君の友達になりたかった

茉夜ママ

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二章

灰色

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 いつもは起きてすぐにカーテンを開け、布団を直し、顔を洗ってご飯を食べて歯を磨く。
それから着替えて、持ち物の最終確認をして家を出る。公園を通って、ベンチに目をやっては明るい気持ちになる。
 今日の僕はカーテンも開けずに顔を洗った。
食欲がなかったので歯を磨いて、着替えて、持ち物を確認せずに家を出た。
だいぶいつもより手順を省いたので、家を出た時間が早かった。
両親には随分と心配されたけど、あまり具合が良くないんだと答えた。
昨日の夜ご飯も食べてないと言い、母親が僕の茶碗によそっていたご飯をおむすびにしてくれた。
僕はそれをカバンに入れると、「行ってきます」と言って家を出た。
 無気力な原因はもちろん分かっていた。
だからこそ、自分が情けないと思った。失恋ごときで・・・たった一人の女の子に、好きな人がいるって知っただけのことでここまで落ち込んでしまう。
両親にまで心配と迷惑をかけて、僕は申し訳なさとやるせなさで胸がいっぱいになった。
情けないとは思っていても、これが初恋だったのだから仕方がない。
知り合ってまだ1年も経っていないのに、ここまで人を好きになった。何も食べたくないほど。
失恋とはこういうことか。
何もしたくなくなるのか。
無気力になって、失恋相手のことしか考えられなくて、みんなに心配をかける。
蓮が心配だと言っていたのはこういうこともあっての事かもしれない。
今の僕は、動く抜け殻のようなものだろう。
魂は抜かれたような気持ちだった。
地に足がついているのかもわからなかったし、まわりから聞こえる車の音とか、人の声とかも聞こえない。いつもは色鮮やかに見える公園の色も、澄み渡った空の色も灰色に見えた。
 動く抜け殻が生きている世界は、無音の、モノクロの世界だった。



 「お前大丈夫かよ」
2限目終わっての休み時間。蓮が心配そうに顔を覗き込んで聞いてきた。
僕は力なく「うん・・・」と答えた。
「べつに振られた訳でもないのにさ・・・ひどい落ち込みようだな・・・」
それは僕も思う。
振られたわけではない。嫌いだと言われたわけでもない。それなのに、僕の心は灰色だった。
なぜだかはわからないけど、僕の頭の中から、先生の話をしているウルフの顔が離れなかった。
叶わない恋なのにとても嬉しそうに、そして切なそうに話していた顔。
その顔を忘れることができれば、きっと少しでも心が軽くなるかもしれない。けど忘れることなんて出来なかった。
ウルフの顔を見て傷ついたはずなのに。
その時のウルフの顔を綺麗だと思ってしまったからだ。
「・・・好きな人の話をする時の顔ってすごく綺麗だよね・・・。ウルフのあの顔が忘れられない・・・。はあ・・・」
蓮が苦笑して、「まあそんなもんだよな」と言った。
「とりあえず先生と元児童だなんて叶わぬ恋だろ。まだ葵にだってチャンスはあるよ」
「ウルフはあの先生がよっぽど好きみたい・・・」
「今のお前と同じだよな・・・ま、しばらくそうしていたらいいよ。きっといつか吹っ切れる日が来るさ」
今の僕には信じられなかったけど、いつかそんな日が来ると信じて今は毎日を生きていくしかないのだった。



 ウルフは今日も葵のことを待っていた。
彼はいつもの時間に来なかった。今日は具合悪いのかと思ってその場を離れようとした。
 そのとき、向こうから先生が歩いてきた。
随分早い帰宅だった。もう定時は過ぎているはずだが、先生はなかなか定時には帰らない先生だ。
私はラッキーと思って声をかけた。
「ああ、大神。家にいなくていいのか?」
「待ち人が来なくて。先生随分早いんですね」
私がそういうと、先生は照れたようにクシャッと顔を歪めて笑った。私はその反応で、先生が定時にあがった理由を察した。
「今日は彼女の誕生日だからお祝いするんだ」
「・・・そうですか。おめでとうございます」
作り笑顔でそう言ったつもりなのに、だめだ、笑えない。泣きそうになってしまう。
私は上を向いた。見上げた夕焼けはとても綺麗だった。
先生も上を見上げている。
「綺麗な夕日だな。これはきっと星も綺麗だ」
「そうですね」
「星の下でプロポーズするのもありだな・・・」
私の指先が冷たくなっていくのを感じた。
聞き返したかったけど、もう一度聞くのが嫌で聞き返さなかった。
私はもう限界だと感じて、先生に「さよなら」と告げてその場を去った。
 先生に背を向けて歩きだしたら涙が溢れて止まらなかった。
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