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取引先
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「……ん、高戸くん」
「……はっ……!」
KT会社の藤ヶ谷社長に呼びかけられ、僕はビクッと我に返った。
いけない。商談中だったのに、ボーッとしてしまっていた。
確か、社長に質問されたり、重要事項を説明したりしてから、無事契約をしてもらったんだっけ。
いけないいけない。せっかく契約をもらったのに、最後にぼんやりしていたら信用を無くしちゃうよ。
僕は慌てて笑顔を作り、テーブルに広げた書類を鞄にしまった。
「社長、この度はありがとうございます」
少し心配そうに僕の様子をうかがっていた社長が、にっこりと笑みを向ける。
「こちらこそありがとう。高戸くんの説明はすごく丁寧で助かるよ。また君にお願いしたい」
「そう言っていただけると嬉しいです。ぜひ、僕でよければ」
社長秘書の僕がなぜ営業まがいのことをしているのかというと、それにはいろいろワケがある。
KT会社の営業担当は、本当はスルトだ。でも、この前スルトがアポ当日にひどく体調を崩しちゃって。
それで代理の営業を立てたんだけど、その営業がやらかしちゃって。そのせいで社長がブチ切れた。
営業部長の謝罪でも社長の気がおさまらなくて、それでうちのジョセフ社長の元に話が来たんだよね。で、ジョセフ社長が謝りに行くって申し出たんだけど、藤ヶ谷社長は「さすがにそこまでではない」って断った。
でも、せめてもの気持ちとして、僕がお詫びの品を持っていたのがはじまり。
藤ヶ谷社長は僕のことを気に入ってくれていたから、怒りなんてどこかに吹き飛んでいったみたい。社長室で茶菓子をいただきながら雑談しただけで、社長はニッコニコだった。
でも、営業部署に対しては信用度がガタ落ちになっちゃったみたいで、「これからは高戸くん(僕ね)に来てほしい」って依頼されたんだ。
KT会社は大きな取引先だし、今回やらかしたのはうちの会社の方だから、ジョセフ社長も渋々頷いた。
そんな流れで、僕がKT会社の営業担当になったってわけ。
僕が一人っきりでおっさんのところに行ったら、だいたいは犯される。
でも、藤ヶ谷社長はそんなことはしなかった。ただ僕の説明を聞いて、納得出来たら契約をしてくれる。ただそれだけの、健全な関係を築けていた。
僕はそれが嬉しかった。こんなことはじめてだ。スルトやエドガーもびっくりしていたし、僕があんまり嬉しそうにしていたから、応援までしてくれた。
藤ヶ谷社長は、僕に数字を上げさせてあげたいと思ってくれているようだった。
「他になにか、私にすすめられるものがあったらいつでも提案してね」
「ほんとですかっ。実はあるんです」
「ほう! だったらもう日時を決めておこうか。私が空いているのは、金曜の――」
会社を出たとき、空はもう暗くなっていた。げ。思っていたより時間が過ぎていたみたいだ。まあ、説明に時間もかかったし、雑談もいっぱいしたし、しょうがないか。
あー。楽しい。営業ってこんなに楽しかったんだ。
おっさんたちがみんな藤ヶ谷社長みたいな人ばかりだったら、営業に異動してみたかったなあ。
◇◇◇
金曜日――
予定の時間より三十分遅れて、藤ヶ谷社長が社長室に戻ってきた。
出された茶菓子をむしゃむしゃ食べていた僕は、慌てて立ち上がる。
「高戸くん、お待たせしたね」
「いえ。コーヒーとお菓子、いただいてました」
「お口に合うかな?」
「はい、とっても美味しいです!」
KT会社は、出してくれる茶菓子がいつも美味しい。社長は僕がむしゃむしゃしているところを見るのが好きみたいで、ハムスターを愛でるみたいに僕を眺めている。商談の前にはいつも、こうして雑談しながら茶菓子を貪る時間が用意されていた。
あー、美味しい。こんなに食べたら太っちゃうけど、まあいっか。
「……はっ……!」
KT会社の藤ヶ谷社長に呼びかけられ、僕はビクッと我に返った。
いけない。商談中だったのに、ボーッとしてしまっていた。
確か、社長に質問されたり、重要事項を説明したりしてから、無事契約をしてもらったんだっけ。
いけないいけない。せっかく契約をもらったのに、最後にぼんやりしていたら信用を無くしちゃうよ。
僕は慌てて笑顔を作り、テーブルに広げた書類を鞄にしまった。
「社長、この度はありがとうございます」
少し心配そうに僕の様子をうかがっていた社長が、にっこりと笑みを向ける。
「こちらこそありがとう。高戸くんの説明はすごく丁寧で助かるよ。また君にお願いしたい」
「そう言っていただけると嬉しいです。ぜひ、僕でよければ」
社長秘書の僕がなぜ営業まがいのことをしているのかというと、それにはいろいろワケがある。
KT会社の営業担当は、本当はスルトだ。でも、この前スルトがアポ当日にひどく体調を崩しちゃって。
それで代理の営業を立てたんだけど、その営業がやらかしちゃって。そのせいで社長がブチ切れた。
営業部長の謝罪でも社長の気がおさまらなくて、それでうちのジョセフ社長の元に話が来たんだよね。で、ジョセフ社長が謝りに行くって申し出たんだけど、藤ヶ谷社長は「さすがにそこまでではない」って断った。
でも、せめてもの気持ちとして、僕がお詫びの品を持っていたのがはじまり。
藤ヶ谷社長は僕のことを気に入ってくれていたから、怒りなんてどこかに吹き飛んでいったみたい。社長室で茶菓子をいただきながら雑談しただけで、社長はニッコニコだった。
でも、営業部署に対しては信用度がガタ落ちになっちゃったみたいで、「これからは高戸くん(僕ね)に来てほしい」って依頼されたんだ。
KT会社は大きな取引先だし、今回やらかしたのはうちの会社の方だから、ジョセフ社長も渋々頷いた。
そんな流れで、僕がKT会社の営業担当になったってわけ。
僕が一人っきりでおっさんのところに行ったら、だいたいは犯される。
でも、藤ヶ谷社長はそんなことはしなかった。ただ僕の説明を聞いて、納得出来たら契約をしてくれる。ただそれだけの、健全な関係を築けていた。
僕はそれが嬉しかった。こんなことはじめてだ。スルトやエドガーもびっくりしていたし、僕があんまり嬉しそうにしていたから、応援までしてくれた。
藤ヶ谷社長は、僕に数字を上げさせてあげたいと思ってくれているようだった。
「他になにか、私にすすめられるものがあったらいつでも提案してね」
「ほんとですかっ。実はあるんです」
「ほう! だったらもう日時を決めておこうか。私が空いているのは、金曜の――」
会社を出たとき、空はもう暗くなっていた。げ。思っていたより時間が過ぎていたみたいだ。まあ、説明に時間もかかったし、雑談もいっぱいしたし、しょうがないか。
あー。楽しい。営業ってこんなに楽しかったんだ。
おっさんたちがみんな藤ヶ谷社長みたいな人ばかりだったら、営業に異動してみたかったなあ。
◇◇◇
金曜日――
予定の時間より三十分遅れて、藤ヶ谷社長が社長室に戻ってきた。
出された茶菓子をむしゃむしゃ食べていた僕は、慌てて立ち上がる。
「高戸くん、お待たせしたね」
「いえ。コーヒーとお菓子、いただいてました」
「お口に合うかな?」
「はい、とっても美味しいです!」
KT会社は、出してくれる茶菓子がいつも美味しい。社長は僕がむしゃむしゃしているところを見るのが好きみたいで、ハムスターを愛でるみたいに僕を眺めている。商談の前にはいつも、こうして雑談しながら茶菓子を貪る時間が用意されていた。
あー、美味しい。こんなに食べたら太っちゃうけど、まあいっか。
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