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生まれ持った剣才
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世の中には、天才というものが存在する。
初めて目にした書物で、一流の識者よりも優れた読み解きが出来る者。
初めて手にした楽器で、玄人の奏者よりも優れた音色を出せる者。
彼ら彼女らに、どうして初めてでそこまで巧いのか訊ねても、「さぁ?」としか答えようがないだろう。
何故なら、何の理由もなく最初から出来てしまうのだから。
理由が無いものを説明するのは大体において不可能だ。
この感覚を強いて凡人で置き換えてみるならば、なぜ乳幼児の時から何の訓練も無しに、誰にも教えられずに呼吸が出来るのか訊かれても困るのと同じこと。
医学的な理屈はともかく、「出来るから」としか答えようがないだろう。
シャルロッテ・フォン・オツェアンにとっては、偶々それが剣であるだけに過ぎない。
「ぎゃあッ」
二階の異常を察して我先にと階段を駆け上がってきた盗賊達は、次々とシャルロッテの短剣の餌食になっていた。
二階の狭い廊下では、どうしても一対一にならざるをえない。
唯一、背後から挟撃できる地理的優位を持ち得ているリューグナーは目にペンを刺された痛みに呻いており、肉体的にも精神的にもそれどころではなかった。
おかげで、一階に降りていれば複数人に囲まれるのを避けて随時ちょこまかと動き回りつつ倒さねばならなかったところ、かなり楽をすることが出来た。
さて、シャルロッテの剣才は生来のものであり、それ以上の理由は存在しないと先に述べたが、非常事態とはいえ、これほどまでに躊躇いなく剣を振るえるのは後天的な要因が大きい。
そしてそれは、皮肉にも彼女に婚約破棄を突きつけたドゥム王子が深く関わっていた。
武張ったことを好む王子によって、シャルロッテは幼少期から度々、王子主催の剣術大会や、兵士の訓練の見学に付き合わされてきた。
王子にとっては自身の嗜好を満足させるだけの時間に過ぎなかったが、剣才のあるシャルロッテにとっては無意識のうちに見取り稽古を積み重ねてきたことになる。
尤も、この国では女性が剣を学ぶ風習が無く、また、シャルロッテも慣習に特に疑問を抱くタイプでは無かったため、婚約がつつがなく遂行されていれば、彼女の才能が顕在化することは無く、それどころか気づくことさえ無いまま一生を終えたことだろう。
ついでに言えば、ドゥム王子の口がざっくり斬り裂かれることも無かっただろう。
天稟がまず存在し、知らず知らずに伸びる環境に身が置かれ、そして偶然にも開花する機会が訪れたのである。
盗賊達を全て斬り伏せた後、シャルロッテは踵を返して元の部屋に戻った。
部屋の中では、未だ痛みに呻くリューグナーと、腰を抜かした老婆がへたり込んでいる。
短剣を持ったシャルロッテが近づいてくるのをペンが刺さっていない方の目で見とめたリューグナーは、形容しがたい悲鳴をあげて無様に後ずさった。
シャルロッテの髪や衣服に飛び散っている返り血、しんと不気味に静まり返った部屋の外。
何が起こったかは一つしか考えられない。とても信じられないが、この華奢で大人しそうな侯爵令嬢が、一人で盗賊達を屠り去ったのだ。
どうしてこうなった、どこで間違えた、ほんの少し前まで仲間の盗賊達と、人生最大の儲けが手に入る夢のような算段をしていたところだったのに!
「そうだ……夢だ……」
リューグナーは口の中でブツブツと呟きつつ、隠し持っていた短剣を抜いた。
こんなことがあるわけがない。
これまで騙した連中は、短剣を見せるだけで竦みあがっていたではないか。
中には抵抗する者も居たが、簡単に捻じ伏せることが出来たではないか。
シャルロッテのようなお姫様が、自分や盗賊達を倒せるわけが無いではないか!
「死ねぇぇぇッ!!!」
短剣を構え、真っ正面からシャルロッテに突進したリューグナーは、ひらりと躱されて勢いのままつんのめる。
体勢を立て直す暇も無く、彼は一刀のもとにシャルロッテに斬り捨てられた。
どさ、と重たい音がしてリューグナーの身体が床に倒れ伏す。
剣才は先天的なもの。躊躇の無さは後天的なもの。
そして、もう一つ、先天的なものと後天的なものが入り混じって形作られた、シャルロッテの剣をさらに冴えわたらせる資質について触れねばなるまい。
彼女は不可能というものをほとんど知らなかったし、また、深く考えたことも無かった。
元々の気質に加え、王家以外には誰に憚ることも無い、国内有数の大貴族に生まれたことが良い方に作用したと言える。
つまり、何もしないうちから、お姫様は盗賊に勝てないなどと最初から決めつけて剣先を鈍らせるようなことは一切無かったのだ。
そしてそれは、剣を取って戦いに臨む者にとっては得難い美点だったのである。
初めて目にした書物で、一流の識者よりも優れた読み解きが出来る者。
初めて手にした楽器で、玄人の奏者よりも優れた音色を出せる者。
彼ら彼女らに、どうして初めてでそこまで巧いのか訊ねても、「さぁ?」としか答えようがないだろう。
何故なら、何の理由もなく最初から出来てしまうのだから。
理由が無いものを説明するのは大体において不可能だ。
この感覚を強いて凡人で置き換えてみるならば、なぜ乳幼児の時から何の訓練も無しに、誰にも教えられずに呼吸が出来るのか訊かれても困るのと同じこと。
医学的な理屈はともかく、「出来るから」としか答えようがないだろう。
シャルロッテ・フォン・オツェアンにとっては、偶々それが剣であるだけに過ぎない。
「ぎゃあッ」
二階の異常を察して我先にと階段を駆け上がってきた盗賊達は、次々とシャルロッテの短剣の餌食になっていた。
二階の狭い廊下では、どうしても一対一にならざるをえない。
唯一、背後から挟撃できる地理的優位を持ち得ているリューグナーは目にペンを刺された痛みに呻いており、肉体的にも精神的にもそれどころではなかった。
おかげで、一階に降りていれば複数人に囲まれるのを避けて随時ちょこまかと動き回りつつ倒さねばならなかったところ、かなり楽をすることが出来た。
さて、シャルロッテの剣才は生来のものであり、それ以上の理由は存在しないと先に述べたが、非常事態とはいえ、これほどまでに躊躇いなく剣を振るえるのは後天的な要因が大きい。
そしてそれは、皮肉にも彼女に婚約破棄を突きつけたドゥム王子が深く関わっていた。
武張ったことを好む王子によって、シャルロッテは幼少期から度々、王子主催の剣術大会や、兵士の訓練の見学に付き合わされてきた。
王子にとっては自身の嗜好を満足させるだけの時間に過ぎなかったが、剣才のあるシャルロッテにとっては無意識のうちに見取り稽古を積み重ねてきたことになる。
尤も、この国では女性が剣を学ぶ風習が無く、また、シャルロッテも慣習に特に疑問を抱くタイプでは無かったため、婚約がつつがなく遂行されていれば、彼女の才能が顕在化することは無く、それどころか気づくことさえ無いまま一生を終えたことだろう。
ついでに言えば、ドゥム王子の口がざっくり斬り裂かれることも無かっただろう。
天稟がまず存在し、知らず知らずに伸びる環境に身が置かれ、そして偶然にも開花する機会が訪れたのである。
盗賊達を全て斬り伏せた後、シャルロッテは踵を返して元の部屋に戻った。
部屋の中では、未だ痛みに呻くリューグナーと、腰を抜かした老婆がへたり込んでいる。
短剣を持ったシャルロッテが近づいてくるのをペンが刺さっていない方の目で見とめたリューグナーは、形容しがたい悲鳴をあげて無様に後ずさった。
シャルロッテの髪や衣服に飛び散っている返り血、しんと不気味に静まり返った部屋の外。
何が起こったかは一つしか考えられない。とても信じられないが、この華奢で大人しそうな侯爵令嬢が、一人で盗賊達を屠り去ったのだ。
どうしてこうなった、どこで間違えた、ほんの少し前まで仲間の盗賊達と、人生最大の儲けが手に入る夢のような算段をしていたところだったのに!
「そうだ……夢だ……」
リューグナーは口の中でブツブツと呟きつつ、隠し持っていた短剣を抜いた。
こんなことがあるわけがない。
これまで騙した連中は、短剣を見せるだけで竦みあがっていたではないか。
中には抵抗する者も居たが、簡単に捻じ伏せることが出来たではないか。
シャルロッテのようなお姫様が、自分や盗賊達を倒せるわけが無いではないか!
「死ねぇぇぇッ!!!」
短剣を構え、真っ正面からシャルロッテに突進したリューグナーは、ひらりと躱されて勢いのままつんのめる。
体勢を立て直す暇も無く、彼は一刀のもとにシャルロッテに斬り捨てられた。
どさ、と重たい音がしてリューグナーの身体が床に倒れ伏す。
剣才は先天的なもの。躊躇の無さは後天的なもの。
そして、もう一つ、先天的なものと後天的なものが入り混じって形作られた、シャルロッテの剣をさらに冴えわたらせる資質について触れねばなるまい。
彼女は不可能というものをほとんど知らなかったし、また、深く考えたことも無かった。
元々の気質に加え、王家以外には誰に憚ることも無い、国内有数の大貴族に生まれたことが良い方に作用したと言える。
つまり、何もしないうちから、お姫様は盗賊に勝てないなどと最初から決めつけて剣先を鈍らせるようなことは一切無かったのだ。
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