100のフラグとさようなら

馬近

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私はフラグを叩き折る

3個目 振り向けばヤツがいる

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 知らぬ間に最初のフラグを折って早一か月。
 新しい家庭教師はまだ見つからない。
 
 ――それも仕方がないよね。
 実績があり評判も良かった先生が事件を起こしたんだから。お父様も頭を抱えて悩んでしまっているようだ。
「だいじょうぶだよ」と伝えてはいるけれど、なんせ今の私は幼女なのだ。小さな娘が、心配を掛けないよう気丈に振舞っていると思われているらしく、選別作業は難航を極めていた。

 悪いことばかりではない。
『必ず専属侍女を同伴する、屋敷の外へは絶対に出ない』との条件付きで、外で遊ぶことを許してもらえたのだ!
 
 前世の記憶が戻ってから、ようやく日の光を浴びながら遊べる。雪の日の犬みたいに庭を走り回り、知らない花や木を見つけては、「あれはなに?」と侍女に聞く毎日。

 そして気が付いた。私には体力がない。

 そりゃそうだである。基本的に走ったり声を荒げるのははしたないとされる貴族社会、身の回りのことは侍女が先回りしてすませてしまう優雅な生活を送っていたのだ。
 まあ、外に出られただけで良しとしよう!
 こうして私は、日がな一日、のんびりとお茶を飲み、庭にある大きな池の魚をぼーっと見て過ごしている。
 今世では、基本的に生ものは食べない。
 
 お魚たべたいな……。
 などと考えていたとはつゆ知らず、侍女から私の行動を報告された両親は「やはり、心に傷を……!」と憤慨していたそうだ。申し訳ない。

「私は、お嬢様の味方です!」

 専属侍女のアメリアからそう言われた私が「ははは…」と乾いた笑いをしてしまったのは言うまでもない。

 そんなこんなで楽しく暮らしていたある日。
 私は、すでに日課となっているお魚の視察を終え、池のほとりで日光浴をしていた。
 
 ……そろそろ魚が食べたいと料理長に言ってもいいかしら?
 陽射しが揺蕩う水面をじーっと見つめていたら、ふと視線を感じた。お母様かしらとのんびり振り向いた先には、ハチミツ色の毛並みをした小さな犬が、空を飛んでいた。

 見間違いかと頭を振って、もう一度確認したが、やはりいる。私と目が合ったその子は、ふわふわと浮かびながら一直線にこちらへとやってきた。
 
 絶対にフラグだ!
 そう確信した私は、努めて冷静に犬のことを観察した。
 
 相手を丸裸にするのは、お手の物である。
 原因となったハンナに感謝する気はないけどね。
 私が見つめ、犬が見つめ返す。
 一進一退の攻防。

 頭の中をフル回転させ、そう言えばガブリエラには一匹の愛犬がいたなと思い出した。幼い頃から大切にしていた友達であり、秘密を共有した仲間だと。

 あれ? よく考えたらワガママで高飛車な性格のせいで、犬しか友達がいなかったってこと……? 取り巻きはいたけれど、友人はゲームの後半でしか見なかったような……。まだ5歳だもの。これからよね?

 浮かんできた嫌な想像を誤魔化し、私の周りをクルクルと飛んでいた犬に手招きしてみた。

「おいで」

 触れるかどうかの場所まで来た犬を、優しく両手で抱え、そっと撫で回す。
 さらさらの毛並み、粒なら黒い瞳。耳が垂れ、胴は長めで、尻尾はうさぎのように丸く小さい。
 気持ちよさそうに目を細める仕草は、どうみても犬だ!
 
 この世界に生まれたものは、大なり小なり魔力を持っている。空を飛べるのは魔法の力なのかな?
 初めての、そして生涯の友達になれそうだし、飼っても良いかお父様に聞いてみよう。
 そう決めて、重い腰を上げた私は、侍女を呼んだ。

「この子をつれて、へやにもどるわ」
「かしこまりました」

 反対されるかと思ったけど、あっさりと認められた。
 お湯と食事の用意を頼み、犬を抱きその場を後にする。

 ――少し先の話だ。
 いつも一人でぼーっと池を眺めていた私が、嬉しそうに犬を抱きかかえた姿はとても微笑ましく、これでお嬢様の心が少しでも安らぐのならと、両親だけではなく使用人たちからも好ましく思われていたようだ。
 犬の食事や風呂の用意を終えて私の自室を離れたアメリアが「あの犬は浮遊魔法を使っていました」と報告すると、それは精霊なのではと全員が大パニックに陥った。
 後になって、答えが出るまでは静観しようと徹底していたんだよとお父様から聞いた私が驚愕したのも、無理はないことだろう。

 その頃の私はと言うと、家の中が慌ただしくなっていたのは知っていたが、まさか犬が原因とは考えもせず、自室で思う存分に肉球を堪能していたのだった。

「まずは、あなたのなまえからね。なにがいいかしら?」

 そう、のんびりと犬に話しかけながら……。
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