、コレは一番面倒くさいタイプのオーラだ。年に数回あるか程度の。

 ただ目を合わせただけなのに?

 このまま逃げ出したくなる衝動を抑え、冷や汗を流しながらどうにか前を見れば


 「君たち、いつのまにそんなに仲良くなってたんだー。今日会ったばっかなんだよね~。家に上がって2人っきりでこんな遅くまで一緒にいるなんてね、なんかちょっと気になるなー。」


 ははは、と笑顔なのに死んでいる目から物凄い圧を感じる。それに、小声で、「もし、瑞季に薬とか盛ってたら………ねぇ、分かってるんだよね?」と恐ろしいことまで聞いてきた。


 ただでさえ面倒くさい兄に隠すのは無理なのかと、諦めたように口を開きかけた時。


 「あ、あのさ!僕が誘ったんだよ、御影さんを。それに、初対面の人にそんなこと言うなんて失礼じゃない?」


 御影が顔に少し怒りのこもった顔をルー兄に向ける。
ルー兄は、滅多に怒らない『瑞季』からの突然の叱責に、ポカンと口を開け、それからあたふたと動揺しだす。


 「ご、ごめんね!兄ちゃん、事件の後から瑞季が連れてきた人に対してすごい敏感になっちゃってて…。
あっ、事件なんて思い出させたくもないこと言っちゃった……。本当にごめんっっ!」

 事件、と聞き思わず体が強張るが兄が土下座をしている姿を見れば、本当に反省しているのだとわかる。……しかしなぜ私の方を向いて土下座しているのか…?ひどいこと言っちゃってごめんねってことかな。


 御影がちらりと私の方を窺うように見てきたので、小さく頷き、大丈夫だと口パクする。


 向こうも頷き返し、
「る、ルー兄の気持ちも分かったから、今後は気をつけて!」
 さっき、兄のあだ名を確認しておいて良かったと思う。しかし慣れない呼び方で戸惑いながらも頑張って演じている姿を微笑ましく感じ、私は思わず頬が緩んでしまった。


 「約束はできないけど、瑞季が笑ってくれたから、今回はもう何も言わないことにするよ」


ちらりと私を見てにっこり笑うルー兄に、引いたはずの汗が戻ってくる。


 ま、まさか!


 「分かりやすいよねー、瑞季。
演技する時、必ず背筋をピンって伸ばすところ。
後は、玄関開ける時、『はいはいはいー』って3回言うのも可愛いし。
抱きつこうとするとすぐ抵抗してくるのに今日は大人しかったし……。
あと、俺を見て『ルー兄』ってはっきり言ったから。まぁ……………いや、なんでもない。」


………結局聞かれてたのか。というか序盤でだいぶ気付いてて、今まで揶揄われてたってこと?
 最後に誤魔化していたが、まだあるというのか…。


 あぁ、と項垂れ、その場にしゃがみ込む。恥ずかしさでもう立っていられない。


 「…ルー兄なんかもう知らないっ!」


プイッとそっぽを向く。 
すると頭に手が置かれ、優しく撫でられる。

 よしよし、なんて言いそうな感じなのに無言でただ私を見つめる姿に少しドキッとした。と同時に手の暖かさを感じ安心感に包まれる。


 それにしても、演技が上手い。エイプリルフールはいつも騙される。いつも騙される私も大概だが。
 あっ!どさくさに紛れて私の体に抱きついていた。…あとで覚えていろよ。


 ずっと撫でられていたからか、安心感で今まで張り詰めていた糸が切れ、だんだんと眠くなってきた。
 撫でてくれていたルー兄の手を掴み、自分の頬ですりすりとしてしまう。
 懐かしいなあ…
 小さい頃のことを思い出す。

 
 なんだかんだ言って、やっぱり私は

 「……るーにい、だいすきぃ…………」
 年甲斐もなく、へへっと幼なげに笑う。

あれ、私変なこと言ったかななんて朦朧とした頭で考えるまでもなく、深い眠りの森へと迷い込んでいった。





 眠った私の横で顔を赤くしたルー兄がただ呆然とその場に座っていたという。その一部始終を見ていた御影氏は、のちに「あれは天然のタラシですね」と語った。
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