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お兄ちゃんとしては
しおりを挟む御影には早く帰って欲しかったが、今の姿は如月瑞季であり、腕の中で眠る可憐な少女こそが本来帰るべきなのだ。
…仕方なく、リビングに彼女を運び、御影にもついてきてもらう。
ソファで気持ちよさそうに眠る彼女の頭を撫でながら、御影を見やる。
黙っていれば瑞季そのもので、今の状況に錯覚を起こしそうだったが、瑞季が「るーにぃ…」という寝言を呟き、現実に戻ってきた。
…にしても可愛すぎる。
しかし、悶えている暇はない。やるべきことは沢山ある。
「君は御影雪さんっていうことで合っているのかな。」
御影は、唐突に話しかけられて少しびくりとなりながらもコクリと頷く。
「どうしてこうなったのか。説明してくれる?」
御影はさっきとは打って変わってルカの真面目で大人な対応に目を見張るも、目の真剣さから冗談でもなんでもないことに気づかされる。そして、促されるままに話を始めた。
「私は今日転校してきたばかりで、如月さん…瑞季さんとはクラスが同じになりました。放課後、保健室で休んでいる彼女の様子を見に行くと……………と、突然現れた私に驚き……前に転んでお互いに頭突いてしまい、いつのまにか入れ替わってました。」
途中つっかえながら話す御影を見れば、兄の前で全部話すわけにはいかないのは分かるが、無言だった部分のことも報告を受けているため、笑みが消え少し不穏な空気を出してしまった。
しかし、そんなつまらないことで意地を張るほど子供ではない。どうにか笑顔を作り、
「……まあ、大体の事情はわかった。家にきたのだって、本当に瑞季が呼んだのだろう?家には誰もいないからって。周囲のことを気にするのはいいが、自分の身の危険を考えてほしいものだよ。」
あの時も……いや、この話はやめよう。
寝息をたてながら眠る彼女の頬をそっと撫でる。
「そういえば僕の友人に保健室で寝ているところをキスされたっていう子がいたなぁ。」
御影はギクゥッ!と背筋を伸ばし思い切り目を見開いている。
「想うのは自由だけど、寝込みを襲うのは人道に外れていると思わないかい?」
昔の癖で、"思わず"指をボキッと鳴らせば、御影は喉をヒュッと鳴らし、コクコクと高速赤べこのように頷く。
一発殴りたい気分だが、『瑞季』の綺麗な顔に傷をつけるわけにはいかない。それに、この分なら手は出さないだろう。
瑞季が女の子だというのは入れ替わった時点でわかっているはずだ。だから失恋は決定したも同然。よほどのことがなければ、間違いは起きない。
…………でも、よほどのことが起こったんだよなぁ、今日。
頭を打ちつけて入れ替わるなんて小説の中でしか聞いたことない。報告を受け、専門家に連絡をとって確認させたが、そんな現象は聞いたこともないという。
入れ替わりが終わらなければ、この瑞季モドキと一緒に暮らさなきゃならないのか。まあ、言うことはきいてくれそうだが
あぁ、その手があったかとにやりと御影の方を見る。
「戻る方法は今のところ無いようだし、しばらくは様子を見るしか無い。つまり、お互いがお互いのふりをして過ごさなければならない。僕、中身の瑞季が無事ならなんでもいいんだ。
正直、君の面倒を見る義理もないし、逆に妹に手を出されてる側なんだ……分かるよね?」
御影は喉を鳴らす。
「でも、瑞季を保健室に運んでくれたんでしょ?
そこに免じて、僕の言うことをなんでも聞く代わりに、この家に住まわせてあげるしバレないよう手配してあげる。どう?悪い話じゃないと思うけど。」
「ば、バレないようにってどうやるんですか。」
「あれ?言ってなかったっけ?僕、君達の学校の理事長だけど。ほら。」
そんなバカなとでも言いたげな様子だったが、スマホで学校のホームページの顔写真を見せれば、驚愕した顔でこちらを見てきた。
しぶしぶ提案に乗った御影は、なんでも言うことを聞くというのが受け入れられないようだったが、『提案を断ったらイギリスに強制送還して、二度と瑞季に会えないようにすることもできる』と伝えれば、すぐに承諾してくれた。
まあ自分に流石にそこまでの権限はないが、ここに来る途中で調べた「イギリス」でのことを考えれば、十分な脅しになった。姿が違えど、トラウマは一生記憶に残るものだ。絶対に戻りたくなんかないだろう。
了承をもらったところで早速準備に取り掛かろうとした時、瑞季が目を覚ました。
時間を見れば21時を過ぎていた。そろそろ『御影雪』を家に送らなければならない。寝ぼけ半分の瑞季を送るのは心苦しいが、周りに下手に怪しまれては今後に支障が出てしまう。
「瑞季~起きて。お家に帰らないと。」
肩を軽く揺さぶれば、目が急に覚醒し、自分の体をまじまじと見つめている。夢から覚めたからか、まだ入れ替わったことを信じられないようだ。
その後、自分の姿をした御影を見て何か思い出したのか、急に顔を赤くさせた。それに釣られるように御影まで顔を赤くしお互い顔を見つめあっている。
…どうせ事故チューのことだろう。それは夢のことだと思っていたままでよかったのに。
そう思っても仕方のないことだった……。
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