エンジェルワーカー~あの世で始めた天使の仕事~

ラジカルちあき

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第一章.死後の世界へ

§3.住めば都の新世界4

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 『ウッドストック』の総部屋数は六つ。一階、二階に各三部屋ずつという形になってる。
 実際のところは、そのうちの一部屋が管理人室として割り当てられており、比較的に人気の集まりやすい一階角部屋——『101号室』が常に入居状態。故に、入居者が使用できる部屋は実質五部屋に限られている。
 その中で太一が案内されたのは管理人室からほど近い『102号室』。というよりも、管理人室の隣だ。

「あ? なんだよこれ? 回んねぇぞ」

 真理亜から渡された鍵をドアノブに挿し、太一は解錠を試みるのだが、いかんせんこれが上手く回らない。鍵の滑りが悪いのか、単に建て付けが悪いのかは不明だが、鍵を握った太一の腕は開始から少し捻ったところで完全停止してしまった。
 外観を見たときから良い印象など皆無だったが、やはりオンボロはオンボロということか。せめて、管理人の努力でこういった細々したところくらいは常にメンテナンスしておいて欲しいものだ。
 そもそも、それをするために管理人が常駐しているのではなかったのか。
 入室前から太一の腹の中には不安材料がめきめきと集まっていく。

「ちょっとちょっと管理人さん! これちゃんと5-56差してんの? ビクともしないんだけども!」
「あ? なんだいそりゃ?」
「なにって……そりゃおめぇ、世界を円滑に回す潤滑油に決まってんだろ——ぐぶぁっ!」

 太一の言葉を遮る強烈な衝撃は、いわずと知れた真理亜のビンタ。一寸の躊躇いも見せず放たれたそれは、真っ直ぐに太一の頬を振り抜き、乾いた音を辺りに響かせる。
 直前の会話から、自転車愛好家としてのマストアイテムが伝わらなかったショックで身構えることを忘れていた太一は、その場に盛大に転倒してしまった。

「なんど言ったら分かるんだい? 口の利き方には気をつけな」
「い、いや……だからってビンタは……」
「ぐちぐちうるさい子だねぇあんたは? ほら、そこどきな? 邪魔だよ」

 尻餅を吐き、その場で文句を垂れる太一に軽い蹴りを入れて押しのける真理亜。じわじわと強くなっていく蹴りにこれ以上の深追いは危険だと判断した太一は、身を転がして退避する。
 それを見た真理亜は、太一が退いたことによって出来たドア前のスペースに入り込み、左手でドアノブ、右手で挿しっぱなしの鍵を握った。

「油かなんだか知らないけどさ、そんなもん必要ないんだよ。こうすりゃ一発だ——よいさっ!」

 真理亜は野太い掛け声と共にドアノブを力強く引き、ドアがロックに突っかかるのと同時に鍵を回す。
 すると、鈍い音を立てながら右手の鍵が縦になる。つまり、解錠したということだ。

「ほら」

 一言そういって真理亜は鍵を抜くと、再び太一へと放り投げる。
 唖然とする太一はそれに反応できず、投げられた鍵は太一の胸に当たって地面へと落下。地面から響く虚しい金属音はまるで太一の心中を察しているようだった。

「なにボケっとしてるんだいっ! さっさと中入りなさいよ!」
「うっ? あ、はっはい」

 真理亜の強い口調に促され、太一は急いで立ち上がる。
 昭和のブラウン管テレビじゃあるまいし、なんてツッコミが脳裏を過るが、このオンボロアパートはどう考えても昭和の産物。それでいて、テレビよりも遥かに単純な作りだ。
 テレビが叩いて直るなら、ドアくらい力技でなんとかなるものなのだろう。

「いやいやいやいや! ここ、これから俺が住むかもしれないとこ! なんで家入るだけなのにそんな苦労しなきゃいけないんだ……ですか?」

 熱くなる太一は勢いでつい敬語がすっぽ抜けそうになり、慌てて口調を正す。間一髪、真理亜の表情に変化はない。
 ギリギリで超絶ビンタを回避できたことに安堵する太一だったが、今しがた言ったことはまったくの正論だ。
 外観がボロい、設備が古いなどとは関係なしに、どう考えてもこの現状は不良物件。真理亜の管理不足から引き起こされた状況に他ならない。
 ということは、内装はもっと酷いのではないだろうか。入口で既にこの躓きっぷりなのだから、中の状態が残念なのは容易に想像できる。
 やはり、中を見るまでもない。ここは人の住むべきところではないのだ。
 太一は尻についた砂をはたきながら、今度こそ本心を口にしようと意気込むのだが——

「痛たたたたたたっ! みみ、耳! 引っ張らないで!! そんなとこまで昭和で突き通さなくていいからっ!」
「つべこべうるさいって言ってるだろうが! 早く入んな!」

 時代を超越するパフォーマンスで真理亜は太一を『102号室』へと放り込むと、自分は入室せずに玄関口から太一を睨みつける。
 されるがままの太一は、なにか反論しようと首だけ真理亜の方へと向けるも、その恐ろしい眼差しを見るや否や怖気付いて顔を伏せてしまう。
 聖母などという幻想を抱いていたのがどれほど愚かだったか。目の前にいるのは鬼婆だ。それも飛びっきり凶悪な——
 しかし、怯える太一に構うことなく真理亜は次の言葉を告げる。

「それじゃ、あたしゃ春香と話があるから、あんたはちゃんと部屋の吟味するんだよ?」
「へ? あ、ちょっまって! え、えっと……え?」

 必死の呼び掛けも虚しく、太一が状況を把握する前に真理亜はドアを力強く閉めてしまう。
 おおよそ管理人が管理物をそんな乱暴に扱っていいのか、と言いたくなるほど荒々しく閉められたドアを呆然と眺める太一。
 急速に進んでいく展開に、流石の太一も置き去りだ。これが浄土の普通というのなら、早々に自信喪失してしまう。
 太一は深い溜息を吐くと、その場で仰向けに寝転がった。

「まったくなんなんだよ……てか、あれ……? もしかして意外と居心地いい?」

 太一の中をふと過る感覚。
 今、太一が寝転がっているのは玄関を入ってすぐの場所。左を見るとシンク台が見えることから、位置付け的にはキッチンになるのだろう。
 その証拠に、奥に広がる和室に対してこの一帯だけはフローリングになっている。おそらくは調理中に発生する油汚れを想定しての配慮。また、目が粗く所々黒ずんだ床はお世辞にも綺麗とは言い難いものの、畳主体の部屋に程よいアクセントを付けているのは否定できない。
 オンボロ物件はオンボロ物件なりに、ちゃんと計算されてということだ。
 まったく期待していなかった分、太一が感じた印象は良好。確かに、全体的なボロさは否めないが、人が住めないと言うには少し軽率だったかもしれない。
 絶望から息を吹き返した太一は立ち上がり、部屋の物色を開始する。

 まず太一が足を運んだのは寝室兼リビング。この部屋で一番の広さを誇っており、生活の中心となるスペースだ。
 プロの物件鑑定者ともなれば『水回りが最重要』などと言うのかもしれないが、所詮太一は一人暮らし初心者。ワンルームアパートのメインスペースに目がいくのは至極当然のこと。
 太一は逸る気持ちを抑え、冷静に部屋を見回していく。
 畳は六枚、壁紙は砂壁、収納は狭い押入れ、初期装備はロータイプのデスク。
 これがこの部屋のスペックだ。
 オンボロアパートの相場は四畳半と勝手に決めつけていた太一の予想は外れ、『ウッドストック』の寝室は六畳と意外に広い。これには太一も素直に感服するのだが、いかんせん問題点も多い。
 以前の住人が喫煙者だったのか壁紙が全体的に黄ばんでおり、それに伴い畳に焦げ跡が数カ所存在する。
 普通の不動産物件であれば住人の入れ替え時にクリーニングが入るのだろうが、そこは浄土からの無料提供品だ。文句は言えまい。
 また、初期装備のデスクは足がぐらついており、なにか書ものをするのは一苦労だろう。

「ま、まぁ、足になんか布でも嚙ませりゃマシにはなんだろ……」

 とりあえずポジティブに考えてみることにした太一は、気を取り直して収納の鑑定に移る。
 基本的にどのワンルームでもそうなのだが、例に漏れず『ウッドストック』も収納には乏しい。
 ボロデスクからすぐ後ろを振り向くと、壁紙同様黄ばんだ襖が視界に入る。
 おそらくは、これがこの部屋唯一の収納。クローゼットなどというハイカラなものではなく、完全に押入れというのがお似合いの引き戸だ。

「和室だし……押入れじゃなきゃ可笑しいし……」

 じわじわテンションが落ちていくのを痛感しつつも、太一はあくまでポジティブシンキングのまま、襖を開けて中を物色。中には上段に布団がワンセット、下段は空きスペースとなっている。この布団、ちゃんと干しているかが心配なところだ。
 が、問題点はそこではない。
 押入れの平均的なサイズは幅一.八メートルに対して奥行き〇.九メートル。無論、外見で気付かなかったのだから幅はクリアしている。
 しかし、問題は奥行きだ。
 仕舞われた布団の端がぐにゃりと折り曲げられている。つまり、布団が真っ直ぐしまえないほどに奥行きが無いのだ。
 これではせいぜい季節によって使わなくなった家電製品をしまうのがやっとで、衣服をしまうためのプラスチックケースなど到底置けそうにない。

「こんなんじゃネコ型ロボットから大クレームきちまうよ……」

 流石に自分を騙しきれなくなった太一は、即座に襖を閉扉。さっきまでのポジティブが嘘のように肩を落とし、寝室を後にした。

 もはや気を取り直すことすら難しい太一は、一切の希望を抱かずキッチンへと戻る。
 寝室では六畳という意外性に翻弄され、油断してしまった。ならば今度は無駄な期待などせずに、ネガティブシンキングでいけばいい。
 すっかりやる気を削がれてしまった太一は、重い心持ちでキッチンを物色する。
 狭いシンクと二口のガスコンロ。どちらも古さは否めないが、真由美の家も同等なサイズだったことが思い出される。そう考えると、これが一般的な一人部屋のサイズなのだろう。
 更に、初期装備に冷蔵庫があることを加えればキッチンは合格点を与えられる。
 どちらにしても今まで大した料理経験もない、これから自炊生活をスタートさせる太一にとってはこれくらいが丁度良い。あまり複雑なシステムキッチンがあったところで、ただの宝の持ち腐れなのだ。

「よし、なんかちょっとだけ元気でた気がする!」

 『ウッドストック』のレベルの低さに自分がレベルを合わせにいっていることなど気付かず、太一は残る二フロアの物色に移る。
 シンクを背に右の最奥には木造の扉が一枚。その手前にはプラスチック製の扉が一枚。配置からして風呂とトイレと考えるのが妥当だろう。

「おぉ! 風呂トイレ別物件!!」

 予想を覆す展開に太一のテンションは再び上昇の兆しを見せる。
 ワンルームの鉄板といえばユニットバス。一人で住む以上はトイレと風呂が一緒になっていても特段困ることはないだろう。せいぜいトイレットペーパーが湿気ってしまうことくらいだろうか。
 元より、『ウッドストック』の築年数を考慮すれば、最悪は風呂なし物件の可能性すらあり得る。
 銭湯通いの生活で、濡れた髪の乙女と出会うというのもまた一興ではあるが、ネット環境の無い状況では肝心の銭湯を探すのが一苦労。銭湯の需要自体が低下しているご時世で通える圏内にあるかさえ怪しいところだ。
 ともあれ、太一が感じていた風呂への懸念は無駄に終わった。
 問題点も多いが、メインフロアの六畳やバストイレ別だったりと、所々に嬉しい誤算が存在するのは事実。押入れの件を一旦水に流した太一は、気持ち新たにプラスチック扉へと手を掛ける。

「水回りだけに水に流すぅ~なんつってぇ——へ……?」

 開かれた扉の先。
 太一の瞳には驚愕の世界が広がる。

「な、なん……だ……これ……?」

 正面にあるのは藍色のヘッドを付けたシャワー。灰色のホースも、赤青二種類のハンドルを見てもシャワーであることは間違いない。
 が、この空間に存在するものはそれだけだ。
 浴槽や換気扇といったものは存在しせず、キッチンと寝室の間に無理やり作られたスペースには窓も存在しない。

「カビる、カビるから、カビちゃうってばぁぁぁ!! うぉぉ! ってか、せっまぁ!!」

 激情のあまり太一は浴室へと飛び込むが、その狭さにまた激情を重ねる。
 浴室の面積は凡そ半畳。単純に突っ立ているだけならば充分なスペースだが、元気よく体を洗いたい太一にとっては少々手狭だ。
 また、浴室特有のアイボリーのタイルが妙な圧迫感を醸し出し、より一層の狭さを演出する。
 銭湯が激減したなど可愛く思える、絶滅危惧種のコインシャワーがこの『ウッドストック』に生息しているなど、誰が予想できようものか。

「ってことは……」

 圧迫感に耐えかねた太一は、早々に浴室から退避。そして、このオールドすぎる浴室に刺激された思考が、さらなる惨劇を予想する。
 太一は左手で浴室の扉を閉めると、空いている右手で木造の扉、すなわちトイレの扉を開く。

「和式……」

 太一の予想は見事に的中。
 一応、水洗式が採用されているのは評価に値するが、それでも最近の若者と和式トイレの馴染みは薄い。太一としても本当の緊急事態以外での使用は極力避けてきたつもりだ。
 それがいま目の前に、ましてや自分の家になるかもしれない所に設置しているとは。

「最悪だ……やっぱ、ちゃんと断ろ」

 風呂とトイレが決定打になり、太一は『ウッドストック』入居の辞退を決意。
 春香の話術と真理亜の武術に太刀打ちできるか不安ではあるが、それでも自分の生活が掛かっているのだから妥協など出来るわけがない。
 幸いにして今部屋には太一独り。なんの横槍が入ることなく反逆作戦の模索に集中できる。
 こうなれば真理亜が呼びに来るまで徹底的に作戦を練り上げ、あの二人に一泡吹かせてやろう。

 心中に反逆の狼煙を上げる太一は寝室へと移動し、畳の上にゆっくりと腰掛けた。
 背中を壁に預け、両目を閉じ、己の中の冷静な思念へと感情を同期していく。
 春香との会話、真理亜からの攻撃のタイミング。その全てを思い出し、今まで自分がしてこなかった切り返し方を一つ一つ丁寧にシミュレートする。

『本当のところ、なんであの子を連れて来たんだい? 他にもっといい物件もあったろうに』

 不意に思考を遮る低い声。
 隣に位置する管理人室から真理亜の声が壁を抜けて聞こえてきたのだ。
 あまりに薄すぎる壁に太一の『ウッドストック』への評価はまた一段階下がってしまう。
 だが、これも交渉材料になり得る大切な素材。風呂、トイレ、押入れに合わせてこの薄い壁があれば、それなりの攻撃力が期待できる。
 太一は作戦の方向性を定め、再び瞳を閉じる。

『へ? それは……椎名くんの希望で』

 今度は春香の声が壁を抜けて太一の鼓膜を揺らす。
 おおよそ春香らしくない口調に、せっかく作り出した集中状態は揺らぎ、太一の思考は壁へと引っ張られてしまう。

(い、いかん……集中集中)

 内心で自分自身に喝を入れてみるも、一度乱れた心がそうやすやすと治るわけもなく、繋がりかけた思考が次々と千切れていく。
 それでも両目を強くつぶり集中しようと試みるも、そんな太一を嘲笑うかのように壁からは次々と声が伝ってくる。

『対象者が希望したって程度じゃ、普通こんなオンボロに連れてこないだろ? それに、あんたがそんな適当な仕事しないことぐらい知ってるよ』

 なにやら含みのある声色に、太一の集中力は敢え無く忘却してしまう。
 気付けば、そこには壁に耳を付けて二人の会話を盗み聞きする太一の姿があった。

♦︎♦︎♦︎

 太一を『102号室』へと押し込んだ真理亜は、春香を引き連れ管理人室へと戻っていた。
 といっても、管理人室は『101号室』。すぐ隣に位置するため数歩で到着してしまう。
 担当カウンセラーとして実際に太一と共に物件を見ながら、ここに住むよう説得するつもりだったのだが、突然話があると言われあたふたしているうちに、春香もまた管理人室へと押し込まれてしまったのだ。

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

 六畳間の中央に置かれたテーブル前に座る春香に、キッチンから真理亜が声を掛ける。
 入室後、春香をテーブル前に座らせた真理亜はすぐさまキッチンへと移動。ヤカンを火にかけ、お茶の準備に取り掛かった。
 仕事での来訪とはいえ、来客は来客だ。お茶の一つでも出すのが大人としてのマナーだろう。

「いえいえ、お構いなく。なんなら私がお茶入れますよ?」

 春香は真理亜の声に即反応。俊敏な動きで立ち上がり、キッチンへと移動する。
 真理亜のすぐ横に立ち、作業を代わろうとするも、真理亜はそれを拒否。それでもなにか手伝えることはないかと探すものの、お茶の準備に二人掛かりで取り掛かる必要はない。むしろ、この狭いキッチンでは 返って邪魔になってしまう。

「いいからあんたは座っときなよ。それともなにかい? あたしのお茶じゃ不満かい?」
「いえ、そういうわけじゃ……ただ、真理亜さんにそんなことさせるのは精神衛生上ちょっと……」

 遠慮がちなトーンで応対する春香。ただ、彼女のそれは大人としての社交辞令ではなく、本気で申し訳なく思ってのことだ。
 太一への態度とは打って変わり、まるで別人のような腰の低さ。春香にとって真理亜とは、決してぞんざいに扱ってはならない人間なのだ。

「まったくあんたって子は……いいかい? あたしゃもうあんたの上司じゃないんだよ? そんなかしこまる必要なんてありゃしないよ」
「あ、あはは……分かってはいるんですが……」

 呆れた様子で言葉を紡ぐ真理亜に、春香は苦笑で応対。
 そんなどこまでも弱々しい春香の姿に、真理亜は深い溜息を吐いた。

「んで、どっちにするんだい?」
「どっち……というと?」
「紅茶とコーヒーだよ! さっき聞いただろ!!」

 素っ頓狂な反応をする春香に、真理亜は口調を強める。
 急に声のボリュームが上がったことには驚いたが、春香は内心でどこか懐かしさを感ずにはいられなかった。

 頭の中で反響する真理亜の怒声。思えば三年前までは毎日のように聞いていた。
 決して良い思い出ばかりではないが、今の春香を構成する大切なピースだ。
 頭の中を駆け巡る。あの日の記憶が、あの日の真理亜が、あの日のあの人が——

「ひゃんっ!?」

 不意に春香の思考は中断してしまった。
 想定外の出来事に目を白黒させる春香。なにが起きたのかまったく理解出来ないが、尻から腰にかけて鋭い痛みが走っているのは分かる。
 そして、この痛みにどこか覚えがあることも。

「みっともない声出すんじゃないよ! もう両方ともコーヒーにするから、あっち行ってな」

 しゃがれ声に鼓膜を叩かれ、春香の意識は引き戻される。正面には右手を目一杯に広げた真理亜の姿。瞬間、春香は全てを把握した。
 つまりはそういうことか。どうりで覚えがあるはずだ。
 春香は再び潜りそうになる思考を必死に繋ぎとめ、真理亜へと声を掛ける。

「もおっ、子供じゃないんだから、お尻なんて叩かないでください!!」

 そう言って春香はテーブルへと戻って行く。キッチンに残った真理亜が少しニヤけていたことに気付くことなく。

 ヤカンが甲高い鳴き声を上げ、お湯が沸いたことを知らせると、真理亜はすぐに火を停止。そして、用意された熱湯はフィルターを通し、透明な色を黒く染め、香ばしい薫りを放つコーヒーへと変化する。
 真理亜はコーヒーを入れた二つのマグカップをトレーに乗せると、こぼさぬように細心の注意を払い歩き出す。
 本当はちゃんとしたコーヒーカップで出すのがマナーなのだろうが、この家にそんな洒落たものはない。『こんなオンボロアパートにコーヒーカップなんて似合わない。マグカップで充分』といった具合に、そもそも真里亜には買う気すらなかったのだが。
 太一が聞いたら強烈なツッコミをしてくれたに違いない。
 ともあれ、コーヒーをテーブルに並べた真理亜は春香の正面へと腰を落とす。

「で、最近はどうなんだい?」

 一息ついた真理亜は質問を投げかける。
 話があるといった割には日常会話ばかり。これには春香も疑念を抱かずにはいられなかったが、そこは久しぶりにあった元上司。話したいことも決して少なくはない。
 春香はコーヒーを一口すすると、真理亜の問いに答えるべく口を開く。

「どうもこうも、相変わらずですよ……」
「相変わらずフライリーフの独壇場ってことかい」
「ええ」

 春香の答えに対して、真理亜の表情は暗い。が、こればかりは春香にもどうすることも出来ず、簡易的な相槌のみで終了してしまう。
 室内は不穏な空気に支配されていく。

「てことは、上も相変わらずってことだね。まったく……そのしわ寄せが誰に来ると思ってるのかね」
「真理亜さんがいた頃は、ちゃんとカウンセラーが抑止力になってたんですがね……」
「それが嫌になったから飛ばしたんだろうね」

 皮肉めいた口調とは裏腹に、真理亜の声色は感傷的なものだ。

 ——この人はここに居るべきではない。
 春香はそんなことを思い浮かべたが、口にすることが出来なかった。
 無理やり異動させられて一番悔しかったのは真理亜本人だろう。
 それをたかだかカウンセラー歴数年の自分が憐れむなど、侮辱しているにも等しい。それに、なんの役職も持たない春香がどれだけもがこうとも、真理亜を取り巻く環境が変わるはずはない。
 諦められない気持ちはあるが、大切なのは結果だ。感情的に動いて自分まで島流しにでもあえば、それこそ本末転倒。そんな結果、真理亜が許してくれるはずがない。

「あんたも相変わらずだね」

 湧き上がる気持ちを必死に制御する春香に、ふと真理亜が言葉を溢す。
 間違いなく自分を指した言葉なのだろうが、春香にはその真意が分からない。
 すると、怪訝に染まる春香から目線を外し、真理亜はコーヒーを一口。そして、マグカップをテーブルに戻すと、再び口を開く。

「合理的っていうか、論理的っていうか……とにかく、あんたは昔からそういう子だよ」
「それって悪口ですか?」
「ん? 違う違う。素直に誉めてるんだよ。あんたはそのままでいい。今のままカウンセラーを続ければいいんだよ」

 真理亜は苦笑いで春香の言葉を否定する。
 随分と意地の悪い言い回しをするものだ。だが、こうやってじわじわと自分のペースに引き込んでいくのが真理亜のやり方である。
 飴と鞭。彼女はそれの使い分けが究極的に上手い。そして、その技量は現役の頃から衰えてはいない。
 つまり、真理亜も相変わらずということだろう。
 そんなどこか懐かしいやり取りに春香は思わずニヤけてしまいそうになるが、ここはぐっと我慢。ここで本心を見せてしまえば、場の空気は真理亜に支配されてしまう。
 ここはなんとしても無傷で乗り切り、真理亜に成長した姿を見せつけねばなるまい。
 春香は胸の内で決意を固め、真理亜を真っ直ぐに見つめる。
 が、春香の決意も虚しく、先に口を開いたのは真理亜だった。

「あんたのその冷静さ、ナズナにも見習って欲しかったもんだよ」
「ちょっ!?」

 予想だにしなかった言葉が、春香の平常心をえぐる。
 揺れる心、それに反して思考回路は無応答。せっかく整えた臨戦態勢はいとも簡単に崩れ去り、春香の表情は悲痛のものへと変わってしまった。

「すまない、ちょっと意地悪だったかね。でも、やっぱりあんたは相変わらずだよ」

 真理亜はニヤついた表情で謝罪を述べる。表情にしても、声色にしても、彼女が全く反省していないのは一目瞭然。春香がこうなることを予想して発破を掛けたのだろう。
 もっとストレートに聞けばいいものを、心底意地の悪い人だ。
 改めて真理亜の話術に翻弄されていたことを悟った春香は、この流れをリセットすべくコーヒーをすする。口から鼻へと上っていくほろ苦い香りは停止していた脳細胞に刺激を与え、刺激された脳細胞は揺れ動いていた心を落ち着ける。
 予想外の問いに取り乱したが、この精神状態ならばどんな質問が来ても問題ない。今度こそ真理亜を迎え撃とうではないか。
 再度強い決意を胸に、春香は真理亜へと目線を戻す。

「あれからナズナとは会ったのかい?」
「いえ、あれ以来です」

 やはり真理亜は前の話題を引っ張ってきた。心の準備をしていた分、春香の応対は毅然としている。
 これなら先の失態も取り戻せるかもしれない。想像していたプランへの軌道修正も現実味を帯びてくる。

「そうかい……まだ気にしてるんだね」
「……否定はしません」

 真理亜の核心を突いた問い。
 一瞬、過去のトラウマが脳裏を過ぎったが、なんとか平常心のままでいられた。
 春香は内心で安堵しつつ、尚も真理亜を真っ直ぐと見つめ続ける。
 そんな春香の姿に観念したのか、真理亜は大きく息を吐き、姿勢を崩す。

「まぁー、あたしに会いに来たってだけでも大きな変化か……わかったわかった、これ以上は干渉しないよ。なんせあたしゃもうカウンセラーじゃないからね」

 真理亜の気の抜けた声ををきっかけに、室内に蔓延していた緊迫感は消え失せ、ゆるかやな午後の時間が帰ってくる。
 会話のキャッチボールとしては、無愛想で面白みの欠片もない。とてもカウンセラーとして合格点を与えられるものではないが、それでも春香が真理亜からのキラーパスを無事に乗り越えたことに変わりはない。
 対象者の少年がこのオンボロアパートに住まないよう必死に粗探しをしている横で、自分は世間話をしているという背徳感はあるが、今だけはこの達成感に身を委ねることを許してほしい。
 なんといっても相手はあの真理亜だったのだから。

 安堵の表情を見せる春香。それを微笑ましげに覗く真理亜。
 会話は特になく、二人ともゆっくりとコーヒーブレイクを満喫している。
 静かな室内に響くのはヒーターの音だけ。それは、どこまでも穏やかな午後のひととき。
 が、耳をすませば聞こえる異音。木材の軋む音だ。
 そして、音の出所は壁。否、壁の奥——つまり『102号室』である。

(そろそろかね)

 次第に近付く異音を聞いて、真理亜は内心で呟いく。すると真理亜の意図した通り、異音は壁側に座る真理亜のすぐ後ろでひときわ大きな音を立てる。

「本当のところ、なんであの子を連れて来たんだい? 他にもっといい物件もあったろうに」

 静かだった室内に再び声が響く。心なしか今まで以上に声を張っているように感じるのは気のせいだろうか。
 問い掛けられたのはもちろん対面に座る春香。コーヒーブレイクに興じていた彼女は、突如の声掛けに、それも大声でとなればつい驚いてしまうのも致し方あるまい。

「へ? そ、それは……椎名くんの希望で」

 油断していたせいか、春香はまともな回答を用意できていない。そして、春香もまた驚愕から声が大きくなっている。
 この音量ならば壁を突き抜けて、隣室へと届いているのは間違いない。
 あとは、彼の興味を引ければ全てが思惑通り。

「対象者が希望したって程度じゃ、普通こんなオンボロに連れてこないだろ? それに、あんたがそんな適当な仕事しないことぐらい知ってるよ」

 駄目押しの一言。これでダメならば諦めるしかない。なんせこっちは自分の管理物件を貶してまで気を引いているのだから——
 と、賭けに出る真理亜だったが、その成果はすぐに現れた。
 精神を集中させた真理亜の鼓膜に伝う微かな音。ほんの少し、床の軋む音が聞こえたのだ。
 ということは、間違いなく彼はこの会話を拾い、興味を抱いている。
 ならば、後は春香から本音を引き出してやれば必ず釣れるはずだ。
 真理亜は意識を壁から春香へと戻す。

「はーっ……やっぱり真理亜さんは全部お見通しか」

 真理亜から仕切りに送られる強い視線に、春香は為す術なく本音を吐露してしまった。
 この全てを見透かしたような眼差しこそ彼女の持つカウンセラーの資質。さっきまでがお遊びだったと良く分かる。
 こうなってしまった真理亜を止めることは難しいだろう。せめて、被害が最小限に済むよう努めよう。
 春香は早々に負けを認め、防御に徹するのだった。

「あんたがあたしの所に来る時点でばればれなんだよ。それに、これ」

 そう言って、真理亜はテーブルの隅に置いてあった紙を春香に突きつける。
 A4サイズの紙には所狭しと文字が書き込まれており、その全ては太一にまつわる情報。命日や出身を含む個人情報から、性格、性癖といった内面的なものまで記載されている。
 これこそ、カウンセラーから物件管理人に送られる『調査書』だ。

「これ、本当にあんたが書いたのかい?」
「ど、どういう意味ですか?」

 調査書を手に差し迫る真理亜に、春香は思わずたじろいでしまう。
 それに彼女はなにを言っているのか。自分が担当である以上、自分が書いたに決まっているではないか。
 春香が疑問に駆られていると、真理亜は容赦なく次の言葉を掛ける。

「あたしが知ってる上じゃ、あんたの調査書ってもっと具体的で、冷静に分析されたものだったと思うんだがね……なんていうか、こりゃぁちと対象者に感情移入しすぎじゃないかい?」
「っ!?」

 鋭い指摘に春香は言葉を失ってしまう。
 確かに、初回カウンセリングが思うように進まなかったことは否定のしようがない。普段なら、調査書に必要な内容のみを切り取って進めていくスタイルなのだが、今回はそれが上手く機能しなかった。
 故に、聞ききれなかった部分は春香の憶測で記入するしかなかったのだ。

「そ、そんなことは——」
「観念しなよ。別にカウンセラーだからって感情的になっちゃいけないわけじゃないだから」
「……」

 真理亜が繰り出す鋭利な言葉に春香はノックアウト。あれほど被害を最小限に抑えようと決めていたのに、さっそく致命傷をもらってしまった。
 もはや反撃の術が無いことを悟った春香は、深い溜息を吐き、ゆっくりと口を開く。

「進路希望のところ……空欄なの気付きました?」
「あぁ、これも完璧主義のあんたにしちゃ珍しいね」

 げっそりとした表情の春香は調査書の進路希望の項目を指差す。
 他の項目はぎっしりと文字が詰め込まれているのに対して、その部分だけは綺麗な空白。異様な存在感を醸し出している。

「彼、希望職種なんて答えたと思います?」
「あ? うーん……野球選手とかかい?」
「それならまだ可愛げがあるんですけどね……」

 実際になれるかは置いておいて、春香の心情としてはいっそ馬鹿げた夢の方が気楽だった。
 しかし——

「浄土誘導員って言ったんですよ、彼」
「ほお、そりゃまた随分と……」

 久しぶりに聞く。
 真理亜の言葉はそう続くはずだった。
 あえて最後まで口にしなかったのは真理亜なりの配慮。隣で太一が聞いている以上はあまり下手なことを言うべきではない。
 無論、春香は太一の存在に気付いてはいないが、彼女もカウンセラーとして働く者ならば真理亜がなにを言いかけたか分かるはず。現場を退いた自分とは違い、春香は現役で働いているのだ。ならば、真理亜より幾分も事情に詳しくなくてはおかしいだろう。

「正直、私もびっくりしました」

 春香の表情は晴れない。
 憂いに満ちたそれは、彼女が太一の回答に言葉通りただ驚いただけではないということを物語っている。
 春香がなぜこんな顔をするのか、なにを思っているのか。真理亜にはそれが手に取るように分かった。

 ——ここ数年、浄土誘導員を志す者は激減している。
 一昔前は春香が支援センターで説明した通り、担当誘導員に感化されてしまう、というケースが非常に多く目立ち、カウンセラーもそれを全面的に応援してきた。
 更に、本土保安局は常に人員不足。保安局が新浄土民の積極採用に踏み切るのは当然のことだ。
 しかし、理想と現実は全く異なる。
 死者を救う素敵な仕事と思い。蓋を開けてみれば、内容は想像を絶する激務。必要資格は多く、難しい。いざ現場に出てみれば対象者からの暴言の嵐。少し見方を変えれば死の宣告人ともいえる浄土誘導員の有様に気付き、新人の心はいとも簡単に折れてしまった。
 結果、新人の離職率が七割を超える記録を叩き出し、浄土経済を震撼させた。
 これには流石の組合も対策を練り、保安局の積極採用を打ち切らせ、更に組合自体が対象者の誘導員志望を支援しない方針をとった。
 その後、カウンセラーの研修にはそういった類のトークスクリプトが組み込まれ、全てのカウンセラーは誘導員志望の対象者に否定的な応対をすることよう義務付けた。
 これによって対象者の大半は初回カウンセリングの時点で希望を取り下げるようになり、逆にそこで粘る芯の強い対象者は自ら誘導員への道を切り開いていく。
 春香と太一のやり取りを見て分かる通り、カウンセラーはそう簡単には意見を取り下げない。つまり、嫌味なカウンセラーにも打ち勝つ強靭なメンタルの持ち主が誘導員になるのだ。
 そして、そんな人間の心がそうやすやすと折れるはずもなく、離職率は四割も減少。相変わらず保安局の人員不足は否めないが、その分屈強な誘導員が完成されたのだ。

 と、そんなときだ。ある事件を引き金に、業界トップを誇っていた保安局が内部分裂。それをきっかけに新しく起業された保安局がトップに躍り出る。
 これを受け、浄土誘導員の在り方は新体制を迎える。
 それ以後、誘導員を志望する対象者はめっきり減ってしまったのだ——

「大島の頃はよく聞いたんだけどね……」

 真理亜はどこかノスタルジックな表情で遠くを見つめてながら言う。
 太一の誘導員志望に対して、彼女はどう思ったのだろうか。
 マニュアル通りに否定してはみたものの、なぜだか胸中にはどうにも形容し難い感情が存在する。
 真理亜は太一をどう見るのか。それを知ることができればこの感情がなんなのか分かるかもしれない。
 故に、春香は太一を連れて真理亜の下へ訪れた。

「真理亜さんは、彼のことどう思います……?」
「馬鹿いうんじゃないよ! いくらあたしでも、あんな短時間で人の内面までは判断できやしないよ。それに、こんな感情的な調査書じゃ尚更さ」

 春香の淡い希望は、残念なことに形を為さなかった。真理亜の辛辣な言いを受けて、改めて自分が冷静でなかったことを理解する。
 気付けば、顔を俯き、マグカップをただただ見つめる春香の姿があった。

「でもさ、あの子よりもあんたに問題があると思うんだよね」
「え?」

 予想外の言葉。
 自分に問題があるとは。
 春香は今回のカウンセリングで、なにか失敗したことはないかと記憶を探る。
 確かに円滑に進んだとは言い難いが、致命的なミスを犯したとも思えない。春香の謎は深まるばかりだ。
 とはいえ、真理亜の目は本気のものであり、ちゃんとした根拠の元に存在することは一目瞭然。名前の分からない感情と真理亜からの謎の発言に、春香は顔をしかめてしまう。

「あんた、あの子を誘導員にしたいんだろ?」

 俯く春香に掛けられた言葉は、強烈な、まるで鈍器で殴られたような衝撃を与えた。
 だが、構わず真理亜は言葉を続ける。

「あの子を誘導員にしたい。でも、カウンセラーは反対しなきゃならない。そんでもって、あんたはナズナの末路を知っている。ジレンマだね……」

 畳み掛けるようにして真理亜は言葉を打ちつける。
 どれも見当外れといって否定してやりたいものばかりだ。しかし、なぜだか言葉が出てこない。
 春香は無意識のうちに唇を噛み締めていた。

「やっぱり、まだ誘導員が怖いのかい?」

 強い口調から一転。真理亜は母のような優しい口調で春香に問いを投げかける。
 春香は強張った顔を無理やり解き、平然を装って言葉を返そうとするが、顔を上げて視界に入った真理亜の表情を見て春香の思考がストップをかける。
 彼女が醸し出す空気は真剣そのものだった。なにも偽らず、ただ真っ直ぐ春香にぶつかっている。
 そう感じた瞬間、春香から偽ろうとする心が全て抜け落ちていく。

 ——この人に嘘をつきたくない。

 春香は本心から思った。

「怖いです……私の担当する対象者から誘導員なんて出したくないです」

 隠していた本音が漏れ出す。
 そして、一度漏れ出した本音はたちまちに増殖し、その全てを曝け出そうと溢れ出す。

「今の保安局の体制じゃ傷付くのは目に見えてます……。対象者は元から傷付いているのに、なのに……なのに……なんでまた違う傷を作らなきゃいけないんですか? 心の傷を癒すのがカウンセラーなのに……ナズナさんが傷付いていくの知ってたのに……なにも出来なくて……」

 胸の奥から込み上げる感情は熱量を増し、春香の隠してきた気持ちを言葉にする。
 もう自分がなにを言っているのかすら分からない。ただ感情に身を任せているだけだ。

「私……彼の担当なんですよ? だったら彼が傷付くのを未然に防いであげなきゃならないでしょ!? なのに……なんであんなこと——」
「あの子の中に昔のナズナを見たんだね?」

 ヒートアップする春香を遮る真理亜。あまりに的を得た彼女の言葉に春香は驚愕する。

 完全停止。
 後先考えず爆発させた感情はオーバヒートし、春香の思考は真っ白に染まる。
 そんな春香の姿を見つめたまま、真理亜は落ち着いた様子で口を開く。

「あの子が誘導員に向いている。あんたがそう感じたんだ、きっと間違いじゃないよ」
「そ、それじゃ傷が——」

 真理亜の言いは春香の本音をまったく無視している。
 それでは彼は傷付いてしまう。だからここまで悩んでいるというのに。
 春香は働かない思考に鞭打ち反論を試みるが、真理亜が突き出した掌によって阻止されてしまった。

「あんたカウンセラーだろ? あの子が傷ついたらあんたが癒してやりゃいいんだよ。それと、ナズナのこと気にしてるみたいだけどさ、あの子の担当はあたしだよ? あんたがとやかく言うことじゃないんだよ」
「違っ、私は——」
「確かに、あたしのカウンセリングじゃナズナの傷は取り除けなかった。そりゃ完全にあたしのミスだよ。でも、あんたは違う」

 真理亜は一度言葉を区切り、ぬるくなったコーヒーを一口すする。
 そして、再び春香を真っ直ぐに見つめ言葉を紡いだ。

「あんたはあたしより優秀だ」

 春香は完全に言葉を失った。
 そんなはずはない。自分は過去のトラウマに縛られ、偽りの仮面を着けていないと面と向かって人と話せないような小心者だ。それが真理亜より優れているなどあり得ない。あってはならないことだ。
 なのに、なぜ彼女は自分をそこまで評価するのか。
 しかし、その真相を聞く前に真理亜は立ち上がってしまった。

「さってと……」

 踵を返し、壁と向き合う真理亜。
 春香がその姿を目で追っていると、真理亜は右手を持ち上げ、勢いよく壁を叩きつける。
 すると——

『うっへぇ!!』

 鈍い音とともに、壁の奥から聞こえる少年の声。それは間違いなく対象者である太一のものだ。
 いったいなぜこの場面で彼の声が聞こえるのか。春香にはなにが起こっているのかまったく把握できなかった。

「盗み聞きとはいい度胸だね! あんた、ちょっとこっちへ来なさい!」
『ちょっ!? ご、誤解だって……い、いや、誤解じゃないけど……やっぱり誤解!!』
「つべこべ言わずにこっちへ来るんだよ!!」

 春香の理解が追いつかないまま事態は急展開。ものの数秒で太一は管理人室に到着し、現在六畳間の入り口付近で正座させられている。

「さーて、乙女の会話を盗み聞きしたんだ。わかってるだろう?」
「乙女って……アラサー女と鬼婆じゃねぇか——っ痛ぇ!」

 正座する太一に落とされる神の一撃。まさに天災ともいえるゲンコツだ。
 脳天を直撃した衝撃に怯んだ太一が床に転げると、正座を解いたことに激怒した真理亜の蹴りが炸裂。太一はしぶしぶ正座に戻る。すると、再びゲンコツが降り注ぎ、またもや体勢を崩した太一は床に横転する。
 春香は繰り返されるこの流れをただただ呆然と眺めていた。

「ちょっと、あんたもなんか言ってやんなよ!」
「へ? 私ですか?」

 突如、自分へ飛んできた怒声に春香は対応できず、疑問視で真理亜へと返答してしまう。
 そもそも、事態を把握できていない春香にとって、太一がなぜボコボコにされているかの方が疑問でならなかった。

「痛いっ、痛いっ!! ご、ごめんなさいって! もうスペシャルに反省してるから、お願いだから殴らないでくださいってばっ!! 中村さん、見てないで助けてっ——ぐぇっ!」

 真理亜の粛清はエスカレートし、太一が少しでも動こうものなら一撃でその芽を摘み取ってしまう。
 太一のウルウルと揺らめく双眸を見るに、そろそろ限界が近いのだろう。
 流石にこれはやり過ぎだと思った春香は、未だ定まらない思考を再起動して止めに入る。

「真理亜さん、もうその辺で」

 春香のカットインのおかげで真理亜の暴力は停止。
 やっと解放された太一は畳に倒れこんでしまった。

「で、物件の方はどうだったんだい?」

 真理亜に聞かれて、太一はうつ伏せに倒れた体をくるりと回転する。
 気を抜けば意識が飛んでしまいそうなレベルの痛み故に、仰向けが限界。起き上がらないと、また殴られてしまいそうな不安に駆られるが、こればかりは体が言うことを聞いてくれそうにない。
 幸い、真理亜からはさっきまでの鬼の形相が消えており、口にさえ気を付ければ殴られることはないと感じられる。
 そこまでを確認した太一は、一息ついて回答する。

「いや、まぁツッコミたいとこはいっぱいなんですが……我慢できそうなんで、ここに決めます」
「え……? えぇぇぇぇ!?」

 太一の回答を聞いて一番最初に反応したのは春香だった。
 春香としては、太一は絶対に拒否すると踏んでいたのだが。その上で彼を説得、もしくはこの場に捨てて逃げようかとさえ考えていた。
 だが、太一からの返答は肯定。面倒な交渉が無くなって本来なら喜ぶべきところなのだろうが、論理的な思考を持つ春香にはどうにも納得できない。ちゃんとした理由を知りたいという欲求に駆られてしまったのだ。

「そりゃオンボロだし、トイレ和式だし、押入れも風呂も狭いし、そもそも建て付け悪いし……いや、嘘、殴らないでください!」

 知らずうちに『ウッドストック』を貶していることに気付き咄嗟に真理亜を見るが、なんとか持ちこたえたようで真理亜は無反応だ。
 それに安堵した太一は改めて言葉を続ける。

「と、とにかく! 最初はこんくらいでもいいやって思ったんです。自分で仕事して、自分で稼いだお金で、もっといい所に引っ越す! ずばりこれ!」
「さっきまで支援金に目を輝かせていた人の発言とは思えない……」

 急に変化した太一の思考に春香は疑念を感じてしまう。
 なにか彼を変えるような出来事があったのだろうか。
 と、そこまで考えて春香は気付いた。
 じわじわと蘇る記憶。断片的にしか存在しなかったものが記憶と共に蘇り、春香の思考を繋げていく。

 最初、真理亜が壁を叩いたときに『盗み聞き』という単語が含まれていたと記憶している。あのときの春香は真理亜とのやり取りによって完全に意気消沈していたため、聞き流してしまった。だが、普通に考えればこの時点で太一の罪は明らかになっていた。
 これこそが、太一がタコ殴りにされた理由ということだ。
 そして、もう一点。
 何故、真理亜は盗み聞きに気付いたのか。
 管理人である真理亜は当然のように壁の薄さを熟知しており、この壁で盗み聞き出来ることを知っていてもおかしくはない。
 が、いくら薄いとはいえ壁は壁。視覚を遮られている以上は太一の犯行に確証は持てないはずだ。
 ということは、真理亜は知っていたのではないか。
 思えば、だらだらと続いた日常会話は太一が物件吟味を終える時間稼ぎ。本題に入ったときの馬鹿でかい声は太一を引き寄せる罠。
 つまり、全ては真理亜が仕組んだトリックということにだ。

「やられた……」

 春香はそう呟くと、両手で顔を覆い隠す。
 真理亜がなにを思って仕組んだのかは分からないが、結果的に自分の深い部分を太一に聞かれてしまった。
 その上で、彼はここに住むと言っている。要約すると、春香に気を使ってここで妥協するということだ。
 威厳、品格、カウンセラーとして築き上げてきたもの全てが崩れ去っていくのを春香は感じた。

「やれやれ、バレちまったかね」
「もう最悪です……」

 真理亜は観念して罪を認める。
 しかし、もう遅い。春香は床に両手をつきへたり込む。
 項垂れ、後悔の念に襲われる春香は、いっそカウンセラーを辞職してしまおうかとすら考えてしまう。
 そんなことを考えながら畳を睨みつけていると、春香の視界に細い影が入り込む。
 どこかで見たような光景に春香が顔を上げると、そこには一人の少年が立っていた。

「俺、そっちの顔の中村さんにカウンセリングされたいっす」

 こいつはなにを言っているんだ。春香はそう思った。
 しかし、太一の顔は到って真面目。ふざけている様子は見当たらない。
 唖然とする春香。そこへ馬鹿でかい笑い声が飛び込み、春香の意識は現実へと回帰する。

「あっはっはっはっ! あんたの負けだよ春香。素直になんなよ」
「ま、真理亜さん?」

 二転三転、今日何度目になるか分からない想定外の出来事に春香は目を白黒させてしまう。
 だが、真理亜はそんな春香を置き去りにして太一の頭へと手を伸ばす。
 またゲンコツが来ると身構える太一だったが、真理亜の手は開かれてたままだ。そして、そのまま太一の頭に手を乗せると、真理亜は力強く太一の頭を撫で回した。

「あっはっはっ、気に入ったよ。あんたはあたしが絶対に誘導員にする」
「ちょっ!? 真理亜さんっ、なに言って——」
「うるさい子だねぇ。あんたはこの子が傷付いて帰ってきてもいいように、素直なカウンセリングの勉強しときなさいよ」

 食って掛かろうとする春香を、真理亜はいとも簡単にあしらってしまった。
 ぐうの音も出ない春香と、そもそも状況についていけなくなった太一は言葉を失い、その場に立ち尽くす他ない。
 すると、真理亜は太一に向かってなにかを投げ渡す。激しくデジャブする映像に太一の脳はリンク。今度は投げられたなにかを落とすことなく両手でしっかりと掴んだ。

「か、鍵?」
「あぁ、あんたの部屋はこっち。この壁の薄さじゃ大半のことは筒抜さね。嫌だろ?」

 真理亜から渡された鍵に付けられたタグには『201号室』と記載されている。つまり、太一がこれから暮らす部屋は管理人室隣のあの部屋ではなく、この鍵の部屋——二階の部屋ということだ。
 真理亜の言葉から推測するに、おそらく隣人はおらず、隣への配慮は必要ないのだろう。だが、そのためにあの錆びた階段を上らなければと考えると、どうしても足が竦んでしまう。
 安全性を考えるなら『103号室』を希望したいところだが——

「それから『103号室』と『203号室』は入居者がいるから、挨拶するんだよ。夕方には帰ってくるはずだから」

 残念ながら太一の希望は現実にならなかった。
 というよりも、このオンボロアパートに二人も住人がいたこと自体驚きだ。なにを思ってこんなオンボロへの入居を決意したのか、太一はそれが気になって仕方なかった。
 ともあれ、部屋が埋まっている以上は『201号室』で我慢するしかない。下手に駄々をこねるとゲンコツをくらってしまうし、最悪は『102号室』に変更ということも無きにしも非ず。
 ここは素直に従っておくのが利口な考えだろう。

「う、うす……」
「よろしい。それじゃ、もう部屋に入ってな。後で入居書類と注意事項の説明書もってくからね」

 真理亜に促され、太一は管理人室を出る。しかし、太一がドアノブに手をかけた瞬間、後方から春香が呼び止めた。

「待って、椎名くんっ!」

 まださっきのことを引きずっているのか、春香の声色は当初の猫なで声ではない。これが素直な彼女なのだろうか。
 春香の意外な一面に後ろ髪を引かれ、太一は踵を返し声の元を見る。

「ちゃんと……考えて欲しいの。誰のためとかじゃなく、自分が本当に誘導員になりたいのか……ちゃんと考えてみて」

 今にも泣き出しそうな顔で言葉を紡ぐ春香。
 そんな彼女の顔がとても印象的だった。
 声色だけではなく、この言葉も春香の本心そのものに違いない——
 太一は深く頷き、管理人室を後にした。

♦︎♦︎♦︎

 壁越しに聞いた春香の言葉が脳内を反響する。
 瞳を閉じれば、瞼の裏に彼女が最後に見せた切なる表情がくっきりと写る。
 落ち着いたイメージを受けていた彼女が、まさかあんなに感情的なセリフ、表情を見せるなどと太一は想像してもいなかった。

「誰のためとかじゃなく……か」

 自然と口から溢れた言葉は六畳間に寝転ぶ太一の正面——低い天井にぶつかり、直ぐに打ち消されてしまった。
 視界の中心に写る古びた電気の紐はゆらゆらと揺れ、まるで催眠術のように太一の思考を誘導する。
 薄っすらとぼやけていく『201号室』の風景は『102号室』となんら変わりはない。
 なにか一つでも変化があれば、そこに思考を割くことが出来たのかも知れなかったが、くたびれた畳も、傷んだ壁紙も、狭いキッチンも、なにもかもがそのままだ。
 変化のない風景は太一から興味を奪い、手持ち無沙汰になった思考は、ただ漠然と近い将来のビジョンを投影する。

 ——浄土誘導員になって彷徨える魂を救いたい。

 そんなスーパーヒーローのようなセリフが頭を過るが、太一はそれを鼻で笑い飛ばしてしまう。
 生憎、太一には人を救うなどという良心は備わっていない。自分を犠牲にしてまで、人の幸せを得ようとは到底思えないのだ。
 結局は思いつき。直向きな真由美の姿に感化されて言い出したこと。
 所詮は、その程度の気持ちだったということだろうか。

「でもな……あんなこと聞いちゃったらな……」

 思い出すのは壁越しに聞いた会話。
 切迫する春香の声が鮮明に蘇り、太一の心を揺らす。
 思えば支援センターでのやり取りでも、その片鱗は見え隠れしていた。いったい過去になにがあったのか、太一はそれが気になって仕方がない。
 しかし、自分を偽ってまで隠しているトラウマだ。聞いたところで教えてくれないのは分かっている。
 それは真理亜に聞いても同じことだろう。春香とあんなに親しく接している彼女が、人のプライベートなところを簡単に漏らすとは思えない。
 一見して大雑把そうな真理亜だが、相手に対する配慮をしっかりできる人だというのは出会ったばかりの太一にでも分かる。

「やっぱ誘導員になるしかないかな……」

 結局、行き着いた結論はそれだ。
 誘導員になればなにか分かるかもしれない。
 激しく不本意で、不純な志望動機ではあるが、春香のいう『誰かのため』ではない。知りたいという欲求に駆られる自分のために誘導員を目指すのだ。

「まぁー、真由美ちゃんと再会したいっていう欲求もあるしな——どっこしょっ!」

 太一は立ち上がると、窓を開け、とてもベランダとは言いがたいチープな柵に腰掛けた。
 吹き抜ける二月の冷たい風は、熱し上がっていた太一の脳を急速に冷却し、もやもやしていた気持ちを少しだけ軽くしてくれる。
 まだなにも分からないし、なにも始まっていない。不安で、心配で、明日はおろか数時間先の自分さえ想像できない。
 だが、誰だって最初はそうだろう。
 たくさんの人と出会い、たくさんの傷を負って、たくさんのことを経験していく。
 もちろん、傷付くことはしたくない。
 でも、身近に信頼できるカウンセラーがいるから少しの無茶くらいならしてみてもいいかな。
 窓辺に座る太一はそんな風に思った。

 人と触れ合い、既に少しずつ変わっている自分に気付かず、太一は浄土での生活をスタートする。
 日常を生きた太一は、非日常的な世界で、平凡な自分を、非凡な自分へと変えていくのかもしれない—— 
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